どこまでって……てっぺん取るまでよ!
「それじゃあ、これで決まりね!!」
会議をはじめて一週間――
三領地の次期代表として招集されたアウレリウスとレオニダスは、頭から湯気が出ていた。
「まさか……記念祭の内容を決めるのにこんなに時間がかかるとは思わなかったな……」
「俺もだよ」
アウレリウスの疲れ切った声色に合わせるように、レオニダスも掠れた声で言葉を返す。
そんな二人の傍らで、なぜかエヴァンジェリンだけが生き生きとした顔をしながら、書類に目を通していた。
「あいつ……いつもあぁなのか……?」
アウレリウスが会議に同席していたルカリオスに声をかければ、顔色一つ変えることなく、こくりと頷いた。
「兄上、まだ序の口ですよ。」
「「じょ、じょ、序の口!?」」
「えぇ……」
ルカリオスはそれ以上話そうとせず、視線でエヴァンジェリンを見るよう促した。
二人はルカリオスに言われた通り、視線だけをエヴァンジェリンに向ける。
「「……ヒッ」」
二人の視線の先――
そこには、目を煌々と輝かせたエヴァンジェリンが書類を見ながら何かを考えている姿が見えた。
「ん~……初めての記念祭にしては上出来よね……でも……何かが足りない気がするのよ」
ブツブツと呪文のように聞こえてくる言葉の数々。
ルカリオスとユリウスはそれに慣れているのか、あえて話に入ることはせず、黙って答えが出るのを待っている。
「何か...大きい……何かが欲しいと思わない?」
エヴァンジェリンは書類から視線を上げると、アウレリウスとレオニダスを見た。
「……大きい……」
「……何か……?」
壊れた機械のように、エヴァンジェリンの言った言葉を繰り返す二人……
そんな二人をみてルカリオスは小さくため息を吐いた。
「エヴァ。そろそろ二人の脳が限界のようだ。この一週間、会議ばかりだったし一度時間を取るのはどうだ?他にも準備しなくてはならないことがあるだろ?」
ルカリオスの言葉に、エヴァンジェリンはきょとんとした顔をすると、もう一度二人を見る。
そして、ぱちぱちと数回瞬きをしてから首を傾げた。
「……脳?」
「「……限界だ」」
合言葉にでもなっているかのように、即答する二人。
もはや、否定する気力も残っていないのか、こくこくと無言でうなづく。
「そう……ルカの言う通りみたいね。二人とも目が死んでるわ……」
「ったく……誰のせいだと……」
レオニダスが声を発した瞬間、その場にいたルカリオス、ユリウスまでもが、レオニダスを睨んだ……
そしてエヴァンジェリンにバレないよう首を横に振る。
あまりに必死な二人を見て、レオニダスは途中まで言いかけた言葉をごくりと唾と一緒に飲み込んだ。
「……レオニダス……今何か言った?」
「いや……何も言っていない。それより、一旦領地に戻ってもいいか?記念祭の準備も始めないといけないしな……」
レオニダスが椅子に深く腰をかけ直すと、それに続くように、アウレリウスが深く息を吐きながら、天を仰ぐ。
「三ヶ月、か……準備期間としては長く感じるが……やることを考えれば……」
「あっという間だろうな。」
今まで静かに見守っていたユリウスが、ゆっくりと口を開いた。
「三ヶ月あれば、祭りは形になる。だが──」
その声に、場の空気がわずかに引き締まる。
「それだけの規模を動かせば、必ず王都の耳にも入る。」
アウレリウスが目を細めた。
「……問題になるか?」
「問題になるかどうかは分からない。ただ、“無視はされない”だろう。」
レオニダスが腕を組んだ。
「つまり、派手にやればやるほど目立つってことか。」
エヴァンジェリンは一瞬だけ黙った。
そして、にっこりと笑う。
「その辺りはちゃんと考えてるから大丈夫よ!」
「「「そうか……」」」
エヴァンジェリンの言葉を適当に流したあと、三人はピタリと動きを止める。
「「「……え?」」」
「だから、大丈夫って言ったの。それに……せっかくなら目立ってくれた方がありがたいわ。」
ユリウスたちは今まで話すことなく黙っていたルカリオスに視線を送ると、小さく肩をすくめた。
(ルカリオスは知っていたということか……)
「……本当に大丈夫なのか……?」
ユリウスが心配そうに声をかけると、エヴァンジェリンは立ち上がり、窓の外を見た。
遠く、三領地の境が重なる方角。
「どうせやるなら、中途半端は嫌なのよ。」
赤い瞳が、静かに光を帯びる。
「三領地が一つになる最初の祭りよ?“ただの記念”で終わらせるつもりはないわ。」
部屋の空気が変わる。
疲れ切っていたはずのアウレリウスとレオニダスが、ゆっくりと姿勢を正した。
「……どこまでやるつもりだ?」
エヴァンジェリンは振り向く。
「決まってるじゃない!!そんなの……」
そしてニヤリと笑うと、メガネをとった。
カチャ
メガネの音が響き渡ると同時に、メガネ越しではない赤い瞳がキラリと輝く。
その瞳に、全員が息を飲んだ。
「てっぺん取るまでよ!!」
「「「……」」」
彼女の言葉に全員の動きが一瞬止まった。
「「「てっぺん!?」」」
「そう。てっぺん……セレニア国の顔を、三領地にするのよ。」
エヴァンジェリンは静かに続ける。
「あなた達だって、分かっているでしょ?今のまま行けばセレニア国自体が終わる可能性が高いわ。」
「だったら、私たちが盛り上げていかないとダメじゃない。」
「だからって……そんなことしたら本当に国王陛下に目をつけられるぞ?」
エヴァンジェリンの言葉を遮るように、アウレリウスが声を出す。その声はいつになく真剣で低い。
「ふふっ……目をつけられる?それならそれでいいじゃない。」
「皆勘違いしているわ。この国があるのは王のおかげじゃない。民がいるからなのよ。それはこの一年三領地同盟で動いていたあなた達ならわかっていると思っていたけど?」
エヴァンジェリンの言葉に何も言い返せないのか、アウレリウスとレオニダスはギュッと拳を強く握った。
「人はね、一番目立つものを“正しい”って思い込むの。
なら、目立った者が勝ち!」
その言葉に、部屋の空気が完全に変わる。
ユリウスはエヴァンジェリンの赤い瞳から目を逸らせなかった。
ドクン
胸が大きく高鳴る。
(またか……)
脈打つ胸を抑えながらエヴァンジェリンを見る。
王家に生まれ、王位から距離を取ってきたユリウスにとって、彼女の言葉一つ一つが重くのしかかる。
(民がいるからこそ……か……エヴァと居なければ分からなかった)
「……分かった。」
静かにそう告げると、エヴァンジェリンがこちらを見る。
「やるんだな?」
「えぇ。」
その即答に、ユリウスは小さく息を吐いた。
「なら、俺も覚悟を決めよう。」
ユリウスの言葉を聞いて、アウレリウス、レオニダスも立ち上がった。
「ユリウスがそういうなら……」
「怖いものはないな!」
エヴァンジェリンの言葉というよりもユリウスの覚悟に動かされた二人は、すぐさま領地へ帰る準備を始める。
「なんか……解せないけど……まぁ、やる気になってくれたことは良しとしましょうか。」
エヴァンジェリンは小さく笑うと、再び書類へと視線を落とした。
赤い瞳だけが、静かに未来を見据えていた。




