もう一つの赤い瞳。
「ルカには闘技場を作るための指揮を任せたいんだけど……」
「……わかった。闘技場と言うくらいだ。結構な規模のものを作るんだろ?だったら急がないとな。」
「そうね。一応、設計図はこんな感じよ。」
「……これは…大変そうだな……」
アウレリウスとレオニダスが領地に帰って数日――
エヴァンジェリン、ユリウス、ルカリオスは執務室で記念祭に向けて準備を進めていた。
「ふふ……でもこれが出来たら……」
その時
ドタドタドタ……
「た、大変です!!」
執務室の扉が勢いよく開かれる。
額に汗を滲ませた侍女が、息を切らせながら飛び込んできた。
「今大事なところなんだけど……」
エヴァンジェリンはいい所で話を止められたことに、わずかに眉を寄せる。
ちょっとした異変だが、侍女にも伝わったのかゴクリと唾を飲み込んだ。
「それで?何が“大変”なの?」
「はっ、そうでした。王都から使者が来ているんです!」
「……」
部屋の中の空気が一瞬止まる。
ユリウスの指先が、机の上でピタリと止まり、ルカリオスは無言のまま設計図から視線を上げた。
「使者……?」
「もしかして、ユリウスがここにいることがバレたか?」
二人はゆっくりと視線を合わせた。
「……そろそろ見つかるとは思っていたが……」
低く落ちたユリウスの声に、ルカリオスも掛ける言葉が見つからないのか、ポンッと肩を叩いた。
二人の間に、重い空気が流れる。
しかし、次の瞬間――
「ふふっ……」
その空気を真っ二つに割るように明るい笑い声が響き渡った。
「……ッ」
「おい、笑い事じゃないだろ?」
「ふふっ……」
「何がおかしいんだ?」
お腹を抱え込みながら笑いを堪えるエヴァンジェリンを見て、ユリウスは思わずこめかみをグリグリと抑えた。
「ふふっ」
「笑ってたら分からないだろ?」
ユリウスの問いに、エヴァンジェリンはようやく息を整えた。
「ふふっ……ごめんなさい。なんだか慌てる二人を見ていたらおかしくて……」
「なっ……」
ユリウスが言葉を続けようとすると、バッと手の平を顔の前に出した。
「使者ね、大丈夫、大丈夫。」
(何が大丈夫なんだ……)
目尻に浮かぶ涙をひとすくいするエヴァンジェリンを見ながら、ユリウスはため息を吐く。
「今回の使者はね、私の味方だから。」
「「……は?」」
ユリウスとルカリオスの声が、きれいに重なる。
「味方って……王都の使者だぞ?」
「えぇ。王都の使者よ。」
エヴァンジェリンは涼しい顔でうなずく。
「でも、“王都の使者=国王の意志”とは限らないでしょう?」
「……」
その一言で、空気が変わった。
ルカリオスの目が、ゆっくりと細められる。
「……もしかして」
「ふふっ、察しが良いわね。」
エヴァンジェリンは椅子から立ち上がり、窓辺へと歩く。
「王都も一枚岩じゃないのよ。」
くるりと振り返る。
「私達と同じように思っている人もいるってこと。」
「……まさか……」
ガチャ
「そのまさかだよ。」
扉を開くと同時に、少し高めの男の声が響き渡った。
「久しぶりだね。ユリウス、ルカリオス」
「……ジークハルト兄上!?」
「ジークハルト第二王子殿下!?」
そこに立っていたのは――
ユリウスの兄であり、セレニア国第二王子であるジークハルト・シダー・セレニアだった。
王族特有の整った佇まい。
だがその瞳は、柔らかな光を宿している。
「そんなに驚かなくてもいいだろう?」
くすっと笑うジークハルトに、ユリウスは言葉を失ったまま立ち尽くす。
「……なぜ、ここに……」
「表向きは使者として来た。表向きはね。」
ジークハルトがパチリとウインクする。
(それ以上聞くな……ということか)
「ユリウスが元気そうで安心したよ。あぁ、安心してくれ。ユリウスがここにいることを父上は知らないから」
さらりと言い放つジークハルトをみて、二人は疑うのがバカバカしくなったのか、ガタンと大きな音を立てて椅子に腰をかけた。
「ふふっ……びっくりした?ジークとはね、小さい頃からよく遊んでたのよ。ねっ?ジーク。」
「えっ……いつの間に!?」
ユリウスは二人を交互に指さす。
「いつの間に……と聞かれても……ねぇ?」
エヴァンジェリンはジークハルトに視線を送ると首を傾げる。
「そうだねぇ……まぁ、ユリウスが知らなくても仕方ないか……」
ジークハルトもまた、エヴァンジェリンと視線を合わせると首を傾げた。
「僕は小さい頃から父上に嫌われていたからねぇ。そのおかげで自由に動き回れたんだけどさ。」
エヴァンジェリンの赤い瞳を少し薄くしたジークハルトの赤い瞳がキラリと輝く。
「そうそう、ジークは他国に留学していたでしょ?私もよく他国に行ってたからその時に会ったりねぇ~。」
「長期休暇の時は、シルヴァリア公爵領によく遊びに来てたのよ。」
「……は?」
ユリウスの思考が、完全に止まった。
「あっ、遊びに……?」
「あぁ、父上に見つからないようにね。まぁ、父上はぼくに興味すらないようだから全く気付いていないだろうけどね。」
ジークハルトは悪びれず笑うと、ユリウスは返す言葉が見つからないのか、口をパクパクと動かした。
「ここは王都から離れているし、王家と微妙な距離を保っているからね。隠れ蓑としては最高だった。」
「色々相談にも乗ってもらったわよね。ジークが居てくれてお父様も助かってるといつも言っていたわ。」
ユリウスは額を押さえる。
「兄上が……シルヴァリア公爵領に……?」
「そう、何度もね。」
「何度も!?」
「そうそう、お父様もジークのことを家族みたいに思っているし。」
「か、か、家族!?」
ユリウスの驚きように、ルカリオスとジークハルトがクスリと笑う。
しかし、ユリウスはそんな二人の様子に気づいていないのか……ブツブツと皆に聞こえないような声の大きさで、
「……知らなかった……全然知らなかった……」
額を押さえたまま、視線だけがエヴァンジェリンとジークハルトを往ったり来たりする。
(俺だけ知らなかったのか……?)
「ルカリオス。もしかしてユリウスは……」
「あぁ……本人は気づいていないと思いますけど、多分そうだと思います。」
ユリウスに聞こえない大きさでヒソヒソと話す二人。
ジークハルトはユリウスの初めて見る表情を見て、ホッと息を吐いた。
(……ここに来れてよかったようだね)
それは弟を心配する兄の顔だった。




