何かが足りない……。
「そうだわ! 三領地のお披露目を兼ねた記念祭を開催しましょう!」
「「記念祭……?」」
三領地同盟が締結されてからあっという間に季節は巡り、各領地は以前に比べて活気に満ち溢れていた。
そんな時――
「なんだか……あと一歩足りない気がするのよね……」
エヴァンジェリンはふと書類から目を上げると、窓の外を見た。
木枯らしで真っ白だった一面は、少しずつ色を取り戻している。
(こういうときの勘は伊達じゃないんだよな……)
ルカリオスも同じ事を思ったのか、エヴァンジェリンに視線を送ると、彼女から返ってくる言葉を待つ。
エヴァンジェリンに出会ってから一年以上経つこともあり、以前よりは彼女のことを理解できてきていた。
(まだ、分からないことの方が多いが……)
ユリウスは、外を見るエヴァンジェリンに視線を送ると、ホッと息を吐く。
(王城にいるより楽しいんだよな)
そんなユリウスの気持ちにも気付かず、エヴァンジェリンは何かを考えているのか、ブツブツと独り言を言い続けていた。
(この独り言にも慣れたもんだ……)
エヴァンジェリンは集中していると、ブツブツと言葉が漏れる。
「もうすぐ三領地同盟が締結されて一年でしょ? 今まで大々的に何かをすることはなかったし、これを機に記念祭を行うというのはどうかしら?」
「悪くないな……」
「でしょ~? それに、記念祭をやることで人をさらに集めることができるわ! と、言うことは……」
「優秀な人材の確保や収入源をアップすることができる……ということか?」
ルカリオスとエヴァンジェリンの会話に割って入るユリウス。
その返答に彼女も満足したのか、外を眺めていたはずの顔がバッと振り返り、ユリウスを捉えた。
「大正解! ユリウスも分かるようになってきたじゃない!」
分かるようになってきた……
褒められているのか貶されているのか――
ユリウスは苦虫を噛み潰したような表情でエヴァンジェリンを見た。
「な、なによ……その顔……まるで苦虫でも噛み潰したような顔をしているじゃない」
エヴァンジェリンはユリウスにスタスタと歩いて近づいていくと、ズッと顔を近づけた。
エヴァンジェリンの赤い瞳がキラリと輝く。
(まるで、ルビーを嵌め込んだようだな……)
無意識に顔に手を触れようとしていたユリウスは、パッと手を降ろすと、エヴァンジェリンから顔をそらした。
「そんなつもりはない。ただ、なんか……なんとも言えない感情が湧いただけだ……っと、いうか近付きすぎだ! もう少し離れてくれ……」
ユリウスは掌をエヴァンジェリンの顔に近づけると、そのまま後ろに下がるように促すが、心無しか顔が赤いユリウスを見て、彼女は首を傾げた。
「ユリウス、熱でもあるんじゃないの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。」
「……ッ」
二人のやり取りを見ていたルカリオスが笑いを堪えていると、ユリウスがギロリと睨んだ。
「ククッ……すまない。とりあえず、話を進めないか? 記念祭をやるんだろ?」
エヴァンジェリンは“記念祭”と聞こえるや否や、今度はルカリオスの方へ振り向くと、両手をパンッと軽く叩いた。
「そうね! 記念祭について話し合いましょ。まずは何をやるかだけど……武闘大会は外せないと思うのよ。」
「舞踏大会!?」
「チッチッチッ……」
人差し指を左右に振りながら舌を鳴らし、してやったりという顔をした。
「違うわ!! 武闘大会よ……ぶ・と・う!! 闘うほう!!」
「へぇ~闘う方か……」
「闘う方ねぇ~……」
「そっ!! 闘う方よ!!」
一瞬、時が止まった。
ユリウスとルカリオスはその場で固まり、エヴァンジェリンは二人を見て首を傾げる。
そして、次の瞬間――
「「え!? 闘う方!?」」
二人の声が、ぴたりと重なった。
エヴァンジェリンは肯定とでも言うように目をパチパチと動かすと、小さくうなずいた。
何度目か分からない静けさが部屋中を覆う。
「武闘大会、ですか……」
最初に口を開いたのはルカリオスだった。
困ったように眉を下げつつも、どこか興味を引かれたような視線をエヴァンジェリンに向ける。
「確かに、記念祭としては分かりやすい。見世物としても、人を集める力はあるでしょう。」
「でしょう?」
エヴァンジェリンは満足そうにうなずく。
「力を持つ者を集め、見せ、選ぶ。武闘大会は単なる催しじゃないわ。他領や他国から人を集めることができる、言わば人材発掘の宝庫なのよ。」
「なるほど……」
ユリウスは腕を組み、少し考え込むように視線を落とした。
「観光目的で来た者たちにも分かりやすい。強さは、言葉が通じなくても伝わるからな。」
「そうなの! それにね……」
エヴァンジェリンは勢いよく机を叩いた。
そして、強く拳を握ると前に突き出す。
「武闘大会は出る人だけじゃないわ! 見に来る人もいる。選手のグッズを作ったり、屋台を出すことで収入源のアップも見込めるの!」
ユリウスはエヴァンジェリンの力強い説明よりも、何故か瞳に目が行った。
(……目が金になってるが……)
「三領地同盟は、まだ“名前”しか知られていない。でも、実力を見せれば話は別。ここは安全で、活気があって、力のある人間が正当に評価される場所だって、はっきり示せるわ。」
ルカリオスは小さく息を吐き、苦笑する。
「……相変わらず、そこまで考えていましたか。」
「当たり前じゃない。人は噂で動くけど、定着するのは“実感”よ。まずは肌で感じてもらわないと……それにね……他にお披露目したいものもあるし……」
その言葉に、ユリウスはふっと笑った。
「王城では、こんな話は聞いたことがなかったな。」
「でしょ?」
エヴァンジェリンは肩をすくめる。
「だからこそ、ここでやる意味があるの。領地だけあっても回らない。人を集めないと……これを機に安全な場所ってことを知ってもらいましょ! それに……」
「大々的に行うんだもの。王都なんて目じゃないと思わせないとね。」
窓の外では、人の往来が増え始めていた。
活気づいた街のざわめきが、遠くから微かに届く。
その中心に、これから何が生まれようとしているのか――
まだ誰も、正確には理解していなかった。




