三領地同盟。
「本当に、いいところで第四王子が出てきてくれたよな……」
レオニダスは、ルピナスト伯爵領を指さした。
「確かに……あそこまでうまくいくとは思っていなかったわね。ある意味第四王子には感謝した方がいいかもしれないわ。」
「ははっ……冗談もほどほどにしておけよ? 元から計画していたくせに。でなければわざわざ前もって手紙なんて送ってくるわけないだろ?」
「あら? レオニダスだってノリノリだったじゃない。」
エヴァンジェリンはレオニダスと軽口を言い合いながら、地図とは違う書類を取り出した。
応接室の窓から差し込む光が、地図と書類の上に落ち、一か所を強調するように光が当たっている。
(三領地同盟……か)
その場にいた全員が強調された文字を読み取り、先ほどまで和やかだった空気は、いつの間にか張り詰めたものへと変わっていった。
誰もが冗談を口にするのをやめ、それぞれの視線がエヴァンジェリンの手元へと集まった。
「では、始めましょうか。ここからは三領地同盟について話し合いをしましょう。」
エヴァンジェリンの言葉を皮切りに、その場にいた全員の表情が真剣なものへと切り替わった。
「まず三領地同盟だけど、これだけは忘れないでほしい。あくまでも共存共栄、上下関係は一切なし。ここは絶対守ってほしいの。」
エヴァンジェリンの言葉に異議を唱える者はいないのか、全員がうなずいた。
「もちろんだ。私たちはエヴァンジェリン嬢のおかげで、エスペリア領地を復興することができた。反対する意味がない。」
「我がヴァリオン辺境伯領もだ。今日は父の名代で来ているが、意見に相違はない。」
「ありがとう。最近は他国から侵略されることもないけど、防衛強化は大事。この辺りも協力していきたいわね。我が領地からは技術や生産を、エスペリア公爵家、ヴァリオン辺境伯家からは人員を出してもらい、何かあった時はすぐにお互い助けられるようにしていきたいわ。」
エヴァンジェリンの言葉に、レオニダスが地図の端を指で軽く叩いた。
「つまり、有事の際は王都の判断を待たずに動く、ということだな。」
「ええ。判断が遅れれば、それだけ被害が広がるもの。だったら最初から、動ける形を作っておいた方がいいでしょう?」
淡々とした口調だったが、その内容は明確だった。
カーリウスは一瞬だけ目を閉じ、静かにうなずく。
「……覚悟は出来ている、ということですな。」
「ええ。もう、後戻りはしないわ。このままにしておけばこの国はどんどん廃れていくだけだもの。」
エヴァンジェリンの赤い瞳がきらりと光る。
その光は王家の血筋であることを象徴するかのように輝いている。
「……と、言っても、あちらから何かしてこない限りこちらから動くことはないけどね。」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
この場にいる全員が理解していた。
この三領地同盟は“保険”ではない。
王国の在り方そのものを変える、一歩目なのだと。
「今日は鳥さん一号を飛ばすことに成功したの。」
「鳥さん一号!?」
「そう、鳥さん一号! これが成功したということは、領地の行き来が以前よりも早くなるわ。それに、陸の移動も……もう少し早く動けるようになるのではないかと思っているところなの。まだ形になっているわけではないから、これから色々研究していくことになると思うんだけどね。」
その言葉にカーリウスとレオニダスが立ちあがる。
「それは! 実に興味深い……領民も陸地の移動が速くなるということであれば抵抗がないだろう。」
「あぁ……他領に行くのは時間がかかるからな。もし移動が速くなるということであれば、三領地同盟間の通行税はなしにしてもいいかもしれない。」
セレニア王国では、他の領地に入るときに通行税が発生する。これは領地によって金額が異なるが、子供、大人関係なく取られるため、移住をするのもなかなか難しい。
「通行税がなくなる、となると他の所で税金を集めなければならなくなりますが……」
「できればお金を持ってる人から取りたいものですけどね~」
「あぁ~貴族とか……」
その瞬間――
エヴァンジェリンは何か考えついたのか、パッとその場に立ち上がった。
「そしたら、こうしましょう。通行税を取らない代わりに、売れた時に支払ってもらうの。言い方を変えると取引成立税っていうところかしら。売上の十パーセントを税金としてもらう。そのために、三領地には商業ギルドを置くのがいいかもしれないわね。」
「「「商業ギルド!?」」」
その場にいた全員の声が重なる。
「そう。商業ギルドに登録をしないと三領地で商会を作ることはできない。ただそれだとメリットがないだろうから……安全性を確保するとか……何かしらメリットをつけられるといいと思うのだけど……」
「なるほど……商業ギルドとはいい案かもしれないな。登録しなければ売買ができないということは、犯罪なども起こりにくくなる。」
エヴァンジェリンの言葉にいち早く反応したのはユリウスだった。
ユリウスも元第三王子というだけあって、色々と勉強だけはしてきていた。
「そう、そういうこと! 安全性、信用、あとは情報ね。」
エヴァンジェリンは指を折りながら続ける。
「三領地同盟の商業ギルドに登録している商会には、護衛の優先手配、倉庫の使用権、価格や流通情報の共有を行う。売れた時に税を払う代わりに、“売りやすい環境”はこちらで用意するわ。」
「なるほど……取られる税じゃなく、払う価値のある税、か。」
誰かが小さく呟いた。
通行は自由。利益が出た者だけが、その一部を分け合う。
「それはいいかもしれないな……だが、移住希望者はどうするんだ?」
「移住希望者は……定住先が決まってから届け出を出してもらうのはどう?」
「届け出?」
レオニダスが皆を代表するように首を傾げると、エヴァンジェリンはこくりとうなづく。
「これは、シルヴァリア公爵領では始まっているんだけどね……」
エヴァンジェリンはどういう仕組みになっているかを紙に書いていった。
「領民の皆には領民税を払ってもらうようにするの。今までは一定額だったけど、持っている土地や、働ける人数、子供の数などで税金の金額を分ける。」
「そのために、どこに誰が住んでいるか住民登録をするのが大変なんだけど……この仕組みができたら、領民たちの負担も減るし、楽になると思うわ。」
その言葉に、応接室は再び静まり返った。
税を取る話でありながらも、そこにあったのは領民たちを苦しめるものではなく、人の流れを“整える”という発想だったからだ。
「……国じゃなくて、人を見る……か。」
レオニダスが、感心したように息を吐く。
カーリウスもまた、深くうなずいた。
「領民を把握し、守り、働いた分に応じて負担を分ける……。これは統治というより、基盤作りですな。」
エヴァンジェリンは小さく笑った。
「国を変えるつもりはないわ。ただ、領民たちが生きやすいようにするだけ。」
「私たちも領民たちと変わらない人なんだもの。私たち貴族だけが私腹を肥やし煌びやかな生活を送るのは違うと思うの。そんな古臭い時代はもう終わり。これからは皆が生きやすいように考えていくことが大切だと思うわ。」
「そうだな……」
「エヴァンジェリン嬢の言うとおりだ。」
貴族でありながら、それぞれが苦しい生活を強いられた者たちが集まっているせいか、エヴァンジェリンの言葉が胸に深く刺さる。
「これからより良い領地にしていくために、お互い協力し合っていきましょう。」
皆の言葉を代表するようにカーリウスが手を差し出せば、
レオニダスとエヴァンジェリンもカーリウスの手を取った。
そして、三人の手が重なった、その瞬間――
地図の上で引かれた線は、ついに“約束”へと変わった。
――
「聞いたか。三領地同盟の話。」
「聞いた聞いた……シルヴァリア、エスペリア、ヴァリオンだろ? いいなぁ……俺も出来ればそっちに乗っかりたいぜ。」
「このこと、王家は知っているのか……?」
「さぁ……でもそんなこと興味ないんじゃないか。」
「確かに……金さえ入ればいいもんな……。」




