エスペリア公爵一家。
ガタガタガタ……ガタン
「うおっ……」
鉄の鳥の箱が地面に着くと同時に、すごい勢いで前へと進んでいく……
(これ、本当に止まるのか!?)
このまま行けば何かにぶつかるのではないかと思い目を閉じると、ピタリと動きが止まった。
「よかったぁ!無事着陸成功ね!」
エヴァンジェリンの嬉しそうな言葉に、ユリウスは今回初めてこの鉄の鳥の箱を飛ばしたのだということを理解すると同時に、深く息を吐いた。
(い、生きてて良かった……)
それからしばらくすると……
エヴァンジェリンは腰につけた安全ベルトを外すと、立ち上がってそのまま外に出た。
どうやら、ゆっくり休ませてくれる時間はないらしい。
ユリウスも安全ベルトを外すと、エヴァンジェリンの後を追った。
***
「エヴァンジェリン嬢、ようこそおいで下さいました」
鉄の箱から降りると、そこにはルカリオスを除いたエスペリア公爵家が、一家総出で迎えに来ていた。
「お久しぶりです。カーリウス・エスペリア公爵」
エヴァンジェリンが軽く頭を下げると、エスペリア公爵家の全員も同じように頭を下げた。
そして、頭を上げると今度はユリウスに視線を送る。
「ユリウス第三王子殿下……いや、今は騎士でしたかな……お元気そうでなによりです。」
カーリウスはユリウスへの挨拶も程々に、エヴァンジェリンに向き直った。
「いや、俺はついでか?」
しかし――
ユリウスの声は聞こえていないのか……
カーリウスは手を前に出すと、
「さっ、エヴァンジェリン嬢こちらへどうぞ。」
当然のように言い放った。
その態度に、ユリウスは一瞬だけ眉をひそめるが、エスペリア公爵家全員の顔を見れば明らかだった。
(……これにも慣れてきたな……)
エヴァンジェリンは一瞬だけユリウスの方を振り返ると、「行きましょ」と小さく笑って歩き出した。
どうやら、ここでも彼女のペースは変わらないらしい。
(まぁ、王子としてもてはやされるよりはいいか)
ユリウスは騎士らしく、エヴァンジェリンの斜め後ろに付き従って歩けば、それを見ていたルカリオスの姉セラフィナが近付いてきた。
「ユリウス様が本当に騎士をされてるなんて……ふふ……変な感じね。でも、エヴァに拾われてよかったじゃない。」
エヴァンジェリンに会ったのが、初めてではないというような話し方に疑問を抱いたユリウスだったが、ヴァリオン辺境伯とのやり取りを思い出す。
(……エヴァもシルヴァリア公爵令嬢だし……顔は広いのかもしれないな……。)
あえて踏み込まない選択をしたユリウスを見て、クスクス笑うセラフィナ。
ユリウスはセラフィナのことをギロリと睨んだ。
「な、何がおかしい……?」
「クスッ……別に……何でもないわ。」
含みのある笑いに「何も無いわけないだろう」と言い返しそうになったが、そんなやり取りをしている間に、エヴァンジェリンが足を止めた。
「やっとここまで進んだわね。」
ユリウスはエヴァンジェリンが見ている先を目で追うと、その先には――
今までに見た事のないような巨大な建物が立っていた。
巨大な建物は木で造られた建造物とは違い、鉄の箱を彷彿させるようなくすんだ銀色をしている。
そして、その建物の上からは黙々と煙が立ち上っていた。
「はい、ここまでできるのに一年はかかりましたよ。それに……エヴァンジェリン嬢からお話をいただいた兵糧についても、開発が進んでおります。」
「ひ、兵糧だと!?」
思わず声をあげたのは他でもない、ユリウスだった。
しかし、話を遮ってしまったのがよくなかったのか……
その場にいた全員が「空気を読め」とでも言いたげな視線をユリウスに向けた。
(一応……王子のはずなんだが……あぁ、でも廃王子だから関係ないか……)
「ごめんなさい。ユリウスには何も伝えてなかったの忘れていたわ」
エヴァンジェリンの言葉に納得したのか、カーリウスは自分の顎髭を触りながら、ユリウスの言葉に返した。
「兵糧と言っても一概に戦争のためという訳ではございません。災害などがあった時にも使えるようにと、保存のきく食料を作っているのです。」
カーリウスの言葉に、今まで静かにしていたルカリオスの兄、アウレリウスが口を開いた。
「塩漬けや、干し肉だけでは限界がありますから……」
「そういう事か……」
アウレリウスの言葉に納得したのか、ユリウスはそのまま目の前にそびえ立つ建物を見る。
巨大な建物の内部からは、規則正しい金属音が微かに響いていた。
耳を澄ませば、金属を叩く乾いた音に混じって、ぐつぐつと何かを煮込むような低い音が聞こえてくる。
鼻をくすぐるのは、塩と油、そして肉や魚を煮詰めた独特の匂いだった。
(……工場、というより厨房に近いな……)
ユリウスは、そう感じながら建物を見上げた。
(本当にここで……兵糧が作られているのか……)
納得はしようとしているものの、外に漏れてくる音も相まってか、なかなか信じることができないユリウス。
それに気づいたアウレリウスは、何が行われているのかを端的に説明する。
「中では、肉や魚、野菜を加工し、密閉した容器に詰める研究を進めています。信じられないでしょうが、火を通し、空気を遮断すれば……数年は保つんですよ」
「数年……?」
「はい……今のところ一年が限界ですが……それでも大きいと思いませんか?」
ユリウスは、思わず言葉を失った。
それは、もはや“兵糧”の域ではない。
遠征、災害、飢饉――
あらゆる事態を想定した、完全な備蓄だった。
「こ、こんなこと王族にバレたら大変なことになるぞ?」
思わずそう口にしたものの、ユリウス自身、その言葉がどこまで本気なのか分からなかった。
止めるべきなのか、それとも――もう止めようがないのか。
喉の奥に、乾いた違和感が残る。
(……いや。これを今さら“やめろ”と言える立場じゃない)
そんなユリウスの言葉に、エヴァンジェリンは微笑んだ。
「名目は、あくまで“工場”だから、王都への報告も不要なはずだわ。もちろん税の増減もなし。ただ、余剰食料を無駄にしないための施設と言うだけの話だわ。」
ユリウスは、ようやく理解した。
王族の知らない場所で、国の形は、誰にも止められないまま、静かに書き換えられているのだと――
そしてその中心にいるのが、目の前に立つ成人したばかりの少女、エヴァンジェリンであることを……
ユリウスはそれ以上、何も言うことができないのか、口を閉ざす。
(これは……もう止められない所まで来ているな……)
そんなユリウスの気持ちも知らず、エヴァンジェリンは
「さぁ、話の続きをしましょうか。」
軽い足取りで、近くにあった公爵邸へ向かった。




