シルヴァリア公爵家。
「シルヴァリア公爵家のことはどこまでご存知ですか?」
「どこまで……と言われても……」
ルドリオスの言葉に、ユリウス達は顔を見合せた。
(ふむ……やはり、あまりいいようには伝わっていないのだな。)
ルドリオスは、目の前にいるエヴァンジェリンと歳が余り変わらなさそうな彼らを見て肩を竦める。
「その感じ……知っているのは我がシルヴァリア家が元王族であることくらいですかね。」
その言葉を聞いた瞬間、全員の肩がビクリと動いた。
「あぁ、それと……もしかしたらですけど我が家が裏切ったとか……そう言った話も広がっていますか?」
包み隠さず聞けば、ユリウスがルドリオスを見た。
表情は変わらないが、瞳の奥が揺れているのが見える。
(あながち間違ってはいない……か)
カラン
静まり返る部屋の中──
グラスにぶつかる氷の音が部屋中に響き渡った。
そしてそれが合図とでも言うようにユリウスが重い口を開いた。
「私はシルヴァリア公爵家のことを“王位争いに敗れ、辺境に追いやられた一族”と教えられました。そして、
。“翼を折られた悪魔”だとも……」
その言葉を聞いて、ルドリオスは目を瞑るとほっと息を吐き出した。
「ふっ……翼を折られた悪魔か……よく言ったものだな……」
ルドリオスはグラスを手に持つと、グイッと酒を煽呑んだ。
「その話は後々話すとして……今はエヴァンジェリンに関わる話だけをしておきましょうか。」
グラスをコトリとテーブルに置き、膝の上で手を組むと、静かに目を細める。
部屋の空気が、ぴんと張り詰めた。
「王族には昔から、赤い瞳を持つ者が生まれるという話を聞いたことはありますかな?」
低く抑えられた声が、静まり返った空気を震わせた。
「赤い瞳を持つ者、か……」
ユリウスは、初めて耳にする言葉に小さく首を横に振る。
「そうですか……では、そこから話さなければなりませんね」
そう言うと、ルドリオスは赤い瞳について語り始めた。
「王族には、時折、赤い瞳を持つ者が生まれると言われています」
「赤い瞳を持つ者は、何かしら“特別な資質”を宿していました。」
頭脳に優れた者。
前世の記憶を持つ者。
王として人を惹きつけるカリスマを持つ者。
あるいは、戦において比類なき力を発揮する者──。
「赤い瞳の王族が生まれると、他国からも恐れられていたそうです。しかし……」
一拍、間を置いてから、ルドリオスは言葉を続ける。
「赤い瞳には、代償がありました……」
「赤い瞳を持つ者たちは、人として欠けている部分を抱えていたのです」
「それが、感情です。喜びも、悲しみも、怒りさえも薄く、感情の起伏に乏しい者が多かったと言われています」
その結果として、残虐さに傾く者も少なくなかった。
「それゆえに……赤い瞳は次第に“忌み嫌われる象徴”となっていきました。そして──」
ルドリオスは静かに言い切った。
「シルヴァリア公爵家は、もともと王家の中でも、最も濃い血を引く一族だったのです」
赤い瞳を持つ者が、生まれやすい家系。
「その事実に気づいた分家──セレニア家は、やがて恐れを抱き、王位を奪い取りました」
一気に語られた真実に、その場にいた誰もが言葉を失った。
「そして、エヴァンジェリンもまた……」
「赤い瞳を持つ者……というわけか」
ルドリオスの言葉を受けるように、ユリウスが静かに続ける。
「そういうことです。エヴァが持っているものは、私たち親ですら、まだ分かっていません。ただ言えるのは、赤い瞳の伝承とは違うということでしょうか。」
「伝承とは……違う?」
「はい。感情の起伏は激しいですからね。特に……自分の好きなことに関しては……」
ユリウスはエヴァンジェリンと出会ってからのことを思い出し、「確かに……」とうなずいた。
ルドリオスは視線を伏せると、穏やかな声で話を続ける。
「親のエゴかもしれません。それでも──あの子には、
自分の意思で生きる自由を与えたいのです」
ルドリオスはその場で立ち上がると、ゆっくり頭を下げた。
「私はずっとエヴァと一緒にいることは出来ません。」
肩が震え、声もわずかに掠れている。
「こんな事をユリウス第三王子殿下にお願いすることではないと思いますが……」
「エヴァのことをよろしくお願いいたします。」
ルドリオスの言葉に思わず息を呑んだ。
「えっ!? 俺……?」
ユリウスの背中に、冷たいものが走った。
「はい、ユリウス様にしか頼めません。」
「婚約破棄をした今、エヴァを狙う者は少なくありません。シルヴァリア公爵家──それだけで、人を引き寄せるだけの名と血を持つ家なのです。」
その言葉を聞いてユリウスは夜会の時の様子を思い出した。
「その顔は何か思い出したという顔ですね。」
「あぁ……たしかにあの時は凄かったな……」
次の瞬間――
「エヴァは可愛いですからね」
「酒を飲んだ瞬間、人が変わったようだったな」
二人の間に沈黙が走る。
そして、二人は自分たちの言葉を反すうするようにしてから、ゆっくりと顔を見合わせた。
「え?」
「は?」
「エヴァが……酒を飲んだのですか……!?」
ルドリオスはユリウスの肩をガシリと掴むと、そのまま前後に肩を揺らした。
そして、ユリウスもまた、何も言い返すことができないのか――
まるで人形のように、ただ首を揺さぶられ続けていた。
酔いのせいか、それとも、相手がシルヴァリア公爵だからか。
あるいは、その両方か。
されるがままの状態のユリウスを見て、三人は笑いを耐えるのに必死だった。
「エヴァが酒を飲んだということは、あの子の“あの姿”を見てしまったということですよね?」
「あ、あぁ……(一体、どの姿のことだ……)」
ユリウスの脳裏に浮かぶのは、夜会での混乱と、酔った勢いで言いたい放題、やりたい放題するエヴァンジェリンの姿。
だが――
ルドリオスが想像している“それ”とは、どうやら別物のようだ。
「でしたら……もう、責任を取ってもらうしかありませんね」
「責任?(一応、騎士としてあいつの命は護るつもりだが……)」
二人の言葉は、同じ“責任”を指していながら、向いている先だけが、致命的に噛み合っていなかった。
「はい。責任です」
「それはまぁ……(騎士として)当然だろ?」
「そうですか。なら良いのです」
ルドリオスは満足そうにうなずくと、にこやかに続ける。
そして、ユリウスの手をガシリと掴むと、上下に振った。
「エヴァのこと、くれぐれも――(恋人として)よろしくお願いしますね」
「……あ、あぁ」
理解したつもりで。
お互い何も理解していないまま。
二人は、そのズレに気づかぬまま、グラスを近づけてカラン。と、音を鳴らす。
「未来のために」
「二人の今後を祈って」
「「乾杯」」
そして二人はゆっくりグラスを傾けた。
「あの二人大丈夫……か?」
「いつかは気づくだろ」
そう言いながらも、その“いつか”が手遅れになりそうな気配を、ルドリオスたちは肌で感じていた。
美味い酒と、上等なつまみ。
そして、目の前で静かに進行する盛大な勘違い。
彼らはそれ以上、口を出すことなく、ただ成り行きを見守ることにしたのだった。




