報告書。
「エヴァンジェリンお嬢様!こちら資料です。」
「そこに置いておいて!」
公爵領に戻って数日――
エヴァンジェリンは、不在にしていた時間を埋めるように、仕事に邁進していた。
次から次へと出てくる資料を確認しながら、目を通していく。
「まさか、こんなに仕事が溜まっているなんて。」
「仕方ありませんよ。数ヶ月、いらっしゃらなかったんですから……」
ヴィオラが、読み終わった書類を片付けていると、執務室内が急に静かになった。
「……どうかなさいましたか?」
声をかけると、エヴァンジェリンは、とある書類を穴が開きそうなほど食い入るように見ている。
(これは……集中していて、声が届いていないわね。)
覗き込めば、そこには「グレンヴァリア収支報告書」と記載されていた。
ペラペラと音を立てながら、すごいスピードで書類をめくっていく。
(あれで頭に入るんだから……本当にすごいわよね。
しかも、忘れることはほとんどないし……お酒を飲まなきゃだけど。)
それから三十分――
エヴァンジェリンは、グレンヴァリアに関する書類を全て読み終えると、机から顔を上げて、息を吐いた。
「……はぁ~……」
「何かございましたか?」
眉間に皺が寄ったままのエヴァンジェリンを見て、ヴィオラは紅茶とお菓子を用意する。
「うん……ちょっと色々ね……」
紅茶にミルクと砂糖を入れて、くるくる混ぜる。
その間もずっと何かを考えているのか、カップを見つめている。
「お嬢様、考えるか、飲むか、どちらかにしてください。」
その言葉が耳に届いたのか、スプーンを置き、カップを口へと運んだ。
その瞬間――
コンコン
「エヴァ。今いいか?」
扉を叩く音と同時に、ユリウスの声が扉の外から聞こえた。
「どうぞ~」
エヴァンジェリンが返事をすると、扉が開いた。
***
「忙しいところすまない。ちょっと聞きたいことがあってな。」
「別に大丈夫だけど……」
エヴァンジェリンは、ユリウスの後ろに立つ三人に、ちらりと目を向けた。
「そちらの方々は……?」
(やはり、覚えていなかったか……)
ユリウスは思った通りだったのか、三人を軽く紹介した。
「こいつらは俺の元側近だ。今は、ルドリオス殿に仕えている。」
「そうなの。全然知らなかったわ。それで?用事は……」
父であるルドリオスに仕えているのであれば、問題ないと思ったのだろう。
エヴァンジェリンはそれ以上聞くこともなく、ユリウスが手に持っている資料を指さした。
「その手に持っている物の件に関してかしら?」
「あ、あぁ……」
ユリウスが話そうとすれば、後ろに控えていた一人、ウィンデルが前に出る。
「この資料ですが、今まで王宮で見た報告書と、数字が合わず……」
ウィンデルの言葉を聞いて、何を聞きたいのか瞬時に理解したエヴァンジェリンは、書類を見たまま、言葉を遮る。
「あぁ、それは仕方ないわ……」
「だって……」
エヴァンジェリンは、手にしていたペンを器用にくるりと回した。
一瞬、執務室に沈黙が落ちる。
それから、ペンをピタリと止めると、
「偽造報告書だもの」
悪びれもなく言い放った。
まさかの言葉に、ユリウスをはじめとした面々は目を見開く。
そして、息をするのを忘れたかのように動きを止めると、
「「「えっ……?偽造……!?」」」
四人の声が重なった。
エヴァンジェリンはその言葉を聞いてコクリとうなずいた。
「そう。偽造だけど、それはほんの一部だけ載せた報告書なの。間違えているという訳でもないから、偽造というほどのこともないけど……もし、王宮で聞いたことを信じているなら……」
カツン
ペン先を紙の上に押し付けると、一言。
「忘れた方がいいわ!」
と、同時に微笑んだ。
(やはり……公爵が言っていたのは本当だったか)
――夜会の後
コンコン
「ユリウス第三王子殿下。少しお時間よろしいですかな。」
ユリウスは夜会であったことを思い出しながらルカリオスたちと部屋で軽く酒を嗜んでいた。
「こんな時間に……?」
「一体誰だ……」
近くにいたウィンデルが扉を開けると、そこにはウイスキー瓶を片手に持ったルドリオスが笑みを浮かべて立っていた。
「シルヴァリア公爵……」
「あぁ、よかった。皆さんお揃いでしたか。もしよかったら……」
持っていた瓶を高く上げると
「皆さんと一緒に飲みたいと思いましてね」
その瓶の銘柄をみて、ここにいた全員が固まる。
「あ、あれは……確か、最近うまいと噂になっている……酒じゃないか」
そんな中、クラウディウスだけが、ルドリオスの持っている酒を見て震えながら指さした。
(あぁ……ずっと飲みたいと言っていたもんな。)
「ははは……貴族の皆さんの間でも噂になっているとは……嬉しいものですなぁ~」
自分の髭をこすりながら部屋の中に入ってくると、テーブルの上にコトリとウイスキーを置く。
何事も無かったかのように軽く話すルドリオスに、ユリウスたちも流してしまいそうだったが、先ほどの言葉を思い出したのか、その場にいた全員が言葉を失った。
「「「……え?」」」
「……ん?」
ルドリオスはその場にいた皆の反応を見て首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、この酒は……」
貴族の中でも製造元を知るものはいない。
そんな酒を嬉しそうにグラスに注いでいくルドリオス。
「あぁ……言っていませんでしたか?この酒は……」
ウイスキーを注いだグラスを皆の前に置くと、
「我が領地で作っているものなんですよ。」
まるで友達に話すように軽く言ってのけるルドリオスに、その場にいた全員が口をあんぐりと開けた。
「ははは。そんな驚くことでもないですよ?これはまだ序章なのですから……」
「「「……じょ、序章?」」」
間を開けてから、ルドリオスに返事をすれば、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はなくなり、緊張感が漂った。
「あなたがたにはエヴァンジェリンのことを始め、我が領地のことを少しだけ教えておきたい。」
それは公爵として、親として覚悟を持った顔だった。
「きっと、公爵領に行けば驚くことばかりでしょう。ですが、これだけは忘れないでほしい。この領地を、ここまで大きくしたのは……他の誰でもない……」
胸にしまったロケットペンダントを開くと、慈愛に満ちた表情を浮かべて、
「たった一人の娘。エヴァンジェリンなのです。」
その言葉に、部屋の空気が静かに張りつめた。




