夜会の後。
「エヴァンジェリンお嬢様。大丈夫ですか?」
「ユリウス。その呼び方はやめてちょうだい。そうね……表だって何かがある時以外は、エヴァでいいわ。敬語もなしでお願い」
夜会の帰り道――
二人は馬車の中で、デビュタントの日に何が起きたのかを話していた。
「そうか? なら……遠慮なく。エヴァは酒を飲むと人が変わるようだ。公の場では、あまり飲まない方がいいと思う」
「えっ? お酒? 今まで飲んだことなんてないんだけど……」
「は?」
ユリウスは、エヴァンジェリンが何を言っているのか理解できないのか、瞬きを数回すると首を傾げた。
「だから、今まで一度も飲んだことなんてないって言ってるの!」
「デビュタントの日は、チョコレートと、ジュースをもらって飲んだだけだし……今日だって、水をもらって飲んだだけよ?」
(まさか……本当に酒を飲んでいないとでも思っているのか?)
目を細めて彼女を見れば、グッと息を飲みながら「な、なによ……?」と返した。
カラカラカラ……
二人の間に、車輪が動く音が響き渡る。
「いや……」
ユリウスは首を横に振ると、それ以上話すことはないとでも言うように口を閉ざした。
それからしばらくすると――
スゥ……スゥ……
前の席から、規則正しい寝息が聞こえてくる。
あれだけ騒いでいた本人は、すでに夢の中らしい。
たらりと、髪が一本、顔の前へと落ちてきた。
「拍子抜けというか……なんというか」
ユリウスは、エヴァンジェリンが起きないように、そっと髪の毛をすくい上げると、耳にかけた。
「まぁ、見ていて飽きないか……」
ボソリとつぶやくと、そのまま、窓の外から見える月を眺めた。
「この数週間で色々あったが……今日の月が一番きれいだな」
やがて、カラカラと動いていた馬車がゆっくり止まると、ユリウスはエヴァンジェリンを起こさないように横抱きに抱えて、ゆっくり馬車から降りた。
月の光を背に浴びながら、宿屋に入る。
(公爵領はどんな所なんだろうな……)
乗り慣れた昇降用の箱に乗り込むと、そのまま、ゆっくり最上階へと向かう。
そして扉が開くと、帰ってくることを知らされていたのか、ヴィオラが出迎えた。
「お帰りなさいませ。エヴァンジェリン様……と、ユリウス様……」
ヴィオラは抱きかかえられたエヴァンジェリンを見て、眉間に皺を寄せながらため息をついた。
「ヴィオラ。怒らないでやってくれ。エヴァはエヴァで疲れが溜まっていたと思うから。」
ユリウスは、ヴィオラにエヴァンジェリンの部屋の扉を開けてもらうと、エヴァンジェリンを寝台へゆっくり下ろした。
「ユリウス様がそう仰るのでしたら……なるべく怒らないようにいたしましょう。まぁ、お嬢様次第ですけどね。」
布団をかけると、ヴィオラはそのまま部屋の扉を閉めた。
「おやすみ。エヴァ……良い夢を」
***
「「「お帰り、ユリウス」」」
ユリウスが自室に戻ると、クラウディウスをはじめとした側近たちが出迎えた。
「なんだ、お前たち来てたのか?」
カフスを外してタイを緩めると、上着を脱いで近くにあった椅子にドカリと腰を掛ける。
「そんな言い方ないだろ? 俺たちだって急に仕事がなくなったんだ。」
「そうそう。まぁ、自由な方がいいからありがたいけどな。」
「ですね。私達に王宮は狭かったですし。」
「お前たち……いつの間に……」
ユリウスが王都を追われて数週間。
側近であるクラウディウス、ルカリオス、ウィンデルも各々実家へと足を運んでいた。
後継者ではないということもあり、ユリウスの側近として働いてきた三人。
しかし、今回の事件が起き、突然仕事が無くなったのだ……
「すまない。迷惑をかけたな……」
ユリウスが頭を下げると、三人は逆に目を見開いてから、肩を震わせる。
「迷惑ですか? 今に始まったことではないですし、むしろあのクソ女と離れられてよかったのではないですか?」
ウィンデルは、アリアーヌと離れられたせいかむしろ清々しい顔をしている。
(ウィンデルはずっと小間使いみたいにされてたからな……。)
「そうそう。王太子殿下だって全部押し付けて、自分は遊んでばかり。少しくらい痛い目見ればいいんだ。」
クラウディウスは近くにあったクッションに八つ当たりをしながら王太子殿下の悪口を言っている。
「二人の言う通りだ。それに……お前も前よりずっといい顔しているぞ?」
「ルカ……」
ルカリオスはユリウスの肩をポンと叩くと、空いている席に腰をかけた。
「その顔は、上手くいったんだろ?」
「あぁ、エヴァの婚約破棄も綺麗にまとまったよ。それで? お前たちはどうなった……って、三人ともここにいるならそういうことなのか。」
ユリウスが声をかけると三人は親指を立てて、ニコリと笑った。
「父の説得は大変かと思ったんですけどね~。シルヴァリア公爵家の名前を出したら一発でしたよ。」
「あっ、それ俺の家もだった。むしろよくやったとか褒められたな。」
「俺も俺も! 特にエヴァンジェリンの名前だしたら目の色変わったんだよな……あの人一体何者なんだろうな。」
「確かに……それは俺も気になっていた。シルヴァリア公爵家については秘密が多いからな……」
三人の話に相づちを打っていると
コンコン
タイミングよく扉を叩く音が響き渡った。
「ユリウス。今いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。」
扉が開くと、そこに立っていたのは、エヴァンジェリンの父、ルドリオスだった。
「いい所に、三人も揃っていましたか。明日いよいよ公爵領に向けて出発しますからね。その前にいくつか話をさせていただきたく……」
そう言って空いている席に腰をかけるルドリオスに、四人は耳を傾けた。




