ユリウス・アッシュ・セレニア。
「「……え!?」」
エヴァンジェリンは、横に立っているユリウスを見て目を丸くし、前に立っていたアリアーヌとチョコトーレはエヴァンジェリンの反応を見て唖然とした。
「も、もしかして本当に気づいていなかったのですか!?」
チョコトーレは振り絞るような声でエヴァンジェリンに声をかける。
「……」
(まさか、本当の王子だったなんて……)
しかし、エヴァンジェリンには届いていないのか――
四人の間に沈黙が落ちた。
それは驚きよりも、「今さら何を言えばいいのか分からない」という種類の静けさだった。
やがて、その沈黙を破るように、ひとりが口を開いた。
「エヴァンジェリンお嬢様は、本当に気づいていなかったのです。」
「ユリウス第三王子殿下……」
ユリウスはエヴァンジェリンの肩をポンポンと軽く叩く。
「エヴァンジェリン。今更王子と呼ぶのはやめてくれ。なんだかむずがゆい……君にはいつも通りでいて欲しい」
エヴァンジェリンは、ユリウスの言葉を聞いてホッと息をなで下ろすと、同時にいつもと同じようにヘラりと笑う。
「そう?じゃあ、遠慮なく……」
そして、エヴァンジェリンはチョコトーレに向き直った。
「チョコレート侯爵。騙すような形になってしまって申し訳ございません。どうやら、新米騎士だと思っていたユリウスは第三王子殿下だったようです。その……」
エヴァンジェリンは目を伏せると、
「どこで拾ってきたのか、記憶はないのですが……」
と小さい声で囁いた。
しかし、ユリウスには聞こえていたのか……
ユリウスは顔をそらして、口を抑えた。
「クスッ……」
どうやら頑張って平静を装っているようだが、エヴァンジェリンの言葉を聞いて笑いを堪えているようだ。
(笑うなら、堂々と笑ってくれた方がいいのに……なんだか私が馬鹿みたいじゃない……)
ジロリと視線だけユリウスに向ければ、彼はそれに気づいたのか、口元を抑えるのをやめてエヴァンジェリンの代わりに話し出した。
「では、拾われた私が代わりに説明しましょうか。夜会の日。」
「アリアーヌと、第四王子のヴァルター、そしてその婚約者であるイザベラにはめられたのです。」
ユリウスは何があったのかかい摘んで説明していく。
「そして、タイミングよく現れた王太子殿下であるアルベルトに王都から出て行くように言われました」
(あの時かしら。なんか騒がしかったような気がするわね)
「その時、颯爽と現れたのがエヴァンジェリン、貴方だ。まるで……」
ユリウスは当時のことを思い出しているのか、堪えきれず、喉の奥で笑った。
(そんな変な事をしたの!?全然記憶が無いんだけど……)
「姫を助ける王子のように現れた君は、その場を諫めてしまった」
「そして……」
からかうようにエヴァンジェリンの耳元に唇を近づけると、彼女にしか聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「有無を言わさずにそのまま俺を連れ去ってしまったんだよ。」
ゾワゾワッ
エヴァンジェリンは耳元で囁かれたからか、身体が震える。
(えっ……風邪でも引いたかしら?)
「そ、そうなの?」
ユリウスはエヴァンジェリンの言葉に頷くと、先ほどまでのからかうような表情は消え、無表情のままアリアーヌたちを見据える。
(なんだか、急に寒気がしてきたわね……)
「アリアーヌ……君が今更何を話したいのか分からないが、俺はすでに王族ではない。まぁ、父上がどう思っているかは知らないが……だから……」
そこで一旦区切ると、少し口角を上げて一言言い放った。
「君との関係を元に戻すつもりもない」
ユリウスの声には、一切の迷いも情もなかった。
誰かが息を飲み、夜気が一段冷たくなった気がした。
(……やっぱり風邪を引いたみたいね……)
エヴァンジェリンは腕を擦りながら早く終わらないかを待っていれば、アリアーヌが縋るような声でユリウスに話しかけた。
「そ、そんな……私はユリウス様のことをお慕いしております……ですから……」
「……今更だな。お前もグルだったくせに。そもそも、お前みたいな女を好きになったことは一度もない。俺はもっと知的な女性が好みだ。婚約だって、父上と兄上に命じられただけだ。」
その言葉を聞いた瞬間、何も言い返せないのかアリアーヌは立ち尽くす。
「王族にだって興味が無い。寧ろ今の方が自分に合っていると思っているくらいだ。だから逆に感謝するよ」
冷えきった笑顔ではない、少し温かみのある笑みを作ると――
「俺をはめてくれてありがとう」
ユリウスは皮肉でもなく、解放してくれたことに対する感謝の言葉を伝えた。
「……ッ」
アリアーヌは何も言い返せないのか、顔を赤くしながら悔しそうに唇を噛む。
しかし、それを止める人は誰もいない。
エヴァンジェリンは興味が無いのか、ユリウスに近づいた。
「ユリウス。話は終わった?ここ、寒いからそろそろ帰りましょ?なんだか風邪引いたみたいなのよ。」
「それは大変です。早く帰りましょう。」
ユリウスはエヴァンジェリンを抱える。
「ちょ、子供じゃないんだから、歩けるわよ?」
「いえ、悪化したら大変です。それにヴィオラから貴女のことを頼まれていますからね。」
エヴァンジェリンは諦めたのか、横抱きにされた状態でチョコトーレ達に軽く挨拶をするとその場を後にした。
二人が居なくなった後――
「おい……ユリウス様のあんな顔見たことあったか!?」
「いや……いつも笑みを絶やさない人だが……あんな優しそうな顔初めて見た」
「私もよ……とてもお似合いだったわね……」
そんな言葉が貴族の間で囁かれていたのを二人は知る由もない。




