本当の夜会。
「本当の……夜会だと……?」
エヴァンジェリンの言葉に、片眉をピクリと動かすとバルティオスはいつもより一段低い声を発した。
(ふふ……あの顔は怒っている時の顔ね……すぐ顔に出るんだから。)
「ええ、そうです。ここにいる皆様には、私達のために集まっていただいたんですよ?」
わざとらしく扇子を口元に持っていき、ウインクをすると、それが気に触ったのか、バルティオスは顔を真っ赤にして怒り出した。
「……どういう事だ!お前にそんな能力は無いはずだ!!」
「能力……ですか?」
エヴァンジェリンは目を細めると、首を傾げた。
(能力って、自分にはあるとでも思っているのかしら。)
「そ、そうだ!俺は次期公爵になる男だぞ?そんな口の利き方してもいいと思っているのか?」
「そ、そうよ!!レグは次期公爵になる男なんだから!!」
まるで山の中で大きな声で叫んだ時のように、バルティオスとエマリアの声が中庭中に響き渡った。
シーン……
誰一人、返す言葉が見つからないまま、その場が静寂に包まれる。
そして、次の瞬間――
ドッと笑い声が響き渡った。
「あいつ……シルヴァリア公爵令嬢に向かってすごいこと言ってのけたぞ。」
「ハハハ……自分が次期公爵になるつもりだったのかよ」
「あの女も馬鹿だな。シルヴァリア公爵家を敵に回すとは……ハハハ」
バルティオスたちを指さして笑う貴族たち。
まさか、そんな反応が返ってくると思っていなかったのか、二人は貴族たちの反応を見てその場に立ち尽くした。
パチン
エヴァンジェリンが扇子を閉じると、笑っていた貴族たちは皆黙り込んだ。
「その反応は、本当に何も知らなかったのですね」
「な、何がだ……」
バルティオスは手を強く握ると、声を絞り出した。
その言葉を聞いて、エヴァンジェリンは小さく息を吐いた。
***
「そもそも、貴方は次期公爵にはなれないんですよ。あくまでも種馬でしかないのです」
「た、た、種馬だと!?」
「……えぇ、そうです。次期公爵は貴方ではなくこの私です。その話は何度もしましたし、婚約する時にもお伝えしたはずなんですが……」
(種馬って……もっとほかに言い方がなかったのか。)
エヴァンジェリンが手を広げると、ユーリが一枚の紙を渡した。
(これで良かったのか……?)
ユーリは、宿屋を出る前にヴィオラに言われた言葉を思い出す。
『ユリウス……様。私はついていけませんので……く・れ・ぐ・れ・もお嬢様をよろしくお願いしますね。』
(あの気迫は……誰かを目で殺せるレベルだった……)
目の前で起きていることを見ながら、ヴィオラの事を思い出すと、身体が震えるのを感じる。
『あ、そうそう……これはエヴァンジェリン様が手を広げた瞬間に渡してください。タイミングはわかると思いますので……』
目の前に立つエヴァンジェリンの様子を見ていると、タイミングは間違えていなかったようで、紙をバサリと広げた。
「こちらをご覧ください。婚約する時に交わした契約書です。ど・こ・に……」
そこで一旦切ると、ズイッと契約書をバルティオスに近づける。
「貴方が次期公爵になると書いてありますか?」
バルティオスはエヴァンジェリンから乱暴に書類を取り上げる。そして血眼になって文字を読み始めた。
「バルティオス・レグ・ガルディオを次期公爵であるエヴァンジェリン・アイリー・シルヴァリアの婿として婚約を認める……」
「はい、そういう事です。」
「そ、そんな事は……だって父上も、「これでお前も安泰だな」と喜んでいたぞ!」
信じられないのか、バルティオスは紙をビリビリと破き出す。
(自分で破くとは……もはや婚約破棄を認めたようなものじゃないか)
しかし、それも想定内だったのか、エヴァンジェリンはクスリと笑った。
「な、な、なにが可笑しい!!」
それが癇に障ったのか、破った契約書を丸めてエヴァンジェリンに投げつけた。
(まるで子供だな)
「本当に……昔から変わりませんね。貴方のお父様が安泰だと言った意味も分からないとは……。それに……」
扇子で、転がっていく契約書を指すと、
「貴方ご自身で契約を破棄してくださったので、もう次期公爵になる事は絶対ございませんわ。」
怒るでもなく、淡々と話す姿にその場にいた誰もが凍りついた。
その瞬間、会場中がざわめき出す。
「ガルディオ侯爵も災難だな……あんな息子を持つなんて。」
「バルティオスって、四男だろ?馬鹿で有名な……」
「ああ、女遊びが激しいって聞いたな。もしかしたらあそこに居る女以外にも居るんじゃないか……」
その言葉がエヴァンジェリンにも届いていたのか、エヴァンジェリンは二人を見据えた。
「バルティオス様は、どうやらオモテになるようですね?良かったではないですか。私のようなガリ勉地味女、でしたっけ?と、結婚せずにすんで。」
それだけ言うと、もう話す気もないのかエヴァンジェリンは踵を返した。
「ま、ま、待ってくれ。俺はどうなるんだ?」
「そうよ……私はこの人に騙されていただけ。何も関係ないのよ。」
弱々しい声にエヴァンジェリンは一旦足を止める。
「知りませんよ。でも……そうですね?」
「我が領地はガルディオ侯爵家との取引が無くなったところで痛くも痒くもないですし……。そもそもエクレア様でしたっけ?」
(エマリアな……)
「貴女の家がどちらのお家なのか存じ上げません。なので、大丈夫なのではないでしょうか?」
(そもそも知らないから、どうなっても構わない……ということか。)
「「そ、そんな……」」
その瞬間――
「バルティオス!!」「エマリア!!」
白髪混じりの男女が二組現れた。
「父上!」「お父様!」
二人は助けに来てくれたのかと思ったのか、両親の元へと近づいて行った。
ドガッ――パチン
「「……えっ……」」
二人は頬を抑えて立ち尽くした。




