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夕闇に背中を向けて

こんな感じなのかな、という感じです。今回は原稿用紙四枚ちょっとです。



 やけに真っ赤な夕日が矢のように僕の背中に刺さる。バスが来たので乗った。一番奥の席に座り、草臥れたスーツを着た僕は鞄の中からボロボロのテキストを取り出した。昨日習ったばかりの簿記のページをめくり、読み直してみた。バスは停留所を予定時刻通りに進み、順調に走っていた。

 テキストの絵文字がニコリとして可愛い。難しい簿記の内容を少しでもわかりやすくしようとしてくれている。「ウリアゲ、クリショウ、クリショウ、ウリアゲ」と呪文のようにブツクサと呟く。隣では同期の丹羽さんが、同じようにテキストを開いて線を引いている。僕は丹羽さんに「ここ、難しいですよね」と尋ねると、丹羽さんはニコッとして「確かに」と一言だけ答えた。

 丹羽さんと僕は、障害者向けの職業訓練学校での同期という関係だ。

 いつも帰りのバスで二人は一緒のバス停で乗り合わす。最初の出会いはやはりバス停だった。入校式の帰り、たまたまバス停でバスを待っていた僕に丹羽さんが「同じバスですね」と声をかけてきたのが始まりだった。コロナの影響で入校式以降は自宅学習だったが、六月から授業が再開されると、丹羽さんと僕はいつも帰りのバスで顔を合わせた。時には朝のバスでさえ一緒の時もあった。無論、最後の方は二人は申し合わせたかのように同じ時刻のバスに乗っていた。

 マスク越しの丹羽さんの素顔を僕は見たことがない。メガネ越しに柔らかな笑顔のおじさん、というのが第一印象だった。

 僕も丹羽さんも心の障害者だった。何が障害かもわからないほどの見た目だった。それでもその部類に区分されることが引け目だった。僕が障害者じゃなかったら、なんてことは今後ザラに考えるようになる。

 職業訓練校に通うようになってからは朝早く起きて自分の弁当を作るのが日課になった。

 目覚ましよりも早く目が覚めて、歯を磨いて顔を洗って台所に行く。ルーティーンは決まっていた。まず、ミートボールをレンジで温める。その間に卵を一つ割り、お椀に入れてかき混ぜる。小さめの玉子焼き用のフライパンに油を落とし、そこに卵を入れる。最初の頃はうまく行かなかったが、そのうちに慣れてきた。野菜は、ミニトマトを添える。キャベツの千切りを入れる。スパゲティは数日分の作り置きを弁当箱の下に敷く。その上にミニハンバーグを入れる。それで大体一人分のおかずには十分だ。ご飯は炊き立てのご飯を詰めて、ふりかけをかける。そうして、しばらく放置して冷ましてから蓋を閉める。

 弁当箱ひとつ買うのにも悩んだ。ロフトへ行き、これは、と思ったものをひとつ選んで買った。が、後日、鞄に入れにくいので、もう一回り小さなものも買った。結局、この二つをローテーションで使うことになった。

 春の良い季節はコロナのせいで味わえなかった。それまで毎年のように行っていた花見にも行けなかった。母と公園に行って、桜の木の下で缶ビールを飲んで、弁当やらたこ焼きやらを食べるのが春の楽しみだった。コロナは全てを奪って行った。

 梅雨の季節、職業訓練校の授業が再開した。雨はしとしとと風情を感じさせた。中庭の木々が窓外に見えて、窓ガラスに付いた雨粒との色合いが一層綺麗に見えた。少ない言葉で言うと「美」だった。もっと言葉を足せば「麗らかな雨」とでも言おうか。

「心の障害」

 僕を引きずってきたこの言葉。「精神障害者」。きつい言葉だと思う。

 統合失調感情障害。僕の病気の正式名称だ。統合失調症に感情障害が合わさったもの。僕の場合は特に感情障害の双極性障害の中でも躁が激しかった。テンションが上がると途轍もなく激しく活動する。それはいい面でも悪い面でも。(了)

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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