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第5話:【治癒不可能……!?】

「なっ!? なんでしょうかぁぁぁ……っ!?」


 扉に半身を隠して現れたのは幼女。

 深く被った覆頭衣(フーデットコート)で顔は見えないが、上ずった声から女の子だと分かる。

 急いでいたとはいえ、大声を出したのはまずかったか……。

 怯えさせてしまったことへの反省を込め、次こそは怖がらせないようにと優しく話し掛けた。


「と、突然ごめんね……。ここに怪我を治してくれる人がいるって聞いてきたんだけど、その人を呼んでもらえないかな?」

「……っ」


 笑顔を添えてみたけど、おそらく見えてはいないのだろう。

 僕の首から下を見るように、必要最低限の動きで、全身を見定めた幼女は、「どうぞ……っ」と、迎えてくれた。


「……椅子と寝具(ベッド)は自由に使ってください」

「ありがとう。お邪魔するね」


 中は10畳くらいの空間で、寝具(ベッド)が2つとその横に椅子が2つ置かれている。

 その前には使われてはいないが暖炉も備わっていて、それなりに休めそうな場所になっていた。


「とにかく、アカリを横にしてあげないと」


 眠ったままのアカリを寝具(ベッド)に寝かした後、僕は椅子に座った。


「たはぁ~、……疲れた」


 ようやく座れた……。

 正直、本当にきつかった。

 使命を果たした途端に疲労が押し寄せて、もう立ち上がる気も起きない。

 このまま宿泊出来ないかと願望が膨らむ中、軽い足音が部屋の奥へと消えていった。


「誰かを呼びに行ったのかな?」


 ここを教えてくれた主婦さんは、治療できる人のことを『あの子』と称していた。

 口ぶりからして、若い人を思い浮かべていそうだったけど。


「いくらんでも、……違うよね?」


 消えた幼女に『あの子』と言う言葉を重ねてみるが、いくらなんでも若過ぎる。

 というか、幼すぎる。

 両親か、兄弟辺りを呼びに行ったのだろうと、僕は一人頷いた。


「しっかりした子だな。親が医者だと、子供も立派になるものなのかな」


 幼女でありながら、言葉遣いの丁寧さに感心させられた。

 年相応の活発さが見えない部分はあるが、小さい子が皆元気いっぱいだというのは僕の偏見だ。

 むしろ用心深い行動が出来るというのは、この異世界では称賛すべき点かもしれない。


「何はともあれ、なんとかなりそう」


 幼女の印象から安心して治療が受けられると体の力を抜き、寝ているアカリに目を向けた。

 僅かに聞こえる吐息と、胸が小さく上下するだけ。

 このまま眠り続けてしまうんじゃないかと思うくらい、一定の律動(リズム)で繰り返される。

 それと同時に違和感に包まれた。


「あれ? なんだか、傷が……」


 思えば、鮮血まみれのアカリを見た時、僕は今にも息を引き取りそうだと感じていた。

 けれど一転、力を得たアカリからは、怪我人の影がなくなった。

 怒涛の展開を目の当たりにし、意識も薄れていたわけだが。


(それにしても、…………これは?)


 怪訝な瞳をアカリへと向けていると、背後から声が掛かった。


「あの……お兄さんも寝具(ベッド)で寝た方が……」

「あ……、ううん、大丈夫だよ。──ありがとう。…………、あっ」

「どうか、しましたか……?」

「な、なんでもないよ。……気にしないで」


 突然呆気に取られた僕に、幼女は困惑気味に首を傾げる。

 アカリに言ったばかりだからか、すっと『ありがとう』が言えた自分に思わず驚いてしまった。

 こんなことが言えなかった自分が恥ずかしくもあり、救ってくれたアカリには感謝しかないな。


「それでは、治療を始めます」

「………………ん?」


 緩んだ頬を戻そうと顔に力を入れていると、聞き捨てならない言葉が聞こえ、僕は真顔となった。

 使ってなかったもう一つの椅子をせっせと運び、幼女が座る。

 そのためらいのない動作に、僕は瞬きを繰り返した。


「えっとぉ、その……、治療をするんだよね? ……お父さんとか、お母さんはいないのかな……?」

「今は……、畑仕事に出てます……」

「てことは……、つまり…………」


 ここはもう異世界だ。

 己の常識に囚われたところで仕方ないのだが、相手が幼女だけあってどうしても入念な確認をしてしまう。

 そんな僕の問いに、


「サレンが……、治癒を施します……っ」

「……ぁ」


 少女は手にした本を広げた。


「そうですよね……。不安にもなりますよね……」

「……んっ!」


 僕の抱いた不信感に、幼女は肩を落とした。

 覆頭(フード)で見えないはずなのに、幼女が悲しく微笑んだように感じて、胸が締め付けられる。


(僕はなんてバカ野郎だ……!)


 誰でも良いといいながら、本心では腕の良い医者に縋っていた。

 アカリに『ありがとう』と言えなったことに続き、これで二度目。

 またしても僕の無神経で女の子を傷つけた。

 頭ではわかっているはずなのに、己の学習能力の低さを恨みつつ、しわくちゃにした顔を全力で下げた。


「疑ったりして、ごめんなさいっ!!」

「っ!」

「この人は命の恩人で……、その、何が何でも良くなってほしくて……。……勝手な期待で、君を傷つけた……。本当に、ごめん…………」


 顔は…………、無理に見ない方が良いか。

 日差しも入らないこの部屋で、覆頭(フード)を被り続ける理由はわからないけど、きっとこの子とって欠かせないものなのだろう。

 そこに疑念を感じ、勝手に不安を抱いた自分の浅はかさを認めながら、僕は再度頼み込んだ。


「改めてお願いします……! この人を、治してください……っ!」

「っ!」

「……大切な人なんです」

「……っ」


 今更でも、我儘だとしても、僕にはこれしかない。

 誠心誠意の言葉を伝えることしか出来ない。

 そうして下げ続けていた頭上で、ポツリと幼女が呟く。


「……わかりました」

「……っ。よかった、ありが──」

「──ですが……、このお姉さんに……、治療は要らないと思います……」

「え?」


 ホッと息を吐いたのも一瞬。

 僕の謝罪を遮った幼女は、横たわるアカリへと視線を向けた。


「このお姉ちゃんに目立った傷はありません……。何か、誤って睡眠作用の食材を口にしましたか?」

「いや……、そんなことはないと思うけど……」

「……そうですか。……では、疲労のせいではないでしょうか? ……時機に目を覚ますと思いますけど……」

「そう……。なら、ひとまず安心だ……」


 顎に手を当てていた幼女は、最後に心配ないとだけ付け足した。


(やっぱり、そうなのか)


 魔獣との戦いで付いたはずの傷跡は、幼女が言うように消えていた。

 相変わらず戦闘服はボロボロで、血が染み付いた所は汚れてしまっているが、傷という傷は僕にも見当たらない。

 考えられるのは、噛んだ後に出てきた赤い光粒。

 とてつもない力に加え、治癒も施したということだろう。


(『運命の人』ってやつも気になるし、色々気になることが山積みだな)


 僕を……、僕達を救ってくれたあの『力』についてさらに疑問が深まる。

 今は静かに眠るアカリの目覚めを待ち遠しく思うのだった。


「はい。なので、治療すべきは……、その……」

「……ん? ……ぁ、僕の方ってことか」

「…………もちろん、望むならですが」

「っ!?」


 さっき抱いた不信感がよっぽど堪えたのか、まるで僕は治療を拒む厄介なやつみたいになってる!?

 尻窄みな口調は、僕への遠慮なのか。

 治療を施すほうがなぜかお願いするような立場に変わる逆転現象に、僕は慌てて謝罪を重ねた。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 勝手に訪ねて、勝手に疑って…………。僕は、カガヤ・マコトって言います! こんな情けない僕を、どうか君の力で助けてください……!」


 土下座でもするべきだったかもしれないけど、それが誠意の証であることはおそらく伝わらないだろう。

 無駄に怖がらせるくらいならと、僕は膝に額がつくほど深く頭を下げた。


「えっとぉ……、サレン=ネーゼ……です。…………はい、承りました」


 恐る恐る名前を告げた彼女だが、最後はどこか砕けた印象に変わった。

 無様を晒したのがむしろ良かったのか、了承を告げた彼女の声に笑みが宿って聞こえる。

 打ち解けたとは言えないけど、幼女の警戒心が薄まった。

 そんな気がして、彼女の顔を見ないように僕も微笑んだ。


「……それでは始めます」

「うんっ」


 一呼吸置いた幼女は、頭を上げた僕に両手をかざす。

 治療するといっても、道具らしき物はない。

 あるのは膝に置いている古びた本のみ。

 ならばおそらく……と、僕は胸を高鳴らせた。

 そして、サレンと名乗った幼女が、────(うた)う。


「【朽ちゆく魂、懺悔の声。青さにて犯した罪に赦しを乞いて、赤く燃え上がれ。緑の加護を受けて返り咲け】」


(同じだぁ!)


 詠唱を進めるサレンから、紫の光粒が沸々と溢れ出す。

 アカリがしたような全身を包み込む量には遠く及ばないが、僕へとかざした両手に光が集り、みるみる白く、淡く、透明に近い色へと変化する。

 その光が、僕らを温かく包み込む。


「【神が定めた生命の導きに、反して今宵舞い戻り、我に力を宿られろ】」


 紡がれる言葉の音階。

 祈りを捧げるような秀麗な姿に、終始釘付けになる。

 透明だった光粒が、唱えた言葉に呼応するかのように色を変え、最後に優しい緑の色で止まった。


「【リライフ】」


 彼女の周りが緑に灯り、光粒たちが一層輝く。

 両手の中で球体に形を変えると、サレンの手を離れ、僕の胸の中にすっと入ってきた。


「すごい……っ!」


 たちまち体の傷は癒え、足の疲労も消える。

 呆気にとられ、語彙力を無くした僕は、自分の体から目が離せなかった。

 これは紛うことなき──【魔法】だぁ!

 異世界の代名詞といっても過言ではない【魔法】の存在に、僕は目を輝かせる。


(けど、アカリは詠唱なんてしていなかったよな……?)


 魔獣を凌駕したアカリの力と、サレンが施してくれた癒しの力。

 差異はいろいろとあるが、真っ先に浮かんだのは『口噛み』の有無。

 死の間際にも関わらず、懇願された『口噛み』。

 それがこの世界の【魔法】の鍵となるのだろうと、目星を着けた。


「体の調子は、どうですか……?」

「あ、う、うん……、平気だよ」


 優しくサレンに尋ねられ、僕は思考の海から浮上する。


「うん、本当にすごいよ。痛みも体のだるさもなくな──、…………ぁ」

「どうか、しまし……。……え?」


 まじまじと見ていた自分の体から視線を上げると、そこには覆頭(フード)が脱げた幼女がいた。

 幼女といっても、もはや体型だけ。

 顔立ちは成人へと進み始めたくらいで、紫色に染まった丸型髪(ボブヘヤー)が特徴的な美少女の姿が顕になってしまった。


「……ぁ、………あ、あっ!?」

「っ!?」


 色を変えた光粒のように、少女の(シルク)のような顔が真っ赤に染まる。

 金の瞳に涙を溜め、わなわなと震える唇は必死に何かを留めようとしているかのよう。

 だが、


「あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「サ、サレンさーーーーーーーんっっっ!?」


 絶叫は止められない。

 慌てふためき、弾かれたように走り出した少女は、瞬く間に部屋の奥へと消えていく。

 そんな小さな背中に、僕は手を伸ばすことしか出来なった。

 ちょうどその時、扉が開いた。


「どうした、サレンっ!? 無事か!? ……って、誰だい君は!?」

「ち、違いますっ! けして怪しい者では……っ!?」

「あなた、どうしたの? あら、お客様かしら?」


 こうして、入れ違いで現れた両親の誤解を解いた僕は、異世界生活の初日をなんとか温かい夕飯と寝床で締めくくることになったのだった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

今回は、新キャラ・サレンとマコトの掛け合いを通して、少しずつこの世界の仕組みにも触れていく回になったかなと思っています。

ここからしばらくは“サレン回”が続きます。

なぜ彼女はずっとフードを被っていたのか──その理由も、少しずつ明かされていきますので、気になる方はぜひこの先も読み進めていただけたら嬉しいです。

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