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第6話:【背負えない期待】

「美味しいです!」

「そお~。ウチではお父さんしか食べる人がいないから嬉しいわぁ~。どんどん食べてね」


 サレンのお母さん。カラル=ネーゼさんはそう言って、空いた僕の皿へどんどんおかずを盛る。


「ごめんなさいね~。あの子ったら部屋に閉じこもったまま出て来なくて……」

「い、いえ! 相当ビックリしてたので、……たぶん、僕と顔合わせたくないんだと思います……」


 覆頭(フード)が取れて視線を交えた瞬間のサレンを思い出し、僕は罪悪感に苛まれた。

 サレンの人と目を合わせたくないという気持ちは、よっぽど強かったのだろう。

 勘づいていたのだから、すぐに目を離せば良かったのだろうけど、思わず見つめてしまった。

 それがトドメとなり、サレンに絶叫を上げさせたと思うと、胸が痛む……。

 カラルさんの料理が、涙で塩気を増すほどに……。


「心配しなくていいよ。あの子は訳もなく人を嫌ったりしないさ」

「そう、なんでしょうか……?」


 サレンのお父さん。エラルド=ネーゼさんは、涙目になる僕に優しく笑いかけてくれた。

 ことの経緯を伝えた僕に、サレンの両親は何の疑いも見せることなく料理を振舞い、ボロボロになった服も変えてくれた。

 親が親なら、子も子。

 サレンの見せた気遣いが、この二人から譲り受けた物であるのは明白だった。


「それにしても、大変だったね。よく大型の魔獣から生き延びたもんだよ」 

「本当にね。それに女の子を守りながらなんて、立派だわぁ~」


 どこまでも人が良いと言うか、二人から漂う温厚な空気に当てられ、だんだんと口元が緩んだ。


「でも、困ったわね。『ディスター協会』に依頼を出して討伐してもらった方がいいんじゃないかしら?」

「そうだね。明日にでも協会に行ってみるよ」

「あの、それなら大丈夫です」

「「え?」」


 顔を険しく歪めるエラルドさんに続き、カラルさんも頬へと手を置いた。

 そんな二人のやりとりに聞き馴染みのない言葉が出てきたが、まずは勘違いしている部分は訂正しようと割って入った。


「その魔獣ならアカリが……、今寝ている子が倒してくれたんですよ」

「そんなバカな? 大型の魔獣だったんだよね?」

「はい。でも、なんかすごい力であっという間に…………。あっ! 僕のことを『運命の人』だとか言って、バ、バ、バーッとやっつけてくれ―─」

「「──っ!?」」


 にわかに信じられない。

 そんな風に眉間に皺を寄せる二人だったが、『運命の人』という言葉を使った瞬間、


「「アナタっ!! それ本当かい(ホントっ)!?」」

「へぇ……?」


 食台(テーブル)を越え、覆いかぶさる勢いで僕に顔を近づけた。


「ねぇ~、聞いたぁ~!? 『ディスター』の誕生ですって! すごいわぁ~」

「これは驚いたな。まさかこんな奇跡の瞬間に立ち会えるなんて」

「え、えぇ……?」


 和やかな食事から一転、カラルさんは頬に両手を当てて微笑み、エラルドさんも感嘆に頷きを繰り返す。

 お祝い雰囲気(ムード)が漂い始める食卓で、ただ一人状況を飲み込めていない僕だけが、冷や汗を垂らしていた。


(これ、正直に知らないって言って良いものなの!?)


 二人との温度差に拍車がかかる中、僕は選択を迫られる。

 異世界転移でこっちの世界に来てしまったことを打ち明けるかどうか。

 今も和気藹々と話す二人からは、『異世界転移』なんて話題は上がっていない。

 事例がないということは、紛れもなく僕は異端者であり、この世界にとっての闖入者。


(今のところ、僕自身に何か特別な力があるわけじゃないし、守ってくれる存在もいない……)


 自衛の術を持たない現状で、大事に巻き込まれるわけにはいかない。

 一番の味方になってくれるだろうアカリが目覚めるまでは、慎重になるべきだろう。


(打ち明けるにしても、まずはアカリからだ)


 命の恩人であり、『運命の人』と呼んでくれた彼女を差し置いて、他の人に打ち明けることではないだろうと、『異世界転移』の秘密を心の深い奥にしまっておくことにした。


「あの、すみません……」

「ん? どうかしたかな?」

「その『運命の人』ってやつについて詳しく教えて貰えませんか?」

「「え?」」


 その分、僕が無知であることは曝け出すことにした。


(話を合わせるもの限界が来る。ならいっそぶちまけてしまおう……!)


 吉と出るか、凶と出るか。

 穏やかだった食事が、どこか張り詰めた物に変わったことに、僕は息を飲んだ。


「本当に知らないのかい? 『ディスター』のことを?」

「はい……」

「じゃ、『(むす)び人』って言葉はぁ~?」

「えっと、…………ごめんなさい。わからないです……」

「「……っ」」


 二人からの追及に何も答えられかった僕は背中を丸めて謝罪をする。

 そんな僕に、二人は言葉を失ったようだった。

 ここは無理をしてでも話しを合わせるべきだったか?

 奥歯を噛み締め、そんな後悔を抱き始める。

 だが、そんな焦燥感はエラルドさんの優しい声に吹き飛ばされた。


「すまない。年甲斐もなく興奮してしまったことを詫びさせてくれ」

「え?」

「私もごめんなさいねぇ~。でも、あなたがとっても幸運の持ち主だってことは、知ってほしいのよぉ~」

「幸運……ですか?」


 オウム返しで尋ねた僕に、二人は微笑みながら頷く。

 たったそれだけで、二人から怪訝な視線が向けられることはなかった。


「サレンには今のこと言ったのかな?」

「い、いえ……何も」

「そうか。なら俺から言わせてもらうけど、アカリと言ったかな? あの子はもうじき目覚めるよ」

「ほ、本当ですかっ!!」


 食台(テーブル)に手をついて立ち上がった僕に、エラルドさんは確信めいた笑みを浮かべた。


「原因はおそらく魔力切れ。『ディスター』になったばかりの頃はよくある話なんだよ」

「……『ディスター』?」

「ふふっ。『ディスター』って言うのはね、魔法が使えるようになった獣人のことを言うのよぉ~。そして獣人が魔法を使うためには、ヒューマンである『(むす)び人』に噛み跡を付けてもらうことなのっ」


 エラルドさんの言葉を補足するように、カラルさんが説明を挟んではニッコリと笑う。


「誰でも良いわけじゃない。アカリにとっては君の噛み跡だけが、魔法を行使するための鍵になるんだよ」

「僕、だけ……」


 エラルドさんに言われ、僕は寝具(ベッド)で寝るアカリへと視線を向けた。

 太陽のような明るい人。

 命と、過去の戒めから救ってくれた大恩人。

 そんな彼女が、僕を『運命の人』だといった理由にようやく納得がいった。


「それにしても魔法を使うのに、そんな手間が必要なんですね……」


 この世界はどうも縛りが強いらしい。

 大きな制約に縛られていることに、同情すら湧いてくる。

 魔獣から情けなく逃げ出した僕が思うのも失礼極まりないのだが。

 魔法を自由に使えないという獣人に、僕は細い目を作る。

 その時、


「手間って言われれば確かにそうだけど、一部を除けば獣人(・・・)もそれくらいしか魔法を使う方法なんてないからね」

「…………………………獣人、も?」


 僕の心に暗雲が立ち込めた。


「魔法を使うために、魔法が絶対使えないヒューマンの手を借りる。お互いを尊重し合いなさいって言われているようで、私は好きだなぁ~」

「……………………………………絶対、使えないっ!?」


 幻想的(ロマンチック)に心打たれたように、カラルさんは頬を赤く染めて語る。

 だが僕の心は、「聞きたくない聞きたくない!?」と、これ以上ないほどの拒絶反応を起こしていた。


「「そうよぉ~(だよ)」」


 だが数秒に満たない拒絶は、にこやかに笑う二人からの肯定に完膚なきまでに粉砕された。


「ええええええええええええええええええええっっっ!!」


 終わった……。

 僕の異世界無双に、幕が下りた。

 そもそもそんなことをしようとは、今の今まで考えてもなかったけど、魔法が使えないとは……。

 力なく食台(テーブル)に突っ伏した僕に、エラルドさんは哄笑を響かせた。


「あははは! その落ち込みようだと、本当になにも知らなかったんだね。わかるよー、俺も冒険者をしていた時は魔法が使えたらって思っていたからね」

「冒険者をなさっていたんですね……。納得です……」

「お、まだそう見えたか。今じゃ畑仕事にしか役立たない筋肉だけどね」


 容姿は穏やかなエラルドさんだが、首から下は服の上からでも筋肉の厚みが伝わってくる。

 最初からガタイが良いと思っていたが、道理で……。

 どこか嬉しそうに力こぶを作るエラルドさんに嘆息を吐き、伏せていた食卓から顔を上げた。

 そこで、ここにいない少女がふと思考を横切った。


「そういえば、サレンも魔法を使ってましたけど、あれは一体……?」

「「……」」


 今の話を聞く限り、ヒューマンは魔法が使えないわけだし。

 獣人だって、『(むす)び人』がいないとダメということになる。

 なら、なぜサレンは魔法が使えたのか?

 一人ブツブツ呟く僕の視界の隅で、二人が頷き合っている姿が見えた。


「あの子だいぶ内気だろ? あれでも随分マシになったんだよ」

「え?」

「7年になるかな……。出来るだけ人を避けるためにこの村にやって来て、魔法を使えるようになった時間……」

「……」

「気づかなかったみたいだけど、あの子は獣人……。……私たちの本当の子どもじゃないのよ」

「っ!?」

「冒険者をしていた時に、俺が拾った子なんだ。薬草採取の依頼を受けて森に入ってね。そこで、まだ赤ん坊のサレンを見つけたんだ」


 それからエラルドさんに連れて帰られたサレンは夫婦によって育てられた。

 それ自体は前置きに過ぎず、魔法を使えるようになった理由はここからだと、僕は黙ったまま頷いた。


「私も今と違って、治療院で働いていてね。そこに熱を出したサレンを連れて行ったことがあるの。幸い熱自体はたいしたことなくてね、念のため数日間入院することになったんだけど……」


 それが、サレンを変えてしまう事件の序章だったと、カラルさんは自罰的に語った。


「暇を持て余しているサレンに私がどんな仕事をしているか知ってほしくてね。いい機会だと思ったから治療についての一冊の本を渡したのよ」


 そう言ってカラルさんは、一冊の本を僕に見せる。 

 そこに書かれていたのはサレンが僕の前で唱えた詠唱だった。


「【還元魔法】って言ってね。『ディスター』とは別で、稀に詠唱するだけで魔法を使える獣人がいるんだけど……、サレンはこれを唱えて────治癒魔法を発動させた」

「っ!?」


 そこから半年。

 サレンの激動の日々が始まり、治療院の治療を圧倒する魔法の力を使い、人々を治していたそうだ。


「魔力を使うというのはとても疲労するものなんだ。アカリが寝込んでいるように、幼いサレンが疲れないはずがなった。だと言うのに、俺は気づいてやれなかった」


 この村よりも大きな街で、日々魔法を使っていたサレンの体は、限界寸前。

 けれど、治療を求める人が絶えることはない。

 そんなある日、大怪我をした僕くらいの見習い冒険者が現れ、サレンの魔法を使用しないと助からないほど急を要した。

 しかし──。


「サレンは魔法を発動することができなかった」


 それから子供の親はひどく悲しみ、幼いサレンを罵った。

 サレンは救えなかった罪悪感と怒りの声を受けて心を痛めた。

 それでもサレンを必要とする声が絶えることはない。

 制限は設けたようだが、その分治癒魔法が必要不可避の重症患者の相手をすることとなり、救えない数が多くなる。

 結果、サレンの心は壊れてしまった。


「俺たち夫婦は、サレンを守るために街から逃げた。そして、この小さな村へと来たわけだ」

「最初は、サレンを人の子として紹介したんだけど、村に移って7年目の頃、あなたと同じように、魔獣に襲われて怪我をした村人が出ちゃったの。この村には整った治療設備はないし、生死が危ぶまれていた時にサレンが……」


『サレンが、…………助けるっ』


 そう言って、村人を助けたらしい。

 当然、村の人たちは驚いただろう。

 それまでヒューマンだと思っていた子供が、突然魔法を使ったのだから。

 気が気でなかったのはカラルさんたちも同じ。

 また苦痛の日々が繰り返されるのかと。

 話の続きを聞こうとする僕までも身を震わせた。


「でも、村の人たちはあっさりと受け入れて、サレンを大事にしてくれたわ」

「……っ」

「ほら、ここは小さい村だろ? 大怪我をする人は滅多にいないし、サレンの負担になることなく今までやってこられたんだ」

「それに、サレンが初対面の人と話せるようになってて、私たちもビックリしたのよぉ~」


 壊れた心はこの7年をかけてようやく『内気』と呼べるまでに回復した。

 そして今日、また一つ成長が見られたと喜ぶ二人は、本物の親だ。

 薄っすら目尻に涙を溜めるカラルさんの肩に、エラルドさんが肩を置く。

 こんな二人だからこそ、サレンの心は癒えたのだと、僕は確信した。


「逆に、どうしてサレンはその【還元魔法】を扱えたんでしょうか?」

「魔法を使えない俺達ヒューマンには分からない感覚さ。魔法を頻繁に扱う『ディスター』なら、訓練を重ねれば使えるようになるとか聞いたことあるけど……」

「ん~……」


 まだまだこの世界の魔法の仕組みを知るのは難しそうだ。

 けれど、こぞってサレンに頼ろうとした人たちの気持ちはわからなくもないかも……。

 『ディスター』でもない幼女が、一発目から【還元魔法】を成功させたんだ。

 例え魔獣が倒せなくても、治癒の力は偉大だったはずだから。


「なぁ? お願いなんだが、この村にいる間はサレンと仲良くしてくれないか? もちろん、寝泊りはウチですればいいからさ」

「え? い、いいんですかっ!?」


 思考に耽ってしまいそうになった時、エラルドさんからの提案に僕は目の色を変えた。


「私からもお願いしちゃおうかな。この村にサレンと歳の近い子はいないし、いい刺激になると思うのよねぇ~」

「お安い御用です! お二人とも、ありがとうございます……!」


 願ってもない話に、思わず驚きの声が漏れる。

 それでも二人から注がれる暖かな微笑みが、内に抱く不安を払拭してくれた。

 この二人に頼まれたとなれば、断る理由はない。

 思わず泣いてしまいそうになりながら、僕は頭を下げた。


「1つ気になってたんですけど、いいですか?」

「ん? なんだい?」


 空の皿が並び、夕飯が終わろうとした時、僕はふと気になったことを口にした。


「2人はいつからサレンが獣人だって気づいたんですか? サレンにはアカリのような耳とはなかったですけど……?」

「別にサレンに限った話じゃないけど。何も耳を生やした者だけが、獣人と呼ばれる訳じゃないさ。翼だったり、角だったり、牙だったり…………本当にいろんな獣人がいるんだよ」

「な、なるほど……」

「服に隠れているだけで、ちゃんと外見に特徴がある獣人とかもいるわねぇ~」


 獣人と言えば、猫耳。

 だと思っていた僕の認識ははやりこの世界では役に立たなさそうで、この先のことを考えるとまた胸が重くなりそう。

 話の締めくくりに、「サレンは後者だね」っと、カラルさんが告げた。

 その特徴が何かは教えてくれなかったけど。


「すまない。これは教えてあげられなくてね。ぜひ仲良くなって聞いてみるといいさ。教えて貰えたなら、君をサレンの婿にしてやってもいいぞ!」

「ぶっ!?」


 口に運んでいた水を、思わず吐き出しそうになる。


「それは、っ…………さすがに…………っ」

「そうよぉ~、あなた? マコト君にはもうアカリちゃんがいるんだから」

「確かに、それもそうだ」


 咳き込みながら答える僕に、まるで付き合いたての(カップル)をいじるみたいに、カラルさんが茶々をいれる。

 そこに素早く乗っかるエラルドさんとの息の相性は、さすが夫婦と言ったところか。

 いくら『運命の人』とはいっても、その実は『ディスター』と『(むす)び人』。

 【魔法】で繋がれた関係でしかないのだ。


「…………っ」


 少し切ない気持ちにさせられてしまうのは、きっとアカリの笑顔のせいなのだろう。


(勘違いしないようにしないと……)


 僕を『運命の人』だと言って喜んでくれたアカリの笑顔を思い出すと、胸が熱くなる。

 鼓動が高鳴る。

 本当に厄介な仕組みになっているこの世界に、僕はまたため息を溢した。

 

「まぁ、運命の人とは言うが、俺はそれが全てではないと思っているがね」

「え?」

「カラルと一緒になったことが間違いであるはずがないからね。ははは!」

「ちょっとぉ~。アナタなんて事言いだすのぉ~」

「お二人って……、意外と恋愛脳ですよね……」


 一体何を見せてつけられているのか。

 言ってやったぞ、とばかりに哄笑するエラルドさんに、カラルさんも頬を赤らめる。

 道化を演じている気がしなくもしないが……。

 それでもどこか肩の力が抜けた気がして、災難続きだった異世界初日目を、僕はゆったりとした気分で終えるのだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

今回は、サレンの過去や魔法の仕組みに少し触れる回となりました。

設定を語るのは楽しいけど、理解してもらえるかな? それとも情報過多? と悩みが尽きないです、、、。

これからも新しい言葉や設定が増えますが、付いてきてもらえるよう面白い物語にしますので、ブックマークやコメントで応援よろしくお願いします!

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