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第4話:【私を、噛んで】

今回の話は1万字近くなってしまったので時間がある時に読むことをおすすめします。

少年少女の出会いの完結。

楽しんで頂けたら幸いです。

 中学から帰宅し、夕飯の準備をする。

 母がいない僕の家では、家事全般が日課だった。

 その日もいつも通り。

 いつも通りのはずだった日常は、チャイムの音をきっかけに終わりを迎える。


「はーい?」


 何気なく開けた扉の先にいたのは、スーツにダウンジャケットを着た若い男性だった。

 さらにその後ろに立つ二人の警官。

 今まで目にしてこなかった異様な光景に悪寒が体を駆け抜け、一歩引いた足はたじろいだ。


「な、なにか……」


 震える唇で、問いかける。

 別に警察が家に来たことに驚いたわけじゃなかった。

 一人苦痛に染まり、子供相手に涙を流す異様さが、不気味で仕方なかったのだ。


「すいませんでした! ……先輩を……君のお父さんを守ることができませんでした!」 

「っ!?」


 降りしきる雨の音が消え、ドキンッと一瞬で血流が早まるのを感じた。

 指先、足先が凍り付き、感覚がなくなっていく。

 人生始めての酩酊状態に、頭がクラクラし始める。

 しっかり立ってるはずなのに視界は歪み、一向によくならない。

 もたれ掛かった壁に体重を預け、そのまま重力に従って体が落ちていく。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……!?」


 荒い息遣いが、自分のものだと自覚するのに時間がかかった。

 耳をすませば激しい雨音も健在で、幻聴でないと否定する。

 もっと気の利いた言葉は無かったのか?

 大人が三人、中学生を前にして黙りこけるなよ……。

 何もわからない子供じゃないんだ……。

 中学生にもなれば何が起こったのか察することくらいできるんだよ……。

 きっとそうだ…………父さんが死んだんだ。

 根拠なんて必要ない。

 ただその時、雨で濡れるのもお構いなしに、一人土下座する若い男性がいたことだけははっきり覚えている。

 そんな男の人から漏れる涙ぐんだ声が、父さんとの死別を告げているようだったから。


「……帰ってください」


 過呼吸になりながらやっとの思いで出した言葉は酷く小さく、弱々しかった。


「……わかった。ただこれだけでも受け取ってほしい」


 濡れた手で渡された名刺はすぐさましわくちゃになり、断る元気もなかった僕は黙って受け取った。


「それじゃ、また後ほど……」


 扉が甲高い音を立てながら閉じる。

 背中に伝わる壁の冷たさと、止まない雨の激しい音が、空いた心に流れ込む。

 その日僕が何を思ったのかはわからないけど、椅子に座ったまま次の日を迎えていた。

 起きた瞬間、目に飛び込んできた料理の数々。

 それら全てが父さんの好物であったことに、夢でなかったことを示唆されているようだった。


 後日わかったことだが、その日は都内の銀行で銃を持った犯人による立て篭もり事件が起きていたらしい。

 刑事をしていた父さんは犯人の説得役として現場に入り、そこで犯人を取り押さえるも隠れていた仲間の発砲から民間人を庇い、殉職。

 錯乱した犯人は続くように死者を出し、事件は大きく報道された。

 警察の大失態として。


 テレビの中では、専門家を名乗る老けたオヤジが持論を交えて酷評。

 SNSはもっと酷い。

 誹謗中傷、罵詈雑言の嵐だ。


『まぁ、こんなもんだよね。期待しない方がいいよ』『これだから税金泥棒は……』『遺族がかわいそう』『警察犬の方が人間よりも優秀なんじゃないの?』『警察なんていらない』『謝罪会見すればいいと思ってんじゃねーぞ!』『日本の未来は暗い』『しっかり働けよ』『交通違反の取り締まりよりも自分達の取り締まりをしっかりやれよ』『犯人が使った銃って警察から奪ったやつだったら面白すぎwww』


 ———— 『無能な警察一人殺した犯人はむしろいい仕事したwwww』————


 バリッと割れる音が部屋に響く。


「……あっ」


 ひび割れたテレビに、スマホが突き刺さる。

 無意識とは怖いもので、自分の狂気性に驚きながらも、特段悪い気はしなかった。

 ただ次の瞬間には、抑えならないほどの悲しみに襲われた。


「……父さん、なんで……なんでっ!」


 喉を抑え、胸を抑え、頭を床に擦り付けた。


「……かぁっっっっっっっ‼︎」


 腹の中では沸騰した怒りで満帆なのに、言葉にならない吐息だけがゆっくりと漏れ出す。

 父さんの行いに対して、世間の目は異様に冷淡だった。

 僕は世間と言うものを見限った。


 人混みにポッカリと空いた空間を、魂律(プログラム)されたように皆が避ける。

 でも、いつもその空間には人がいた。

 ボロボロで膝を抱えた『誰か』が、潤んだ瞳を向けてくる。

 今にも泣きそうな顔で、『誰か』を探して視線を彷徨わせている。

 でも、人というものは残酷だから。

 自分が助けたからと言って、助けてくれるわけではないのだから。

 助けるだけ労力の無駄遣い。


『──人助けは、自分のためになんてならない──』


 これから僕は、僕の力で生きていかなきゃならない。

 だから、余計なことをする余裕はない…………人助けなんてしてやるもんか。

 それが僕の人生における絶対ルール。


 ×   × ×


(────そんなもの、クソくらえだっ!!)


 地面に突き刺さった剣を抜き、僕は立ち上がった。

 僕が魔獣を倒すなんて、夢のまた夢。

 これからすることは、ただの自己満足。

 だからって、何だっ!

 お前に特別な力はないだろ?

 分ってるよっ!

 無駄死する気か?

 あぁ、その通りさ!

 だけど、……なりたくない。

 今まで憎んできたやつらと、同じになりたくないんだ!

 見ない振り、聞こえない振りはもうたくさんっ!

 みんな避けて通る中心で、泣いている人がいる。

 なら、手を差し伸べたいじゃないか!

 この選択は、きっと彼女を悲しませる。

 僕の無鉄砲は、彼女を不幸にするだろう。

 それでもっ!!


(あの人が望む、──【誰か】になりたい──っっ!!)


 今更で、身勝手で、酷い自己満足。

 でも彼女の瞳が。

 宝石のように輝く翠光(ライトグリーン)の、あの目が。


(──【誰か】──を求めて、苦しんでいるじゃないかっっ!!)


 倒れ、血を流し、屍同然となった少女が流した涙。

 それを今この場で、拭ってやれるのは僕だけ。

 彼女の【誰か】になれるのは、──【僕】──だけなんだ。


「はああああああああああああっ!」

「なに、やってんるの…………君っ!?」

『ヴォ……?』


 魔獣の前へと姿を現した僕を見て、少女が驚嘆を上げる。

 聞き分けの悪い男がヤケ起こした。

 僕の蛮勇はそう見えたのだろう。

 いや、僕自身そう思う。

 こんなのただの自殺行為。

 第三者が見れば、『言わんこっちゃない……』と口を揃えるだろう。

 虫けら同然の僕の登場に、ちょうどつまらなそうに鼻息を立てる魔獣のように。


(ああ、いいさっ! それでいい!!)


 一瞥向けた魔獣は、武器を手にした僕に一切の警戒を払わない。

 バカにされている。

 けど、構わない。

 僕へと視線を向けたらな、それで十分。

 悔しさを原動力にする僕は、魔獣の前で急停止した。


「~~~~~っっ!!」


 普通に切りかかっても無駄。

 どうせ致命傷は与えられない。

 かといって、少女に渡しても意味がない。

 彼女はもう、戦えないから。


(となれば、僕に出来るのは……っ)


 剣先を地に向け、斜に構えていた僕は、片眉を歪めた魔獣の前で体を捻る。

 僕がしようとしていることなんて、本当につまらないことだろう。

 命を掛けるに値しないバカバカしい行為。

 たかだか数秒生み出すために、僕はこの先の人生を捨てることにした。

 その数秒の時間稼ぎを成功させるには。


「こうするしかない……、──じゃんっ!!」


 体を軸にして刀剣を回し、力いっぱい放り投げる。


『グオオッ!?』

「や、やった……!」


 火事場の馬鹿力か。

 一直線に飛んだ剣は、油断を欠いた魔獣の眼孔に突き刺さった。


「っ!」


 けれど、ただ喜んでもいられない。

 歓喜も早々にして、藻掻く魔獣の横を通り抜ける。

 目指す場所はただ一つ。

 ピクリとも動かない赤髪の少女目指して、最後の全力を出す。

 そして彼女が僕にしてくれたように、


「ごめんなさい…………来ちゃいましたっ」

「っ!」


 少女へと、笑顔を見せた。


「逃げて、って……、言ったのに……」

「すいません。出来ませんでした」

「聞き分け悪いんだね…………、君はぁ……」


 起き上がろうと震える彼女を抱き寄せ、僕は苦笑を浮かべる。

 そんな僕につられるように、呆れながら彼女も笑った。

 脱力し切っているのか、間延びした声はさらにふにゃふにゃになり、まるで寝起きのよう。

 けれど現実は大きく違っている。

 青紫に腫れた体に、止まらない鮮血。

 素人の目でも、彼女の命が乏しいのが分かった。


『グガガガァァァッ!!』

「!?」


 魔獣の怒号が上がり、僕はすぐさま振り返る。

 分かっていたさ。

 ただ片目に傷を付けただけ。

 あわよくば少女を担いで逃げようと思っていたけど、当然そんな時間はない。

 それでも済ませておかなければならないことがあると、再び彼女を見つめる。


「あ、あの……っ!」

「……」


 虚な目の彼女と視線を絡め、口を開く。

 が、こんな時だっていうのに言葉が喉を通らない。

 伝えることは決まっているのに、声になってくれない。

 激しい鼓動が頭に響き、焦燥感が体を固くする。

 落ち着け落ち着けと、ギュッと目を瞑って念じていれば、彼女が僕の頬を撫でた。


「……大丈夫だよ」

「……っ」

「そばにいるから……」

「…………ぁ、…………はい」


 少女の声に包まれた瞬間、世界が静寂に変わる。

 恐怖も焦りも、まるで遠くの波音みたいに引いていく。

 呼吸が軽い。

 体の芯まで酸素が行き渡り、脳内にかかった(もや)は晴れ渡った。


(あぁ…………、ようやく言えそう)


 呆れて笑う彼女には、とてつもなく申し訳ないことをした。

 でもこれが僕の選択なのだと、息を吐く。

 困っている人に、手を差し伸べる。

 抽象的で輪郭を持たない存在だけど、ずっと憧れていた。

 そんな人間に変えてくれたのは、紛れもなくこの人。

 なら、伝えることは決まっている。


「僕を助けてくれて、──ありがとうございました──」


 ずっと言えなかった感謝を、僕はようやく口にした。


「ぷっ、ぷふふっ……! ……それぇ、今言うんだぁ~……」

「言っておかないと、一生後悔したと思うから」

「なにそれぇ~、変なのぉ~……」


 吹き出す少女に、頬を熱くしながら本音を語った。

 僕の我儘も、これで終わり。

 命を投げ捨ててまですることじゃないとしても、やっぱり後悔はない。

 だって、


「でも、──ありがとう」


 この人を、笑顔に出来たから。


『ヴオオ…………』

「……っ、……っっ」


 『茶番はもういいか?』

 そんな風に唸る魔獣に、僕は一瞥向ける。

 本当に弄ばれている気分だ。

 僕たちがここから逃げられないと分かっている。

 だから焦らして、恐怖を煽るために歩みを遅くしたのだろう。

 そんな企みも終わりのようで、辺りの小石は細かく振動する。

 数秒後には岩石のような腕の餌食。

 刻一刻と迫る最後の瞬間を前に、僕は唇をキュッと結んだ。


「私を…………、────噛んでくれる?」

「っ」


 幻聴か?

 いや、聞き間違いではないと、僕は視線を下げる。

 その先では、懇願を宿した翠光(ライトグリーン)の瞳が、僕を真っ直ぐ見つめていた。


「……お願、い」


 一層真剣な顔つきになりながら、自分の右手を僕の口元に近づけてくる。


『ヴォ、ヴォ、ヴォッ!!』


 差し迫った魔獣の歩みがついに止まり、荒々しい鼻息に外耳を打たれる。

 意味?

 そんなの考える必要なんてない。

 彼女の願いを断る?

 そんなこと、できるわけない!

 僕を救ってくれた彼女の願いを、受け入れなくてどうする!


「…………わかりました」


 僕に残された最後の数秒に緊張が走る。

 けれど貴重な瞬間を誰のためでもない、彼女のために使えることに不思議と心が躍った。


「っ」


 彼女の血が、口の中で溶ける。

 僅かな苦味と一緒に、『何か』が喉の奥へと流れ、胸の中を満たしていく。

 なぜだろう、…………とても暖かくて、安心する。


『ヴオオオオオオオオォォォォォォォッッッ!!』


 耳を劈く咆哮。

 全てが無に帰る刹那の時間。

 それはまるで、パッと焚かれたフラッシュのように世界が白に飲み込まれる。

 失われる感覚の中で、最後まで抱き寄せていた彼女が、


「────ぅ」

「…………っ」


 笑った気がした。


「————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————……っ?」


 長かったような、短かったような。

 甲高い耳鳴りに、意識が目覚める。

 それは『無』の終わりを知らせる合図のようで、突然現れた赤い光の粒たちを、僕は視線で追っていた。


(……あれ、……あの人は?)


 はっきりとしない思考で、少女を探そうと視界を揺らす。


「…………運が良かったのは私の方だったか」

「……、──っっっ!?」


 見えたのは背中。

 華奢な少女の立ち姿。

 判然としない視界は徐々に色を取り戻し、鮮明になった光景に目をかっ開いた。


「君だったんだねっ! 私の──『運命の人』は」


 そう言いながらチラリッと僕を見る彼女は、振り降ろされたはずの魔獣の剛腕を受け止めていた。


『ヴォ、ヴォヴォ…………ッッッ!?』

「一体、何が……っ!?」


 魔獣の驚愕を代弁するかのように、思ったことがそのまま言葉に変換される。

 けれど、その動揺はおそらく魔獣の方が上だろう。

 卑しい笑みを浮かべていたはずの巨獣が、茫然自失になりながら後退りした。


「さぁ、逆転開始だよ!」

『ッ!?』


 靡く揺布(スカート)は反旗のように勇ましく、叩きつけられた宣戦布告に魔獣が頬を引きつらせる。

 ──途端、


「うりゃあああああああ!」

『ヴァ、アッ!?』


 真っ赤な杭と化し、少女の拳が魔獣の腹に突き刺さる。

 両目を痙攣させ、唾液を溢して悶える姿を見るに、激痛であることは想像に固くない。

 これまでの仕返しとばかりに、景気の良い一発を見舞わっただろう少女は、「なるほどねぇ~。こういう感じなんだ」と、感嘆の声を漏らした。


「あれって……?」


 一瞬、幻覚を疑った。

 突然現れたように見えた赤い杭。

 けれど、違う。

 それは少女の右手に纏わりつく赤い光粒(・・・・・)が起こした錯覚。

 僕が噛み跡を着けた場所を起点に流れ出る光粒が、加護のように少女を包み込んだのだ。


「やっぱこれがないとねぇ~」


 悶える魔獣の傍ら、地面に転がる長剣を持ち上げた少女が微笑む。

 魔獣も何かを感じ取ったのか、先ほどの余裕が消える。

 今にも地面に伏せてしまいそうになりながら、両眼は少女を捉えて離そうとはしなかった。


『ヴゥ……、ヴゥ……。────ヴオオオオオオオオッッ!!』

「~~~~~ぅぅっっ!?」


 けたたましい雄叫びに、内臓が震え上がる。

 これまで以上の大音声が轟くと、魔獣の筋肉が膨張を始める。

 逆立つ白毛は針山のようで、一回り大きくなった姿に威圧感が増大する。

 ──だが、


「吠えたって無駄だよ! 今は、────負ける気がしないっ!」


 少女の闘志は揺るがなかった。

 そして再び、ぶつかり合う。


「っ!」

『ッ!』


 重々しかった彼女の動きが、嘘みたいに加速していく。

 彼女の通った道には閃光が尾を引き、縦横無尽に真紅が描かれる。


「すごい……っ!」


 魔獣も巨体に似合わず素早い動きを見せる。

 だが、足りない。

 剛腕の横薙ぎは弾かれた。

 突き出した拳は空振りに終わる。

 ならばと渾身の一振りを見舞うため、魔獣は両手を天に掲げた。


『ッッ!!』


 生み出したのは、双拳落とし(ダブルスレッチハンマー)。

 片手でさえ岩と見間違うほどの巨腕を使った最強の一撃。

 甚振り、嘲笑っていた時の醜悪はそこにはない。

 あるのは獣本来の凶暴さ。

 弱肉強食の世界で、己が強者だと誇示する一槌を、


『ヴァオオオオオオッッッ!!』

「ふんっ!」


 少女は真っ向から受け止めた。


『ッ!? ………ォォォオオオオオオッ、ヴァオオオオオオッッッ!!』 

「ん~~~~~っっっ!」


 やはり巨獣は、強者として畏敬の念を抱くべき存在なのだろう。

 動揺をすぐさま廃止、雄叫びに闘志の咆哮を重ね、少女を押しつぶそうと躍起になった。

 けれど、拮抗したのは一瞬。


「せぇぇぇえええ、──りゃっ!!」

『──ヴァァァァッッ!?』


 真っ向から受け止め、真っ向から跳ね除ける。

 小細工無しの力勝負。

 その勝者となった少女に、魔獣は口を開けていた。


「ていっ!」

『ヴォギャッ!?』


 下から上にかけての逆袈裟切り。

 少女の疾駆は神速の領域へと達し、懐に入り込むなり、鋭い斬撃で魔獣を仰け反らせる。


『──ッッ!』

「もういっちょ!」

『バォッッ!?』


 堪らず距離を取ろうと後ろに飛躍する魔獣だが、彼女はその甘い行動を見逃さない。

 距離を喰らい尽くし、横薙ぎの剣戟が腹部を抉る。

 描かれた十字から血が噴水のように溢れ、魔獣の巨体を壁面へとぶっ飛ばす。 


「そろそろ、終わりにするよ」

『フグゥー、フグゥー……ッッ!?』


 降りかかる小石を払えず、小刻みに震える魔獣へと、少女は歩みを進める。

 その時、初めて魔獣の瞳が揺れた。


「あれだけの魔獣が、…………恐れているのか……っ」


 理知あるが故の欠点。

 感情の有無。

 弱者を甚振り悦に浸ることの出来る魔獣は、己の地位が弱者へと落とされたことへ恐怖しているようだった。


「────っ!」


 少女の全身を包んで赤い光粒が、剣へと収縮され、輝きを増す。

 剣は灯り、刃は深紅に色づく。

 ただの一太刀ではない。

 空気が振動するせいで、離れた位置にいる僕ですら薄皮一枚切られてしまいそうになる。

 それが迫ってくるとなれば、魔獣が恐怖するのも頷けた。


「ふぅうんっ!!」

『グッ、ググッッッ…………!』


 気が抜けるほどの可愛らしい声。

 手中に収める莫大な動源(エネルギー)に似合わない掛け声を発し、少女が構える。

 それこそが、理知ある強者に侮辱を与えたのだろう。


『~~~~~~ッッッ!! ヴォオオオッッッ!!』 


 ダラリと下がった両腕を引きずりつつ、壁面を割って魔獣が飛び出した。

 最大の武器を失い、残った牙で少女を襲う。

 自慢の巨体で大地を揺らし、弱者を怯ます形相で睨む。


『ヴォッ! ヴォッ! ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』


 それが魔獣に出来る最後の戦いか。

 あるいは恐怖を掻き消すための去勢か。

 張り上げた雄叫びに応えるように、獣人の少女も吠えた。


「《クリムゾン・スパーダ》ーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」


 深紅の一閃。

 自身も周囲をも照らす光の刃が、魔獣を喰う。

 そして、


『──────────────────────────────────ッッ!?』


 大爆音。

 眩い光に視界を奪われ、暴風に体が押しやられた。


「…………ぅ、…………っ!?」


 轟いた爆発が止んだ時、そこに魔獣の姿は残っていなかった。

 それどころか断崖絶壁が、抉れていた。


「これが……、異世界の力…………!」


 まるで噛み跡。

 巨獣を一飲みにする生物が、断崖絶壁に歯型を残す。

 座り込んだままの僕は、半円型に抉れた断崖絶壁にただただ息を飲む。

 たった一撃が地形を変えてしまう。

 およそ人間に出来る芸当ではない力に、僕は感嘆の声を抑えられなかった。


「……、──っ」

「──ぁ!?」


 一人佇む少女の手から、剣がポロポロ崩れる。

 加護として付いて回っていた光粒も、散り始めた。

 塵となった剣の残響が消え、光粒は空へと還える。

 加護を失い佇む少女は、張り詰めた空気を弛緩させ、空を仰ぐ。

 その矢先、力が抜けたように──静かに倒れ込んだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……平気ぃ、平気ぃ~。……あ、これは強がりとかじゃないからねぇ……」

「……~~~~~っん、たぁ~~~~~。…………良かった」


 急いで駆け寄り、少女に声を掛ければ、軽く腕を振って少女は答える。

 達成感に浸る姿に強がった素振りはない。

 これまで僕達を苦しめていた脅威も消え去り、体の芯から安堵の息を吐いた。


「いや~、まさか君が私の運命の人だったとはね」

「僕が……運命の人……? …………そういえば、さっきもそんなことを……っ」

「君にとっては、運命の獣人ってのが正しいかぁ……」


 そういう少女は、ひょこひょことケモ耳を動かした。

 白の景色に包まれたあの時も、そんなことを言っていたけど、どういうことなのか?

 突然少女が強くなったことと関係があるのだろうけど、若干話しが噛み合っていないせいで判然としない。


「あぁ……、そうだぁ……。私…………まだ、聞いて、ないや…………」

「え……?」

「君のぉ…………、名前ぇ……」


 まるで眠気を拒む子供のように、少女の瞳が細く、呂律も曖昧になる。

 本当に突然すぎるくらい、突然に。


「えっと、カガヤ・マコトです」

「……そっ、かぁ……。いい……なま、え……、だねぇ~……」

「あっ! ちょ、ちょっと!?」


 すぐにでも寝ちゃいそう!?

 聞きたいことが山ほどあるのに!?

 この世界は不親切だ。

 異世界転移のお約束を全て無視し、不幸だけを押し付けてくる厄介者。

 そんな世界をようやく生き延びたのに、お助けキャラが先に眠り就くなんて……!


(やばいやばいやばい……!)


 一刻の猶予もない。

 フラフラ揺れる少女は、本当に寝てしまう……!

 何を聞く!?

 この先どうすればいい!?

 少女に尋ねる最後の質問。

 その最適解を導き出そうと思考が急速回転をする。

 そして、


「名前を教えてっっっ!! …………あ」


 咄嗟に出た言葉に、僕は呆然自失となった。


「……アカリ、だよ。……おやすみ、マコトぉ……」

「…………寝ちゃ、……った」


 まもなく寝息を立て始めた少女を見つめ、僕はついに肩の力を抜いた。


「……アカリ」


 聞いたばかりの名前を口の中で転がし、腕の中の少女を見つめる。

 太陽のような笑みを持つ少女は、──『アカリ』。

 そして本当に、『運命の人』……なのか。

 数え切れない疑問に頭が埋め尽くされそうになる。


「とにかく、まずは安全確保だ……!」


 今は一旦やめておこう。

 現状出来ることだけに意識を集中させなければ、アカリを助けることは出来ない。

 そうしてモヤモヤを思考の片隅へと追いやった時、少し前にアカリが逃げるようにと教えてくれた村があることを思い出した。


「軽いな……」


 負ぶさったアカリは、見た目のすらっとした体系通りに軽かった。

 むしろ軽すぎるくらいだった。

 こんな子にずっと戦わせていたのか。

 そんな罪悪感が、眠る少女以上にのしかかったのを感じた。


「起きたらたくさんお礼をしなくちゃ……」


 先程の斬撃に怯えたのか、魔獣たちのざわめきが消えている。

 体はあちこち傷むけど、歩けない訳じゃない。

 アカリへの感謝を噛みしめながら、僕は村へと歩み出すのだった。


 ×   × ×


 どれくらい歩いたことだろうか、いくら軽いといっても人を負ぶって歩くのには限度がある。

 もう限界……っ。

 村までのあとどれくらいなのか。

 足が痛いし重いし、そもそも僕も無傷じゃない。

 そんな風に邪念と葛藤していると、雑木林が薄くなる。

 見ると、前には平地が広がり、ようやく少し遠くに家が建っているのが見えた。


「助かった…………。もうひと頑張りだ!」


 希望が見えれば、あとはそこまでこの痛む足をとにかく動かすだけ。

 そうして自分を鼓舞しながら歩き、ようやく僕らは村に辿り着いた。


「すいません!!」

「はい? ちょっと!? 随分傷だらけじゃない……。大丈夫なのかい?」


 村に入り、最初に見つけた中年女性に話しかけた。

 この世界は獣人だけじゃなくてちゃんと人もいることが確認できて安堵の息を吐く。


「えっとー……誰か、怪我を治せる人はいませんか? 後ろの子を見てもらいたくて」


 アカリの暖かな寝息を背中で感じながらも、心臓はどこか冷たい。

 不安に顔を強張らせて尋ねた僕に、主婦さんは安心しなと言わんばかりの微笑みを見せた。


「あー、いるよ。この村はみんな、あの子に世話になりっぱなしだからね」

「……あの子?」


 随分と知った仲のようで、振り返るようにして主婦さんが少し遠くへ目をやった。

 誰であろうと、診てもらえるならなんでもいい。

 すぐさま主婦さんに聞いた場所へ向かうと、他の家とあまり変わらないこじんまりした家に着いた。


「すいません! 怪我人がいるんです! 助けてください!」


 その家に向かって大きく叫んだ。

 すると小さく扉が開き、人が出てくる。


「なっ!? なんでしょうかぁぁぁ……っ!?」


 扉に右半身を隠し、覆頭(フード)を深く被って現れたのは、僕よりも断然小さい幼女であった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

長い長いプロローグが終わり、主人公:マコトと、少女:アカリがこれから先どんな物語を紡いでいくのか。

これから先に期待したくなる!

そんな風に思ってもらえたら、作者は幸せです。

そしてネタバレ常套、早くも第二ヒロインの登場となりますので、この先も読んでもらえる嬉しいです!

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