第43話:【気遣い! それこそが共同生活の鍵になる!?】
「これは、……どういうことですか?」
昼下がりを迎えた獣候都市ウィーブル。
初の神命を終えて数日後、ディスター協会に呼び出された僕達は、猫獣人のロバーナさんの案内で都市の一角へと訪れる。
そこで目にした物に、僕は首を傾げていた。
「こちら、協会よりマコト様たちに提供させて頂く屋敷になります」
「……え?」
「見返りと言ってはなんですが、命の危険を犯す皆様への細やかな贈呈品です。これからの活躍にも期待しています」
「…………ぁ、……ぁぁ」
丁寧に頭を下げるロバーナさんから視線を外せば、西洋館が目に入る。
玄関上に広がる張出台。
装飾の施された窓硝子。
硝子間なんかも付いている。
紛うことなき豪邸に、僕は声にならない吐息を溢した。
「すごいねぇ、マコト! 私たちの新しい家だって!」
「ディスターになれば協会からいろいろ優遇されるってのは有名だが、ここまで良いもんくれるとはね」
「なんだか、……夢に描いたようなお家です」
ブンブン尻尾を振るアカリは瞳を輝かせ、僕の肩に肘置くマニさんは愉悦に浸り、胸の前で両手を握るサレンは夢心地。
三人からの歓喜の声が上がる中、僕は一人当惑した状態だった。
そんな僕を、ロバーナさんはどこか可笑しそうに眺めると、続けて口を開いた。
「協会と言えど、ディスター全員にこのような屋敷は提供出来ません。神命の役目を担うセイバートゥースが最も優遇され、実績や貢献度によって協会からの支援は強まるのです」
「……でも僕達、神命はまだ一回しか達成してませんけど?」
「それこそ簡単です。マコト様たちが『特別』なセイバートゥースだからですよ」
何を今更というように、四人組となった僕達を見渡したロバーナさんは、コクリと首を傾げて微笑むのだった。
「私は二階の部屋見て来るー!」
「調理器具も揃ってる。これならみんなに美味しいご飯が食べさせてあげられます!」
「話が出来すぎてて気持ち悪ぃーな……。鳥肌が立つぜ」
アカリは探検でもするかのように駆け出し、サレンは豊富な調度品に瞳を輝かせ、マニさんは怪訝な様子で二の腕を擦る。
案内されるがまま中へ入り、各々気になるところへと散らばることになった。
「あれが旅人くんの新しい女の子か~。これまでの二人とはまた違った子を捕まえてきたじゃんか」
「つ、捕まえたなんて言い方しないでくださいよ……、ロバーナさん……!」
「ニャハハ~」と笑うロバーナさんは、耳打ちのついでに僕の横腹を突つく。
ロバーナさんは、僕と二人っきりになると、こうしてタメ口を使ってくれる。
それは協会職員としてではなく、初めて会った時の店員さんのように。
僕としてこっちの方が絡みやすくていいんだけど、今だけは恥ずかしくてもじもじと体を揺らしてしまった。
「ここにいつかはニアって子も加わるんでしょ?」
「そうですね。早くそうなると良いんですけど……」
「『魔核欠乏症』は厄介だからね。まぁ、その点は協会側に任せるのが一番だよ」
「こればっかりは頼らざるを得ませんから」
余談になるが、ニアは協会の医療所に預けられている。
まぁ……そこに至るまでにも一悶着あり、ニアと離れることを拒んだマニさんは入院に反対だったのだが、魔力即効薬を提供して貰えるということで渋々受け入れた。
まだウィネーブルに来て数日だけど、街を巡ることなくほとんどの時間をニアと過ごしているのだから、本当に妹思いの人だ。
そんな風に思いながらマニさんを見ていると、さらにロバーナさんは話しを続けた。
「けどこれから大変だよ、旅人く~ん」
「な、何がですが……?」
「いや、だってさ、これから女の子三人に囲まれて過ごすわけでしょ? 距離が近づけば親密度も変わる。誰か一人を優遇すれば、他二人からの信頼度は落ちる。つまり、繊細な気遣いが要求されるってわけ!」
アカリ、サレン、マニの順に視線を向けたロバーナさんは、最後にチッチッチッと僕に指を振った。
その意図している意味は、おそらくこの世界の常識というか、流れだろう……。
曰く、──『ディスターと結び人は夫婦関係に発展することが多い』──。
目に見て特別な関係であると分かるディスターと結び人だ。
気付かないように、考えないようにしていたが、口にされてしまった今、目をそむけるのも難しい……。
逃げ道を塞がれた気分に、僕は肩を落とすのだった。
「関係次第でセイバートゥースは弱くも強くもなる。どちらか一方が強いだけじゃ、脅威を払いのけることは出来ない」
「……」
「余計なお世話だったらごめんね。でも、つまらない小競り合いが神命に響くこともあるって聞くから、君には話しておきたくてさ」
「き、肝に命じておきます……」
「頑張れよ、旅人くん!」
ポンっと背中を叩かれつつ、ロバーナさんと微笑み合う。
「ロバーナさん! ちょっと聞きたいことあるんだけどいーぃ?」
「はい。ただいま参りますね、アカリ様」
二階より響くアカリの呼び声に、ロバーナさんはたちまち受付嬢の仮面を被り直した。
「とにかく、さっき言ったことを忘れずにね」
「繊細な気遣い、……ですね」
「ニャハハ! 忠告はしたぞ~!」
そう言うと、軽く手を振ったロバーナさんはアカリの下へと階段を登り始める。
「とは言われても何だよな……」
一つ屋根の下。
女の子と初めての共同生活。
先行きの見えない不安から、再び僕は天井を見上げるのだった。
そして翌日の朝。
「ふわぁぁ~……。おはよう、サレン」
「あ、……お、おはようございます……」
「わぁっ! 朝ごはん用意してくれてたんだ。ありがとう!」
「あ、いえ……。いつもの習慣で……、つい……」
「そう、なんだ……?」
「……」
跳ねる寝癖に手櫛を通して一階に降りれば、すでに調理場からは美味しそうな匂いが漂っている。
調理場に立っているのはサレンのみ。
そんなサレンに声をかければ、なんだかぎこちない返事が返って来た。
(朝だからかな? ……って駄目だ、駄目だ! 大事なのは繊細な気配りだろ!)
朝の眠気を断ち切るように頭を振った僕は、ロバーナさんの言葉を信じ、調理場へと足を踏み入れる。
「今からでも何か手伝えることある?」
「い、いえ……。もう、器に盛るくらいですから……」
「なら、僕がやるよ」
「そ、そんな!? サレンに任せください!」
火元で鍋を扱うサレンの役に立とうと、器を取り出すためにしゃがみ込み、引き出しに手を掛けた。
「まぁ、まぁ。これくら……」
「──キュッ!?」
次の瞬間、サレンの手が触れる。
「──!」
それは瞬刻。
目にも止まらぬ速さ。
珍妙な声が聞こえたかと思えば、突如視界からサレンが消えた。
「サ、サレン……っ?」
「はぁ、はぁぁぁ…………っ!?」
勢いよく顔を上げれば、調理場の壁に背中を付け、激しく肩を揺らすサレンが映り込む。
焦点の定まらない目をぐるぐると回し、顔がみるみる赤く染まる。
そして、
「はぁっ……、はぁぁ……っ!? ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っっっ!?」
「サレンっっ!?」
サレンの中で、何かが限界を迎えた。
脱兎の勢いで調理場を飛び出し、自室に向かう階段を駆け上る。
僕の制止はもはや耳には届いていないようで、扉を閉める衝撃に掻き消されてしまった。
「んぅぅ~……。どうしたの~……?」
「朝から騒がしいな……」
「いや……、それが……。……僕にもわからなくて…………」
「「?」」
家中に響いた絶叫を、流石に無視することは出来なかったのだろう。
目を擦るアカリと、眉間に皺を寄せるマニさんが、それぞれ二階から見下ろしてくる。
ただ真相を知りたいのは、こっちも同じ。
突然距離を置くような真似をしたサレンの胸の内が分からない。
ただ呆然と立ち尽くすのみの僕に、二人は顔を見合わせて首を捻るのだった。
「マニさん。今日の予定って何かありますか?」
「あぁ? なんだよ、いきなり?」
「マ、マニさんはこの街に来たばかりなので……、案内でもしようかな~……、って」
朝食から程なくして、居間に残っていたマニさんへと提案を持ちかける。
(サレンの時は上手くいかなかったけど、切り替えなくちゃ!)
朝から仏頂面を張り付けるマニさんに若干気後れしつつも、何もしないなんてことも出来ず、次こそはと声をかけた。
「うーん、別に興味ねぇ」
「そ、そうですか……。じゃ、商店街に行くのはどうですか? いろんな屋台があって、美味しいものとかもありますよ!」
「それも興味ねぇ。んなことより、アタシはニアの所に行くよ。あの子を一人にはしておけねぇからな」
「あぁ……、そうですよね……。……ごめんなさい」
細めた視線を窓の外へと向けるマニさんに、僕は声を顰める。
ニアがまだ目覚めていないというのに、自分だけ遊ぶなんて真似をマニさんがするはずない。
気遣いどころか、いっそ不謹慎だと自覚した僕はそっと謝罪を添えた。
「なら僕も一緒にお見舞いに行っていいですか? なにが出来るわけでもないですけど、一目ニアを見ておき──」
「──いらねぇ」
「…………そ、そうですか……」
懇願は、あえなく撃沈した。
そして残る1人の下へと足を運ぶも。
「すぅー……、すぅー……」
「寝てる……」
戸を叩いても反応しなかったから、もしかしたらとは思ったけど。
そっと開けた扉の先では、寝息を立てるアカリがいるだけ。
「ご飯食べたばかりなのに、もう寝るのか……」
神命で得た傷は、オーバーフローで回復している。
だとして精神面の疲労が取れるわけではないだろう。
「起こすわけにはいかないよね。……けど、これで気配りをする相手はいなくなってしまったな」
今朝は失敗。
それでも共同生活は続くわけだし、いくらでも気配りをする場面は訪れるだろうと、僕は1人で街の散歩に出かけることにした。
そして、それが甘い考えであることに気づくのは夕食時になってから。
「あれ!? 夕飯が出来てる……」
「ひ、昼間の内に作って置きました……」
朝のお礼に夕食は作ろうと思っていたのだが、完成され食卓に肩をずり降ろす羽目に。
調達した食材は泣く泣く保存室へと置くことになった。
「ニアの様子はどうでしたか、マニさん?」
「相変わらず寝てるだけだ。話せることなんて一つもねぇよ」
「そ、そうですよね~……」
なんだか地雷を踏んでしまったようで、食後の一杯を楽しむマニさんとは視線が合わず。
「アカリ……、はもう寝てるのか……」
「……」
部屋の戸に耳を傾けても物音一つしない。
とぼとぼ自室の床に就き、また明日だと目を瞑る。
けれど、僕の焦りは更に募っていった。
「あ、あれ……? 昨日よりも早く起きたのに……、朝食が出来ている……」
しかも僕が作ろうとしていた献立を、サレンは食材を見ただけで作ってしまっていた。
僕がこの世界で唯一作れる料理だったのに……。
「た、たまたま早く起きてしまったので……、つい……」
「いや、サレンが悪いとかそういうことじゃなくて──」
「──つ、次は洗濯してきますので、……ご飯食べててくださいっ!」
「サ、サレーーーンっ!?」
風のように消えたサレンの背中は追えず。
「今日も──」
「あぁ、ニアの所だ」
「ぼ──」
「──来なくていい」
「……そ、そうですかぁ〜……」
冷たい空気を漂わせるマニさんとは会話もままならず。
「……にしてもよく寝るな、アカリ」
「すぅー……、すぅー……」
陽気な風に吹かれるアカリは、安らかな寝息を立てて眠る。
「これは、……お手上げかもしれないな」
脱力寸前の体を扉に預けた僕は、重たいため息を溢すのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
戦闘でも、日常でも悩みは尽きない不遇主人公となっていますが、不器用ながら頑張るマコトの姿を楽しんでもらえたらと思います(*´ω`*)
ブックマークや、☆☆☆☆☆を付けての評価にご協力お願いします!
応援コメントもよろしくお願いします。




