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第40話:【空を分かつ青】

(あぁ……、死んだのか……)


 全身が燃えるような痛みが引き、アタシは安堵の息を吐く。

 目を開けられないのは、魂だけの存在になったからだろうか。

 でもそんなことがどうでも良くなるくらい、心が穏やかだ。


(そう言えば……、なんで死んだんだっけな……?)


 死にかけていたことは分かるけど、……てか、死んだんだけど……。

 なんでそうなったのかは思い出せない。

 頭がふわふわするせい?

 ちっとも頭は回らないけど、……やっぱ悪い気はしないんだよな。


(なんだか、妙に眠い……)


 抗えない感覚に、意識がさらに薄れる。

 温もりに包まれて体が溶けるような。

 誰かに抱きしめられているかのような感覚。

 ニアに与えたかった安らぎに、アタシは浸っていた。


(そうだ。ニアを助けようとしてたんだけか。……ってことは、その最中に死んじまったのか……、アタシ)


 薄っすらと浮かんだ直前の記憶に、アタシは後悔を滲ませる。

 ニアがどうなったかは、思い出せない。

 けど、アタシが死んだら同じこと。

 一人で生きていけない以上、アタシが死んだら遠からずニアも死ぬ。


(結局、アタシはあの子を守ってやれなかったわけだ……)


 顔があったら覆っていただろう。

 頬があったら拭っていただろう。

 きっと生きていたなら、アタシは泣いていた。

 情けない姿を晒し、喚き散らしていたかもしれない。

 そう考えると、姉としての威厳を保ったまま死ぬのは悪くないと、押し寄せる睡魔に身を委ねようとした時だった。


(……?)


 声が聞こえた。


『…………~、…………~~ぁ、……っ』


 はっきりとは聞こえない。

 でもなにか言っている。

 うるさいわけじゃないから寝ることは出来そうだけど、なんだか気になる。

 微かにしか聞こえないけど、……切羽詰まっているような?

 とにかく必死なのが、伝わった。


『…………~~っん。……~~~っさん!』


 名前だ。

 名前を、呼んでいる。

 まだぼやけているけれど、震えた声が誰かを必死に呼んでいた。


(そういうことか……。アタシ……、ニアの前で死んだんだ……)


 『(ねえ)さん』と叫んでアタシを抱き寄せる。

 そんなニアの姿が浮かんだ瞬間、包み込んでくれる温もりの正体が分かった。

 ずっと昔、ニアが生まれるよりも前に感じたもの。

 まだ守るべきものがなく、守られる側だったアタシが貰ったもの。

 母の温もり。

 更に言えば、家族の温もり。

 与えたかったはずのそれを、最後の最後でニアがくれたのだ。


(……悪くねぇーな……)


 ニアの気持ちを踏みにじり、犯罪にまで手を染めたわけだが、終わりとしては上出来な気がした。

 最後まで『善人』になれなかったのが後悔だけど、こうなってくるとアタシには土台無理だった気がしてくる。

 それがアタシの人生。

 『運命』ってやつだったんだと思う。


『~~~っ、さん! ~~~~っ、さんっ!!』


(わかった、わかった……。最後まで手のかかる妹だよ……)


 完全に痛みはなくなった。

 たぶん、もう痛みも感じられないくらい死が近づいているからだ。

 けど、最後にニアの顔を見ることは出来そう。

 体の輪郭を取り戻したアタシは、涙でぐちゃぐちゃになっているだろうニアを見るために、ゆったりと瞼を開けた。


「マニさんっ!?」

「っ!?」


 途端に飛び込んできた男の顔に、アタシは更に瞳を開く。


「……ぁ、あぁ。アンタ……か」


 まるで記憶という鈍器で頭を叩かれたように、ピキッとした頭痛が走ると、これまでの全てを思い出す。

 カガヤが一人、奮闘したおかげで勝てたこと。

 死を覚悟して、アカリを助けようとしたこと。

 そして、ニアがこの場にいないことも。


(なんでコイツから温もりを感じるんだ……?)


 頭を埋め尽くす疑問で、アタシは眉間に皺を寄せていた。

 ……わからない。

 だけどこの男………、両肩に乗るカガヤの手の温もりは、確かなものだった。


「なぁ……」

「──起きて早々ごめんなさい! 今すぐ僕とアカリを抱えて飛んでください!」

「はぁっ!?」

「と言うか……」

『グワアアアアアアアアッッッ!!』

「出来なきゃ僕達、『ガルダ』に潰されちゃうんですよぉぉぉおおおおおおおっ!?」

「っ!?」


 降り注ぐ咆哮と、情けない絶叫。

 両者の声がぶつかった方へと視線を上げれば、確かに『ガルダ』の突進が迫っていた。


(だとしても、出来るわけねぇ……! こっちは死にかけだぞ!?)


 混乱する頭の中は、カガヤへの怒りでいっぱいになった。

 底抜けのお人好しかと思えば、突然鬼畜の所業を叩きつけてくる。

 こんな奴の相方を守るためにアタシは死にかけたのかと、一瞬前の自分の判断をぶん殴りたくなった。


(あれ? ……アタシ、…………死にかけたよな?)


 意識はあるのに痛みはない。

 握った拳は力強い。

 あのクソ鳥野郎に壊されたはずの手は、もうどこにもなかった。


「あああああぁぁぁぁっっっ!? マニさぁぁぁあ~~~~~~んっっ!!」


(あぁぁああ、もうっ! やってやるよっっっ!!)


 目を瞑ったカガヤと、近くで眠るアカリを引き寄せる。

 二人の手を掴んで最後、アタシは翼を広げた。


「…………………………え?」


 我武者羅だった。

 ただの1回、羽ばたいただけだった。

 どうにもならないと知っていて、それでも言うことを聞いてやった。

 それだけの、……………………はずだった。


『─────ッ!』


 衝撃音は、はるか遠くから聞こえた。


「やったぁ! やりましたぁ! やっぱりマニさんは『運命の人』だった!!」


 カガヤは、馬鹿みたいにはしゃいでいる。


「……ぁ、…………ぁぁ」


 さっきまで感じていた温もりと、今見ている景色。

 ガラリと変わった夢の世界で、アタシは空を飛んでいた。




「いや、待て…………。どうなってんだ…………、これ…………っ?」


 鉛色の瞳を点に変えるマニさんの様子に、僕は嬉々として告げた。


「マニさん! 僕は、マニさんの運命の相手だったんです!」

「…………はああああっ!?」


 呆然自失となっていたマニさんは、情報の許容量を超え、感情を爆発させた。

 激しく柳眉を歪ませ、咆哮を上げる。

 けれどそんなの当たり前だ。

 狙ってやったとはいえ、眠っているマニさんから魔力が溢れた時は、僕だって驚いた。

 そして敏感に反応したのは『ガルダ』も同じ。

 殺意を芽生えさせ、僕達を潰そうとしてきたのだから、咄嗟に動いてくれたマニさんには感謝しかない。

 ただ目覚めたばかりのマニさんは未だ思考が追いついていないようで、僕はさらに言葉を続けた。


「マニさんは今、オーバーフローをしてるんです! 魔力が溢れて、いつも以上の力が出てい…………、って、う、うわあああああああああああああああっっ!?」


 言い切る直前。

 無重力状態が解けた僕の体が、アカリとともに落下する。

 激しい風の音が耳朶に流れ、喉を裂くほどの絶叫を上げる間にも、地面との距離は近づく。

 けれど、僕達が地面に叩きつけられることはなかった。


「~~~~~ぅっ! ……っん? マニさん……!」

「……」


 ギュッと閉じた目を開けば、マニさんが映り込む。

 眠るアカリに、男の僕。

 飛行可能な許容量を超えているにも関わらず、苦痛を感じる素振りもないマニさんは、声を枯らしていた。

 それが決め手だったようで、僕達を下ろしたマニさんがようやく口を開く。


「アタシは、ディスターになったってことか……」


 自身を包む浅葱あさぎ色の魔力光。

 そして治癒されたぐちゃぐちゃの身体を眺め、マニさんは驚嘆を溢した。


「ですがマニさんの魔力光は、アカリやサレンと比べてどこか淡く感じます……。もしかすると、治癒に大半の魔力を使って残りが少ないのかもしれません」

「なるほどな……。いや……その通りみたいだ。……ははっ、アカリたちが感じていたのはこれか!?」

「?」


 僕の言葉をすんなり肯定すると、どこか興奮気味に笑った。

 そして自分の胸に手を当てると、静かに瞳を閉じた。


「これが、……アタシの【魔法】」

「っ!」


 一人頷くマニさんの呟きに、僕は喉を鳴らす。

 それは対話だったのか。

 はたまた、目まぐるしく開く本を読んでいたのかもしれない。

 おそらくマニさんは、一瞬で理解したのだ。

 ディスターになった証。

 開示された【固有魔法】。

 アカリやサレンがすぐさま【魔法】を行使したように、マニさんは今、己の【力】と向き合っている。

 生まれた頃から魔力を宿す獣人にとって、オーバーフローは力の解放。

 奥にしまっていただけの力を使うのは、彼らにとっては造作もないことなのかも知れない。

 そんな感慨に耽っていると、殻を破ったマニさんが笑みを浮かべて近づいて来た。


「ところでアンタ、…………アタシを襲っただろ?」

「お、襲った!?」

「オーバーフローってのは、結び人の口噛み無しに始まらねぇ。つまり眠ったアタシに、アンタは許可無く噛みついたってことだろ?」

「あの時は、ああするしかなかったというか……、もしかしたらいけるかもっていうか……」

「へぇ~。イケそうな女には噛みつくのか。これは先が思いやられるねぇ~」

「だ、だから……、違うんですってぇっ!?」


 もう何を言っても如何いかがわしい事に変換されてしまう。

 お腹を抱えて哄笑するマニさんに、僕は気力を失くして項垂れた。


「というか、こんな茶番してる場合じゃないですよ! マニさんが動けるようになったなら早くここから逃げないと!」

「なんでだよ?」

「なんで、って……。さっきも言いましたが、マニさんは今万全の状態じゃありません! 『ガルダ』は、魔力全快のアカリがようやく一体倒せた相手なんですから今は逃げるべきです!」


 僕の訴えに対し、頭の後ろに手を回すマニさんは、どこ吹く風で聞き流す。

 そんな態度に、「き、聞いてますか?」と告げれば、マニさんは口端を吊り上げて歩み出した。


「初めてオーバーフローをした獣人は、例外なくダウンタイムに陥る。確かそうだったよな?」

「え、えぇ……。魔核から止めどなく魔力が流れ出てしまうのが原因らしいですが……」

「どうせ力尽きるんだ。だったら残りの全部を使って、アイツを倒せば良いだけの話じゃねぇーか」

「いやいやいやっ!? アカリの全力を出してもダメだったですよ!?」


 左手に拳を突き合わせ、マニさんはなんてことないかのように言い放つ。

 けれど僕は、やる気満々の彼女を、立ち塞ぐようにして制止させた。


「見てください! さっきは躊躇なく突進してきたのに、『ガルダ』が動きを止めた……。むやみに近づいてこないなら、きっと逃げ切れる!」


 地面に接着でもされたかのように、『ガルダ』は唸り声を鳴らす。

 逃げの算段はないが、僕とアカリを背にして戦わせるよりは遥かにマシだろう。

 非常事態(イレギュラー)である以上、神命(オラクル)だろうと撤退すべき。

 体制さえ整えば、『ガルダ』に仕掛ける好機(チャンス)はいくらでもある。

 何度考えてもこの場で戦う選択肢が生まれない僕は、さらに語気を強めて告げた。


「二体目なんて想定外なんです。ここで無理をするよりは、一旦退くのが……確、実……」

「ごちゃごちゃうるせぇーな」

「マ、マニさん……っ!」


 アカリとサレン。

 さらにマニさんが加わってくれるなら、間違いなく勝てる!

 不安と期待で顔を歪ませながら、マニさんに訴える。

 そんな僕を押し退け、マニさんは止まろうとしなかった。


「残りの全部を使うって言ったんだろ?」

「え?」

「一発で死ぬところだったんだ。なら、こっちも一発で決めねぇとカッコ悪ぃじゃんか」


 チラッと振り返ったマニさんは、無邪気な笑みを浮かべた。


「ちょ、マニさんっ!? 一体何を!?」

「まぁ、見てろって」


 そう言うと、マニさんは両手を上げる。

 その姿は指揮者を彷彿とさせ、広げた翼は開演を知らせる幕上げのようだった。


「……風が」


 髪が靡き、草地の喧騒も激しさを増す。

 『ガルダ』が起こしていた暴風とは異なり、自然由来の風。

 気圧の変化で、空気が流れた結果。

 ただ不自然なのは、風の流れは一箇所へと集中している。

 まるで、マニさんを目指しているかのように。


「──っ!」


 次の瞬間、魔力が駆け抜けた。

 マニさんを包んでいた魔力光が膨張し、辺り一面を浅葱あさぎ色に染め上げる。

 続いて起こるのは、象形文字で構成される魔法領域(マジックサークル)の描出。

 大地に描かれた真円が、浅葱色の光を灯した。


「ニアと同じ……、いや、……それ以上の【エリア魔法】っ!!」


 記憶に新しいニアの魔法領域(マジックサークル)は人一人分。

 けれど、マニさんの領域は100倍に届こうかという勢いで拡張されていく。

 一体何が起こるのか。

 魔法領域(マジックサークル)内に身を置く僕は、喉を鳴らした。


「安心しな。アンタらはアタシが守ってやる」

「マニさん……」

「それがセイバートゥースって奴なんだろ?」

「…………え? いや、それって……」


 振り返ること無く告げるマニさんは、多くを語ろうとしなかった。

 ただ一瞬見えた彼女の笑みに、


「まぁ、そういうこった」

「っ!」


 僕の胸は貫かれた。


「お喋りは終いだ!」

「あっ! マニさん!!」


 僕の呼び声を置き去りにして、マニさんは一条の光と化す。

 同時に僕達を包みこんでいた魔法領域(マジックサークル)も、マニさんに追従するように空へと飛んだ。


『グワァッ!? グワァッ!?』

「来るなってか? 先に手出しておいて、それはねぇよなぁ!」

『グッ……、グワワワァァアアアアアアアッ!!』


 距離を置いていた『ガルダ』は、マニさんの接近に驚倒とも思える雄叫びを漏らすと、暴風をマニさんへ巻き起こしながら飛び上がる。

 さらには羽の銃弾までも射出して、マニさんを完全拒絶した。


「てめぇーもバカの一つ覚えかぁ? 飛んでる奴に当たるわけねぇだろ!」

『ッ!?』


 大音声で叫ぶマニさんの言葉通り、暴風の壁は破られ、羽の雨は空を切る。

 浅葱あさぎ色の光を纏ったマニさんは、新しく得た身体能力を思う存分に発揮すると、あっと言う間に『ガルダ』の頭上へと羽ばたいた。


「勿体ぶるつもりはねぇからな。ブチかましてやる!」

『ッッッ!?』


 足下に広がる魔法領域(マジックサークル)は、未だ健在。

 まるで鳥籠に囚われたかのように動きを止める『ガルダ』は、魔力に当てられ青白く染まる。


「落ちろぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!!」


 マニさんの咆哮。

 応えるのは、────『空』。

 いつの間に現れたのか。

 空の一部が曇天に覆われ、足下の魔法領域(マジックサークル)が直上へと映し出される。

 瞬刻。


「──────────────────ッッッ!」


 稲妻が、天を裂いた。


「うっ!?」

『ガァッ!?』


 雷光に目を潰され、反射的に視線を下げれば、一拍遅れて雷鳴が轟く。


「……ぁ!?」


 間もなく、光と音は止む。

 そして見上げた夜空では、黒靄(こくあい)と化した『ガルダ』が、黒い塊となって、地に落ちるのだった。


「【アスタロディーバ】────、今日から『空』はアタシのもんだ!」


ここまで読んでいただきありがございます。


第3ヒロインの登場が、ぬるっとしたものでいいはずがない!

ということで、この物語では珍しい『圧倒的な一撃』で幕を引かせてもらいました。

まぁ本来のマニであれば、これくらいで気が済む子ではないですが、、、。

そして次回はこの章の締めとなり、マニの行く末に、マコトたちはどんな選択をするのか。

一緒に見届けてくれると嬉しいです!


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