第38話:【決死の時間稼ぎ】
「当てやがった……!?」
「さすがぁ、マコト!!」
これまでアカリやサレンが成せなかった、魔法の直撃。
それをヒューマンであるマコトが成した衝撃に、マニは現実を疑い、アカリは期待通りだと称賛を送った。
(けど、浅い! そして何よりも…………弱いっ!)
本来の使い手から離れ、魔力の供給は途絶えた。
当然、一撃に込められる威力も落ちている。
(でもこれで、アイツの意識がこっちに向いた……!)
焼けた背から煙を上げつつ、依然飛び続ける『ガルダ』の向きが反転する。
黄色の瞳は鋭く裂かれ、威嚇で震える翼がワサワサと音を立てる。
どれだけ時間を稼げるか、どれだけ逃げ回れるか。
残り二振りの白炎で、どこまでやれるか。
『ガルダ』の一挙手一投足に注視していたマコトは、
「っ!?」
『グワアアアアアアッッ!!』
急降下で迫る『ガルダ』に瞳をかっ開き、脱兎の如く飛び跳ねる。
「僕になら容赦なく来るのかよ!?」
すぐ後ろで轟く衝撃音。
地面からバッと起き上がるマコトは、地面に嘴を突き立て暴れる『ガルダ』に、理不尽を訴える。
アカリの時のように、魔法を警戒して距離を保つと予想したいたが、当てが外れた。
けれど言ってもしょうがないと、すぐさま逃走を開始する。
『カアアアアァァァァァァァ!!』
「……ぅっ! いいさ、もとより承知の上!!」
【魔法】を当てたことが起因しているのか。
『ガルダ』の咆哮を背で受けながら、マコトは不測の事態を受け入れる。
(時間だ! 時間さえ稼げればいい……!)
背後から伝わる大地の揺れ。
地響きを起こして迫る巨躯。
ディスターとは比べ物にならない遅々とした走りでは、大した距離は稼げない。
「追いつかれる……! なら、次は!」
逃げても無駄だと悟るなり、マコトはその場に急停止。
「二振り目!」と叫びつつ、マコトの刃が向かう先は『ガルダ』ではない。
「っ!!」
勢いよく突き立てたのは、己の足元。
そして、
「!!」
地面が爆ぜる。
「うぅっ……!」
昇る白炎が土埃を起こし、マコトの姿を隠す。
広がる土煙は目眩ましとなり、突進を続けていた『ガルダ』は誘われるがまま、靄の中へと突っ込んだ。
「ぷっ、はぁーーーっ!」
間もなく煙を裂いて現れるは、一つの影と【煌炎】。
顔中に掛かった土塊を拭い、また逃走を開始する。
(残りは一振り……。ここまで弱まれば、魔力に敏感といえど分からない…………、はずっ)
咄嗟の判断に自信を持てないマコトは、顔を歪ませる。
もはや名ばかりの白炎刀は、足元を照らす程度まで光が薄れた。
1秒ずつ輝きが減り、残りは一振りすら怪しい。
それでも蹴り出す力は強いまま。
一歩でも遠くに、一秒でも長くと、マコトは肺に溜め込んだ酸素を脚へと送るのだった。
そんな姿を見つめるマニは、空いた口が塞がらずにいた。
「見ててヒヤヒヤすんなぁ……。なんで早く使わないんだよ、あの男は……」
魔法を使ってしまえば、『ガルダ』の標的から外れる。
マコトへの執念が残っていれば話は別だが、少なくとも脅威ではない。
見逃してもらえる可能性があるのに、【煌炎】を手放そうとしないマコトに、マニは顔を強張らせる。
湧き上がる苛立ちが、マコトに向けたものでないと知りながら。
「私達のために決まってるでしょ! 魔力が尽きれば、私の方に来ちゃう。だから、マコトは使い所を見極めながら戦ってるんだよ」
「あぁー、もう。……分かってるよ!」
アカリの【炎】が近づき、浅葱色の翼が軽くなる。
この作業のためにマコトは命を賭けている。
悪態を吐いてしまうのは、捻くれた性格のせいだ。
そのことも自覚しているからこそ、マニはアカリに言い返さなかった。
「アカリ……、火力を上げろ」
「えっ!? でも、翼が……」
「多少焼けてもアンタを抱えて飛ぶくらいわけない! 良いから早くしろ!」
「う、うん……。お言葉に甘えます……」
ボッと大きくなった【炎】の熱が、マニの翼を超えて背中に伝わる。
(これくらい……どうってことないだろ……っっ!)
蓄積されて熱が高まる。
僅かに肩を震わせてしまったマニは、アカリに気づかれないように唇を噛み締めるのだった。
アカリから得た【魔法】を駆使し、目眩ましの粉塵を舞い上げた。
だがそれは、いとも容易く掻き消される結果になった。
『────ッッッ』
「ダメかぁ……っ!?」
翼が生み出す暴風が、マコトの策を吹き飛ばす。
土煙に突っ込んだ『ガルダ』だったが、数回羽ばくだけで霧散した。
攻撃を回避しただけでも上出来なのだが、貴重な一振りを使っただけに、もっと時間を稼ぎたかったと欲が出る。
『クワワワワワワァァァッッ!!』
「っ!」
白炎刀の魔力を察知したのか。
視界が明瞭になるや、『ガルダ』の咆哮がマコトに向けられる。
目眩ましをあっさりと破られたマコトは、まだ十分な距離を稼げていない。
劈くような雄叫びが両耳を打ち、咄嗟にマコトは立ち止まる。
そして、マコトの視界がぐるりと回転した。
「あ、はぁっ!?」
背中への殴打。
暴風の波動。
まともに受けた衝撃が全身を駆け巡り、マコトの体は地面を転げる。
距離を無視した『ガルダ』の一撃。
逃げようと背を向け続けていた上に、『ガルダ』の攻撃を避けられなかった。
「くっ、くくっっっ…………!」
それでも手放さなかった白炎刀を引き寄せ、体を起こそうと試みる。
けれど無情にも、マコトは目にしてしまう。
「っ!?」
空から落ちる、緑の巨躯。
地面に寝転ぶマコトへと、『ガルダ』の鉤爪が輝いた。
「──!」
轟音と衝撃。
全身で大地の揺れを感じたマコトは、すぐ目の前に刺さった鉤爪に背筋を凍らせる。
『カカカァァァァァァッッッ』
「……ひぃっ!?」
本来であれば、踏み潰されていた。
だが、咄嗟の判断が生死分けた。
『ガルダ』が落ちるまでの僅かな時間。
一瞬が、数分にまで延長された思考の中で、マコトは【煌炎】を投げ捨てた。
『ガルダ』は見ているのは、自分? 白炎刀?
【魔法】を放つ時間はない。
ならば、賭けるしかない。
もとより矮小な存在であることを、マコトは自覚している。
狙っているのは残り火で、自分ではないと、狙いを反らせたのだった。
「はぁー、ぁー……、はぁー、ぁー…………っ!」
結果は正解。
『ガルダ』の鉤爪が握りしめたのは、白炎刀。
凝縮した時間から解放され、思考に裂く体力すら失ったマコトは、ただ見つめてくる鋭い眼を見つめ返すことしか出来ない。
そして、動かない体で見続ける。
『ガアアアアアアアアアッッッ!!』
開かれた地獄の門。
己を丸呑みしようと迫る嘴を。
「──って、させるわけないでしょ!」
『ッ!?』
差し迫る脅威を、本能で感じ取った『ガルダ』は視線を上げた。
「追いかけっこになれば、もって数十秒。それまでに決めろ」
「了解!」
浅葱色の翼から、魔力光が散りばめられる。
夜空にくっきりと描かれる赤い閃光は、光速で落下する隕石のよう。
二人の少女が作る一条の光は、寸分の狂いもなく少年を目指していた。
「間に、……あった…………!」
尽きたはずだったマコトの体力は息を吹き返し、恐怖に染まった顔は希望に塗り替えられる。
眼下に見える少年の笑みに、気づけば鳥獣人の少女も口端を吊り上げていた。
「ほんと、……大した男じゃねぇか」
「え?」
「なんでもない! ここからは喋んじゃねぇーぞ!」
「んぁ、んぃ!」
モゴモゴとしたアカリの返事を最後に、マニは急降下を始める。
対して、『ガルダ』が選んだもの空中戦。
足下で寝そべるマコトは歯牙にも止めず、羽ばたき一つで舞い上がる。
「来るよっ!」
「んぅんっ!」
アカリの腰元に手を回し、背に腹を密着させるマニの警告に、アカリも眦を裂く。
長剣をマコトに託したアカリの武器は、【炎】。
『ガルダ』と同じく空を飛べば、距離は縮まり、威力も衰えない。
残る問題は、暴風の障壁。
【炎】を拡散させる『ガルダ』の羽ばたき。
これまで幾度となく壁に弾かれたわけだが、破る方法はもう決まっていた。
「やっちまええええええっっ!!」
「……うん」
間もなく衝突しようかとまで詰まった距離で、マニが叫ぶ。
その声に呼応するアカリは、妙に静かだった。
猛る炎は、静寂。
煌めきは、燐光。
手の平に収まるはずのない魔力量が、アカリによって圧縮され、その色合いを変えていた。
「──いくよ!」
『クワワワッッ!?』
防げるものなら、防いでみろ。
そう告げる翠光の瞳に、『ガルダ』は戦慄を覚える。
灯るも【炎】は、青色に。
まるで一条の彗星のようで、闇夜を照らす極細の炎である。
「勝ったな」
少女が突き出す右手に、『ガルダ』の翼は痙攣する。
回避の手段も、逃走の術もない。
呟きを確信できるだけの光景に、浅葱色の少女は口端を裂く。
そして、
「──『ユニティス・レイ』ッ!!」
『────ッッッ!?』
青白い光は、『ガルダ』の身を貫いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
マコトの必死の行動が身を結び、マニとの共闘も実現した。
いやー、これでめでたしめでた──『勝ったな』──、……ん? それって言っていいんだけ?
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