表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/53

第37話:【炎が灯る】

『──────ッッッ』


 暴風が炎の壁を崩し、『ガルダ』が姿を現す。


「マコトをお願い!」

「あぁ」


 途端に疾駆するアカリに、マニさんは短く答える。

 赤い閃光が尾を引き、一度の瞬きでアカリの背は遥か遠くへ。

 地面スレスレの低姿勢で加速し、跳躍したアカリは刃に【炎】を灯した。


「はあああああああぁぁぁぁぁ!!」

『クワァァァァァァァァァッッッ』


 上がる両者のときの声。

 開戦を知らせる咆哮が、星の散りばめられた空に轟いた。


「ふんっ!」


 先手を取ったのはアカリ。

 浮遊する『ガルダ』には、オーバーフローの跳躍を持ってしても届かない。

 ならばと、刃に纏わせた【炎】を自在に操り、延長する。

 長く蛇行する炎刃は、もはや『鞭』。

 間合(リーチ)を伸ばしたアカリは、『ガルダ』へと孤を描く。


『──ッ』

「くぅ~っ!」


 けれど羽ばたきからの、旋回。

 警告を知らせる風を掴んだ『ガルダ』は、赤鞭(せきべん)に背を向け、身を捩りながら回避する。

 距離に囚われない最良の一撃。

 それでも躱された悔しさに低く唸りつつ、アカリは迫る羽毛をさばく。

 初手から次元の違う戦いに、僕は目を離せなくなっていた。


「ただでさえ強いクセに、【エレメント魔法】も使えるのかよ、……アイツ」

「え、えっとー……、アカリと何かありました?」


 固唾を飲んで見守っていた僕の隣で、マニさんは忌々しそうに呟く。

 アカリと一悶着あったのは聞かされたが、根に持っているのだろうか……。

 あちこち切り傷だらけだし、胸元は血で赤く染まっている。

 なぜか二人とも濡れていたせいで、服が体に張り付いて曲線が丸見えに……。

 今更だとしても、直視しないように尋ねれば、「なんでもねぇーよ」とマニさんはそっぽ向いた。


「ただ……、思ったよりも手こずってるみたいだな」


 幾度となく放たれる火球や炎刃。

 夜空を赤く染めてしまうほどの広範囲攻撃。

 離れていても伝わる熱は、それだけ強力な一撃である証拠。

 けれど、『ガルダ』は沈まなかった。


『────ッッッ!!』

「もぅ! またっ!!」


 およそ巨体に似つかわしくない俊敏性で、全ての攻撃を躱す。

 決して押されているわけではないのに、疲弊しているのはアカリだけ。

 顎から滴る汗を拭い、また一つ業火を放つのだった。


「バカの一つ覚え……、って言いたいところだが、あぁするしか手がねぇーのか」

「一度目の跳躍は、いわば不意打ち……。あれを何度もやるわけにはいきませんから……」


 歯がゆさを感じているのか、マニさんが舌打ちを鳴らす。

 単調な攻撃を続けるアカリは、手を抜いているわけではない。

 むしろ戦闘に関して、アカリは才能(センス)の塊だ。

 神獣候補のローレンツさんとさえ、剣戟を繰り広げられる。

 けれど対空戦となれば、そうもいかない。

 跳躍で『ガルダ』に近づくことはできても、地の利は向こうにある。

 さらに付け加えるなら。


「空を飛ぶだけでも厄介なのに、なんなんだ、『あの動き』は……」


 ガルダは空を、『泳いでいた』。

 翼を折りたたんで蛇行し、【(まほう)】の隙間を縫って躱す。

 予想を裏切る不規則な動きが、一層攻撃を当てづらくしていた。


(それで済めばまだいいけど、大型魔獣には…………知性がある……っっっ)


 なぜか『ガルダ』は、付かず離れずの距離で躱し続けていた。

 反撃するでも、逃げるでもない。

 正気を取り戻しているなら、きっと『ガルダ』にも考えがある。

 漠然とした不安に息を飲めば、マニさんも疑問を口にした。


「アイツ……、アカリの魔力切れを狙ってるんじゃねぇーのか?」

「魔獣が、魔力切れを……っ」

「逃げれられるのにそうしない。ってことは、アカリがへばるのを待ってんだろ?」


 思いつきを口にしただけなのか、両肩を竦めるマニさんは「知らねぇけどさ」、と締めた。

 けれど、確かに戦略としては大いに有りだ。

 僕だって、強敵であるローレンツさんに同じことを企んだ。

 知性を持つ大型魔獣ならあり得ると、僕は一人頷いた。


「このままじゃ……。……いっそマニさんがアカリを運ぶなんてできませんか?」

「アンタ、中々の無茶振り言ってくれんじゃねーか……」


 咄嗟に飛び出た言葉に、マニさんは煩わしそうな声を漏らす。

 けれど、それも一瞬。

「まぁ、確かに悪くない考えかもね」と、軽く頷いた。


「なら──」

「けど無理っ」

「え?」

「さっき海に突き落とされたばかりでね。羽が濡れて飛べないんだよ」

「……そ、そんな……」


「動きにくくてしょうがねぇーよ」と、重くなった肩を気だるげに揉み解すマニさんを横目に、僕は更に思考を加速させた。


「なら、翼が乾けばやってくれますか?」

「はぁ? そんなんどうやって?」

「アカリの【炎】なら、翼を乾かすことくらいわけないです」

「その間、誰がアイツを止めんだよ? ……っていうか、必然的にアンタがやるしかないって分かってるか?」

「……っ」


 勢い任せの策に、マニさんからの鋭い指摘が入る。

 確かにその通りだ。

 仮に出来たとしても、ほんの一瞬に過ぎない。

 その一瞬で出来るか?

 いや、無理だ。

 【炎】で乾かすと言っても、翼が焼けては意味がない。

 熱を微調整するとなれば、数秒で済む話ではなかった。


「アンタがニアを守ってくれたことは感謝するよ。けど、さっきの小型魔獣。……あれはアタシらがいなかったらどうにもならなかった」

「……っ」

「小型魔獣すらまともに倒せないアンタが、大型魔獣相手に時間稼ぎできんのかよ?」


 もっともな正論を突きつけられ、僕は固まった。

 ニアを殺してしまった罪。

 抱えるはずだった後悔。

 その負債を取り払ってくれたマニさんが、僕に期待をしないのは当然だった。


「それにこっちはアンタを守ると約束しちまってんだ。前のアタシならいくらでも踏み倒してやったけどね、今はそんな気分になれねぇんだよ」

「……っ」

「その……、…………アンタのせいでね……っ」

「…………え? あ、ど、どうも……っ」

「……っ、っっ」


 最初こそ荒っぽい口調だったが、ボソボソとらしくない呟きが聞こえた。

 気恥ずかしそうに首に手を回すマニさんの姿に、僕まで顔を熱くする。

 これがニアの言っていた、僕ならマニさんを変えられるという事なのか?

 不器用な優しさを見せてくれたマニさんに、ニアとの約束を思い出した僕は、おずおずと頭を下げる……。

 けれど次の瞬間ハッと目を覚まし、場違いもいい加減にしろとばかりに頭を振り、溜まった熱を追い出した。


「きょ、今日だけで、…………痛いほど思い知らされました」

「?」

「僕には、誰かを助ける力がない。……安心させる力なんてない」


 ニアに救われ。

 サレンに助けられ。

 アカリに守ってもらって。

 次はマニさんの(ちから)に縋ろうとしている。

 世の中、僕だけでどうにかできることなんて何一つない。

 そう思えるくらい、僕が役立たずであることを思い知らされた。


「でも、弱い自分を受け入れたら、本当に何も出来なくなる……!」

「っ」


 両手を握り締めて告げる僕に、マニさんは肩を揺らした。


「我儘ですみません……。口先ばっかりでごめんなさい……。…………でも、可能性があるなら手を伸ばしたい…………っ。理想を……、追い求めたいです……っ!」


 僕がしようとしていることは、ありがた迷惑かもしれない。

 アカリなら、僕がいなくても戦える。

 『ガルダ』の術中にハマり、魔力を失ったとしても、彼女は戦えてしまう。

 僕を救おうとしたように。

 誰かを救うためなら、たとえ一人になっても止まらない人だから。


「僕も同じです。憧れた姿になれない悔しさを知っています。今の僕じゃ、どうにもならないと分かってて……、それが悔しくて仕方ない…………っ」


 弱い僕が目指すには、遠すぎる。

 独りよがりにしては、無謀すぎる。

 彼女たちと並べる人間になる。

 そうは誓ってみたものの、まだまだ先は遠そうで。

 今は、ただの迷惑なだけなのだろう。


(そうだとしても、──近づきたいっ!)


 歩みを止めたくない僕は、


「だから、僕と一緒に戦ってください。……マニさん」


 ありのままの我儘をぶつけた。


「『病気』……を通り越して、今のアンタはただのガキだな」

「ぅっ!?」


 言葉の短刀(ナイフ)が、勢いよく突き刺さる。

 その強烈さに、思わずしゃがみ込んでしまいそうになった。

 けれどすかさず、


「けど……、威勢の良さに免じて今日だけは乗ってやる」

「…………え?」

「ちゃんと手はあんだろうなぁ?」


 ニヤリと笑うマニさんは、僕に顔を近づけた。




「──っ!」


 向かい風に煽られ、思い通りに進めない。

 風に乗った熱で、皮膚が焼ける。

 それでも歯を食いしばり、苦痛を飲み込み、駆ける。

 比喩なしでその手に一条の光を持つマコトは、数秒前の記憶をなぞり、作戦を思い出す。


『んで? なにするつもり?』

『これを使います』

『閃光弾か……。もう何度か使ってたみたいだけど、これ一つとアンタの力だけでアイツを引きつけられるのかよ?』


 マコトを守るという約束を反故にするマニは身を案し、不安そうに瞳を細める。


『時間はあるに越したことはないけど、せめて数分は稼いでもらわないと困るぜぇ?』

『わかってます。もちろんこれだけじゃ『ガルダ』は引き付けられない。だから、その準備のために使います』

『一瞬で何するつもりなんだか……?』

『えっとー……、まぁ……。……と、とにかく任せてください!』

『はぁ~……。信じらんねぇー』

『……ぅ』


 一層怪訝に染まるマニの不安を、この場で払拭することは出来ない。

 ある程度の危険を冒すことはマニも予想している。

 だが言えば止められると分かっているマコトは、嘆息を吐くマニに、唇をキュッと閉じた。


『まぁ、いいさ。どうせやるんだろ?』

『……はい』

『ならアンタの策略が実現するさまを、ここで見届けさせてもらうよ』


 納得したわけではないが、今更何か言うのも野暮。

 マコトの目指そうとしている姿に、マニは辟易とした笑みを見せるのだった。


『──これが本物のセイバートゥースってやつか』


 数分前の記憶から回帰し、マコトは眦を裂く。


「『ガルダ』の動きが変わった……!」


 これまで回避に専念していた怪鳥が、攻勢に転じた。

 放たれる羽毛の弾丸。

 大地を砕く(くちばし)の突進。

 アカリを血肉に変えようと、猛攻を叩きつける。

 マニが告げた『ガルダ』の目論見。

 魔力にはまだ余裕があると思っていたが、その瞬間が訪れたのだろうと、マコトは闘志を燃やした。


「アカリっ!」

「ふぇっ!? マコトっ!?」


 唸る暴風を掻き分けるマコトの声に、アカリは驚嘆を上げる。

 来てはダメ! と、喉をこじ開けようとするも。


「──っ!」

「……っ」


 決意を宿した少年の顔に、湧き上がったはずの危惧が消えた。


『クワワワワワワァァァッッッ!』

「っ!?」


 余所見とは良い度胸だ。

 そう言わんばかりの雄叫びに打たれて、アカリは瞬時に振り返る。

 視界に映るのは、一条となった魔獣。

 翼を畳み、嘴を中心に回転する。

 これが巨体ながら俊敏に動けた原理。

 空を『泳ぐ』ように、空気抵抗を極限まで減らした飛法を用いた貫通技で、『ガルダ』はアカリたちに突っ込んだ。


「アカリ! 【炎】をっ!!」


 けれど、再び背を打つ声に、アカリの体が反射的に動き出す。

 姿は見えない。

 思惑は知れない。

 だが、関係ない。

 少年が望み、必要だと感じ、動いたのなら、それだけで十分。


「分かった!」

「っ!!」


 振り返ることもせず、アカリは右手に【炎】を灯す。

 間もなく少年の手が重なった、次の瞬間。


「────────────────────────っ!!」


 白炎が、膨張した。


『カワァッ!?』

「んだこれ!?」


『ガルダ』はもちろん、離れた位置にいるマニさえも驚愕する光景。

 神秘の輝きやがて淡く、周囲は闇に包まれる。

 ただ一箇所を除いて。


「【混彩魔法(マーブリオン)】──【煌炎(こうえん)】ッッ!!」


 マコトが手にするのは、『白炎刀』。

 煌々と燃える剣。

 闇夜に立つマコトを照らす輝きの名は、──【混彩魔法(マーブリオン)】。

【エレメント魔法】の付与効果を用い、『閃光』に【炎】を付与した剣が、アカリの手からマコトに移ったのだった。


「いいね、マコト? 私の手から離れた魔力はどんどん弱まる」

「分かってる」

「たぶん、三振りが限界……。時間だって長くは持たないからね」

「良いんだ。大切に使わせてもらうよ」


 仕方なかったとは言え、やるせなさに顔を顰めるアカリに、マコトは振り向かずに答える。

 正確には、振り返る余裕がマコトにはなかった。

 刀身が帯びる【炎】は、マコトの体に害でしかない。

 額は汗ばみ、両手は火傷寸前。

 それでも歯を食いしばって離さないマコトは、『ガルダ』を睥睨へいげいする。


「行って、アカリ! マニさんをお願い……っ!」

「うん……。絶対すぐにでも戻ってくるからね!」


 マコトの叫びに、アカリは一も二も無く疾駆する。

 だが、動き出したのはアカリだけではない。


『────ッ』

「ちょいちょい! さっそくこっちに来てんじゃねぇーか!?」


 驚愕しっぱなしのマニの下に向かうアカリを追い、『ガルダ』も羽音を響かせる。

 いくらマコトが魔力をもとうと、警戒すべきはアカリのみ。

 背を向けたアカリを狙うのは道理だ。

 だが──、


「はああああああああああっっ!!」

『カァッ!?』


 白炎刃に焼かれ、『ガルダ』が止まる。


「少しでいいから、僕を見ろっ!」

『ククク……ッッ』


 【魔法】の直撃。

 アカリとサレンにすらできなかった偉業。

 それをよりにもよって、ただのヒューマンが成したことで、『ガルダ』の警戒度は逆転する。


『クワワワァァァッッッ!!』

「……っ!」


 身が浮くほどの咆哮。

 この時、マコトは初めて『大型魔獣』に敵として定められた。


(これが、アカリたちの見る世界……)


 ヒューマンにとっての不可侵領域。

 ディスターのみが許された戦場。

 その地に足を踏み入れたマコトは、己を映す『ガルダ』の眼に、息を飲むのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


この作品のオリジナル要素である【混彩魔法(マーブリオン)】を、早くもマコトが使う時が来ました!

借り物の力で、時間制限付きだとしても、ヒューマンであるマコトが【魔法】を扱う場面は、作者自身もワクワクしてしまいます(*´ω`*)

そんな次回はマコトと『ガルダ』の一騎打ちになりますので、ぜひ応援しながら読んでください!


ブックマークや☆☆☆☆☆を付けての評価にご協力お願いします。

応援コメントもお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ