第37話:【炎が灯る】
『──────ッッッ』
暴風が炎の壁を崩し、『ガルダ』が姿を現す。
「マコトをお願い!」
「あぁ」
途端に疾駆するアカリに、マニさんは短く答える。
赤い閃光が尾を引き、一度の瞬きでアカリの背は遥か遠くへ。
地面スレスレの低姿勢で加速し、跳躍したアカリは刃に【炎】を灯した。
「はあああああああぁぁぁぁぁ!!」
『クワァァァァァァァァァッッッ』
上がる両者の鬨の声。
開戦を知らせる咆哮が、星の散りばめられた空に轟いた。
「ふんっ!」
先手を取ったのはアカリ。
浮遊する『ガルダ』には、オーバーフローの跳躍を持ってしても届かない。
ならばと、刃に纏わせた【炎】を自在に操り、延長する。
長く蛇行する炎刃は、もはや『鞭』。
間合を伸ばしたアカリは、『ガルダ』へと孤を描く。
『──ッ』
「くぅ~っ!」
けれど羽ばたきからの、旋回。
警告を知らせる風を掴んだ『ガルダ』は、赤鞭に背を向け、身を捩りながら回避する。
距離に囚われない最良の一撃。
それでも躱された悔しさに低く唸りつつ、アカリは迫る羽毛をさばく。
初手から次元の違う戦いに、僕は目を離せなくなっていた。
「ただでさえ強いクセに、【エレメント魔法】も使えるのかよ、……アイツ」
「え、えっとー……、アカリと何かありました?」
固唾を飲んで見守っていた僕の隣で、マニさんは忌々しそうに呟く。
アカリと一悶着あったのは聞かされたが、根に持っているのだろうか……。
あちこち切り傷だらけだし、胸元は血で赤く染まっている。
なぜか二人とも濡れていたせいで、服が体に張り付いて曲線が丸見えに……。
今更だとしても、直視しないように尋ねれば、「なんでもねぇーよ」とマニさんはそっぽ向いた。
「ただ……、思ったよりも手こずってるみたいだな」
幾度となく放たれる火球や炎刃。
夜空を赤く染めてしまうほどの広範囲攻撃。
離れていても伝わる熱は、それだけ強力な一撃である証拠。
けれど、『ガルダ』は沈まなかった。
『────ッッッ!!』
「もぅ! またっ!!」
およそ巨体に似つかわしくない俊敏性で、全ての攻撃を躱す。
決して押されているわけではないのに、疲弊しているのはアカリだけ。
顎から滴る汗を拭い、また一つ業火を放つのだった。
「バカの一つ覚え……、って言いたいところだが、あぁするしか手がねぇーのか」
「一度目の跳躍は、いわば不意打ち……。あれを何度もやるわけにはいきませんから……」
歯がゆさを感じているのか、マニさんが舌打ちを鳴らす。
単調な攻撃を続けるアカリは、手を抜いているわけではない。
むしろ戦闘に関して、アカリは才能の塊だ。
神獣候補のローレンツさんとさえ、剣戟を繰り広げられる。
けれど対空戦となれば、そうもいかない。
跳躍で『ガルダ』に近づくことはできても、地の利は向こうにある。
さらに付け加えるなら。
「空を飛ぶだけでも厄介なのに、なんなんだ、『あの動き』は……」
ガルダは空を、『泳いでいた』。
翼を折りたたんで蛇行し、【炎】の隙間を縫って躱す。
予想を裏切る不規則な動きが、一層攻撃を当てづらくしていた。
(それで済めばまだいいけど、大型魔獣には…………知性がある……っっっ)
なぜか『ガルダ』は、付かず離れずの距離で躱し続けていた。
反撃するでも、逃げるでもない。
正気を取り戻しているなら、きっと『ガルダ』にも考えがある。
漠然とした不安に息を飲めば、マニさんも疑問を口にした。
「アイツ……、アカリの魔力切れを狙ってるんじゃねぇーのか?」
「魔獣が、魔力切れを……っ」
「逃げれられるのにそうしない。ってことは、アカリがへばるのを待ってんだろ?」
思いつきを口にしただけなのか、両肩を竦めるマニさんは「知らねぇけどさ」、と締めた。
けれど、確かに戦略としては大いに有りだ。
僕だって、強敵であるローレンツさんに同じことを企んだ。
知性を持つ大型魔獣ならあり得ると、僕は一人頷いた。
「このままじゃ……。……いっそマニさんがアカリを運ぶなんてできませんか?」
「アンタ、中々の無茶振り言ってくれんじゃねーか……」
咄嗟に飛び出た言葉に、マニさんは煩わしそうな声を漏らす。
けれど、それも一瞬。
「まぁ、確かに悪くない考えかもね」と、軽く頷いた。
「なら──」
「けど無理っ」
「え?」
「さっき海に突き落とされたばかりでね。羽が濡れて飛べないんだよ」
「……そ、そんな……」
「動きにくくてしょうがねぇーよ」と、重くなった肩を気だるげに揉み解すマニさんを横目に、僕は更に思考を加速させた。
「なら、翼が乾けばやってくれますか?」
「はぁ? そんなんどうやって?」
「アカリの【炎】なら、翼を乾かすことくらいわけないです」
「その間、誰がアイツを止めんだよ? ……っていうか、必然的にアンタがやるしかないって分かってるか?」
「……っ」
勢い任せの策に、マニさんからの鋭い指摘が入る。
確かにその通りだ。
仮に出来たとしても、ほんの一瞬に過ぎない。
その一瞬で出来るか?
いや、無理だ。
【炎】で乾かすと言っても、翼が焼けては意味がない。
熱を微調整するとなれば、数秒で済む話ではなかった。
「アンタがニアを守ってくれたことは感謝するよ。けど、さっきの小型魔獣。……あれはアタシらがいなかったらどうにもならなかった」
「……っ」
「小型魔獣すらまともに倒せないアンタが、大型魔獣相手に時間稼ぎできんのかよ?」
もっともな正論を突きつけられ、僕は固まった。
ニアを殺してしまった罪。
抱えるはずだった後悔。
その負債を取り払ってくれたマニさんが、僕に期待をしないのは当然だった。
「それにこっちはアンタを守ると約束しちまってんだ。前のアタシならいくらでも踏み倒してやったけどね、今はそんな気分になれねぇんだよ」
「……っ」
「その……、…………アンタのせいでね……っ」
「…………え? あ、ど、どうも……っ」
「……っ、っっ」
最初こそ荒っぽい口調だったが、ボソボソとらしくない呟きが聞こえた。
気恥ずかしそうに首に手を回すマニさんの姿に、僕まで顔を熱くする。
これがニアの言っていた、僕ならマニさんを変えられるという事なのか?
不器用な優しさを見せてくれたマニさんに、ニアとの約束を思い出した僕は、おずおずと頭を下げる……。
けれど次の瞬間ハッと目を覚まし、場違いもいい加減にしろとばかりに頭を振り、溜まった熱を追い出した。
「きょ、今日だけで、…………痛いほど思い知らされました」
「?」
「僕には、誰かを助ける力がない。……安心させる力なんてない」
ニアに救われ。
サレンに助けられ。
アカリに守ってもらって。
次はマニさんの翼に縋ろうとしている。
世の中、僕だけでどうにかできることなんて何一つない。
そう思えるくらい、僕が役立たずであることを思い知らされた。
「でも、弱い自分を受け入れたら、本当に何も出来なくなる……!」
「っ」
両手を握り締めて告げる僕に、マニさんは肩を揺らした。
「我儘ですみません……。口先ばっかりでごめんなさい……。…………でも、可能性があるなら手を伸ばしたい…………っ。理想を……、追い求めたいです……っ!」
僕がしようとしていることは、ありがた迷惑かもしれない。
アカリなら、僕がいなくても戦える。
『ガルダ』の術中にハマり、魔力を失ったとしても、彼女は戦えてしまう。
僕を救おうとしたように。
誰かを救うためなら、たとえ一人になっても止まらない人だから。
「僕も同じです。憧れた姿になれない悔しさを知っています。今の僕じゃ、どうにもならないと分かってて……、それが悔しくて仕方ない…………っ」
弱い僕が目指すには、遠すぎる。
独りよがりにしては、無謀すぎる。
彼女たちと並べる人間になる。
そうは誓ってみたものの、まだまだ先は遠そうで。
今は、ただの迷惑なだけなのだろう。
(そうだとしても、──近づきたいっ!)
歩みを止めたくない僕は、
「だから、僕と一緒に戦ってください。……マニさん」
ありのままの我儘をぶつけた。
「『病気』……を通り越して、今のアンタはただのガキだな」
「ぅっ!?」
言葉の短刀が、勢いよく突き刺さる。
その強烈さに、思わずしゃがみ込んでしまいそうになった。
けれどすかさず、
「けど……、威勢の良さに免じて今日だけは乗ってやる」
「…………え?」
「ちゃんと手はあんだろうなぁ?」
ニヤリと笑うマニさんは、僕に顔を近づけた。
「──っ!」
向かい風に煽られ、思い通りに進めない。
風に乗った熱で、皮膚が焼ける。
それでも歯を食いしばり、苦痛を飲み込み、駆ける。
比喩なしでその手に一条の光を持つマコトは、数秒前の記憶をなぞり、作戦を思い出す。
『んで? なにするつもり?』
『これを使います』
『閃光弾か……。もう何度か使ってたみたいだけど、これ一つとアンタの力だけでアイツを引きつけられるのかよ?』
マコトを守るという約束を反故にするマニは身を案し、不安そうに瞳を細める。
『時間はあるに越したことはないけど、せめて数分は稼いでもらわないと困るぜぇ?』
『わかってます。もちろんこれだけじゃ『ガルダ』は引き付けられない。だから、その準備のために使います』
『一瞬で何するつもりなんだか……?』
『えっとー……、まぁ……。……と、とにかく任せてください!』
『はぁ~……。信じらんねぇー』
『……ぅ』
一層怪訝に染まるマニの不安を、この場で払拭することは出来ない。
ある程度の危険を冒すことはマニも予想している。
だが言えば止められると分かっているマコトは、嘆息を吐くマニに、唇をキュッと閉じた。
『まぁ、いいさ。どうせやるんだろ?』
『……はい』
『ならアンタの策略が実現するさまを、ここで見届けさせてもらうよ』
納得したわけではないが、今更何か言うのも野暮。
マコトの目指そうとしている姿に、マニは辟易とした笑みを見せるのだった。
『──これが本物のセイバートゥースってやつか』
数分前の記憶から回帰し、マコトは眦を裂く。
「『ガルダ』の動きが変わった……!」
これまで回避に専念していた怪鳥が、攻勢に転じた。
放たれる羽毛の弾丸。
大地を砕く嘴の突進。
アカリを血肉に変えようと、猛攻を叩きつける。
マニが告げた『ガルダ』の目論見。
魔力にはまだ余裕があると思っていたが、その瞬間が訪れたのだろうと、マコトは闘志を燃やした。
「アカリっ!」
「ふぇっ!? マコトっ!?」
唸る暴風を掻き分けるマコトの声に、アカリは驚嘆を上げる。
来てはダメ! と、喉をこじ開けようとするも。
「──っ!」
「……っ」
決意を宿した少年の顔に、湧き上がったはずの危惧が消えた。
『クワワワワワワァァァッッッ!』
「っ!?」
余所見とは良い度胸だ。
そう言わんばかりの雄叫びに打たれて、アカリは瞬時に振り返る。
視界に映るのは、一条となった魔獣。
翼を畳み、嘴を中心に回転する。
これが巨体ながら俊敏に動けた原理。
空を『泳ぐ』ように、空気抵抗を極限まで減らした飛法を用いた貫通技で、『ガルダ』はアカリたちに突っ込んだ。
「アカリ! 【炎】をっ!!」
けれど、再び背を打つ声に、アカリの体が反射的に動き出す。
姿は見えない。
思惑は知れない。
だが、関係ない。
少年が望み、必要だと感じ、動いたのなら、それだけで十分。
「分かった!」
「っ!!」
振り返ることもせず、アカリは右手に【炎】を灯す。
間もなく少年の手が重なった、次の瞬間。
「────────────────────────っ!!」
白炎が、膨張した。
『カワァッ!?』
「んだこれ!?」
『ガルダ』はもちろん、離れた位置にいるマニさえも驚愕する光景。
神秘の輝きやがて淡く、周囲は闇に包まれる。
ただ一箇所を除いて。
「【混彩魔法】──【煌炎】ッッ!!」
マコトが手にするのは、『白炎刀』。
煌々と燃える剣。
闇夜に立つマコトを照らす輝きの名は、──【混彩魔法】。
【エレメント魔法】の付与効果を用い、『閃光』に【炎】を付与した剣が、アカリの手からマコトに移ったのだった。
「いいね、マコト? 私の手から離れた魔力はどんどん弱まる」
「分かってる」
「たぶん、三振りが限界……。時間だって長くは持たないからね」
「良いんだ。大切に使わせてもらうよ」
仕方なかったとは言え、やるせなさに顔を顰めるアカリに、マコトは振り向かずに答える。
正確には、振り返る余裕がマコトにはなかった。
刀身が帯びる【炎】は、マコトの体に害でしかない。
額は汗ばみ、両手は火傷寸前。
それでも歯を食いしばって離さないマコトは、『ガルダ』を睥睨する。
「行って、アカリ! マニさんをお願い……っ!」
「うん……。絶対すぐにでも戻ってくるからね!」
マコトの叫びに、アカリは一も二も無く疾駆する。
だが、動き出したのはアカリだけではない。
『────ッ』
「ちょいちょい! さっそくこっちに来てんじゃねぇーか!?」
驚愕しっぱなしのマニの下に向かうアカリを追い、『ガルダ』も羽音を響かせる。
いくらマコトが魔力をもとうと、警戒すべきはアカリのみ。
背を向けたアカリを狙うのは道理だ。
だが──、
「はああああああああああっっ!!」
『カァッ!?』
白炎刃に焼かれ、『ガルダ』が止まる。
「少しでいいから、僕を見ろっ!」
『ククク……ッッ』
【魔法】の直撃。
アカリとサレンにすらできなかった偉業。
それをよりにもよって、ただのヒューマンが成したことで、『ガルダ』の警戒度は逆転する。
『クワワワァァァッッッ!!』
「……っ!」
身が浮くほどの咆哮。
この時、マコトは初めて『大型魔獣』に敵として定められた。
(これが、アカリたちの見る世界……)
ヒューマンにとっての不可侵領域。
ディスターのみが許された戦場。
その地に足を踏み入れたマコトは、己を映す『ガルダ』の眼に、息を飲むのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品のオリジナル要素である【混彩魔法】を、早くもマコトが使う時が来ました!
借り物の力で、時間制限付きだとしても、ヒューマンであるマコトが【魔法】を扱う場面は、作者自身もワクワクしてしまいます(*´ω`*)
そんな次回はマコトと『ガルダ』の一騎打ちになりますので、ぜひ応援しながら読んでください!
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