第35話:【思考止めるな!】
『────────────────────────────ッッッ!!』
風を切る無数の羽。
地を掘り返す轟音。
暴風を生み出していた緑色の翼は、羽根を弾丸に変えて、辺りを吹き飛ばした。
「サ、サレン……! ニア……っ、……」
『ガルダ』による範囲攻撃。
指一本動かせなかったマコトは、サレンによって救われた。
辺りは砂埃が立ち上り、視界は最悪。
呼吸も十分に取れない中で、マコトは少女たちの名を呼び、地を這っていた。
「……っ!? サレンっ!」
「ぅ……、っ……。…………マコト、くん……」
薄目で見つめた先で丸くなったサレンへと、マコトは痛めた体を押す。
そこにいたサレンは、ニアに覆いかぶさった状態で目を開いた。
「ごめんなさい……、突き飛ばしてしまって……。ニアさんを守るのに手一杯になってしまって……」
「僕は、大丈夫……。ニアを守ってくれてありがとう。本当に助かったよ……」
ダウンタイムに堕ちたニアは、先の衝撃でも起きる様子はない。
むしろ目覚めない方が良いだろうと、ニアを一瞥したマコトは、再度サレンを見つめる。
その身はニアを庇った代償を受け、切り傷だらけ。
覆頭衣は、もはや衣類の意味を無くしていた。
「サレン……、傷が……っ!?」
「これくらい……、平気です……。魔力が尽きない限りは、まだ動けます……」
「……わかった。でも、今以上の無茶はしちゃだめだよ……」
オーバーフローによる自動回復が始まると、サレンは身を起こす。
両手を軽く握り、へっちゃらであると気丈に振る舞う。
それが虚勢であることに気づきながらも、選択肢のないマコトは瞳を細め、本題へと切り替えた。
「今の『ガルダ』はもう誘魔臭に惑わされてはいないみたい……。閃光弾も避けられるかもしれない……」
「では、……どうすれば?」
「……っ」
誘魔臭に苦しめられていたはずが、その逆。
誘魔臭に惑わされていた『ガルダ』だったから、隙があった。
遅まきに理解したマコトは、複雑な気分に眉をひそめる。
(考えろ、考えろ、考えろっ! これが結び人の仕事だろ!)
体術を教わり、実践して掴んだ勝利に酔いしれていたせいで、本来の役割が疎かになっていた。
厳格教育のモネフィラが知ったら、何を言われるか。
期待を裏切ったとして見放されるくらいなら、もっと厳しくされる方がマシだと思えるくらい、マコトにとってのモネフィラは大きな存在になりつつあった。
(とは言え、本当にどうしよう……。魔法は防がれるし、閃光弾はバレてる。もう閃光弾でどうこうしよって考えから離れた方がいいのかもしれない……)
砂埃が晴れれば、再び攻撃が始まる。
他に名案なんてあるか。
頭を強く抑えるマコトの隣では、戸惑うサレンが口を小さく開ける。
その様子を横目にしたマコトは、一度深く息を吐いた。
(閃光弾に目を向けさせる……。そんな状況を作るにはどうしたらいい……)
これまでは、『ガルダ』の視線に合わせて投擲してきたが、今度は逆。
『ガルダ』にこちらを向かせた瞬間に、投擲する。
知性があるのなら、こちらの思惑に誘導出来るかもしれない。
発想の転換は終わった。
残るは、手段。
誘導方法を探るマコトは、今までの『ガルダ』の動きを脳内で再現させた。
そして、
「あ、……いけるかも」
「?」
「思ったよりも簡単な方法で『ガルダ』を落とせるかもしれないよ、サレン!」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ!」
なんてことはない手段に、マコトはわずかに笑みを浮かべる。
「『ガルダ』は、サレンの毒矢は避けるか、防ぐか、していたよね?」
「はい、なので嫌がらせ程度にしかなっていませんでしたが……」
「その嫌がらせって言うのに、『ガルダ』は必ず反応していたんだよ、……必ず、ね」
「……え、えーっと?」
「つまり、無視できないってこと」
「無視……、出来ない……?」
活路を見出したマコトは、さっそく実践すべく立ち上がる。
続いてつられて立ち上がったサレンに、今まで通り矢を放ち続けるように指示を出した頃、薄くなった砂埃からは『ガルダ』が見えた。
「それじゃ、お願い!」
「は、はい……!」
ギリギリッと弦を引く音を奏で、三本の毒矢が放射状に放たれる。
『──っ』
ほとんど目隠しの意味を失った砂埃が、矢の勢いで霧散する。
マコト、サレン、ニア。
そして魔力光を纏う毒矢が、淡い月光の下に晒される。
鮮明な輪郭を描く毒矢が目立たないはずもなく、夜空へと上ってくるそれを、『ガルダ』は糸も容易く回避する。
『クワァァァァァァァァァッッッ!!』
仕留めそこねた憤りで、高々と雄叫びを響かせる。
今一度翼を大きく広げ、羽毛の雨を降り注ごうとするも。
「──させませんよっ!」
『ッ!』
すかさず第二、第三の毒矢を打ち上げるサレンに、『ガルダ』は再び空を泳ぐ。
出し惜しみを捨てた、弓の連射。
攻撃の手を緩めないサレンは、打ったそばから矢筒へと手を伸ばす。
けれど、いい加減鬱陶しいとばかりに翼を広げた『ガルダ』は、暴風の壁を築こうと羽ばたいた。
『グワァッ──!』
「や、やっぱり、通らない……!」
蛇行する毒矢。
軌道は逸れる。
ディスターの力を持ってしても、一撃与えられない焦燥にサレンは声を詰まらせた。
だが、マコトの目は死んでいなかった。
(それでいい……! 無視できないということは、────『見ている(・・・・・・)』ということ)
目を逸らしてはいけない。
常人離れしたディスターの一撃だからこそ、最大警戒する大型魔獣は、【魔法】を無視できない。
ならば、
「ここだぁああああああああああ!!」
見てはいけない『閃光弾』が投げ込まれたら、どうなるか。
「伏せて!」
「はい!」
散々浴びせられた光る矢と違い、突然投じられた閃光弾は視認しづらい。
それが殺傷能力を持たないものであるなら、尚の事。
警戒網をあっさりと抜け、閃光弾が弾けた次の瞬間、
『─────────────────────ッッッ!!』
白の世界に、『ガルダ』の瞳が焼かれた。
『カアアァァァァァァァァァァァァァッッッ!?』
悲鳴に近い金切り声を響かせ、『ガルダ』の巨体が空から落ちる。
「サレン!」
「行きますっ!!」
弓を捨てたサレンは、強化された体を小さく屈めると、弾き出されたように疾駆する。
【ステータス魔法】は、触れることが発動条件。
『ガルダ』の巨体を鎮めるのにどれだけの『毒』が必要なのか。
もはや考えるのを捨てたサレンは、ありったけの魔力を右手に集約させる。
だが、
「マコトくん、林から魔獣ですっ!?」
「っ!?」
強化された聴力が捉えた不吉な音に、サレンは絶叫を上げ、マコトは息を止めた。
「『フェレマート』……、それに『イノググリ』っ!?」
その数、合計四。
単純な突進。
眼は赤く染まり、誘魔臭に導かれるままマコトたちへと向かってくる。
「くぅっ!」
「ダメだ、サレン!」
「でも!?」
マコトの下へと足先を向けるサレンに、制止の声が掛かる。
「これを逃せば、次上手くいく保証がない!」
「……ぅっ!」
「……頼むっ!」
「……っ、はい!」
余裕の消えた懇願に、サレンは顔をしわくちゃにして背を向ける。
マコトが「次はない」と言うのなら、間違いないのだろう。
それでも優先すべき相手を天秤に掛けた苦痛に、サレンは涙を浮かべて走り出した。
(やるしかないぞ……! 僕っ!)
遠ざかるサレンから視線を戻したマコトは、温かいかも冷たいかもわからない吐息を溢す。
迫る数は、変わらず4体。
『イノググリ』を飛び越え、俊敏性に富んだ長躯魔獣『フェレマート』が3体先行する。
(アイツなら、僕の腕でも切れる!)
「はぁっ!」
『ピギィッ!?』
振り下ろした銀閃が、『フェレマート』の頭部を捉え、両断する。
『イノググリ』の脚をよりも柔く、愚直に迫ってくるだけの魔獣は、マコトでも切り裂けるほど単純な動きだった。
誘魔臭に惹きつけられ、獰猛さに拍車が掛かった故に、マコトが見えていない。
だからこそ、マコトが下ろす刃も見えていない。
「ふんっ!」
『ピピギィッ!?』
流れるような二撃目を、マコトの剣技は再現出来ない。
ならばと、腰に手を伸ばしたマコトは、飛び越えようとした二匹目に、細身の鳥獣人から拝借した短刀を突き刺した。
勢い付いた体は止められない。
腹に刺さった短剣を抜くことも出来ず、自らの勢いで腹を掻っ捌く『フェレマート』は、鮮血を散らして黒靄と化す。
「はぁあああああああっ!」
迫る三匹目。
流れるように扱えないだけで、一拍開けばどうということはない。
短剣から手を離し、再び両手で掴んだ長剣を、マコトは力いっぱい振り上げる。
「──っ!」
『ピギギィ──ッッ!』
『フェレマート』に見舞う逆袈裟斬り。
刻まれた斜線に沿って崩れる胴体は、間もなく黒靄となって霧散した。
(危険な賭けだったけど、別に無策ってわけじゃない……!)
腰備袋へと手を伸ばすマコトは、残る最後の閃光弾を取り出す。
『ガルダ』相手では簡単にいかずとも、『イノググリ』であれば造作もない。
見事なまでに直線で迫る『イノググリ』に向け、マコトは投擲した。
「っ!?」
はずが、
『──ッッ!』
「『キュリモーテン』っ!?」
閃光弾はマコトの右手に残ったまま。
絡み付いた糸によって、マコトの手に固定されたのだった。
『ブオオオオオッ!』
「うっ、あはっ!?」
腹部を貫く鈍痛。
全身に走った衝撃。
動転するマコトを容赦なく轢く『イノググリ』によって、体は吹き飛ばされた。
「あはっ!? あはっ、はぁっ……!」
肺の空気が引き釣り出され、転げ回った体が起きようとしない。
(早く立てよ、……このバカ野郎っっ!?)
己を叱責する声すら音にならず、口から出るのは生暖かい吐血のみ。
(サレンっ!)
無駄だった。
当たり前だ。
行けといったのは自分自身。
(ニアっ!)
起きるはずがない。
誰のために、無理をしたと思っている。
それなのに、今は起きろと無茶を言うのか。
(ダメだ、……やめろ! やめてくれっ!?)
ニアへと執着する『イノググリ』と『キュリモーテン』が、どんどんマコトから遠ざかる。
なんて様だ。
なんて滑稽な姿だ。
口先ではなんとでも言えるのに、いざってときに動けない。
『お前の力じゃ、誰も救えない!』
それが限界だと理想が自嘲し、
『ブギアアアアアアッ!』
『キュルルルルッ!』
けたたましい雄叫びが、マコトの傲慢を嘲笑う。
(だから、なんだああああああああああああああああああああああ!!)
「かっ、ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!」
ヤケクソの声を張り上げたマコトは、地面から体を引き剥がした。
「っっっ!!」
悲鳴を上げる体を無視して、魔獣に手を伸ばす。
だが、ニアを前にした魔獣はすでに牙を剥いていた。
「……ぁ、……あぁっ」
悲しみも。
後悔も。
自虐心すらも、真っ白に消えていく。
ニアを残して、世界は白く染まる。
まるで己の愚行を見せつけるかのように。
「ごめん……、なさ………………ぃ……っ」
セイバートゥース。
誰でも救う、正義の心が折れようとした。
次の瞬間、
「アタシの妹に、何しようとしてんだぁっ!」
『キュラッ!?』
『キュリモーテン』の甲殻が粉砕し、
「遅れてごめんね! マコト!」
『ブブギャァァッ!?』
『イノググリ』の巨体に、斜線が刻まれた。
「……ぁっ、……っっ? ……………………っ!?」
折れて倒れるはずだった正義の心が、そっと支えられる。
他でもない。
駆けつけた、二人の少女の手によって。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
知略で戦うマコトも好きですが、やっぱり“ここぞ”という瞬間に駆けつけてくれるアカリの格好良さは格別ですね(*´ω`*)
そしてマニも参戦し、ついに役者が揃いました。
誘魔臭、そして『ガルダ』という脅威を前に、マコトたちはどう動くのか。
次回も楽しみにしていてください。
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