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第32話:【授かった奇策】

「ヌゥン!」

「っ!?」


 振り下ろされた長剣に、食台(テーブル)が切り裂かれる。

 僕に向けられた刃の巻き添えになり、真っ二つになって崩れる姿に息を止めながら、すぐさま男へと視線を戻す。


「あまりちょこまかされると困るな。物を調達する手間が増える」


 一挙手一投足を見逃せない僕と違い、男は未だ薄ら笑みを浮かべたまま。

 狭くない部屋だが、男からすれば四歩もあれば埋まる距離。

 出鱈目に剣を振り回されるだけでこっちは厄介だ……。


「どうだっ! わかった、ならっ! 大人しくするんだなっ!!」

「くぅ、っぅぅぅ……!」


 だと言うのに、巨漢の剣技は本物……!

 僕自身が人質じゃなければ、すでに殺されていてもおかしくないっ!?

 アカリやローレンツさんの剣捌きを間近で見たおかげか、男がただ剣を振るっているわけじゃないのが分かる。

 剣筋からは明確な意図を感じる。

 おそらく僕を戦闘不能にさせることが目的。

 男に殺意はない。

 的確に手足のみを狙い、僕を動けなくしようとしている。


「フンっ──」

「──っぃ!?」


 手加減、あるいは遊びのつもりか。

 悔しい!

 本当に、悔しいっっっ!!

 けどそのおかげで、どうにか軌道を予測して避けることが出来ている。

 剣術までは教わることの出来なかった僕は、汗ばむ手で短刀(ナイフ)を握りしめ、攻めあぐねている状況に奥歯を噛みしめた。


(はったりでいい……。短刀(ナイフ)を見せなきゃ、本当に攻め込まれる……!)


 短剣は胸元に。

 足は止めない。

 激しい呼吸と、高鳴る鼓動にせっつかれながらも、勝機を掴もうと眦を裂いた。


『相手が自分より強いと思ったら、余計なことはせずに待ちなさい。脆弱なヒューマンが特攻かましたところで、強者はビビってくれないわよ』


 嫌になるくらい当たってる。

「どうした、どうした?」と煽情をするダングは、僕に何か出来るとは思っていない。


『好きなだけ過信させてやればいいのよ。それがヒューマンの付け入る隙になる』


 戦いながら油断を誘うなんて器用なことはできない……。

 だからひたすらに待つしかない……。

 ──のだけどっ!


「フンッ、ヌアァァッ!!」

「──うわっ!?」


 袈裟斬りからの、横一閃。

 両足を狙われた僕は、咄嗟に前方回転で宙に逃げ、男の背後へとゴロゴロ転がった。


(いつですか!? 教えてください、モネフィラさん! あとどれくらい待てばいいんですか!?)


 聞こえるはずのないモネフィラさんの声に縋る。

 けれどいくら弱音を吐こうが、すぐさま飛び上がり、短剣を構えるのは欠かさない。

 これを忘れたら本気で詰みだと、恐怖に怯える体がそうさせた。


(い、今のは本当に危なかったぁぁぁ……!)


 もうダメかと思った……。

 滝のように汗は流れるのに、体の芯は凍りつく。

 覚悟はしていたけど、やはり防戦一方。

 それでもダングからすれば予想外だったようで、攻撃を躱した僕に、振り返っては感嘆を溢した。

 今の僕は、とことん舐められている。

 手加減の一振りで、激しく動揺を繰り返しているのだから当たり前だけど。

 男の目に、僕はどれほど滑稽に映っていることやら。


(このままじゃ、ジリ貧だ……)


 ただ躱すだけではダメなことくらい分かっている。

 それでも状況が一変する手が思い浮かばない。

 少しでも頭に酸素を回せ。

 そして思い出せ。

 モネフィラさんの教えを。

 この状況を打ち破る秘策を。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……っ!」


 窮地が見せる幻か。

 はたまた願いを聞き入れた神の差し金か。

 それは突然、砂嵐のようなざらついた記憶が脳裏に浮かび出し、荒れた映像の中でモネフィラさんは人指を立てるとこう告げた。


『戦いは、・・・(・・・)の読み合いよ』


 斬撃の描く軌道が『線』であるなら、(こぶし)の一突きが『点』。

 魔法が介入しない戦闘であるなら、動作は究極この二つに分類される。

 攻撃は必ず上下左右、または突きによる奥行き無しには始まらない。

 その行先がどこなのか。

 己のどこを目指して迫ってくるのか。

 その見極めを可能にした時、回避は必要最低限に留まり、攻撃の一手へと素早く移行できるのだと。


(ただの特攻じゃダメだ……っ! 呆気なく切られて終わる!)


 飛んで火に入る夏の虫。

 巨漢にとって、僕という身代金が懐に入るようなもの。

 それだけじゃ意味がない。


(やるなら、次の一手に繋がる回避で、────懐に潜り込むっっっ!!)


 目指すべきは、この短刀(ナイフ)の届く間合い……っ。

 男に致命傷を与えられるとしたら、この短剣だけ!

 掴む柄に力を注ぎ、男の腹を凝視した。


『後は、そうだね。見てくれは悪いけど、おすすめの手法を教えておこうかな』


 いつの間にか鮮明に映るようになった記憶の中で、悪戯っぽく笑うモネフィラさんの姿につられ、僕もほんのり口端を上げる。

 告げられた内容は、確かにどこか残念だった。

 けれど、


「今は役に立ちそうです……!」


 モネフィラさんに向けて呟く僕は、短剣を順手に持ち替え、両手で握った。

 まるで初めて握ったかのように、不格好な姿で。


「どうした? 俺に勝つのではなかったのか、セイバートゥース?」

「はい、もちろんそのつもりです」

「そうか、では失礼した。武器の持ち方も知らない正義の使者がいるとは思わなかったものでな」


 素人丸出しの構えに、怪訝に瞳を細めたダングは鼻を鳴らして嘲笑する。

 でもそれでいい。

 ありったけ油断させて、生まれる隙を掴み取る。

 それが正攻法では敵わない僕に出来る勝ち方だから。


「っ」

「来るか、結び人?」


 前のめりに背中を丸め、短刀(ナイフ)を懐で隠すようにして、右足を一歩引く。

 突進の前触れを彷彿とさせる僕に、ダングも長剣を上段に構えた。


「ふぅー……」


 これが最後の呼吸になる。

 予見なんかじゃない。

 凡人である僕が目の前の巨漢を打ち破るには、一度の攻撃に全力を込めるしかないのだ。


(モネフィラさんは、こうも言っていた──)


 そして、最後の教えを思い出す。


『視認しづらいのは、『線』よりも『点』の攻撃。もし、その一点を突くことで勝負が決まるなら、『点』の攻撃を意識しなさい』


 向かい合った先のダングは、依然構えたまま動こうとしない。

 まるで『先手は譲ってやろう』とでも告げているかのよう。

 ならばと、浅く口端を吊り上げた男の笑みを合図にして。

 僕は、地を蹴った。


「はあああああああああああっっっ!!」


 散々振り回された長剣によって、障害物は消え去った。

 開けた直線。

 僕は『線』の動きで男の懐に飛び込み、その距離を喰らう。


「ヌアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 短刀(ナイフ)と長剣。

 いくら先手を取ろうと、間合いを熟知した剣士は出し抜けない。

 振り下ろされた剣の『線』は、僕の行く先の『線』へと交わろうとしてくる。

 だから僕は、──そのまま突き進んだ。


「──っ!」

「何っ!?」


 迫る刃を前に、引きも避けようともしない僕の愚直を前にして、男は始めて動揺の声を溢す。

 これは賭けだった。

 ダングの剣の腕を信じ、人質である僕の利用価値を信じた上での駆け引き。

 体を丸め、縮こまって駆ける僕からは、切りつけられる手足(・・・)が狙えない!

 上段より振り下ろす長剣の向かうべき『線』の終点は、存在しない!

 そのまま斬りつければ、僕は死ぬ。

 殺しが目的でない以上、男にその選択は取れないはず。

 苦渋に満ちた表情の末に、男の手から長剣が離れた。

 その瞬間。


「──ここっ!!」


 懐に隠し続けた短刀(ナイフ)を開放する。

 片手では斬り付けるしかないが、両手でなら『刺突』が可能。

 つまりは、『点』の一撃。


「はああああっ!!」

「コイツッ!?」


 男の腹へと向け、突き上げるように繰り出した。


「く、くぅぅぅぅ~~~~~~っっっ!!」


 ──────が、止められた。


「惜しかったな、結び人……!」

「っ!?」


 押し込むどころか、引くことさえ叶わない。

 短剣を掴む両手を抑えられ、ガッツリと掴まれた。


「自らを囮にした奇策。中々の剛胆さだ。だが、ようやくお前を捕まえることが出来たよ」

「……っ、……ぅぅ!?」


 両手で突き上げる僕に対し、長剣を手放した男もまた両手で掴み返す。

 獣人の成せる技なのか、さっきまで長剣を握っておきながら、咄嗟に短剣を止めた瞬発力と、その判断力の高さ。

 やはりこのダングという男は、さっきの二人とは違う。

 それでも、僕は諦めなかった。


「無駄だ。力では俺に勝てない!」

「くぅ……っ!」


 男の握る力が一層強くなり、僕の両手は軋んだ音を立てる。


「耐えられないだろう?」

「っ!」

「痛いだろう?」

「っ、っ!」

「いい加減、諦めろッッッ!!」

「ぅ、くぅっ!!」


 手どころか、僕ごと押しつぶそうとするかのように、男が前のめりに。

 堪らず膝を曲げた途端、追撃するかのようにダングは覆い被さり、目尻を釣り上げて降伏を迫る。

 その距離は、僅か数下長単位(センチメートル)


「これが最後通告だ! でなければ、潰すッッッ!!」


 大音声が耳朶を打ち、脳内で甲高い音が響き出す。

 目尻に溜まった涙がついに溢れ始め、噛み締めていた奥歯も限界を迎える。


「──っ」


 ついに全身の力が抜け、その場に沈む。

 崩れ落ちる最中、鼻を鳴らした笑い声が聞こえ、不快感に支配された。

 獣人を相手に良く頑張った。

 ここまでやれたのは奇跡だ。

 この数分間でどれだけモネフィラさんの教えに救われたことか。

 感謝しても、足りない。

 ボロボロになって、吐いて転げた日々に意味があったのだと実感した。


「──締まらないんだけどね……」


 この瞬間を、────待っていたから!!


「はぁあああああああああああああああああっっっ!!」

「っ!? ──ぐっ、がはっ!?」


 僕は、飛び跳ねた。

 力を抜き、しゃがみ込んだ姿勢から急上昇した僕の頭部は、ダングの顔面へと食い込む。

 つまりは、────『頭突き』。


「あぁ……、あぁ……っ」

「いっっっ、たあああああああああっっ!?」


 白目を剥き、鼻血を噴きながら仰け反るダングを横目に、鈍痛の響く頭を抱え、僕は叫んだ。

 視認しづらい『点』の攻撃。

 その多くは体重移動が要の『突き』である。

 だが、『頭突き』は頭の重さと頭蓋骨の硬さを活かすことで、『点』でありながら僅かな動きで十分な打撃を生む。

 そして、今回。

 十分にしゃがみ込んだ脚力と、ダング自らが覆いかぶさったことによる反作用が上乗せされ、より威力を増した。


「道理で……。格闘技で禁止技になるのも伺えるね……」

「……っ、……っっ」

「でも、勝てた……!」


 その効き目とくれば、仰向けになって痙攣するダングを見れば一目瞭然。

 そして胸を満たす達成感に、僕は拳を突き上げるのだった。


 × × × 


「マコトくん!」

「その声……、サレンっ!?」


 部屋の奥から上部へと続いている階段。

 そこから不意に名前を呼ばれたマコトは、血相を変えて駆け下りてきたサレンに、瞠目した。


「マコトくん、無事ですか!? ケガはしていませんかっ!?」

「う、うん……、なんとか……」

「そう、ですか……。良かったです」

「それよりもなんで僕がここにいるのが分かったの?」

「えーっと、それはですね」


 そう言うとサレンは、クラウンドから飛び立つ三人組鳥獣人(ユーノ)に違和感を抱き、ここまで来た経緯を語った。


「へぇー、蛇獣人(リュコーン)ってそんな特性があったんだ。でも、よくそれだけで僕を見分けられたね。人と体温なんてほとんど変わらないと思うけど?」

「マコトくんは、その……特別ですから……」

「っ!」


 話の全容が終わり、ふと浮かんだ疑問を口にすれば、サレンはそっとマコトへと抱きついた。


「この温もりだけは、忘れたくても忘れられません」

「……っ。そっか……」


 小動物さながら、マコトのお腹に額を押し付けて離れようとしない。

 だが、マコトが慌てふためくことはなかった。

 未だ勝利の余韻に浸るマコトは、かつてないほどの強者の雰囲気を醸し出す。

 そのせいもあってか、普段なら肩を跳ね上げ驚愕していただろうところでも、自然とサレンを抱きしめる男の余裕を見せるのだった。


「……って、ごめん! こんなことしている場合じゃないよね!?」

「そ、そうですよね……、すみません……っ」


 けれど、そんな余裕も保って数秒。

 突然込み上げてきた羞恥心に従い、サレンを引き剥がしたマコトは、気まずさを誤魔化そうと話題を変える。

 どこか残念そうにも見えたが、強者の余裕が薄れたマコトに、サレンの気持ちを想像することは出来なかった。


「実は奥にもう一人、捕まっている人がいるんだ。その人を連れてここを出よう」

「やはりそうですか。『熱感知』では、体温の低下が見えましたが?」

「事情は落ち着いた時に話として、今はセルシアの医療施設に連れていきたいと思っている」

「分かりました。マコトくんがそういうなら、急ぎましょう」


 聞きたいことは山程あるが、サレンはマコトの要求に二つ返事で答える。

 ニアの強い眠気の正体は、【還元魔法】の使用によるダウンタイム。

 本来の獣人であれば魔力の回復と同時に目を覚ますが、『魔核欠乏症』を患っているニアにとって、魔力の消費がどう命に関わってくるのか分からない。

 マニの了承がないのは不安だが、行方がわからない以上は仕方がないと、マコトはニアの待つ部屋の奥へと目を向ける。

 その時だった。


「っ!?」


 細身の鳥獣人(ユーノ)と、視線が絡まる。


「死ねぇえええええ!」


 気絶していた鳥獣人(ユーノ)が、怒りの形相に染まる。

 罵声を浴びせる男の手元からは、『何か』が放たれた。


「──ッ」


 振り返った先で迫る透明な容器(カプセル)の中では、赤黒い液体が揺れる。

 それが何かを理解する直前、


「ぅっ!」

「なっ!?」


 透明な容器(カプセル)よりも早く、視界を遮る黒い翼に覆われ、マコトは倒れ込む。

 そしてすぐさま耳朶に流れたのは、パリンッと硝子(ガラス)が割れる音だった。


「ぁ、ぁ……!」

「……っ」


 橙黄色の瞳が、悲痛に染まる。

 漆黒の翼が、赤黒い液体で汚される。

 鼻腔を突き刺すような激臭が辺りを包み、誰もが声という声を失った。


「マコトさん……、これまでありがとう、ございました……」

「ニ、ニア……」

「早く……、ここから逃げてくださいね」

「くぅっ!?」


 どこからか、遠く。

 魔獣たちの雄叫びが聞こえ始めるのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


マコトの動きを書く時は、いかに説得力があるかをいつも考えています。

「マコトにできるなら、俺にもできるかも!」、そんな風に読者に勇気を与える存在になってほしくて、戦闘シーンについても人間にできる範囲を越えないように注意を払っています。

一歩成長したマコトですが、困難が尽きることはないということで、早くも不穏な匂いがしてきましたね。

この章もそろそろ終盤戦に突入しますので、行く末を見届けてもらえたらと思います。


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