第31話:【紫紺の詩】(2)
思い出したモネフィラさんとの特訓に、吐き気を催した僕は音を立てないように口を覆った。
知識を体に叩き込む。
実践形式の特訓によって何度も地面と抱擁を交わし、日々ボロボロで帰宅する。
止めるに止めづらいのか、なんとも言えない表情で手当してくれたサレンには心労をかけただろう。
けれど、その数日で得たものは大きい。
その実感に浸たり、心を落ち着けようと呼吸を整えていると、声が聞こえた。
「なぁ、ダング……。何も起きねぇーぞ?」
「……っ」
「アイツも戻ってこねぇーし、俺達も様子を見に行こうぜ?」
「……っ」
「さっきの光もそうだ。何が起こったかは知らねぇけど、万が一逃げられたとしたら……っ」
「……っ」
痺れを切らした様子で喋り続ける男の声が、入口付近から聞こえてくる。
やはり待ち構えられていたのだろう。
それでもあの格幅の良い男の居場所は掴めない。
よほど警戒心が強いのか、返答することによって、居場所を突き止められるを防いでいるかのようだ。
「ったく、……俺だけでも見てくるからな?」
呆れた声を漏らして、一つの足音が近づいてくる。
ダングの動きが読めないが、ここにいればもう一人との接触は避けられない。
(どのみち逃げるなんて選択は、──ないっ!)
部屋から漏れ出る灯りに、影が差す。
僕の存在に気づいていない足取りは軽く、無警戒に等しい。
だから、
「ふんっ!」
「はぁっ!?」
入口から出る一歩目を、僕は掬い上げるように蹴り上げた。
「このッ!?」
地面を踏むはずだった男の足裏は宙を向き、支えを失えば体勢は崩れる。
まるで落とし穴にでも落ちたかのように、沈む男の顔面は、今や僕の胸元に。
困惑に染まろうと情はかけず、全力で!
「っ! んっ! ふんっ!」
「がぁ、あっ、がはっ!?」
鼻尖目掛けての三連突き。
溢れる出血と激痛を抑えるためか、男は一も二もなく両手を鼻先へと向かわせる。
となれば。
(──胴体、ガラ空きっ!)
これまた蹴りやすい位置にある鳩尾へと、僕は膝蹴りを見舞う。
「はぁああっっっ!!」
「ぶっ、ぅ!?」
間もなく意識を失った男は、完全に地面へと伏せた。
「……っ」
ピクピクッと震える細身の鳥獣人が、意識を失う。
(これで、…………二人目……)
また一つ終えた大仕事。
本当なら腰を落として、大きなため息とともに緊張を解きたい気分。
けれど、
「見事なものじゃないか、少年」
松明による灯りが僕を照らし、一つの視線が突き刺さった。
「やっぱり……、この人を囮に使ったんですね」
「あぁ。用心に越したことはないからな」
腕を組むダングは、部屋の中心よりも奥。開けた一室に置かれた食卓を挟み、僕へと声をかけてきた。
言葉通りなのだろう。
僕が特攻を仕掛けても対応出来るような位置取りをしている。
他にも椅子などの調度品が障害物となり、思い通りに動くことは難しい。
おまけに、男の手には長剣が握られている。
対して僕は…………素手だった。
「あの……、もう、やめませんか?」
「いきなり何を言う?」
「僕は……、僕が弱いせいであなたやマニさんにこんなことをさせてしまった……。僕を攫えば大金が手に入ると思わせてしまった……。けど、あなた方に罪を犯してほしくないです。僕を傷つけたことによる罰を受けてほしく欲しくない……!」
マニさんに伝えたように、僕は男にも訴えかける。
僕が強ければ、初めからこんなことにはならなかった。
マニさんの悪意を跳ね除け、諭すことが出来ていたのなら、こんなことにはならなかった。
だから、元を辿れば僕が招いた問題。
僕が許し、彼らが身を引いてくれるなら、武力なしに解決することが出来るはず。
「僕は、あなた方のことを知りません。ここに来たのは神命を遂行するためですから。なので、僕達を開放してくれるなら、あなた方のしたことには目を瞑ると約束します」
「神命の遂行……か。確かに、セイバートゥースにとっては最優先事項だろうな……」
「はい。ですから、こんなことは終わりにして、気の迷いとして水に流しま──」
「──ハ、ハ、ハッ!!」
僕の静かな訴えを、男は突然哄笑で掻き消した。
「いや、すまない。こんな侮辱のされ方は初めてだったものでな、思わず笑ってしまったよ」
「侮辱……? 僕は、あなた達のためを思って──」
「──それが侮辱だと言うのだ! セイバートゥースッッ!!」
「ぅっ!?」
「罪を犯させたくない? 随分と上からの物言いだな。要は神命のために、我々のような小物に構っていられないということだろ?」
「ち、違います! なんで……、そんな……」
「卑屈とでも言うか? 英雄の如く偉業を成すセイバートゥースには、ゴミ溜でひっそりしている俺達の考えなどわかるまい」
巨漢の形相に見つめられ、僕は身を固くした。
何が彼の逆鱗に触れたのかも分からず、ただ立ち尽くすだけ。
そんな僕に、ダングは忌々しくも吹っ切れた様子で浅く笑った。
「セイバートゥースを、敵視しているんですね……」
「そうだな。疎ましく感じていたのは認めよう。……冒険者をやっていると、嫌でも耳にするからな」
「冒険者……」
「元、だがな」
「……冒険者が、何を耳にするって言うんですか?」
「ふっ、知らないはずがない。所詮冒険者など、セイバートゥースの溢れ仕事をさせられているだけだと。……神命として受理されなかったものが、冒険者に回ってくることをな」
胸を抉られているかのように手を置く男の顔が、痙攣する。
その表情に、僕は知らないとは言えずに口を閉じてしまった。
「セイバートゥースとはさぞ気持ちの良いものだろう? その証が示すのは民衆を守る強さの証明だ。ここに来るまでに、どれだけ期待の眼差しを集めたことか」
「……」
僕達はセイバートゥースになったばかりの新人。
偉業どころか、何一つの成果もない。
だけど、確かに『ウィネーブル』や『セルシア』にいる時の住人からの視線は特別だった。
ダングが言うように、胸に付けた金の証を見ただけで周囲のざわめきは増した。
聞こえていないふりをするのが気恥ずかしくなってしまうくらいに。
「知っているか? 神命申請が通らず、依頼扱いになった依頼主の顔を。……不安を隠そうともせず、『大丈夫なんろうな?』と唾を吐く。……たまったものではない」
「……っ」
「なぜこうも違うっ! 危険を犯しているのは冒険者も同じなのにっ! 【魔法】とは、そんなにも特別なのかぁっ!!」
冒険者時代、この男がどれだけ苦しんだのかは分からない。
それと同じく、僕はマニさんの言葉を思い出していた。
『じゃあその『借り』が、──『恨み』──って言えば、この状況も納得かよ?』
マニさんもセイバートゥースに因縁らしき物を抱えているようだった。
ニアを救うため、少なくない数の誘拐をしているマニさんがセイバートゥースを忌避するのは当然だけど。
マニさんの恨みと、ダングの怒り。
これは同種のものか?
ディスター協会に歯向かい、【魔法】を己のために使う『クタリア』って人たちがいるのは聞いていたけど、セイバートゥースを嫌う人は存外いるのかもしれない。
胸の証に触れながら、僕はダングの言葉を聞き続けた。
「セイバートゥースだけが称賛され、冒険者が下等な扱いを受ける。お前には、俺の悔しさなどわからないだろう!」
刀身を構えたダングの説得は叶わないだろう。
世界には、表と裏がある。
それを僕は、まだまだ知らないのだ。
けれど、こうなんてしまえば戦うしかない。
今はただ、守りたい人のために戦う。
頭を切り替えた僕は、そっとその場にしゃがみ込んだ。
「そんな得物で、俺と戦うのか?」
「……っ」
足元に倒れている男から短剣を拝借した僕に、男が嘲笑する。
姿を晒した僕には、もう不意打ちという手段は取れない。
けれど、後ろに控えるニアを守れるのは僕だけなのだと言い聞かせ、そっと視線を上げた。
「先ほど見せてもらった体捌きは見事だった。けれど、マニに捉えられていた点を考慮すれば、お前はセイバートゥースの中では明らかな下。戦いにすらならないぞ?」
「くっ……」
煽情的に肩を上げて語る男を前にして、僕は俯いていた。
そんなこと、僕が一番わかっている。
図星だ。
開き直り、八つ当たりをぶつけそうになった唇をギュっと閉じるしかない自分に腹が立つ。
「いろいろ言ってしまったが、もう一度牢屋で大人しくしてくれないか? 虚仮にされたとはいえ、子どもをいたぶる趣味はないのでな」
そう言うと、男は剣先を僕へと向け、拒絶すれば切ると、言外に告げる。
僕がこの人に勝てる確率はどれくらいなのだろう。
生存本能がそうさせるのか、無意識に計算を始める頭を振って答えを伏せる。
一回りあろう体格の差、手にする得物の間合い、獣人とヒューマンという強者と弱者。
出揃った根拠から察するに、答えなんか決まっているけれど。
考えるのはそこまでにした。
「もう縛られるのはごめんです。縄にも、恐怖にもっ!!」
拾い上げた短剣を逆手に構え、視線を上げる。
「必ず勝つ! 僕だって、セイバートゥースだっっっ!!」
勝利への渇望を込め、僕は吠えた。
ここまで読んでいただきありがございます。
マコト……、お前どうしちまったんだ……!?
と言いたくなるほどの成長を見せてくれましたね。(*´ω`*)
これはひとえにモネフィラのシゴキと、マコトの強くなりたいという思いの強さ故です。
弱いなら弱いなりに強くなろうとするマコトの直向きさが、徐々に形になってきたのだと作者は思います。
「俺TUEEE」とは程遠い主人公ですが、これからもマコトの頑張りを応援してもえると嬉しいです!
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