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第29話:【悪意が芽生える】(1)

「ごめん……。ニアまでこんな事になって」

「いいんです……。そもそも(ねえ)さんが始めたことですし、無関係ではいられませんから……」


 灯火に照らされる鉄格子の中で、僕と同じよう縛られてしまったニアは仕方ないとばかりに瞳を閉じる。

 少し前のこと。

 突然家に押し掛けた三人組の鳥獣人(ユーノ)の手によって、僕達は捕まった。

 縛られて動けない僕と、驚愕に体を震わせたニアではろくな抵抗など出来ず、彼らの根城に着くやいなや閉じ込められてしまったのだ。


「一応確認するけど、あの人達がマニさんの仲間ってことはないんだよね?」

「利害のために一時的な関係を築いていた、……ということであれば否定は出来ません。けど……、(ねえ)さんは私を巻き込むような真似をしない。(ねえ)さんが許すはずありません」

「だよね。僕でもそんな気がするんだから……」


 分かっていたけど、マニさんと彼らは敵対関係だ。

 攫われる直前、彼らの会話にはマニさんへの恨みが籠もっていた。

 大方、どこかでマニさんの計画を知り、身代金を横取りするために僕を狙ったのだろうけど、ついでにマニさんへの復讐もしてやる。

 なんて理由でニアは連れてこられてしまったのだろう。

 今の状況を知ったマニさんが、一体どんな行動を取るのか……。

 般若の形相を浮かべるマニさんを想像して、僕はげんなりとした。


「もしかすると、姉さんに何かあったのかもしれません」

「何か?」

「姉さん言ってたんです、……すぐ戻る……って」

「……」

「人が来たのは初めてなんです。クラウンドは物騒な所ですけど、みんな姉さんにだけは手を出そうとはしませんでしたから……」


 そう言うとニアは、初めてクラウンドに来た時の話を聞かせてくれた。

 姿を隠すため、籠式座(ゴンドラ)に乗った自分を運ぶマニさんが、クラウンドに降り立ったその日のこと。

 無法地帯の洗礼かのように、襲い来るならず者たちを籠式座(ゴンドラ)の隙間から覗き見たニアは、心臓が止まるような想いをしたらしい。

 けれど、それも一瞬のこと。

 ならず者たちを次々叩き潰したマニさんの狂乱っぷりは、実の妹をも戦慄させ、他の者から戦意を削ぎ落とす。

 無法地帯であれど、それが最初で最後のマニさんへの悪行。

 不可触存在(アンタッチャブル)となったマニさんはもちろん、その所有物である家にも近づく人は居なかったのだとか。


「こんな大胆な横取りをするのは、マニさんに怯える必要がないから?」

「吹っ切れたというより、……確信があるからこそ動いたのかもしれません。だとしたら、……もしかしたらって」


 マニさんは強い人だ。

 荒々しい態度や、武勇伝からも伝わる。

 僕としては、その強さが崩れることへの疑問が勝ってしまうのだが、ニアは言葉を尻窄ませた。

 ニアからすれば、マニさんの強さなんてきっと関係ないのだろう。

 ただ純粋な心配。

 家族を想う心が、ニアを不安にさせているのだろうから。


「マニさんはきっと無事だよ。ニアを一人になんて絶対しない」

「……マコトさん」


 その場しのぎの言葉だけど、「そうですよね、クヨクヨしても仕方ないですよね!」と首を傾げて笑うニア。

 しかし──、


「残念だが、無事である保障はないがな」

「「っ!?」」


 ──まるで遮るようにして、男の声が割って入った。


「流石は姉妹か。よくマニのことを分かってる」


 どこから聞いていたのか、三人の中で一番恰幅の良かった鳥獣人(ユーノ)が、牢屋前の入口から現れた。

 確か、他の二人からは『ダング』とかって呼ばれていたか?

 男は腕を組むなり、浅い笑みで僕達を見下ろしてきた。


「君の言う通りだ。何も俺達は焼きが回ったわけじゃない。ちゃんとこの目でマニの最後を見たからこうしている」

「うそ……っ」

「嘘ではないさ。それに違和感があったんだろ? なら、自分自身が証拠だ」

「……ぁ、……ぁ」


 告げられる内容に、ニアは瞠目する。


「くっ!? マニさんにっ、何をしたんですか……っ!」

「なぜに怒る、小僧? お前だってマニに暴挙を振るわれた側ではなかったか?」

「僕にだって事情があるんですよ。それより、マニさんに何をしたんですかっ!」


 悲観的になるニアに代わり、男へと牙を剥く。

 マニさんと男たちの間で何が起こったのか。

 男の口からはまだ何もはっきりとした言及はされていない。

 ならば憶測に振り回されてたまるかと、僕は男に詰問を重ねた。


「まぁ、いいさ。お前の事情などに興味はない。……だが、その怒りの矛先をぶつける相手は我々ではない」

「?」

「お前なのだろ? …………犬獣人(イヤルティー)の結び人は」

「なんで、今その話に……」

「躾の話さ。主人を失った飼い犬というのは、随分と暴れまわるものだと思ってな」

「…………っ、まさかっ!?」

「そうだ、俺達はマニに指一本触れていない。ただ起こったすべてを見ていただけだ」


 続いて男から語られる全容に、僕の威勢は掻き消された。


 × × ×


 夜の海岸に舞い上がった砂埃に巻き込まれ、三人組の鳥獣人(ユーノ)たちは揃って(むせ)こんだ。


「マニの奴、容赦ねぇ……」

「あぁ……。だが、これで……」


 上空から叩きつけられたのだ、無事であるはずがない。

 晴れない砂埃の中でアカリがどうなっているかなど、想像するのも恐ろしいとばかりに男たちは青ざめる。


「……」


 確信を持っていたのはマニも同様で、翼を畳んで瞳を細めては、なんともいえない苛立ちを抱えたまま踵を返した。


「おい、マニ! アイツをこのままにする気か!?」

「さっきも言ったろ? 殺しはしない。眠ってるうちに、さっさとアンタらも逃げな」


 追いかけてきたダングの言葉を背で受けながら、マニは振り返らずに答える。

 さらに遠くからは、「いや、もう死んでるんじゃ……?」と聞こえてくるが、そんなはずはないとマニは歩みを止めない。


(これでくたばるなら、苦労はないっての……)


 認めたくはないが、各能力値で言えばどれもこれもアカリが上だった。

 勝利を得られた要因は、ひとえに鳥獣人(ユーノ)だったから。

『飛行』という他種族が持ち合わせない能力値を、総合力に加わった結果がこれ。

 不公平と言われようが、鳥獣人(ユーノ)の特権を活用してようやくアカリは地に伏したのだ。

 心配をするだけ無駄であると、片手を振って男たちを急かすマニだったが、どこか表情は苦々しかった。


「──っ」


 けれど一つの物音で、


「っ!?」


 マニの顔色が驚愕に変わる。


「いったいなぁー……、もぅ……」


 反射的に振り返った先。

 治まりつつある土埃から、立ち上がる一人の少女の姿を捉える。


「それが感想……? 死ぬかと思ったくらい言ってくれないと困るんだけど……っ」


 冷や汗をかきながら、マニは引きつった笑みを浮かべる。

 殺すつもりはなかったとは言え、手加減したつもりもない。

 先程の一撃は、他の者が受けていれば確実に死んでいた。

 そう言い切れるだけのものだった。


「弱音なんて吐いてられない……! ここでアナタを逃がしたら、マコトに会えなくなっちゃうもん!!」

「そうかよっ!」


 フラフラと立ち上がったアカリに、マニは鉛色の瞳を鋭く吊り上げる。

 殺すつもりでちょうどいい。

 吹っ切れてしまえ。

 手負いの身であることへの配慮を捨てたマニは、己の得意を全力でぶつけようと、翼を広げる。

 瞬刻。

 羽ばたきで推進力を上げたマニの先手が、アカリとの距離を一足飛びで潰した。


「ガラ空き!」


 隙だらけになっていたアカリの右脇へと潜り込み、地面と水平になった蹴脛具(レガース)を振るったマニの一撃は、


「──っ!」

「っ!?」


 僅かにアカリに触れる。

 ただ、それだけしか出来なかった。


(コイツ……っ! 弱ったフリして────、誘いやがった!?)


 引き伸ばされた秒の世界で、アカリの瞳がかっ開く。

 研ぎ澄まされた観察眼で間合いを探り、気取られないようギリギリまでアカリは待った。

 必要最低限の回避。

 対して、マニは大振り。

 素人が見れば、困惑するだけ。

 けれど、当人からすれば大問題。

 一手に掛ける時間。

 予備動作の大きいマニの蹴撃は、一秒を読み合う戦いの中では、致命的なほど隙が大きかった。

 すでに体勢を変えるアカリを前にして、マニは息を飲む。

 中断も出来ず、ただ見つめるだけ。

 何をしてくるか分からないアカリへの恐怖で、マニの全身に冷気が駆け抜けた。


「もう、逃さない!」

「っ!?」


 瞬刻。

 体勢を屈めたアカリは、次の瞬間には地を蹴っていた。


「はあああああああっ!!」

「っぅ!?」


 突進にも近い形で締め付けられ、勢いを増しながら疾駆するアカリに、マニは声を潰された。

 火事場の馬鹿力か。

 手負いとは思えない拘束力。

 身を(よじ)ることも出来ないマニは、せめてもの嫌がらせに足をバタつかせる。


(何のつもり!? この獣人っ!!)


 耳元で大音声を上げ、叩きつけるでも地面に擦り付けるでもなく、走り続ける。

 肺が潰され、空気が抜ける。

 酸素不足で、視界が歪む。

 思考と視力が奪われ、アカリの狙いが見通せない。

 仕留めきれなかった後悔。

 隙に飛びついた愚行。

 反撃を許した間抜け。

 一分にも満たない時間に築いた己の失態に、マニは怒りを沸かせていた。

 次の瞬間、


「はぁ?」


 マニのよく知る、……風の音が耳朶に流れ込んだ。


「逃さないって……、言ったよね?」

「……っ! ……アンタってやつは……」

「悪いけど、付き合ってもらうよ……!」


 それはアカリの耳にも激しく響き、二人は浮遊感に包まれる。


「ダング! アイツら!!」

「あぁ、見えているさ……」


 遠くで聞こえる男たちの野太い声。

 見えていなくても、その慌てようが頭に浮かび、マニは呆れたように鼻を鳴らした。


(アカリのほうが、よっぽど覚悟が決まって清々しいぜ……)


 解かれることのないアカリの両手。

 広げることの出来ない浅葱色の翼。

 まもなく海岸から飛び降りた二人の少女の影が、夜の海へと飲み込まれるのだった。


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