第27話:【犬鳥衝突】
「みぃぃぃぃぃぃ、つぅぅぅぅぅぅ、けぇぇぇぇぇぇぇ、たっっっ!!」
「ぅっ!」
風を切って落とされる銀の一閃。
放たれた剣の一振りを、マニは前方に転げて回避する。
無駄に明るく、溌溂とした雄叫びを上げるのは、この町の者たちじゃない。
確認せずとも分かる奇襲を仕掛けた人物に、マニは苦笑を浮かべた。
「置き手紙を残したはずだったんだけど、……どういうつもりだ?」
「どうもこうもないよ! マコトを一秒でも早く助けたい。だから来たんだよ!」
「こういう時は犯人を刺激しないってのが鉄則だろ? 調子狂うぜ……」
コソ泥三人衆に続いて、今日はよく上から人が降ってくるものだと空を仰げば、頭上では一人の鳥獣人が旋回を続けていた。
降りてこない所を見るに、新手のセイバートゥースでは無い。
移動時間の短縮のために使わされただけの鳥獣人に過ぎないだろう。
ならばと視線を下げたマニは、剣先を向けてくるアカリへの警戒心を引き上げた。
「アタシをとっ捕まえて居場所を聞き出そうってわけ?」
「うん。でも、こんなに早く見つかるとは思ってなかったよ」
「そぉ……。運が良いんだね、……アンタは」
剣先を向けてくるアカリの勇ましさに、マニは忌々しそうに顔を顰める。
交渉は決裂した。
手に入れられたかもしれない2000万ルジュネは泡と化し、残ったものは七面倒な状況だけ。
想定外が起こるとしても、取引の前後だろうと考えていたマニにとって、現状は何よりも想定外だった。
「マコトを返してもらうよ!」
「ったく……。これ以上人質増やしても仕方ないんだけどね!」
視線が絡まり合って数秒。
互いに一手目は、直線。
そして、
「ふっ!」
「てぇりゃっ!」
斬撃と蹴撃が、火花を散らした。
「今朝のことだって忘れてないからねっ!」
「何かあったけぇ? アタシは忘れたよ!」
アカリの銀剣に見舞われようと、砕けないマニの得物は蹴脛具。
膝下から足先まで、すべてが金属で出来た長靴は、蹴撃に重量を加算すると共に、防具としての役割も果たした。
「うっ、ぅぅ!」
「くっ、っっ!」
初手は、互角。
力任せの武器のぶつけ合いを早々に切り上げ、マニは軸足となっていた左脚を強引にアカリへと叩きつける。
「そらっ!」
体を支えていた軸脚に変わり、逆立ちとなったマニは左足刀をアカリの眼前へと見舞う。
「んっ……!」
滑らかな蹴りの二連撃。
咄嗟に体を翻しても数本の赤毛が蹴脛具に掠め取られ、アカリの体勢は崩れ落ちる。
「どこっ!?」
地面を転げること数回。
中腰姿で起き上がったアカリは、回避に専念した代償にマニを見失った。
瞬時に顔を振っても姿はない。
視界からマニが消えた。
けれど脳裏によぎるのは、マニが鳥獣人であること。
戦いとは、己の得意を押し付けるのが定石。
となれば。
「上ッ!!」
「っ!? ……防ぐかよっ」
翼を用いた落下の加速、蹴脛具に全体重を乗せた踵落としを銀剣に阻まれ、マニの眉間に皺が作られた。
「ええいっ!」
「ぅっ!? ……っと。さすがはディスター……」
蹴撃を防がれ、押し返されたマニは後方へと飛び跳ねる。
空中戦が得意な鳥獣人からすれば、多少の体勢の乱れはどうということはない。
宙返りで着地を決め、マニは余裕の笑み浮かべる。
アカリは知らぬが、同じ手によってマコトは砕けた。
脆弱なヒューマンはもちろん、獣人であってもこの手はよく通じる。
それを受け止め、あまつさえ弾き返されたことには、マニも驚きを顕にした。
(普段から魔獣を相手にしているディスターは硬い。そしてなにより……、強い)
鳥獣人三人衆には軽口を叩いたものの、改めて対峙した感覚にマニは唇をキュッと結ぶ。
世界に蔓延る魔獣の中で、小型と呼ばれる分類でも、その大半が人並み以上の大きさを持つ。
武器さえあればディスターでなくとも対処可能だが、小型魔獣を仕留めることを生業とする冒険者に求められるは力強さ。
小型魔獣を切り裂くには、腕力がいる。
その上位に位置するディスターとなれば、それ以上の力を有するのも頷けた。
(けど、それだけじゃない。この子、しっかりと剣技も磨いてるね)
加えてアカリの剣技にも目を見張るものを感じ、マニは心の中で称賛した。
マニ自身に剣の心得が無いため、その賢才までは見抜けないが、これまで目にした荒くれ者たちを軽く凌駕しているのは間違いない。
発現した魔法に頼りっきりになるディスターなら、油断させてどうにかなるかもしれないが、アカリは純粋な武闘派に部類される。
厄介なことこの上ない心境に、マニはため息を溢した。
「でも、まぁー、……アンタ大したことないわ」
「な、何をーっ!?」
「いや正直……、ガッカリというか。魔法が使えないディスターってこんなもんかって思っちゃった」
「魔法を使わなくたって、私は強いよ! 今だって押し勝ったのは私だし!」
「ざんねぇーん。最初から本気出すわけ無いじゃん。てか、そういうアンタは今のが本気なわけ? なら尚更大したことないわ」
「ムッ!? ムカーッ!!」
片手をひらひらと仰いで冷笑を浴びせるマニに、アカリは赤毛を逆立てて憤る。
もう我慢ならないとばかりに、強く踏み込んだアカリはマニとの間合いを消し、斬撃を浴びせ始めた。
(わかっていたけど、……コイツも単純だな)
繰り出される斬撃を捌きつつ、マニは思考に耽いた。
強力な一撃を証明するように、空を切る残響が何度も鼓膜を揺らしてくる。
実に豪快だ。
しかし生み出す風圧は、マニにとって助け舟。
鳥獣人は空気の流れに敏感であり、マニに至っては微風すら感じ取れる。
風の声を聞き、剣筋を読む。
ある種、未来予知のような才能。
一秒先は見えずとも、付け入る瞬間さえ訪れれば。
「ここっ!」
「くっ!?」
連撃を繰り出すアカリを上回り、蹴脛具の一撃が直撃するのは必然。
横腹を蹴り上げる一蹴。
アカリの構えは崩れ、顔も痛みで歪む。
それでも得物を手放すことなく、地面を削りながら倒れることは防いだ。
(魔獣をどれだけ狩ってきたか知らないけど、対人戦には慣れていないね)
鳥獣人と対人戦をすれば、嫌でも空中からの奇襲に警戒を払う。
先程は防がれてしまったが、咄嗟のアカリにはそれが出来ていなかったことから、アカリの未熟な部分がそこにあるとマニは見抜いたのだった。
「ディスター相手に互角を演じるとは……」
「あぁ……、しかも先に一撃入れやがった!」
「いける……っ、本当にいけるぞっ!」
ダングが驚愕し、細身太身の男が興奮を顕にする。
すっかり存在を忘れていた外野の声に、マニは思考の海から意識を引き上げる。
「あんたらまだいたのね」
「おまっ!? なんだその言い方!?」
「はぁ……。あのね、見てわかんない? さっきの話はもう終わったの。さっさと解散しな」
先の見えていないバカを相手に、重たくなった頭を俯かせるマニは、あしらうように手のひらを払う。
「な、なんて勝手なことを……!」と怒りはするが、アカリの標的になることを恐れて声は張り上げない。
ちゃっかりしているというか、情けないというか。
男たちのヘタレた殺気に鼻を鳴らしたマニは、再びアカリへと向き直る。
「その人たちもマコトの居場所を知ってるの?」
「そう見える?」
「あんまり……」
「捕まえたかったら好きにすれば? 色々出てくるものはあるかもしれないからね」
「?」
男たちとの関係に疑念を持ったアカリは、マニの呆れ顔に首を傾げる。
後ろでは、売られそうになった男たちが「よ、余計なことを言うな……!」と掠れた叫びを上げ、マニの耳朶だけを打つ。
いい加減、この肝の小ささにも苛立ちを覚える。
いっそ本当に余罪をぶちまけることで、男たちにアカリの敵対心を向けられないかと一考してみるが。
「知らないなら、いいや」と、生憎なことにアカリは興味を示さない。
どうやっても使い物にならない男たちに、マニは小さく舌打ちをし、自身も戦闘へと意識を戻す。
(アタシが取れる手段は二つ。ちょこまか避けて、小技で攻めるか。大きな隙を作って、空からの大技か)
力では勝てない。
蹴脛具を両足に着け、武器を2つ持っているも同然であろうと、連打戦になればきっと負ける。
だからこそ、アカリの連撃は避けに徹した。
生まれる隙を突くことは容易い。
小技をねじ込むことも難しくない。
先程の一撃を続ければ、いずれ勝てる未来も見えてくる。
強いていうことがあるなら、一撃の軽さ故に戦いは長引いてしまうことだろうか。
(ふっ…………、なら、やってやろうじゃん!)
止めだ止めだ、アホらしい、と及び腰になりかけていた己を叱咤する。
帰りを待つニアの姿が浮かんだ瞬間、マニの思考が振り切れる。
目指すは大技。
短期決戦。
狙いを定めると、足下から熱が上がる。
全細胞の意思統一を果たし、鉛色の瞳に闘志を灯す。
再び剣先を上げたアカリに対して、マニが選んだ戦法は。
「──ッ!!」
低姿勢特攻からの、連蹴。
「はぁ、ああああああ!」
「せぇ、りゃああああ!」
鳥は風に乗り、犬は吠える。
頭足を逆さに変え、回転運動を加えての蹴りの猛攻。
足刀が作り出す、大輪の花。
負けを悟っておきながら、攻め込んだマニの連撃に。
「たぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
アカリは順応した。
(そりゃ、そうだろうな……!)
しなるマニの脚技を、アカリはいなし、流し、あしらう。
どれだけ回転数を上げようが、どれだけ攻撃を繰り出そうが、勝てない。
手数の多さで、『脚』が上回ることはない。
『手足のよう』になんて言葉はあるが、器用さならどうしたって『手』が上だ。
だから誰も、『脚』でご飯を食べない。
だから誰も、『脚』で武器を持たない。
互いが扱う得物は『手』と『脚』。
力だけでなく、『器用さ』においてもマニはアカリに劣っている。
「──くっ、くくぅ……!」
「ふっ。ふん! ふんっ!!」
攻め込まれていたアカリの防御が、反撃に。
反撃はそのまま、斬撃へと凶暴性を増していく。
懐に潜り込んだ鳥の小躍りが、狂犬に食われる餌へと変わる。
そして、その瞬間が訪れる。
「はぁっ!!」
「チィッ!?」
天地一閃、真向斬り。
ギィッッッ! と金属音が鳴り響き、蹴脛具が打ち返される。
回転運動は死に、マニの体勢がくの字で止まる。
腹でも蹴られたように尻を突き出し、体を曲げるマニは隙だらけ。
その一瞬を、翠光の瞳は見逃さない。
「──っ!」
「うっ!?」
剣先を強引に持ち上げ、逆袈裟を描く。
胸元に走った痛みに、マニの瞼が痙攣する。
だが、浅い。
強引に切り上げたに過ぎない一太刀は、マニの皮膚を割いただけ。
だからアカリの本命は、二の太刀。
もっとも力を籠められる姿勢。
上段に構えた銀剣に、一瞬の溜を作って放つ斬撃。
両足は踏み込んだ。
腹に力は入れた。
未だ体勢の整わないマニに狙いを定め、アカリは刀身を振り下ろす。
(一撃はしかたねぇ……。けど──)
ただ銀剣に殺意が籠もることはない。
甘さを帯びた一太刀は、マニを歓喜させた。
(──そうだろうと思ったよっっ!!)
「っ!?」
「へっ!」
突如息を吹き返したかのように、体を翻したマニの足刀がアカリの一閃を往なして地面へと誘う。
『器用さ』において、『脚』が『手』に勝つことはない。
しかし、最初から決めていた動作であったなら。
求めるものが、応用力ではなく時機であったなら。
狙った瞬間に、決まった動きを繰り出すだけであったなら、そこに『器用さ』なんて土俵は存在しない。
散々往なされ続けた『脚』でも、『手』に泥をつけることは出来るのだ。
(『力』と『器用さ』はそっちが上かもね。でも、『速さ』ならどうよ!)
前のめりになったアカリを置き去りに、マニは地面を踏みつけ、翼を叩きつけ。
空へと飛び出す。
弾丸のように打ち上がるのは、翼を持った少女。
そして急停止からの、反転。
見下ろす先で固まった赤い的目掛け、浅葱色の彗星が加速した。
「受け止められるものなら、受け止めてみな!!」
「っ!?」
急降下とともに、煽情を浴びせるマニは声を張り上げる。
負けを前提としたこれまでの連打は、何も隙を生み出すためだけに仕掛けたものではない。
微力だろうと、蓄積すれば相手を殺す毒になる。
何十回と蹴撃を防がせ、アカリの両手を酷使させた。
たとえ受け止められようと、急転直下の大技を貫通させるために。
けれど、本音を言うなら受け止める隙なんて与えるつもりはなかった。
一度切られることすら考慮したのだ。
アカリの体勢を崩し、剣を地面へと突き立てさせ、何も出来ないところに大技をぶつける。
本来そのつもりだったと言うのに。
(ったく、……『速さ』も兼ね備えているのとはね……)
よろめいたはずのアカリは体勢を整え、両手で剣を支えている。
受け身の構え。
回避ではなく、防ぐ体勢を取られた。
なんて割に合わないのか。
思わぬところで理不尽と出くわしたことに、不思議とマニの口端は吊り上がっていた。
けれど、やることは変わらない。
蹴脛具を叩きつける体勢に入り、脚を限界まで上げたマニは、さらなる勢いを以てアカリへと迫った。
「はああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!」
浅葱色の鳥から放たれた咆哮が、夜の海岸に響き渡る。
少女が出せる最高速度で。
己が出せる最高威力に、重力を掛け合わせて。
「止めるっ!!」
「生意気っ!!」
アカリへと叩き、────つけなかった。
(勘だけど、……これもアカリには通用しない気がしたんだよね)
刀身にぶつかる寸前で、マニは蹴脛具を引っ込めた。
「っ!?」
マニが眼前をすり抜ける。
いや、真下へと潜り込んだ。
頭ではわかっている。
しかし備えていた衝撃が来ないことに、体の方が混乱し、アカリは動作に移れなかった。
「全身固めたな? 隙だらけだ、ぜっ!」
「う、がぁっ!?」
彫刻と化したアカリの体が、マニの蹴り上げによって宙へと浮かぶ。
そこは、入っていけない領域。
空は、鳥獣人の独壇場。
未だに彫刻状態にあるアカリは、腹から広がる痛みを感じることしか出来なかった。
「まだまだぁっっ!!」
「うっ……!? あ、ぁっ……!? が、はっ!?」
竿に干された布のように折れ曲がったアカリは、先程のマニの鏡写し。
空中に出来上がった一撃離脱の檻に閉じ込められ、蹴脛具による打撃の雨がアカリを襲う。
「仕上げだぁ!」
「くっ、くぅぅぅ……!?」
そう言うと、マニはアカリの片足を持ち、ぐんぐん空へと上っていく。
すぐにでも振りほどけ。
最悪を予見するアカリは、体に動けとがなり立てる。
しかし、十秒に満たない蹴撃の嵐を受け、またしてもアカリの命令を受け入れない。
「──っ!」
風が通り過ぎる。
肌を冷たく掠めていく。
どれだけ高いところに来てしまったのか。
翠光の瞳に映ったのは、
「……っ!」
「魔法がなきゃ、ディスターだってただの獣人だ」
丸みを帯びた、水平線だった。
「そら、よおおおおおっっっ!!」
「うわっ、うわああああああああああっっっ!?」
海に落ちるほうがどれだけマシだったか。
投げ飛ばされたアカリは今朝の一件思い出し、迫る地表に絶叫をぶつけるのだった。
ここまで読んでいただきありがございます。
アカリの力強い戦いと、マニの繊細かつ知的な戦いのぶつかり合いに、同じくらい胸を熱くしてもらいたい!
そんな思いで書いた27話でした!
途中で終わったということは、まだ続きがあるのか……?
二人の戦いの結果は持ち越しになりますので、この先も読んでもらえると嬉しいです!
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