第26話:【道具(アイテム)】(2)
「手紙は無事読んでくれたみたいだな」
景色と気温ががらりと変わった夜の海岸。
眠らせたとはいえ、マコトとニアが二人きりになる状況を許容してまでも、確認したいことがあったマニは、今朝と同じ場所へとやってきた。
匂いを残し、犬獣人であるアカリなら気付くはずだと。
「足跡は……、セルシアの方に向かってる。協会に助けを求めに行ったかな」
地団太を踏んだのか、よっぽど慌てふためいたのか。
朝から時間が経っているはずなのに、足跡が色濃く残されている。
そして一つの足跡が、港町であるセルシアへと向かっていた。
ただ一つ気になる点に、マニは唇へと指を当てる。
「足跡の大きさから察するに、これはアカリのだね。ならサレンは……?」
セルシアとは別に、浜辺からこちらに登って来られる道にも足跡は一つだけ。
つまりこの場にはアカリしか来ていないのだろうと、マニは瞳を細める。
「浜辺ですでに分かれたのか……、あるいは……」
殺すつもりなんて無かったが、高所からの落下だ。
年端もいかないサレンの肉体では、耐えられなかったのかもしれない……。
「チッ、……ったくよぉ。……ディスターなら、これくらいどうにかしろよ……。……本当に死んじまうヤツがあるか……」
残した手紙で指名したのはアカリだ。
取引に支障はきたさない。
だが、なんとも言えないバツの悪さに、奥歯を噛み締める。
それでも止まらない震えを抑えよと、さらにマニは右手で自分を包むのだった。
「マニ、ここにいたか」
「っ」
一人の男の声と、複数の羽音がマニの頭上で鳴り響いた。
「やっと見つけたぞ。……って、何かあったのか?」
「……別に、何でもないよ。それよりも、揃いも揃ってなんの用だよ、……ダング」
マニの背後に降り立った三人の鳥獣人は、自身の何倍もある白の翼を折りたたむ。
その中で一番恰幅のある鳥獣人の険しい表情に、マニはぶっきらぼうな声で名を呼んだ。
「分かっているだろ? 昨日来たセイバートゥースの話だ」
「だから、それがなんだっていうのさ」
「とぼけるな。今朝ここで、お前とセイバートゥースが島に向かって飛び立つ姿を見た奴がいるんだよ。そしてずぶ濡れのまま叫んだと思えば、血相変えてセルシアに向かっていくディスターの姿もな」
貧困な者が多い無法地帯において、男の恰幅の良さは群を抜いていた。
鍛え上げられた肉体、堀の深い顔。
住人の多くがセルシアで負債を抱え、首が回らなくなった末に流れ着くクラウンド。
けれどダングの醸し出す雰囲気は、荒くれ者の中でも一風変わっていた。
そして今朝の海岸での一件を、仲間から耳にしたというダングは、険しい表情でマニへと詰め寄る。
そんな彼らとは打って変わり、振り向いたマニは嘲笑を浮かべた。
「何? アタシのしたことに文句でもあんの?」
「相手を選べと言ってるんだ!」
「セイバートゥースが集まったらどうする!」
腰に手を当て、鼻を鳴らして応えるマニに対し、ダングの後ろに構えた残る二人の鳥獣人。細身と、腹の出た対象的な男たちは怒気を強めた。
「アイツらの管理の届かないここは、俺たち犯罪者にとって都合がいい。だから、お前もここに来たんだろ?」
貧困な者がいれば、裕福な者もいる。
裕福な者がいるなら、金がある。
金があるなら、それを狙った悪党が現れる。
見る者から見れば大金の山。
セルシアは貴族を標的にした犯罪者の往来も激しい街であり、同業者であるなら余計な問題を起こすなとダングは告げる。
「犯罪者、ね?」
「何がおかしい?」
「いや、随分と自分を過大評価するんだなって思ってさ」
「俺達の何が過大評価だって言うんだ!」
「そうだ! 俺達があの街で何年捕まらずにいると思っている!!」
己の生きた歳月の半分に満たないマニの嘲笑は、細身太身の男の逆鱗を激しく引っ掻いた。
けれど、マニは消して相貌を崩さない。
それどころか、茹で上がる竈に薪をくべるかのように皮肉を続けた。
「そりゃ、天下のセイバートゥース様がわざわざコソ泥の相手するわけないんだから、捕まりっこないでしょ?」
「「こ、の……っ!?」」
確かに犯罪者は多かった。
だが、セルシアの治安が悪いということはない。
矛盾しているようで、これは列記とした事実。
一発大儲けを夢見る資本家の多くがセルシアに乗り出す裏で、多くの犯罪者たちもまた貴族へと魔の手を伸ばす。
そして、敗れていく。
その多くがカイロニの手で摘み取られたものであり、築いた功績の山。
故に、今の地位を得たのだ。
ロアからすれば額に手を着きたくなるような小さな男でも、貴族からは絶大な評価を受け、悪党からは絶大な憎悪を向けられる。
そんなカイロニを脳裏に浮かべる男たちは、苦悩を漏らして拳を握った。
「貴族の端金をせこせこ集めるのがそんなに楽しいわけ?」
「デカいことをすればすぐ捕まる。これが賢いやり方というものだ」
「そのデカい図体は飾りかよ。ビビってるだけだって素直になれば? やることがスリなんてダセぇーんだよ!」
「くそガキがっ!?」
飛行能力を持つ鳥獣人である彼らの仕事は、貴族を別荘島へ輸送すること。
その際、マニがアカリ達にしたように、吊式座を体に結ぶ作業がある。
安全のために欠かせないとなれば、誰しも簡単に身を預ける。
そして大義名分を以て体に触れられるなら、無警戒の素人など金袋を吊り下げたカカシも同然だった。
「しかも相手を選ぶところが、またタチが悪い」
吊式座は貴族たちの中でも遊戯に近い乗り方で、特に子どもが好む傾向にある。
それというのも、本来は籠式座と呼ばれる箱に乗せ、複数の鳥獣人で一斉に移動させるのが主流なのだ。
つまるところマニの指す端金とは子どもが所持する金袋であり、海に石でも投げて落下を装えば、騒ぎなど起きようがない。
事件にならない程度の軽犯罪を日々積み重ねる。
それが男たちの手口だった。
「付け加えてもう一つ、暗黙の了解を破ったのはそっちが先。……違う?」
「あ、あの時は……お前がまだここの住人になるなんて思ってもいなかっただけだ……」
「へぇー、だったら一言くらい聞いてくれても良かったんじゃない? ボクたちと一緒にコソ泥して日金を稼ぎましょうーって。そしたらか弱い乙女のアタシだって、アンタらをボコボコしなかったのに」
「くっ、くぅっ……!!」
マニが初めてクラウンドに降り立った日のこと。
吊式座に縛り付けられた木箱を見た途端、盗みを働こうと男たちは飛びかかった。
無法地帯クラウンドに、秩序はない。
ディスターの目が届かないここは、強者が弱者からすべてを奪い去る。
衝動に駆られ、犯罪者としての性に従う彼らは、自身を止めることは出来ない。
それは長くクラウンドにいる彼らの生き方で、当たり前のことだったから。
そして気づいた時には、奪われる側になっていた。
「調子に乗りやがって……!」と堪らず細身の男が苦悩を漏らすが、マニが瞳を細めて一瞥向ければ、すぐさま視線を反らす。
それほどまでに、彼らの中にはマニへの服従心が植え付けられていた。
(ちょうどいいかもね)
その都合の良さに、マニは一人静かに口端を吊り上げる。
「そんなアンタらに一つ儲け話を教えてあげる」
「「…………え?」」
「……どういうつもりだ?」
細身太身の鳥獣人は間抜け顔を見せ、ダンクは怪訝に瞳を細めた。
「アンタたちが言うように、アタシは今セイバートゥースにちょっかいを掛けててね。上手くいけば2000万ルジュネが手に入る」
「2000万……。ふっ、信じられんな」
「セイバートゥースとは言え、ガキ共からそんな取れるものか?」
「それに奴ら、金が無いせいで神命に行き詰まってるって話だったが……」
聞き馴染みのない金額に戸惑う男たちがそれぞれ顔を見合わせる中、「あー、違う違う」と頭を掻きながら、マニはことの全容を話した。
結び人を人質に取ったこと。
取引の場を島にしようとしていること。
そして、逃げる時間を稼ぐため、大型魔獣を利用しようとしていることも。
「マニ……。お前、……正気か?」
「それは何を指してるわけ? ディスター協会に喧嘩打ったこと? それとも魔獣を使うこと?」
「全部だ! とにかく全部!! 発想がぶっ飛びすぎてるんだよ……」
「そりゃ、大金が手に入るに越したことは無いけどよぉ……」
無理もない話だった。
普段やっていることが小銭稼ぎの男たちなのだから、規模の大きさに戸惑いが無い方が不自然。
ダングが大きなため息を吐く中、まるで成功する未来が見えないとばかりに対象の男たちは顔を俯かせた。
「お前が強いのは認めよう。だが、お前がセイバートゥース……特に、ディスターより強くなければ話にならん」
「魔法が使えなければ、ただの獣人じゃん」
「間違ってはない。が、……根拠にかける。今の話だけでは、自分の実力に胡坐を掻いているようにしか聞こえん」
「ふーん、胡座を掻いてるねぇー。なら、またアンタらを捻り潰せぇ──、ばっ!」
「──っ!?」
「……言うことを聞いてくれるわけ?」
突拍子もない話に頭を重たくしつつも、ダングは明確な問題点を上げる。
それがよほど気に入らなかったのか、不貞腐れた返答から一瞬で。
ダングの側頭部目掛け、マニが一蹴を放った。
「マニ……、貴様ぁぁ……っ!」
「わかってると思うけど、これでも手ぇ抜いてるからね?」
とっさの回避によって直撃こそ免れたダングだったが、途端に額から冷や汗を流し始める。
仰け反った勢いのまま尻を着く。
そんな姿を哀れで情ないとでもいうように、見下すマニは足を下ろした。
「と、ともかく、魔獣はどうするつもりだ! アイツらが都合よく呼び出したディスターを襲う保証がどこにあるっ!?」
「そうだ! 誘き出す俺らが一番狙われるに決まってるじゃなか!」
マニが課した役割は、大型魔獣を指定の場所まで連れてくること。
普段はコソ泥の真似しかしていない彼らでも、鳥獣人の飛行能力を用いればそれくらいは出来ると踏んでの要求だった。
けれど、我が身可愛さを優先するコソ泥対象の鳥獣人たちは、倒れたダングの背から難色を示した。
「なら、貴重だけど道具を貸してやる」
「道具だと……?」
「そう、──『誘魔臭』──だよ」
「っ!?」
得意げに微笑みを浮かべるマニの言葉を理解したのはダングだけ。
残る二人は、なんの話だと首を捻って顔を見合わせた。
「まさか、今この場にあるわけじゃないだろうな……っ!」
「普段から持ち歩いてるわけないでしょ。なんかの拍子に壊してでもすれば命に関わるからね」
恐る恐る尋ねたダングは、両手を上げて否定するマニを見て胸を撫で下ろした。
「おい、ダング。その『誘魔臭』ってなんだよ?」
「単純だ……。液体状の道具で、その匂いで魔獣を引き寄せる……、ただそれだけだ」
「渋い顔するからどんだけヤベェー道具かと思えばそれだけか。なら、今回には持ってこいだろ」
蚊帳の外だった細身の男が困惑し、ダングからの返答に腹の出た鳥獣人は肩透かしを食らったと首を振る。
「管理が問題なのだ。専用の入れ物で保管しなければ匂いが漏れ出す。でなければ、使うつもりがなくても魔獣を引き寄せてしまうからな」
「けどよぅ、そんな道具見たことねぇーぞ?」
「悪戯に売ったり出来る代物ではないからな。それに扱っている店も少ない。お前たちのように知らない者も多いのだ」
ウィネーブルのように外壁に囲われているならまだしも、うっかりと中身が漏れ出し、風に吹かれて匂いが漏れれば、たちまち辺りは魔獣の檻と化す。
『誘魔臭』は、求める者にのみ売るのが規則とされている。
そもそもの正しい用途とは、冒険者が魔獣に襲われた際に、自分から意識を逸らすためのもの。
匂いこそ漏れ出さないが、生死を分けた局面で即座に使用できるようにと、あえて入れ物の強度は高くなっていない。
ダングが忌避する点はここであり、何かの拍子で入れ物を割ってしまったとすれば、自ら死を招くことになる。
持ち歩くかどうかは、冒険者たちの中でも好みが分かれる一品。
それほどまでに、魔獣を引き寄せる効果があるのだ。
「要するに、『誘魔臭』をぶっかけてやりゃいい。そうすれば魔獣はアンタたちなんて気にしなくなる」
「マニ……、お前……」
「別にあの子を殺したい訳じゃない。『誘魔臭』の強烈な匂いは洗い流せるし、それくらいセイバートゥースなら知ってる。それだけで逃げる時間を稼げるんだから簡単だろ?」
「「「……」」」
もう一息のところまで来ている。
何も言わないが、男たちからは困惑が消え、視線だけで会話を成立させている。
きっと彼らにあるのは、不安である。
ディスター協会に歯向かえばどうなるのか、という。
あと一歩背中を押すのにふさわしい言葉を探すために、マニアは顎へ手を当てた。
(コイツらは捕まらないようにするのだけは一丁前だからね)
ディスターや結び人に手を出すことはそれだけ重罪。
捕まった時のことを考えさせていけない。
臆病者の彼らの足は動かなくなる。
(なら、あの国に行くのがいいか)
一つの案を思い浮かべたマニは、ダメ押しを告げようと唇を開く。
けれど、その瞬間。
マニよりも先に、腹の出た鳥獣人が空へと指を差した。
「なぁ……、あれ……」
男が指した方へと目を向ければ、暗い視界の中を赤い点が揺らめいていた。
「なんだ、あれ?」
つられた細身の鳥獣人が正体を探ろうと、瞳を細くして見つめれば、徐々に点が大きくなる。
より立体に、輪郭は鮮明に、姿形が判然とする。
「おい……」
「あれ、って……っ!?」
迫り来る正体に気づいたとき、誰よりも先に対象の鳥獣人たちは目を見開き。
「お前が言ったディスターは、ちょうど犬獣人……だったよな?」
腕を組んだダングは、忠告するかのようにマニへと尋ね。
「はっ! そう来るかよっ!?」
そしてマニは、焦燥の笑みを浮かべた。
「みぃぃぃぃぃぃ、つぅぅぅぅぅぅ、けぇぇぇぇぇぇぇ、たっっっ!!」
夜空から降り落ちる、大音声へと。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
作者は常々思っていました。
「魔獣を引き寄せる道具は定番だけど、そんな都合よく持ち運べるものなのか?」 と。
もちろん、「科学反応で効果が出るから普段は安全です!」という設定にしてしまえば簡単に片付くのですが、この作品ではあえて “使い勝手の悪い危険物” として描くことで、よりシリアスに登場させられると思い、この話を書きました。
これはあくまで作者の感性と趣味ではありますが、少しでも共感してもらえたり、面白いと思ってもらえたら嬉しいです(´ω`)**
そして次回は、いよいよ アカリ VS マニ の戦いになります。
ぜひ楽しみにしていてください!
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