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第26話:【道具(アイテム)】(1)

「おねぇちゃん……。私のせいで……、ごめん、ね……っっっ」


 小袋を持ち帰ったアタシを前にして、まだ幼いニアは俯いた。


「何言ってんのさ。ニアのせいじゃないでしょーが」


 チャリンチャリンと硬貨が擦れる。


「今日は運が良い。大量だよ!」

「……」


 元気のないニアを喜ばせて上げようと、アタシは更に小袋を振って見せる。

 けれど、ニアは余計に顔を暗くした。

 体調が優れないのだろう。

 いつものことであるが、今日はより一層。


「大丈夫、アタシが付いてる。……アンタのことは、アタシ守ってあげるから」

「……うん」


 小さい時から、ずっと変わらない。

 胸に顔を埋め、アタシの腰へと腕を回す。

 ニアがいつもやることだ。

 家族の温もりを感じたいのだろう。

 鳥の子育ては、巣で行うのが基本。

 エサを持ち帰る親を待ち、腹を空かせてピィピィ鳴くだけ。

 けれど、ニアは違った。

 鳴きもしない、腹も空かせない。

 ただ目が合う度に、強く抱きしめてくるだけ。

 その度に誓いを立てた。

 この子は何があっても守り通す。

 そのために強くあろう、と。

 無我夢中で飛び周り、無理を突き通した日々の果て、強靭な翼を手にした。

 翼があれば何でも出来た。

 どこにでも行けた。

 これでずっとニア守ってやれる。

 そう思っていた。

 けど結局の所、アタシも幼かったのだろう。

 その日その日を生き抜くことに精一杯で、気づけなかった。

 いや、気づかせて貰えなかったのかもしれない。

 鳴きもせず、腹も空かせず、ただ胸に飛び込んで来る。

 それが、あの子の細やかな抵抗だったなんて。


 × × ×


「で? 昨日の出立から、早一日。戻って来たかと思えば、2000万ルジェネ貸してほしいとはね~」

「何があったらそうなるのよ? ……って言いたいところだけど、彼だけがこの場にいない状況から察するに、攫われちゃったのね」

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃっっっ!!」

「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ……」


 机の上に置かれたマニの手紙を前にして、カイロニは笑みを浮かべながらも眉間を険しく歪め、ロアは重く垂れた下がった額に手を添える。

 そんな二人を前にしてアカリは床に顔を擦りつけ、背中を丸めるサレンも重く瞳を閉ざす。

 ダウンタイムまではいかずとも、【還元魔法】の乱発による疲弊で眠ってしまったサレンは、セルシアに戻る道中で無事目を覚ました。

 そうして事態を把握するのに数分。

 まもなくアカリ同様に頭を抱え、セルシアにたどり着くや否や協会支部に駆け込んだのが今しがたのことだった。


「そんでもって、取引の時間は夜、場所は別荘島、ね。……えぐいこと考える女だな」

「取引にはアカリさん一人で来るように……。おまけに小船での上陸を要求してくるあたり徹底してますね」


 すでに読み終えているアカリとサレンに代わり、カイロニが内容を読み上げる。

 取引を成功させるなら、相手の数を絞るのは当然のこと。

 さらに小船での移動となれば、伏兵を用意するのは難しい。

 精々サレンを隠して連れて行くのがやっとだが、危険地帯にわざわざ連れていくことをアカリは良しとしないだろう。

 けれど問題の重要性が他にあることを見抜いているロアは、困惑した表情を強め、張り詰めた声を漏らした。


「偶然とも思えませんが……、島にいる『ガルダ』は夜行性でしたね」

「そういえば……マニさん、夜明けは魔獣が寝てる、って言ってました」

「知ってて呼び出してるのか。その度胸には敬意を払おうか」


 口元に指を当てたロアは、神命(オラクル)に書かれた魔獣の生態を引っ張り出す。

 続くサレンも、早朝にしたマニとの会話を思い出して顔を上げれば、確信犯であることにカイロニは悪態を吐いた。


「大方、『ガルダ』の意識を誘導し、アカリさんに相手取らせている内に、逃げる算段なのでしょ」

「危険はあれど、島から逃げるって条件なら鳥獣人(ユーノ)に分があるだろうからな」


 鳥獣人(ユーノ)であれば島から離脱することは容易であり、理に適っている。

 芳しくない状況に、不貞腐れたように用紙を手放したカイロニは、そのまま後頭部へと手を回す。

 決して意図したわけではない。

 けれど現実と向か合うことを強制するかのように、宙を舞った紙はそのままアカリ達の元へと流れ着いた。


「人命優先はセイバートゥースの理念だ。最悪、金で助けられる命があるならいくらでも貸してやる」

「本当ですか!!」

「あぁ。この支部にもそれくらいの資金はあるからな」


 パッと顔を明るくしたアカリに、カイロニは自慢げに頷く。

 そんなお山の大将を気取る姿に、ロアは「鳥獣人(ユーノ)への報酬代をケチった人が良く言うわ……」とボソッと呟き、カイロニは一人背中に汗を滲ませる。

 堪らず腕組を解いたカイロニは、そそくさと話題を変えることにした。


「と、とにかく……、現状の問題は金じゃない。行く先には大型魔獣がいるってことだ」

「……っ」

「オーバーフロー無しでやり合えば、確実に死ぬ。それを分かった上で行かせるほど、俺も落ちぶれてはいない。……つもり、だけど……?」

「えぇ、大丈夫よ。さすがにそこまでの人でなしではないと、私も思っているわ」


 錆びついた人形の動きで振り返るカイロニは、ギリギリ面目が保たれていると告げるロアに、胸を撫でおろす。

 そんな最中、アカリは己の拳へと視線を落とし、見つめた。


「わかってると思うが、向こうが素直に結び人を島に連れてくるとは限らない。……それどころか、連れてくる方がずっと不利益だ」

「不利益というのは、どう言うことでしょ?」


 約束を守る保証がどこにもないのは分かるが、何が不利益になるのかと、サレンは首を傾けた。


「カガヤさんを島に連れて行くということは、魔獣を警戒しつつ、逃げないように監視するということ。マニという鳥獣人(ユーノ)からすれば、かなりの負担になるでしょう」

「さらに魔獣の標的をアカリちゃんに向けたとしても、カガヤ君とくっつきゃ魔獣もあっさりとやられるかもしれない。そうなりゃ次は自分。逃げる前に捕まる恐れがある」

「うーん、確かにぃ……」

「で、でも……、マコト君がいなきゃ取引にはなりません。マニさんとしても目的が果たせないのではないでしょうか……?」

「それこそ、魔獣をアカリに仕向けさせればいい。オーバーフローが使えない中、大金持ったまま戦うバカはいない。向こうは金を回収してとんずらするだけでいいんだから、カガヤ君がいない方が上手くいくんだよ」


 カイロニの言葉に、待ったをかけるサレンだがあえなく撃沈。

 顎に手を置いたアカリは唸り、ロアも両眉を垂れ下げて吐息を吐く。

 相手が鳥獣人(ユーノ)でなければ、ここまで悩まされることはなかった。

 そもそも大型魔獣を利用しようなんて発想自体が、常軌を逸している。

 魔法を行使するディスターだから対処可能なバケモノを、ただの獣人が利用しようというのだから。

 ただ敵ながらあっぱれと言いたくなるほど、理にかなっている。

 そのことを理解している3人のみが、どうしたものかと天井を仰いでいた。


「あの、もう一つ気になったのですが……?」

「なんだ、サレンちゃn?」

「その……、アカリお姉ちゃんに魔獣を押し付けようとしているというのはあくまで仮定の話ですよね? そんなに上手くいくのでしょうか?」


 未だ不理解の渦中にいるサレンだけが、おずおずと手を挙げる。

 大型魔獣の注意を向けさせるなど、簡単ではないはず。

 さらに言えば、『ガルダ』は有翼の魔獣。

 空を飛ぶという条件が同じであるなら、そこに鳥獣人(ユーノ)の強みはない。

 ディスターでなければ逃げ切れるのが難しい相手を、利用するはずがないとサレンは説いていた。


「まぁ、確かにサレンちゃんの言う通りだな」

「はぁー……、でしたらそんな危険なことはしな──」

「──けど、鳥獣人(ユーノ)じゃない俺でも、同じことをするだろうな」

「え……?」


 サレンを肯定しつつも、長机(デスク)に肘を着いたカイロニは断言する。

 そのすぐ後ろで真剣に頷くロアも、今の発言が意地悪の類でないと言外に告げていた。

 では一体どういうことなのか?

 一人狼狽してしまうサレンは、すぐ隣からの声に、視線を向けるのだった。


「サレンちゃん……、覚えてない?」

「?」

「実物を見せたわけじゃないから、覚えづらかったかもしれないけど、そういうことが出来る道具(アイテム)の話をしたことがあったんだよ?」

「………っ、あっ!」


 優しく肩へと手を置いたアカリの助言で、サレンの記憶が掘り返される。

 忘れていた話を思い出し、およそ3人が浮かべた情景に追いついたところで、サレンは目を見開いた。


「もしあの道具(アイテム)を持ってるなら、馬鹿げた作戦も現実を帯びるだろうーさ」


 会ったことなどないというのに、「本当に面倒なヤツだよ」と知った口ぶりで後頭部に両手を回したカイロニは、背もたれに勢いよく体重を預けた。


「んで、正直どうするよ? このままじゃマジで死ぬぜ、……アカリちゃん」

「……っ」

「…………アカリおねぇちゃん」


 指名されたのはアカリ。

 だとすれば、この先の決断を下すのもアカリであるべきだと、カイロニは言及する。

 けれど、すぐさま答えを出せないアカリの様子に、サレンは不安の声を溢した。


「……うーん、……うぅーーーん」


 続く思案と、唸り声。

 支部長室の全員が口を閉じてから、数十秒が過ぎたその時。


「うん! 決めたっ!」


 迷いの晴れた少女の声が、一同の注目を集める。

 これがまだ日の落ちない、夕刻前の話だった。


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