第21話:【羽根の舞う街】
「見て見て、マコト! 港が見えて来たよ!」
丘の頂上に差し掛かったところで、先行くアカリが歓声を上げた。
「これが、『セルシア』か」
「綺麗な街ですね」
歩幅の小さいサレンと共に追いつけば、続けて僕達も感嘆を上げる。
白を基調とした港街。
その奥には広大な海と水平線。
晴天にも恵まれ、旅路を終える僕たちは絶景に歓迎された。
「鳥獣人がいっぱーい! いいなぁ~、私も空を飛んでみた~い!」
願望を口にするアカリの視線の先には、青空を自在に飛び回る獣人が数十人といた。
ヒューマンの背中から翼を生やしたような獣人……鳥獣人。
彼等は荷物を手に持つと空に飛び出し、あちこちで羽を散らせる。
青空を彩る鳥獣人の翼は多種多様であり、空に舞う魔力光のようだった。
「僕も空を飛ぶのは憧れるな。ウィネーブルではあまり見かけなかったけど、改めて空を飛べるってすごいよね」
「鳥獣人の飛行能力は重宝されますからね。貿易が盛んなセルシアには欠かせないのでしょう」
「そうそう! いろんな所から、いろんな物が集まって、いろんな店があったりするの。ここでしか食べれないご飯もあったりするみたいだし。楽しみにしてたんだぁ~!」
左右から聞こえてくる情報にこうも差が出来るものかと、無邪気にはしゃぐアカリに苦笑いしてしまう。
「早速いってみようよ!」
赤毛の尻尾を激しく揺らし、街に駆け出そうとアカリが瞳を輝かすも。
「駄目ですよ、アカリお姉ちゃん! サレンたちはセイバートゥースとしてこの街に来ているんですから」
「ぅっ!?」
「皆さんを助けるためにも、『神命』優先です!」
「はい……」
手厳しいサレンの制止にアカリは項垂れ、僕は頬を掻くしか出来なかった。
耳まで垂らしてしょんぼりするアカリには同情するが、サレンの言うことが最も。
セイバートゥースの第一歩を踏み出した僕は、感慨にひたりながら口を開く。
「初めての『神命』……か」
脅威である大型魔獣の討伐。
魔導の道を開いた者のみに与えられる任務。
世界を統べる『神獣様』からの使命として付けられた名が、この『神命』だった。
「き、緊張します……!」
「……だね」
小さな両手と肩を震わせるサレンに同調する僕は、始めてこの世界に来た時のことを思い出す。
突然襲ってきた白猿魔獣や大白猿魔獣と出くわした時の、心臓を鷲掴みにされたような感覚。
ローレンツさんとの試験を乗り越えたといえ、僕とサレンにとって魔獣は恐怖の対象。
『神命』は試験とはまた別種の試練だった。
「大丈夫だよ! 私たち二人じゃなくて、三人! どんな怖さも、辛い困難だって三等分できるセイバートゥースなんだから!!」
強張った僕達の不安を断ち切るかのように、アカリは満面の笑みで両手を広げる。
天真爛漫を絵に描いたアカリの振る舞いに、凍った背筋は溶かされ、気づけば僕とサレンは互いに小さく微笑み合っていた。
「ローレンツさんの試験に比べれば、マシかも知れないしね」
「ですね。もう少し自信を持ってもいいのかもしれません」
「うんうん!」
胸元で煌々と光る金の証。
セイバートゥースを表す象徴を見つめる僕たちは、己の存在を自覚する。
二人と違って、僕に戦う力はない。
それでも試験を共に乗り越えた。
自惚れだと言われれば否定できない。
けれど二人と同じ証を付ける今だけは、全力で自惚れてしまえと決めたのだった。
「そういえば、魔獣がいるようには見えないよねぇ~?」
「ですね……。……どういうことでしょうか?」
緊張が薄れ、和やかになりつつあった雰囲気の中、不意に小首を傾げたアカリが疑問を口にする。
サレンの呟きにつられ、改めて街を一望するが、見渡す限りに異常はなかった。
任務地となった『セルシア』は、物流の最先端として名高い港街であり、各国や都市の貴族たちが多く訪れる。
所謂、行楽地ってヤツだ。
お偉いさんたちが多い街だけあって兵士団はもちろん、セイバートゥースも在住しているらしい。
そんな街からの神命要請ということもあり、荒れ果てた状況を想像していたが、災害に見舞われたような跡はなかった。
「そもそも貿易の要である街の救援に、セイバートゥースなりたての僕たちが当てられたのも違和感だけど……」
「それは無理もないよ。セイバートゥースはいつだって人手不足だからね」
「そう、なんだ……」
「セイバートゥースに休みはない、なんて話も聞くくらいだし。そこは新人とか関係ないのかも」
「あ、はは……っ」
ディスター協会、改め社畜企業と名乗るべきでは……?
思わず口端を引きつらせてしまった僕と違い、アカリは自ら口にしている言葉に一切の疑問を感じていない。
セイバートゥースへの思いが人一番強かったアカリらしいというべきか。
アカリにとって神命は仕事ではなく、『夢』への道のり。
『神獣』に成るために、必要な功績と捉えているのかもしれなかった。
「とりあえず、協会に行ってみるしかないね。在中しているセイバートゥースがいれば、話を聞けるだろうし」
「うん!」
「はい!」
アカリと、サレン。
それぞれの返事を受け、僕達は再び街へと歩みを始めた。
× × ×
「やぁ。君たちが新人のセイバートゥースだね。ようこそ『セルシア』へ」
「初めまして、カガヤ・マコトです。これからお世話になります」
協会を訪れた僕達は、胸元の証を提示するやいなや、職員に連れられて奥へと進むことになった。
向かった先は、協会の支部長室。
気さくに迎い入れてくれた人物と握手を交わした僕達は、流れるように挨拶を済ませた。
「俺は、この街を任されているディスターのカイロニだ。こっちは結び人のロア」
「初めまして。聞いてはいたけど、本当に二人の結び人なのね。なんだか、すごいわね」
「あ、はは……。ほんと、不思議ですね……」
金色の前髪を逆立たせた猿獣人のカイロニさんは笑みを浮かべ、結び人のロアさんは眼鏡に手を添え驚愕の眼差しを向けてくる。
深堀されないように苦笑で返せば、さっそく話題が神命に移り、僕は安堵の息を吐いた。
「来て早々で申し訳ないがね、本題に入ろうか」
そう言うと、視線を受けたロアさんは軽く頷き、口を開いた。
「事前に概要は聞いていると思いますが、今回の標的は有翼の大型魔獣、『ガルダ』になります。ここセルシアから離れた孤島での討伐になります」
「なるほど。……島、ですか」
見当たらなかった町への被害は検討違いであり、疑問の解消に浸っていると、ロアさんは僕の呟きを肯定した。
「普段は上流貴族の別荘地として使用していますが、幸いなことに取り残された方の情報はありません。……というより、人がいなかったからこそ魔獣が身を置いたと予想されます」
まるで秘書の佇まいで語るロアさんは、再度眼鏡をクイッと持ち上げ言葉を締める。
温厚そのものというか、明らかに服装も戦闘用ではない。
女盗賊を彷彿とさせ、どこか刺々しい雰囲気を持つモネフィラさんとはまるで対称。
力ない結び人も、自衛の術が必要だ!
そんなことを思い、時間があれば体を鍛えるようにしていたのだが、全ての結び人が強くなろうとしているわけではないのかもしれない。
「急を要するって事がないようで良かったです……」
「うん! それに誰もいないなら迷惑かからないし、私とサレンちゃん。それにカイロさんもいるし、魔獣なんてあっという間に倒せちゃうね!」
ロアさんから明かされる情報にサレンは胸に手を置き、アカリも腕が鳴るとばかりに拳を作る。
いよいよ始まるだろう神命に、僕もなんとも言えない高揚感が込み上がる。
その時、
「盛り上がってるところ悪いが、この神命は君たちだけで行ってもらう」
「……え?」
カイロニさんの言葉が、和んだ空気を一瞬で引き締めた。
「ごめんなさい。別に意地悪で言っているわけじゃなくてね、ちゃんと訳があるのよ」
意気込む二人に投げかけられたカイロニさんの言葉は、室内を一瞬で静寂へと変える。
そんな僕たちを案じてか、すかさずロアさんは謝辞を述べ、眉間に皺を寄せる僕たちは耳を傾けた。
「今回君たちに要請した目的は、品定め。君たちがセイバートゥースとしてどこまで出来るのか見極めたいのさ」
「見極める……?」
「あぁ。『ザー様』の派閥に相応しいかどうかのね?」
長机に肘を置き、口元で指を絡めたカイロニさんに、僕は首を傾げてしまった。
「ザー様、って誰ですか?」
「マ、マコトくん……っ!? 自分たちの国の神獣様を知らないなんて無礼に当たっちゃいますから、そんなキョトン顔しないでくださいぃぃぃ……!?」
「っ!?」
そんな僕の裾を激しく引っ張りつつも、声は潜めるという器用な行動をするサレンに、僕は慌てて口を覆った。
「はははっ! ヒューマンでありながら大した肝の持ち主だ。その豪胆さが二人のディスターを持つ秘訣なのかな?」
軽快な笑い声を部屋に響かせ、顎を擦るカイロニさんはからかい混じりに笑みを浮かべた。
そういえば、神獣様が国を治める王様みたいな存在なんだっけな?
その『ザー様』が、今いる国の神獣様で間違いない?
国民性というか、国に属しているって実感がないせいか、あまり神獣様を敬おうって気持ちになれない。
もちろん、口には出せないけど。
「君たち、ローレンツの誘いを断ったんだろ?」
「ど、どうしてそれを……?」
「別に大した話じゃない。ここは物の飛び交いが激しい街だからね。情報だって例外じゃない。街を任されている身としては、情報収集も仕事の一つ。出来る大人はしっかりやるのさ」
「は、はぁ……」
逆立った前髪を指でなぞりながら、カイロニさんは高飛車に語った。
突然の自画自賛に、半音上がった口調が加わり、胡散臭さが滲み出る。
そんな光景に僕は呆気に取られてしまった。
「それに、君たちがセイバートゥースの申請をしたのは『ウィネーブル』だろ?」
「そう、ですけど……」
「ならこの国第二の都市の情報を、俺が聞き逃すはずはない。いずれは、俺が──」
「──カイロニ、話をそらさないでっ」
「うっ!? ん、んん、すまない……」
眼鏡の奥で瞳を細めたロアさんが不服そうに言葉を遮り、肩を跳ねらせたカイロニさんは一つ咳払いをした。
「よ、要するにだ、カガヤ君……。君たちの力を欲しがる者は多くいる。良くも悪くもな?」
「……っ」
「その反応、ローレンツにも同じことを言われたな? アイツらは若いディスターを過保護に扱うからな」
やけに親しげにローレンツさんのことを語る辺り、よく知った仲なのだろう。
そんな何気ない質問をするよりも先に、カイロニさんは言葉を繋いだ。
「なんにせよ注目株であるのは間違いない。そしてローレンツの誘いを断ったってことは、派閥入りに考えがあるってことだろ?」
「っ!?」
確信めいたカイロニさんは片眉を吊り上げると、二つの予想を告げる。
「仕えたい神獣様を決めている。あるいは、……──『空いた席』を狙っているとかな?」
「……ぅ、ぅぅ」
全てお見通しだとでも言いたげな瞳に見られ、喉を鳴らした僕の意識は過去へと飛ぶのだった。
× × ×
「それが、俺らの誘いを断る理由なんだな、アカリ嬢ちゃん?」
「はい」
試験が終わった翌日。
ディスター協会、ウィネーブル支部にて。
橙光色へと変わった陽光が夕立を告げる中、ローレンツは苦々しい顔つきで口を開いた。
「空席になっている──『神獣候補』──。その派閥に私は入りたいです」
明るい口調ではない。
ただ、嘘偽りではない芯の籠ったアカリの返答が、ローレンツさんをさらに困惑へと導いた。
「試験は合格。セイバートゥースとしてお前たちを認めることに異論はない。それがここ来て……いや、いろんなものを飛び越して『神獣候補』を狙うとはな」
「全くね……」
頭を掻くローレンツの隣で、モネフィラさんも腕を組んでため息を溢し始めた。
『神獣候補』。
言葉の意味は分かる。
いや。言葉以上に、本物がいる。
瞼を重く閉じるローレンツさんとモネフィラさんが、まさに『神獣候補』なのだから。
「『神獣様』に成ろうってんだ。そりゃ『神獣候補』を目指すは分かるけどよ」
「……時期尚早ね」
『神獣候補』は派閥に所属するセイバートゥースがなるもので、ウィネーブルのような大きな都市を任せて貰えるって言う話だから、認識としては出世に近い。
セイバートゥースになることだけを考えていたこの数日間。
アカリに出世欲があったのは驚きだけど、気を落とすような話には思えなかった。
「『神獣候補』を目指すって、何か悪いことなんですか?」
「別に悪いことではねぇーんだが、若い奴がやたら滅多ら言うことではねぇーな」
「派閥の古参からすれば目の上のタンコブというか……。実力まで拮抗するとなればいよいよ敵対関係になりかねないかな」
「同じ派閥なのにですか?」
「同じ派閥だからこそ……、かな」
ローレンツさんたちの見た目は30代前半。
どんな経緯で『神獣候補』になったかは分からないが、苦々しく語るくらいにはいろいろあったのだろう。
「それでも私は、『神獣』に成りたいから!」
そんな淀んだ空気を切り裂いたのは、アカリの決意だった。
「辿り着きたい! いつか、……じゃなくて。常に最高速度でっ!」
翠光の瞳でありながら、夕日以上に燃え上がる。
彼女の口からそれ以上の真意が語られることはなかったが、確かにある決意を見せるのだった。
「ガハハハ! 皆まで聞くまい! ただもしそうなれば、次は手加減なしの本気の戦いになることを忘れるなよ?」
「はい!」
アカリが『神獣』を目指すきっかけが何であるのか。
いつか話してくれる日が来る。
そんな期待を抱きながら、僕達は証を胸に付けたのだった。
× × ×
「ほぉー? セイバートゥースになったばかりだっていうのに、もう神獣候補を狙っているとは。とんだ大物がいたもんだ」
ローレンツさんとした会話を思い出す傍ら、同じように告げたアカリに、カイロニさんもまた不服そうに鼻を鳴らす。
「俺も野心家の方でね。当然、神獣候補の座を狙っているわけだ」
カイロニさんは胸元に付けた証を見えるように、強調する。
僕たち三人が付ける『空から降り落ちる乙女と、受け止めようとする青年』、ではなく。
仕える神獣を祭る証。
白い孤虎。
白虎が描かれたもう一つの証を。
「知っての通り、ザー様は未だ神獣候補をお決めにはなっていない。今回のこともそうだ。君たちを上手く勧誘し、貴重な人材を確保したって実績を作り、俺の評価を上げる。それが俺の狙いだったわけだ」
「……」
「けど、貴重な空席を狙うってなら話は別。……例え、ディスターを二人持つ結び人であったとしても、──だッ!」
「──っ!?」
室内の温度が急激に下がったように、体に寒気が走った。
カイロニさんの眼力が突き刺さり、隣で佇むロアさんの瞳もレンズの奥へと消える。
二人がどれだけ家臣として仕えていたのかはわからないが、街を一つ任されている時点で相当な信頼を置かれているに違いない。
これまでの努力や、貢献の末に今の地位があるのなら、僕たちはあまりに傲慢不遜。
これ以上話を進めれば、ローレンツさんの危惧した派閥古参からの虐げを受けることになるのは明白だった。
「どうかな? 君たちが座るかもしれない空席の話はずっと後にして、共にザー様の家臣として仲良くやっていかないか?」
「……っ」
喉が鳴る。
緊張の糸が張った。
選ぶ言葉を強制され、誘導され、間違いは許されない。
「でないと、実績どころか…………、若い芽まで俺は潰してしまうことになるからね」
最後の問いで、カイロニさんの口端が吊り上がった。
次の瞬間、
「──っ!」
「イッ、タァァアアアアアアアアアイッッッ!?」
快音が鳴った。
「え?」
「へぇ?」
「ふぁいっ!?」
目の前で起こった光景に、僕たちは揃って呆けた声を漏らした。
「カイロニ……。私、言ったよね? その陰湿な所を直してって……」
「ヒィッ!?」
白い吐息の吹かし、ロアさんの冷たい囁きがカイロニさんに注がれる。
見ればロアさんの右手には分厚い本が握られ、今し方部屋に響いた快音が、カイロニさんの頭部から鳴り響いたものだと察するのに時間はかからなかった。
「全く……。慧眼をお持ちのザー様は、カイロニの器の小ささをちゃんと見抜いたのね」
「な、なんてことを言うんだ、ロアっ!? 傷心中の身にはかなり堪えるぞ……っ!」
「知らないわよ」
ロアさんの纏っていた冷たい空気は、カイロニさんが原因だったようで、一度発散された今は、頬を膨らますだけの聖女へと戻った。
「三人とも、不快な気分にさせてごめんなさいね」
「い、いえ……」
「二度とあなたたちに同じことさせないように、キツ~く言っておくから安心してね」
「お、おい……。冗談が過ぎるんじゃないか、……ロア?」
「まだ、…………冗談だと思ってるの?」
「ヒィィィィッ!?」
ディスターと結び人だって、結局は人間関係。
世の中いろいろな形があるのだろうが、この二人の場合、手綱は完全にロアさんが握っていた。
椅子に座りながらも腰を抜かし、沈む勢いでもたれるカイロニさんの怯えた顔を見れば、間違いないだろう。
そしてロアさんに限らず、女性は怒らせてはいけないのだと知った。
「ぼ、僕もああならないように、その、頑張るね……」
「うーん、別にマコトに不満なんてないけどなー。今のところは」
「そうですね。今のところは、サレンもありません」
「今のところは、……ね」
まるで分かり合っているかのようで、二人して頷き合う。
二人が一体何を危惧しているのか……。
知りたい気持ちよりも、知らない方がいい気がして聞くのは止めた。
「それでは、さらに詳しい情報を伝えます。その後、準備が整い次第出発をお願いしますね」
「「「はい!」」」
「初神命。ご武運を」
仕切り直しの笑みを浮かべるロアさんから情報を貰い、僕たちは街の観光なんて余裕もなく『セルシア』を出発するのだった。
× × ×
「別荘地に連れて行ってほしいなら、一人20万ルジェネだ。それ以下はねぇー」
「……え、えーと、…………そこをなんとか2万ルジェネ──」
「──金がねぇーなら帰れっ!!」
「っ!?」
取り付く島もなく話を切られ、乱れた前髪で片目を隠す鳥獣人の男性からの罵声に、僕は肩を跳ねらせた。
「ビックリしました……」
「もぉ~! あんな言い方しなくてもいいのにねっ!」
覆頭の中で小さく息を吐くサレンと、頬を膨らますアカリに、僕も肩を落として項垂れる。
「はぁー。これ……、カイロニさんの新人いびり続いてない?」
勢いよく閉じた木板の扉は酷く老朽化していて、少しの衝撃でも壊れそう。
そして比例するように、消えた男性の家は廃れている。
景観が広がっていた『セルシア』と打って変わり、危険な空気が漂う無法地帯。
島に向かうはずだった僕たちは、『セルシア』から2時間ほど南下したところにある集落に来ていた。
「夢破れた者たちの集い…………、『クラウンド』か」
廃材を使って組み立てられた小屋がいくつも並び、手作り感満載の家はギリギリ雨風を凌げる程度。
衛生管理と無縁であり、人が住むには悪辣な環境が辺りを包む。
ロアさんの話では、『クラウンド』は正式な町ではない。
勝手に住み着く人が増えたために集落と化しただけで、ここに身を寄せることなった経緯を考えれば、立派な家が建つはずもなかった。
『本来、別荘地には何人もの鳥獣人に運んで貰うものだが、魔獣が住み着いたせいでセルシアの鳥獣人たちが協力に応じない。ということで、あとはクラウンドの奴らを頼るしかないわけだぁー』
お手上げだと両手を挙げたカイロニさんの、わざとらしい笑みを思い返し、僕は嘆息を溢した。
「どうしましょう、このままだと島に行く手段が……」
「うーん、一応お金を積めばなんとかなりそうなんだけど……」
ここの住人のほとんどが、元商人らしい。
流行りに乗った商業を営み、一時の財を成す。
けれど、飽きられ廃業する。
借金を抱えつつも、財を成した感覚を忘れられない商人たちが、いつか返り咲くことを夢見てここに流れ着く。
彼らが必要以上にお金を欲する理由は単純明解だ。
さらに危険に対する代価が釣り合っていなければ、反感を買うのも仕方なかった。
「このままだと神命どころではありませんね……」
「うーん、そうは言ってもな……」
「いっそ泳いでいく? 私、泳ぎは得意なんだよぉ~!」
「「それは無理……」」
「否定はやっ!?」
肩を落とすサレンに続き、頭を捻ってみても名案は浮かばない。
かと言って、アカリの無茶ぶりを受け入れることは出来ず、僕とサレンは揃って首を振る。
泳ぐのは論外として、海路も危険だ。
足場の不安定な船上で、空を制す怪鳥と戦闘になれば目も当てられない。
僕らが持つ資金は、別荘地までの正規運賃である2万ルジェネのみ。
対して鳥獣人が提示する額はどれも高値。
片っ端から声を掛けてみたものの、誰も受け入れてくれる様子はない。
一人だけ話を聞いてくれそうな人もいたけど、アカリとサレンを見るなり、「お、男同士の話し合いだ……っ」と吐息を漏らし、僕に耳打ちした条件の卑猥さに、僕はすぐさま二人の手を取ってその場を離れた。
アカリとサレンには困惑されたけど、二人の顔がまともに見れなくて、何も言えなくなってしまったのだった。
「マコトくん?」
「いやごめん……、心配させちゃったね……」
「?」
思い出したら腹が立ち、軽く拳を作った僕に、不安な眼差しをサレンが向けてくる。
途端に正気を取り戻した僕は、サレンの頭を数度撫でて、肩の力を抜いた。
「仕方ない。もう一度カイロニさんのところに戻ってお金を工面してもらおう」
「それがいいね。初めての神命だもん。大目にみて貰おう」
苦笑するアカリと頷きあって、セルシアへ戻ろうと歩み出す。
その時だった。
「ああああぁぁぁぁっっ!!」
絶叫を挙げる男が、廃材小屋の影から飛び出してきた。
「マコト!?」
「っ!?」
脂汗まみれの顔。
手元で鈍く光る短刀。
その先端を僕へと向ける男は、破れかぶれの突進で迫って来た。
「ふぁぁぁぁぁあああああっ!?」
「ぅっ──!」
「──ぎぃっ!?」
勢いよく後退する視界の中で、奇声を上げる男の短刀が振るわれる。
横切る銀閃。
目の前を通過。
首根っこを掴まれ、引っ張られた僕は、声にならない驚嘆を漏らすだけ。
「ふんっ!」
「ぐはぁ!?」
僕と入れ替わるように飛び出したアカリは、男の顔面に正拳を叩き込む。
けれど、終わらない。
「「う、うぉぉおおおおおっ!?」」
「まだっ!?」
続くように二人の醜男が押し寄せる。
(剣っ──! は、間に合わない……。なら……っ!)
素早く立ち上がって腰に手を当てようと、構える時間はない。
ならばと、せめて拳を顔の前に添える。
(落ち着け……!? やれる……っ! やれるっ、やれるっ、やれる……っっ!?)
男たちの短刀を奪い、取り押さえる!
動きを印象し、あとは体を動かすだけ!
「……っ、……~~~~~っっ!?」
けれど鈍く光る短刀に、体が固まった。
「「だああああああっっ!?」」
「っ!?」
瞬きもできず、迫る2本の刃が振りかざされた。
血の気が引く。
喉が絞まる。
思考は止まり、視界すらも真っ白に染まった。
案山子と化してしまった僕は、訪れる激痛に息を飲む。
だが──、
「──とんでもねぇーバカ共だな」
空から、羽が振ってきた。
「「ぐわぁっ!?」」
「………………………………へぇ?」
目の前にいたのは、鳥獣人。
二人の男を踏みつけにして立つ女傑は、己を主張するように翼を広げる。
「……ぁ、……っ」
千差万別ある柄の中で、目の前の鳥獣人が持つ翼は単色。
芽吹いたばかり葉ような、浅葱色。
劣悪な環境においても穢れることのないその鮮やかさも相まって、気づけば僕は目を見張っていた。
「困った時はお互い様でしょ? ……セイバートゥース」
翼と同じ浅葱色の長髪を腰まで伸ばした女性の鳥獣人は、口端を吊り上げ、指をこちらへと向けた。
僕らの存在を強調する、胸元の証へと。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
セイバートゥースになったマコトたちの初神命は、上司ガチャに外れたところからスタートになってしまいましたね……。
だがこれが社会なのだ! ということで、マコトたちには世の中の厳しさを知ってもらういい機会になるはずです!
そして現れた女傑の鳥獣人は味方なのか!?
これより続く新章を楽しんでもらえたら幸いです!
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