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第20話:【闘犬闘牛一騎打ち】

「ローレンツさんって、『蔓』に魔力を注ぎ続けてるんじゃないかな?」

「「魔力を……、注ぐ?」」


 火の丈の低くなる大炎海を抜け出す直前。

 僕の手を引くアカリとサレンを引き留め、告げた。

 試験に合格するための、最後の作戦を。


「前にサレンが言ってたよね? 【ジェネレート魔法】は創造した物質を飛ばして攻撃するって……。その後、飛ばした物質はどうなるのかな?」

「えっと、確か……時間が経てば消えるはずです……」

「やっぱり」


 記憶を遡るサレンは顎に指を当て、引っ張り出した情報を確信めいて言う。

 その言葉を聞いて、浮かんだ仮説に信憑性が増した。


「思うに【ジェネレート魔法】は、創造した物質を操ることが出来る魔法なんじゃないかな。……『初撃』、なんて決まりなく」

「「?」」


 あまりピンとこなかったようで、二人して顔を見合わせたかと思えば、アカリから怒声が上がった。


「嘘だぁー! だとしたら私の【エレメント魔法】の凄みがなくなっちゃうじゃん!!」

「考える所そこですか……、アカリお姉ちゃん?」


 怒りを顕にするアカリは片手を振り上げ、サレンは長嘆を吐く。

 サレンへの好感度そっちのけで抗議するほど、アカリの【エレメント魔法】に対する自負は高い。

 現に【エレメント魔法】は、魔法の『創造と自在操作』、『付与効果』、『広範囲支配』と、魔獣を召喚する【サモン魔法】を除いた三系統を合成させた上位魔法。

 その上位であるはずの『創造と自在操作』が、【ジェネレート魔法】と同じだと言われれば、格が落ちたように聞こえたのだろう。

 僕とサレンに【エレメント魔法】のことを話すアカリは、面白いくらいに浮かれていたから。


「アカリお姉ちゃんほどではないですが、サレンも(いささ)か疑問です……。引きこもってばかりいたサレンですか、聞いたことがありません……」

「それはきっと、【ジェネレート魔法】を使う多くのディスターが、創造した物質を飛び道具として扱ったせいだね」

「え、えっとぉ……? それが【ジェネレート魔法】というものでは……?」

「そうだね。けどそれじゃ、──創造物に触れられない──」


 金色の瞳を細め、これまでの知識との差異に不安を向けてくるサレンに、僕は一笑する。

 僕も今の今まで、【ジェネレート魔法】は何を生み出せるかで強さが決まると思っていた。

 それこそローレンツさんが創造した『蔓』を前に、相性の良い二人なら勝機はあると踏んでいたほどに。

 けれど、この魔法の本質はそこじゃなかった。


「【ジェネレート魔法】は、創造物に魔力を注ぎ続けることで、操作が可能になる。逆をいうと、魔力を注いでも攻撃出来なきゃ意味がない……。だったら、『初撃』だけでも操って使ったほうがいいって、思ったんじゃないかな?」

「なるほど……、確かに辻褄は合うかもしれません……」

「ちまちま操るより、じゃんじゃん作って飛ばした方が楽ってことかな?」


 常識の壁を壊し始めたアカリとサレンが、互いに頷き合う。

 【エレメント魔法】の下位互換である所以があるとすれば、操作時における接触義務があること。

 ローレンツさんは【魔法】を使う時に必ず地面に触れていた。

 それは、『蔓』と自分の繋がりを見せないため。

 任意の場所に蔓を創造していると錯覚させ、相手を混乱させるという一つの技術。

 全ての蔓がローレンツさんと繋がったままだったはずだと、僕は言い切った。


「アカリが地面に打ち込んだ【炎】が、ローレンツさんの足下から噴き出したのも偶然じゃなかったんだよ」


 三人で捕まったあの時、偶然『蔓』が焼かれたことで抜け出せたのだと思っていた。

 けれど実際は、ローレンツさんが【炎】を避けるために地面から手を離した。

 それにより魔力を送れなくなり、縛り続けることが出来なくなったのだろう。


「つまり、ローレンツさんが地面から手を離した瞬間。そこが僕らの勝機だ!」


 試験に合格するにはそこしかない。

 瞳に力を込め、静かに僕は呟く。

 僕が出来るのはここまで。

 だから後は託したと、言外に告げて。


「わかった。マコトが言うなら、きっとそうなんだろうね」

「ですね。サレンも、マコトくんを信じます!」

「ありがとう……っ」

「それで作戦は? 私がもう一回穴に魔法を打ちこめばいいのかな?」

「それも考えたけど、この辺りの穴は重なりすぎて複雑になってると思う。直接ローレンツさんの下に魔法がいく確証がない……」

「そっかぁ……」


 自分の出番がないと知ってアカリが肩を落とせば、「ではどうすれば……」とサレンが口を開いた。


「サレンの魔法を使おうと思ってる」

「『毒』を……ですか……?」

「うん。さっきは地中から出てる蔓に毒を巡らせたけど、今度はその逆。地中に埋もれている方に向かって毒を流してほしいんだ」

「な、なるほど……! 蔓に触れて操っているなら、そのまま毒が届く……! 『一撃与える』を達成できます!」


 パッと顔を明るくしたサレンに、僕も大きく頷いた。


「けど、ローレンツさんがそれに気づいて、自ら蔓との繋がりを断つかもしれない。その時は──」

「──私の出番ってわけだね!」


 言葉の続きをかっさらい、力強く笑うアカリを最後に、僕たちは──。

 最終決戦へと歩み出した。


 × × ×


「サレンっ! 大丈夫!?」

「……はい。ただ……、もう魔力が……っっ」


 大炎海が晴れて視界は良好。

 サレンの下に駆け寄ると、その手は震えていた。

 もう何度『毒』を打ち込んだか分からない。

『ダウンタイム』の訪れが、サレンの瞼を重たくしていた。


「アカリお姉ちゃん……。あんなに、近づいて……いいので、しょうか……ぁ」


 座り込んだサレンは、声を途切れさせながら不安を溢す。


「はぁ、ああああ!」

「おらあああああ!」


 閉じかけている金色の瞳に映るのは、刃を交えるアカリとローレンツさん。

 剣が絶叫を響かせ、獣たちは吠える。

 僕には赤と緑の魔力光が残した軌跡しか見えないけど、二人の戦いを直に捉えているサレンは、アカリが蔓に捕まれることを危惧した。


「それでも……、やるしかない……っっ!」


 危険を承知した上でのアカリの接近戦に、僕は息を飲む。

 蔓の脅威は未だ健在。

 だが、距離を開ければローレンツさんに魔法を使わせる猶予を与えてしまう。

 サレンはもう、戦えない。

 アカリ一人じゃ、蔓の壁を破れない。

 同じ手が使えない以上、ここで攻め切るしかない!


「「──ッッ!!」」


 辺り一帯から咲く剣戟の火花が消えた時、僕たちの運命が決まるのだった。


 × × ×


「ゔううううっ、りゃ‼︎」

「たぁっっっ!」


 見せかけではないローレンツの筋肉が唸りを上げ、巨刃が真上から振り落とされる。

 対してアカリは渾身の切り上げ。


「────!」


 刀身の悲鳴が、二人の間で火花となって爆ぜる。

 けれど、硬直が生まれたのは一瞬。


「うおおおおおおおおおおおっっ!!」

「っ!?」


 押し負けると悟ったアカリは、すぐさま大剣を滑らせ軌道を変えることにのみ専念。

 僅かに右肩を掠めて、大地を割った巨刃に喉を鳴らしつつ、がら空きになったローレンツの脇腹へと蹴りを繰り出そうとする、……も。


「っぅ!」

「察しが良いな!」


 アカリの足を掴もうと、ローレンツの片手は大剣を手放していた。

 だが、それでいい。

 とにかく蔓を生み出す隙を与えてはいけない。

 【魔法】の封殺のため、アカリは剣技と体術を用いて高速戦闘に持ち込んでいた。


(何がなんでも、ここで決める!)


 マコト同様に、これが最後の勝機であるとアカリは気づいていた。

 だからこそ手を変え、品を変え、体格差を生かして死角を突こうと足掻き続ける。

 ローレンツの僅かな動きも見逃すまいと、翠光(ライトグリーン)の瞳を血走らせて。


(決めたい……、のにっ!?)


 抜けない。

 壁を越えられない。

 もう何度と放った渾身かつ、最速の一振りが大剣に防がれる。

 自分の体格を遥かに超える巨大蔓はあっさりと切れたのに、あと一枚の銀剣がアカリを苦しめていた。

 剣捌きが上手いわけじゃない。

 なんだったらアカリの方が上だ。

 だからこそ刃を交え続けられるのだが、ローレンツの剣技を支えている筋力に、アカリの身体能力が追い付いていなかった。

 剣を交えるたびに、負けを悟って守備に回る。

 そうでもしなければ、手がダメになる。

 刃を受けるたび、刀身から伝わる衝撃で手が痺れ、落としそうになるからだ。

 纏わりつくように距離を詰め、ぶつかり合えば力を往なす。

 今のアカリを支えているのは、純粋な魔力。

 身体能力に全振りした魔力。

 そこの抜けた器のように、果てしない勢いで魔力を消費することでローレンツとの拮抗を保っていた。

 魔力は、アカリを支える『手綱』。

 暴れ牛のようなローレンツから振りほどかれまいと、魔力を手綱に変え、猛牛乗(ロデオ)りを繰り広げる。

 身体強化が解けた時、アカリの敗北が待っていた。


(何か! 何か、何か、何か……っ!?)


 迫る時間切(タイムリミット)れに震える瞳が、もう何度目かも分からない攻撃の失敗を捉え、アカリは自分自身に問いかける。

 ただ一瞬でいい。

 ローレンツを上回り、己の武器を通す方法は一体なんだと。


(って、そんな暇ないよぉぉおおおおおおおっ!?)


「ガハハッ! 考えことか!!」

「っ!?」


 思考の『し』の字を浮かべようものなら、大剣の餌食になる。

 刃をのけ反って躱し、その勢いのまま後方に回転。

 けれど距離を開けるわけにもいかず、着地と同時に加速。

 地面を滑るように低姿勢でローレンツの股をくぐり抜ける。


「くぅっ!? ──ふんっ!!」


 強引に体を捻じり、急旋回。

 途端に骨が軋んで鈍い音がなる。

 が、無視して銀閃を描く。


(取った!!)


 翠光(ライトグリーン)の瞳が、あらん限りに開かれる。

 初めてローレンツの死角を捉えた。

 背後のアカリの動きに、ローレンツは追いつけていない。

 大剣は間に合わない。

 咄嗟に屈もうと、巨体のローレンツでは躱せない。

 待ち望んだ瞬間を逃すまいと、アカリは長剣に力を込めた。

 ──けれど、


「惜しい!」

「かはっ!?」


 体がくの字に曲がるほどの衝撃に、アカリの手が止まった。


(大剣がどうし……、──っ!)


 声にならないアカリの疑問に答えたのは、『緑の長糸』。

 視界で揺らめき、大剣を掴む『細い蔓』。

 その先を目で追えば、未だ振り返ることのないローレンツの片手から、生まれ出ていた。


「っう、はぁっ!?」


 腹に当たったのは、大剣の(みね)

 鮮血が舞うことはなかったが、体の奥深くまで響いた鈍痛でアカリの呼吸が一瞬止まる。

 そのまま地面を激しく転がり、止まってもなお立てない。


「…………なんて、力…………っ」


 身悶えるアカリは、やっとの思いで顔だけを上げる。


「そんなんじゃ、セイバートゥースとは認められんなぁー」

「……、ぅぅっ!?」


 分かっていても、……間に合わない。

 距離を詰めようにも、……体が動かない。

 恐れていた、【魔法(あれ)】がくる。


「──ッッ!」


 静まっていた地面から再び産声を上げ、芽吹く命は巨大蔓へと急成長を遂げる。

 手を掠めた『合格』の文字が、視界一面に広がる緑の障壁の中へと消えていった。


 × × ×


 目の前の光景に、意識が飛びかけた。


(最初で最後の……好機(チャンス)だった)


 押し寄せてくる絶望で、全ての音が消えた。


(もう、ローレンツさんの間合いには入れない……)


 絡繰(からく)りを見破り、生まれる隙への奇襲。

 そこまでしてようやくたどり着いたはずの距離が…………、今……、開いてしまった。


「セイバートゥースになるって……、こんなにも厳しいものなんですか……? 人を助けようって思いは、……同じじゃないですかぁ……っっ!」


 弱く脆い悲痛な叫びが、胸の中で音になる。

 草原に再び巨大蔓が生まれると、サレンの声が震えた。

 朦朧としていながら、金色の瞳は閉じるどころか涙でこじ開けられ、先に倒れてしまった後悔に打ちひしがれる。

 声は出せずとも、僕も同じ思いだ。

 必死に立ち上がろうとするアカリを見守ることしかできない僕は、憤りを噛み締めていた。

 その時、


「──死なせたくないからよ」

「っ」


 背後からの声に、僕は振り返った。


「……モネフィラさん」


 僕たちの下までやって来たモネフィラさんは、続くように口を開いた。


「立派だと思うわ。人のために命を懸ける。誰にでも出来ることじゃない。けどね、安易にセイバートゥースになれば、死ぬのよ」

「……っ」


 モネフィラさんが見つめる先で、アカリが弱々しく剣先を上げる。

 試験という場でなければ、すでに僕らはこの世にいなかっただろう。

 ローレンツさんは容赦なく絶望を押し付けてくる。

 その絶望に、今の僕達では敵わない。

 モネフィラさんが言うように、僕らは死を迎えるだけ。

 返す言葉のない僕は、自分の弱さを恨んだ。


「嫌なのよ、神命(オラクル)で仲間が死ぬのは……。そこに他派閥だとか、新人だとかは関係ない。ただ、死んでほしくない……。だから力ないアナタたちにも容赦はしない」

「……モネフィラさん」


 何があったのかなんてとても聞けないが、仲間と呼んだその人は、きっとモネフィラさんたちにとってとても大事な人だったのだろう。

 その声は、誰かを失った者の声。

 哀愁の漂うアーモンド型の瞳が、遠い日の記憶を見つめているようだったから。


「ねぇ。派閥(うち)に来なよ」

「え……? でも、それは……」

「結果がどうこうじゃなくてさ、アナタたちには選んだ上でウチらの所に来てほしいのさ」

「どうして急に……?」

「アナタたちには気概を感じたから。ダルが選定をしているせいもあって、うちの派閥は暑苦しい連中ばっかり……。けど、気持ちのいい奴らでね。アナタたちには良く合うと思う」


 無理矢理ではなく、僕達に寄り添った提案に、思わず口を開けて固まった。

 神獣候補として派閥のまとめ役を担っているだろうモネフィラさんは、まるで母のように微笑む。


「ただアナタたちが『人助け』をしたいだけなら、無理強いはしない。けどその先に目的があるなら、派閥(うち)に来て損はないんじゃないかな」

「……」

「ウチらが神獣候補になってからは、派閥内で死んだ子はいない。暇さえあればダルが稽古に付き合わせるから、勝手に実力が付いてくるようになるのよ」


 モネフィラさんの視線の先を追えば、再びアカリの斬撃音が聞こえてくる。

「ちょうどこんな感じでね」と告げられた光景では、巨大蔓の猛攻がアカリを襲う。

 これが日常的に行われれば、確かに強くなるだろう。

 けれど、僕が気になったのはそこじゃなかった。


「セイバートゥースの越えた……、先の目的……」


『人を助けたい』。

 口癖のように言っていたアカリに、別の理由があるとするなら一体どんなものなのか。


「アカリちゃんにも、きっとあるんじゃないかな。何かのために必死で戦う……、そんな姿をずっと見てきたから」


 モネフィラさんが見てきたその人物は、きっとローレンツさんなのだろう。

 二人を重ねるモネフィラさんは、確信めいて告げる。

 アカリが望む未来とは。

 思い浮かばない僕は、無表情を貫くだけ。

 けれど今も戦い続けるアカリを、『何か』が支えている。

 それだけは、納得できた。


 × × ×


 ニカッと白い歯を見せたローレンツが仕掛ける。


「《乱舞蔓(らんぶかずら)》!!」

「っ!?」


 ネタが割れた今、ローレンツは太い腕に巻き付いた蔓を隠すことなく、横薙ぎに振るう。

 波打って迫る蔓の群生に、苦渋に染まるのはアカリ。

 ローレンツに張り付いて離れなかった一瞬前から打って変わり、新緑の鯨波に背を向ける。

 再び味わう物量戦法。

 一本一本が意思ある魔獣のようで、迫りくる圧迫感がアカリを苦しめた。


「本当にもうっ! キリがない!!」


 蔓の網目を掻い潜り、斬って飛び跳ねての繰り返し。

 捕まれば、抜け出すのに多くの魔力を消費してしまう。

 ただでさえオーバーフローによる自動回復(オートヒール)で魔力を使ってしまった。

 痛みは消えたが、以前絶望に変わりはない。

 無限に生まれる新緑は、アカリに休息を与えなかった。


「ガハハハッ!! 暗い顔をするな! 俺たちの下に来ればビシバシ鍛えてやるんだ! むしろ、喜べ!!」

「く……っ!」


 この戦いに負けても、アカリ達のセイバートゥースへの道が閉ざされることはない。

 ローレンツたちの下で学び、鍛え、成熟するまで守ってもらう。

 前代未聞の複数ディスターの結び人。

 マコトのことを思えば、悪い話どころか、好条件。

 もはや試験開始前の憤りはない。

 仲間を大切にするローレンツとモネフィラなら、きっと無下されることはないだろうと、アカリの中にも信用が芽生えていた。


(けど、止められないっ!)


 アカリの中で渦巻く衝動。

 マコトと出会ったことで加速していた気持ち。

 セイバートゥースになることでしか叶わない願いがあった。


「私は、私たちの力でセイバートゥースなるだぁ!」


 振り返ると同時に、アカリは背後に迫っていた巨大蔓を焼き払う。

 放つ火炎の斬撃は、追撃すらも斬り伏せる。

 轟音が蔓を制止させ、一時の静寂を作り出す。

 そこに響いたアカリの宣言に、誰もが耳を向けた。


「私たちはなるっ! 何が何でもなってやるっっ!!」


 今は届かないとしても。

 手を伸ばした先にある──『夢』──に向かって。

 セイバートゥースを越えた先にある──『未来』──を望んで。


「──『神獣』──に、私は成るんだぁぁぁぁぁあああああああ!!」


 アカリは、吠えた。


「てぇ~~~っ、りゃぁぁぁぁああああああああああああああああああああっっっ!!」


 次の瞬間、翠光(ライトグリーン)の瞳がかっ開く。

 刀身に烈火が宿る。

 巨大蔓を焼き払う深紅の刀身。

「随分と大きく出たわね……」と苦笑するモネフィラの隣で、同じくアカリの背を見つめていたマコトは、憧憬を思い出す。


「あの時も……、そうだった……」


 今とは違い、まだ【魔法】を持たなかったアカリ。

 けれど、彼女は諦めなかった。

 絶望を前にしても、折れることはなかった。

 アカリという少女は、どこまでいっても諦めが悪かった。

 彼女の向かう先がどうであれ、そこに『人助け』が含まれているなら、ただ寄り添うだけ。

 眺めているだけなんてまっぴらだと、マコトの胸の奥が疼く。


「そう……、ですよね……っ!」

「っ!?」


 それだけに留まらず、マコトの腕の中で藤色の魔力が咲き乱れる。


「サレンも……、最後まで抗います……っ!」


 燃え広がる【炎】の熱に当てられ、一人の幼女も体を震わせる。

 フラフラと、けれど命一杯の力を込めて、サレンは立ち上がった。


「二人で……。いえ……、三人で……」

「……っ」


 振り返って微笑むサレンに、マコトも頷く。


「モネフィラさん……」

「なに?」

「せっかく誘ってもらったのに……。本当に、ごめんなさい……」

「……」

「僕達を派閥に入れたいなら……、無理矢理でお願いします……っ!」


 静かに。

 それでいて力強いマコトの意思に、モネフィラは口を噤む。


「僕達は、──最後まで諦めないっっ!!」


 眦を裂いたマコトも、もう止まらない。

 この場において誰よりも非力な少年までもが、神獣候補に牙を剥いたのだ。

 これ以上引き止めるのは野暮であると、モネフィラは苦笑した。


「ウチこそごめん、見くびってたよ」

「え?」

「諦めの悪さならダルを越えてる。私が見てきた誰よりもね」

「なら、褒め言葉として受け取らせてもらいます!」


 眉を上げたまま半笑いになるモネフィラに、吹っ切れたマコトは拳を胸の前に作っては声を張り上げた。


「行こう、サレン!」

「はい! ──って、……へぇっ!?」


 サレンの手を掴むやいなや、マコトは両手に抱え出す。

 己の胸の中で幼女が顔を赤く染めても、今のマコトは気づかない。


「やってやろう!」

「……ぁ。──はい!」


 羞恥など微塵もないマコトに、サレンもたちまち眦を吊り上げた。


「一つ聞きたいんだけど!」

「何でしょ!」

「サレンの【ステータス魔法】には、付与効果があるんだよね? それって、重ね掛けって出来ないかな!」

「えっ?」


 抱えられているサレンは、視線を下げることなく走り続けるマコトに困惑する。


「二人で……ってのもいいけど。二つの力を、──『一つ』にするんだよ!」

「アカリお姉ちゃんの【炎】に、『毒』を合わせるんですかぁ!?」

「そういう事!」


 再び立ち上がったサレンの気概は大したものだ。

 けれど、満身創痍のディスターが二人になっても焼け石に水。

 ならいっそ、サレンに残っている全ての魔力をアカリに託してしまえばよい。

 一緒に戦うといっても、背中を預け合うことだけが仲間ではない。

 時に頼り、時に信頼する。

 託し、託されでいい。

 そうして掴みとる勝利だってあるはずだと、マコトは『少女』の名を呼んだ。


「アカリ!」

「マコトに……、サレンちゃん……!?」


 近づくマコトたちに、アカリは驚きの声を上げる。

 今すぐ離れて! と叫ぼうとするも、マコトの引き締まった瞳にアカリは口を閉ざす。

 ただの無鉄砲ではない。

 マコトならやりかねないが、自分の無鉄砲にサレンを巻き込むはずがない。

 残された可能性。

 それは打開策。

 一瞥で意思を汲み取るアカリは、マコトたちの下へと足先を変えた。


「いいのか! 背中がお留守だぞ!」


 反撃の手を止めたアカリに、ローレンツはここぞとばかりに畳み掛ける。


「これで一網打尽だ!」


 背後から迫る巨大蔓。

 空まで覆う緑の鯨波。

 駆け寄る最後の数歩を前にして──、


「アカリお姉ちゃん!」

「手を!」

「うん!」

「──ッ!!」


 慈悲なき【魔法】は、マコトたちを飲み込んだ。


「厳し過ぎるかもしれんが、これもいずれは糧になる。絶望だって立派な栄養さ」


 三人を締め上げるかのように、何十という巨大蔓が捻れながら(・・・)を形成する。

 その渦に巻き込まれたサレン、マコト……そしてアカリすら、ぐったりと俯いていた。


「これにて試験終了。結果は『不合──」


 だが、ローレンツの言葉が止まる。


「──ッッッ!」


 遮ったのは、紅紫(こうし)の【炎】。


「なんだ、あれは……? 燃え……、いや、腐食……? ……その両方だと!?」 

「──ッッッッッッ!!」


 禍々しい業火が灯った塔に、ローレンツは驚嘆を上げた。


「二人の【(まほう)】を合わせた……、僕達の技……です」


 風に乗って聞こえるのは、弱々しい少年の声。

 燃えるにしては早すぎる。

 『毒』だとしたら、何故火が灯る。

 まるで溶けるかのように崩れる塔に疑念を抱くローレンツは、悲痛に染まりながら笑うマコトに、瞠目した。


「……僕達は、……最後まで一緒だぁ!」

「──っ!」


 その言葉が、世界を変えた。

 少年の叫びに応えるように、塔から赤い閃光が抜け出す。

 手にするのは長剣。

 灯る【炎】は、紅紫(こうし)

 藤と赤が混ざり合って輝く魔力刀を振りかざした少女は、少年に変わってその名を告げる。



「【混彩魔法(マーブリオン)】──【幽焔(ゆうえん)】ッッ!!」


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