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第15話:【晴れのち涙】

 衣擦れの音が耳朶に触れ、覚醒する。


「…………っ、……んっ」


 声が聞こえる。

 息遣いを感じた。

 朧気な視界を晴らそうと目を擦れば、覗き込む二つの影が近づいていた。


「おはよ。もぅ~、無茶しすぎだよ、マコト?」

「だ、大丈夫ですか……っ、マコトくん……?」


 目を覚ました僕に、嘆息を吐いたのはアカリ。

 泣き出しそうに問いかけたのはサレン。

 体を起こすのに合わせ、昨夜の記憶が脳裏を駆け巡る。

 誰と会い、何があり、意識を失う羽目になったのか。

 薄暗くも橙黄色が映えた夜の街から、陽光差し込む昼間の寝具(ベッド)に景色が変わっているあたり、僕は長い時間眠っていたのだろう。

 その間、どれだけ心労を掛けたのか。

 二人とも頬に服の皺を作っている。


「…………二人とも…………、その……心配かけてごめん……」


 そんな姿に、気づけば謝罪を述べていた。


「おや? 目を覚ましたんだね」

「ルーヒットさん……」

「具合はどうだい? 一応、サレンが治癒魔法をかけていたから大事はないと思うけど」

「そうだったの?」

「はい……。傷という傷は無かったのですが……、話を聞いたら居ても立っても居られなくて……」

「ちなみに、倒れたマコトを見つけたのは私だからね? いくらなんでも遅いと思って探しにいけば、騒ぎの中心でマコトが倒れてるんだもん。イヤなんでよ!? って言いたくなっちゃったよぉ~」


 気を失ってからのことを思い思いに語る3人は、呆れつつも、最後は肩を竦めて笑い合う。

 どうやらアカリが僕を見つけたのは、倒れた直後のことだったらしく、一部始終を屋台の店主から聞いたらしい。

 見ていた人は多かったし、店主さんの主張が受け入れられ、街の治安維持を担う役職である『兵士団(ヴァルガード)』によって、冒険者に非があると結論付けられた。

 これが意外とよくある話らしく、呆れた『兵士団(ヴァルガード)』の調べも程々で済まされたとか……?

 結局大事としては扱われず、僕は勇気ある行動を取ったヒューマンということで終わった。

 よって僕が話したことといえば、仮面の少女くらいだった。


「結局、その仮面の白狐獣人(フーリー)さんは何がしたかったんでしょ……?」

「うーん? ……僕にもあまりわからないんだよね」


 ──『先んじて申したように、(わたくし)が力を貸すのは、貴方様の武勇に敬意を払っているからです。そのお心を(わたくし)自ら汚すような真似はしたくない』──

 ──『勇気……。それが、僕に力を貸す理由?』──

 ──『えぇ、そうですよ』──


 困惑に染まるサレンの問いに、僕は少女とのやり取りを思い出す。

 僕の行動が、彼女の琴線に触れた。

 興が乗ったから力を貸してくれた。

 そんな風にしか思えず、少女の真相を探るのは不可能だろうと、首を傾げる。

 ただ、助けられたはずなのに、胸のざわつきだけは消えてくれなかった。


「ルーヒットさんは何か知りませんか?」

「すまない……。僕もお手上げかな」

「……そうですかぁ」


 結局収穫なしかと、嘆息が溢れる。

 そんな中、一人だけ難しい顔をしていたアカリは眉間に皺を寄せて腕を組む。


「だ、大丈夫……アカリ? 何か思い当たることでもあるの?」

「う~~~っん! うぅ~~~~~んんっっ! ……うん、無理っ。何も分かんない!」

「……」


 頷き一つで吹っ切れたアカリの澄んだ瞳に未練はなく、あまりの清々しさに僕は言葉を失ってしまった。


「ひとまず話し合いが終わったなら朝食にしよう。特にマコトはお腹すいているだろうからね」

「あ、そっか。僕、夕飯食べ損ねたのか」


 ルーヒットさんの言葉を締めくくりに、僕の胃腸がけたたましく活動を始める。

 都市ウィネーブルで迎える朝も、青空と陽光が織りなす爽やかなものとなったのだった。


 × × ×


 昼前の日下。

 朝食を終えて程なく、僕達は街へと繰り出した。

 昨夜と同様に活気ある街並みに心惹かれつつも、逸れないようにアカリの背に続く。


「まだ人混みが続きそうだけど、サレンは大丈夫?」

「マコトくんこそ無理していませんか……? 昨日の今日なのに……」

「そのことについては本当にごめん……。でも元気なのは本当だよ? サレンのおかげだよ」

「そうですか……。違和感があったらいつでも言ってくださいね?」

「あはは……」


 絶対納得していないんだろうな……。

 優しさの中に、ほんのり怒りが混ざった声色に、僕は苦笑を溢す。

 覆頭(フード)で見えなくても、細く閉じた金眼に睨まれている気がして、すぐ隣を歩くサレンを見られずにいた。

 そんな僕たちの三歩先行くアカリは、軽快に鼻歌を奏でる。


『大事を取って、協会に行くのは明日にした方がいいかもね?』

『ですね。マコトに無理はしてほしくないですし……』

『っ!?』

『……アカリ? まさか行くつもりだったのかい?』

『いやいやいや!? やめてよルーヒットぉ~。わ、私だってマコトが心配なんだよ!? そ、そんな無理に行こうだなんて、全く! 微塵もっ! い~~~っさい、考えてないけど!? でも……、そ、そう……、だよね……。別に……協会には、いつでも……行ける……もん…………、ね……っっ』

『……アカリ』


 言葉とは裏腹にみるみる萎れていくケモ耳に、僕の罪悪感は増していった。

 悲しむアカリを見たくなくて、僕が『絶対に無理をしない!』と懇願すると、サレンとルーヒットさんは折れてくれた。

 もちろんアカリも止めていたけど、尻尾はブンブン揺れ、口元は笑みを抑えようと痙攣する始末で、全く説得力はなかったけど……。

 アカリは陽気に歌い、サレンは頬を膨らませる。

 そんな乱れた感情の理由は、今朝の一幕にあったのだった。


「さぁ~、お待たせしました! 二人とも、目的地に到着だよ!」

「っ!? これが……っ」

「そう! 『ディスター協会・ウィネーブル支部』っ!」


 両手を腰に当てて天上を仰ぐアカリにつられ、僕も視線を上げる。

 建物全体が蒼色に塗装され、5つの円柱を有する建造物。

 塔に飾られるのは、黄金に輝く象徴(シンボル)

 尾を生やす女性と、両手を広げる男のヒューマン。

 空から降ってきた女性を受け止めようとしているのか?

 続きがあるなら、次の瞬間には抱き合っているのだろう二人が描かれた絵が、僕らを出迎えた。


「準備はいい、二人とも?」

「あ、うん……。……大丈夫」

「サレンも平気です……!」

「じゃ、行こう!!」


 振り返って尋ねるアカリは、僕らが返答するやいなや、一瞬の間を置くことなく扉を開ける。

 開放の勢いは部屋全体を構成する白の大理石に響き、琥珀色の輝きを放つ照明(シャンデリア)を揺らす。

 行儀としてはあまり良くなかった気もするが、協会に押し入った僕たちに投じられた声は、穏やかな物だった。


「──ようこそ、ディスター協会ウィネーブル支部へ」


 僕らのいる位置とは真反対。

 接卓(カウンター)越しに頭を下げる女性に目を付けた僕たちは、示し合わせたように歩み出した。


「本日要件を伺う、リエ=ロバーナと申します」

「あ、えっとぉ……。カガヤ・マコトです」


 外装と同じように蒼色に染められた修道服のような衣装を纏う女性は、頭を下げたまま名乗る。

 その深々と下げられたお辞儀につられ、慌てて名乗り返せば、


「ふっ!」

「?」


 なんだか笑われた気がした。


「はーい! 私はアカリですぅ~!」

「サレン=ネーゼ……です」


 続く二人も名を名乗る中、女性は顔を上げようとしない。

 重なる違和感に、僕は首を傾げる。


神命(オラクル)の申請ですか? それとも──」


 けれど視線が重なった瞬間、僕は驚嘆を上げていた。


「──私に会いに来たのかな…………、旅人君?」

「なぁっ!?」


 ピョコピョコ動くケモ耳。

 腰から生える細い尻尾。

 まるで別人のような佇まい。

 それでも脳裏に焼き付いた猫獣人(ケープテート)の店員さんの相貌に、僕は全身を跳ねらせた。


「て、店員さん!?」

「やぁ。まさか君とこんな所で会うとは思わなかったよ」

「それはこっちの台詞というか。なんでここに……?」

「掛け持ちさ。毎月毎月金払いが遅くて困っててねぇー」

「そう、なんですね……。結構繁盛してたから、儲かっているものかと……」


 異世界にもブラック企業のようなものがあると思うと、切なさがこみ上げる。

 最初に見せてくれた煌びやかな作法は失われてしまったが、昨日の店員さん…………ロバーナさんを知っている分、僕としてはこっちの方が話しやすかった。


「お知り合い?」

「あ、うん。……ちょっとした縁ってやつ、かな?」


 気づけば前に飛び出して話していた僕に、アカリは首傾げた。

 そういえば僕が怪我を負った経緯は話したけど、ロバーナさんの店で働いたことは言っていなかったなと、無理矢理一言でまとめた。


「まぁ、私の話はいいからさ。君たちこそ今日はどうしたの? やっぱり神命(オラクル)の申請?」


 キョトンとしてしまったアカリに微笑みを向けながら、ロバーナさんは本題へと話を戻した。


「いえ。その、……ディスター登録? ってやつで来ました」

「本当にっ!? それはおめでとう!」

「あ、ありがとう……ございます……」


 胸の前でパンッと手を叩き、嬉々とした表情を見せるロバーナさんに、僕は後頭部に手を当てた。

 どこに行ってもみんな祝い事のように喜んでくれるなぁ。

 特段なにかしたわけではないけど、やはりおめでとうと言われると照れてしまう。

 恥ずかしさを込み上げる僕に、続くようにロバーナは尋ねてきた。


「それで? どっちが旅人君の相手なの?」

「……え?」

「だからさぁー。君の相手は二人の内どっちなのかなってさ?」

「あ、ははぁ……」


 僕の後ろで、控えるようにして立つアカリとサレン。

 二人に視線を向けてから尋ね返すロバーナさんは、なぜか小声で、ニマニマと頬を緩める。

 まるで恋バナを聞き出そうとする姉貴分のように、「ほれほれぇー!」っと、胸をつつかれるが、僕は苦笑を浮かべ、一拍置いてから口を開いた。


「二人ともです」

「………………え?」

「いや、そのっ。二人とも…………僕のディスターなんです」

「………………んんっ!?」

「本当なんですよぉ!!」


 引きつった笑みは次第に歪み、妄言を吐いているとしか思えないとばかりに顔を青くするロバーナさんに、僕も負けじと食い下がる。


「にわかには信じられない……。…………ていうか、聞いたことがない……」

「でも、マコトは私の結び人で間違いないよ? そのおかげで今生きていられるようなものだし」

「サ、サレンも……マコトくんが結び人じゃなかったら、今頃どうなっていたことか……っ」


 口元に指を当て、眉間に皺を寄せるロバーナさんは、記憶の海から前例を引っ張り出そうとするも、不発に終わったようで。

 ロバーナさんの奇怪な瞳に、アカリとサレンはこれまでの経緯を話し始めた。

 このことを伝えたのはサレンの両親、ルーヒットさん、ロバーナさんで四人目。

 まだまだ聞き込みをした人数が少ないけど、ディスター協会の人間であるロバーナさんが知らないということは、この世界で僕たちが特異的であることを示すには十分。

 そしてこの世界の人間じゃない僕だけが考えられる可能性。

 つまり、この現状は異世界転移者である僕が関わっているから生み出されたということ。


(とりあえず、転移者だって話はまだ伏せて置こう……)


 事実と憶測を隠すことを決め、僕はアカリ達の会話を見守った。


「まぁ。ここで言ってても仕方ないし、見てもらうのが早いだろうね」

「見てもらう?」


 両手を上げ、辟易して匙を投げるロバーナさんの言葉に、僕だけが疑問を浮かべていると、肩を叩かれた。


「私たちが目指しるセイバートゥースもそうだけど、ディスター登録ってセイバートゥースの監視の下行われるんだよ」

「ほぉ」

「実技試験があってね、合格すればセイバートゥースの仲間入りってわけ!」

「試験、か……。ルーヒットさんに剣を用意して貰ってたみたいだけど、使い慣れてない奴で大丈夫なの?」


 セイバートゥースを目指していただけあって、アカリは鼻高に語る。

 その試験の内容はわからないけど、言葉の堅苦しさに僕は自然と忌避感を抱いていた。


「合格基準はセイバートゥースに委ねられるらしいけど、組み手をして実力を確かめるのが多いみたい」

「組み手……。当然といえば、当然か……」


 セイバートゥースは、神命(オラクル)という危険な任務を課せられる。

 実力の無い者に、セイバートゥースの名は語れないと言うことだろう。

 けれど、合格基準がセイバートゥースによって異なるっていうのはどうなんだ?

 不安要素に苦悩を浮かべつつも、もっと不安である存在へと僕は視線を下げた。


「その、サレンは大丈夫……?」


 組み手と聞いて真っ先に浮かんだ危惧の先。

 荒事に向かないサレンを見つめ、僕は問いかけた。


「そのことなんですけど……」


 瞳を細めて尋ねた僕に、サレンは少し気まずそうに顔を上げた。


「サレンは試験を受けるのを控えようと思ってます」

「そ、そうなの……!?」


 尋ねておいてなんだけど、試験を辞退するというサレンの判断に、僕は言葉を詰まらせた。


「昨日ルーヒットさんが、『ディスターも必要に応じてセイバートゥースと行動を共にする』、と言っていましたよね?」

「そうだね。それが協会からの保障を受ける条件だったはず……」

「ですので、サレンはアカリお姉ちゃんの補助役として神命(オラクル)に参加すべきだと考えたのです」


 きっと迷いながら出した結論なのだろう。

 村を出る時はセイバートゥースになると意気込んでいたのに、前言撤回。

 後ろめたさでもあるように苦笑するサレンに、僕は返す言葉が見つからなかった。


「サレンには、まだセイバートゥースになる資格がないと思っています。……ついこの前まで引きこもっていたわけですから、腕前はからっきしです。そんな中、もしサレンとアカリお姉ちゃんにそれぞれ神命(オラクル)が通達されたらと思うと……」


 尻窄む言葉が、意味するのは自信の無さだろう。

 村に魔獣が押し寄せたあの日。

 ディスターとして覚醒したサレンによって、魔獣の半数は撃破された。

 けれどセイバートゥースになるなら力不足だと、サレン自身が感じてしまったのかもしれない。


「サレンは一人じゃ何もできません……。けど、マコトくんとアカリお姉ちゃんがそばにいるのなら、サレンも強くいられる。役に立ちたいって思えるんです!」

「……サレン」


 俯いた顔を上げ、決意を浮かべる。

 その小さな体から湧き上がる勇士に、僕は感嘆を漏らしていた。


「私は賛成! サレンちゃんにならマコトを任せられるし、私たちは一緒にいるべきだよっ!」


 歓迎とばかりに同意するアカリは、屈託のない笑みを浮かべた。


「話がまとまった所で悪いんだけど、今日は試験受けられないのよね……」

「えっ!?」


 苦々しい顔つきで述べたロバーナさんに、いち早く反応したアカリの驚嘆が部屋に響いた。


「ごめんね。都市のセイバートゥースは出払ってて、一人もいないのよ。試験をしてもらうなら、誰かが帰って来てからじゃないと、……ねぇ?」


 どうしようもないと言外に告げながら、同意を求めるロバーナさんが苦笑する。

 その衝撃に耐えられなかったのか、アカリは倒れるように接卓(カウンター)へと頭を乗せた。


「うぅ……。でも、そっかぁ……。仕方ないもんは、仕方ないんだよねぇ……」

「……っ」


 アカリの流す涙が、接卓(カウンター)にぽつぽつと落ちていく。

 その落ち込みようは今朝よりも酷い。

 が、こればっかりは本当にどうにもならないだろう。

 無理をすれば、気合でどうにか、って次元ではない以上引き下がるしかない。

 意気揚々としていたアカリも流石に諦めたようで、トボトボと歩みを始める。

 そんな悲しい背中を見つめる僕とサレンは、二人してなんともいえない表情で顔を合わせた。

 ──だったのだが、



「──ガハハ!! そんなにやる気があるなら、俺が直々に試験監督を務めようっ!」 

「「「っ!?」」」


 突如協会内に響き渡った哄笑に、僕達は一斉に振り返る。

 出処は、接卓(カウンター)奥。

 上階へと続く、階段。

 明らかに一般人が近づけない雰囲気を放つ階段から、二つの足音が鳴り響く。


「ちょっと? いきなり大声出さないで、っていつも言っているでしょ? アンタの隣にいると鼓膜がいくつあっても足りないわよ」

「ガハハ! 慣れろ! 俺に言えるのは、それだけだぁぁぁぁっ!」

「はぁー……」


 照明(シャンデリア)の下に現れる、二人の影。

 満面の笑みの巨漢に、頭を抱えた細身の女性。

 彼等は一体何者なのか?

 そんな僕の疑問は、


「……『神獣候補』……っ」


 アカリの呟きに払拭されるのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


セイバートゥースを懸けた試験。その前に立ちはだかるのは、まさかの『神獣候補』!?

これまでマコトにばかり災難が降りかかっていましたが、次はいよいよアカリの番です。

彼女がどんな戦いを見せてくれるのか、そして『神獣候補』が課す試練とは一体何なのか?

続きが気になった方は、ぜひ次の話も読んでいただけると嬉しいです!


ブックマークや応援コメントを頂けると、創作の大きな励みになります。

これからもよろしくお願いします。

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