第13話:【狐の面】
「さっきからーぁ、ケチくせぇーな! だぁーれのおかげで、働けてると思ってんだ?」
「も、もう十分だろ……っ! いい加減にしてくれっ!?」
帰り道を急いでいた所に、蛮声が耳朶を打つ。
呂律が回っていないのか、聞こえる声には知性を感じない。
「?」
通りに作られた人垣の方へ近づけば、不安げな視線がある一点に注がれる。
その視線を追えば、行きつくのは一つの屋台だった。
「命がけで依頼してやった俺に、ちょいと料理をふるまうこともできねーのか?」
「さっきだって食わせただろ……っ!? それに、報酬だって渡してるんだ……。そんな一方的な話があるもんか……!」
香ばしい匂いを漂わせる屋台で顔を引きつらせる男性に、足元をふらつかせる巨漢が詰め寄る。
一触即発の雰囲気でありながら、そうはならないと誰もが思う。
「はぁーぁ、これだから一般人は……。冒険者の苦労をわかろうともしねー」
肩を落とした巨漢から、重層の鎧がカタカタと音を立てる。
さらに体格に恵まれた大男が背負うのは、自身を超す2メートル越えの大剣。
暴力に踏み込まれたら、店も、男性もタダでは済まない。
抵抗を見せつつも、どこか及び腰の店主からまた一つの汗が頬を流れた。
「まったくっ…………少し、わからせてやろうか?」
「くっ……!?」
背負っている大剣に手を掛け、声を低めた大男の視線に、店主は奥歯を噛み締める。
けれど長くは続かず、力を抜いたように男性は茫然と立ち尽くした。
「わかった……。これで最後にしてくれ。あんたみたいな奴がいると、客が減る……」
「へへっ。ならせめて、店の評判でも広めてやるよ」
「余計なことをするな……!」
顔を赤くして、下卑た笑みを浮かべる大男に、店主は俯きながら串肉を焼き始める。
店主の泣き寝入りではあるが最悪の事態は避けられたと、安堵した観衆は散り散りに。
一層香ばしくなる匂いに反して、客足は遠のいていく様子に、僕も心が締め付けられた。
「ほら、出来た……。頼むから早く消えてくれ」
「おおー! これだ、これっ! それじゃ、また依頼が出るのを楽しみにしてるぜー」
袋に詰められた串肉を渡された巨漢は、嘲笑を轟かせて屋台を後にする。
賑わう通りにポツリと出来た無人店で、店主は顔を覆って座り込む。
力に物を言わせる悪辣な冒険者はどこにでもいる物だと、再び消えた大男の背を向いたところで、僕は全身に電気を走らせた。
「──っ!」
「な、なんだいっ!?」
声を発する余裕もなく、店へ疾駆する。
そんな僕に、店主は顔をぎょっとさせる。
だが、説明している暇はない。
僕に出来たのは、ただ一声。
「伏せて!!」
「うぉっ!?」
体当たりとも言える勢いで、店主を屋台から引き剥がす。
次の瞬間、
「──っ!!」
瓦解音に後押しされながら、道端へと突っ込んだ。
「おい!! てめえー、どういうつもりだっ!!」
急とは言え、下敷きにしてしまった店主の安否も確認できず、僕は怒声の方へと目を向けた。
串肉を焼く鉄板を破壊し、振り下ろした大剣を地面に食い込ませる。
酔いとは違い、怒りで顔を赤くした巨漢は、唾を飛ばして怒号を吐いていた。
「舐めたことしやがって……っ。俺に生肉食わせやがったな!!」
串肉の詰められた袋を叩き付け、男は大剣を担ぎ直す。
けれど、大男の言うような生肉ではなく、袋から飛び出した串肉には焼き目がついている。
「ひぃっ、うー」
酔いの証拠にしゃっくりを鳴らす巨漢は、明らかにいちゃもんを付けていた。
それが嫌がらせなのか、本心から思っていることなのか。
どちらにせよ、店主に非はなかった。
「大丈夫ですかっ!?」
「あ、あぁ……。俺の、店が……」
倒れ込んだ体を起こして尋ねれば、目を開いた店主は口を痙攣させ、固まった。
屋台の木材に引火し、燃え上がる。
周囲も大声で騒ぎ出す中で、切りかかってきた重装備の男よりも、自分の屋台が燃え広がる光景に、店主は涙した。
「くっっっ! あんた、何やってんだっ!!」
腹の奥が熱く、喉は焼けた。
声を張り上げても収まらない怒りで、気づけば眦を裂いていた。
「うるせー、ガキだなー。急に湧いてきやがって……。息子か、なんかか?」
「いえ、違います……」
「なら失せろっ! 世の中、やっちゃいけねーことしたら落とし前付けるのが常識なんだよ。ガキが口挟むんじゃねーっ!!」
「くっ!」
冒険者の暴論に、ただただ怒りが込み上がる。
「客をバカにするから、こうなるんだぁー、よっ!」
「あっ!?」
再び大刃の餌食となった屋台は、ついに修復不可能なほどに原形を無くす。
それは二度で済まされることなく、何度も何度も行われようとしていた。
「やめてくださいっ!」
「邪魔くせーっ!!」
「うっ!?」
振り下ろされた男の腕に掴みかかるが、見た目通りの怪力にあっさりと振りほどかれ、店主の元へと逆戻り。
止まらない破壊行為に、誰もが茫然と見守ることしか出来ずにいた。
その時、
「──そうですか? 私はおいしいと思いますよ?」
くぐもった声が、僕たちへと投げかけられた。
「……ぁ」
橙黄色の街灯の下に晒される、白銀の長髪。
地味な色合いでごった返す街の中で、白の着物を纏った人物。
少し動けば白い太ももが露わになるほど裾は短く、煌びやかなに佇む姿は、誰の目から見ても秀麗なことだろう。
「……っ、……っ」
大衆の視線を一手に集めながら、巨漢が叩きつけた串肉を頬張り続ける。
誰もが息を飲んで静止する中、狐の面をした少女の咀嚼音だけが小さく流れる。
「ごちそうさまでした」、そう告げた少女は、髪と同じ白銀の尻尾を揺らし、言葉を続けた。
「さて、食べた分のお礼はしないといけませんね」
厚底の下駄がコツコツと音を立て、少女の接近を知らせる。
「おい、白狐獣人のお嬢ちゃんよ。今は大人の時間なんだよ……。そこのガキみたいに出しゃばらねーでくれるか?」
「……君、いいから下がりなさい!? 来ちゃだめだっ!」
巨漢の気だるげな忠告も、店主の必死な警告も、獣人の少女は意に返さない。
まるで決められた道でもあるように、迷いなき歩みが続く。
「え……っ、えっ!?」
その終着点が、僕であったことに驚嘆を上げてしまう。
「貴方、名前は?」
「カガヤ・マコト、……です」
しゃがみ込んだ狐の面の少女は、僕へと顔をぐっと近づける。
顔は見えていないというのに、頬が熱い。
流麗な白銀の髪を見るだけで、胸がざわつく。
突然の闖入者を相手に何を考えているのかと自責の念に駆られながらも、冷たく透き通る声に逆らうことが出来なかった。
「では、マコト様。そこの不届き物をこらしめなさい」
「……えっ」
「最初に動いたのはマコト様ですから。敬意くらいは払いましょう」
彼女には、巨漢の姿が見えていないのではないか。
そんな疑念が湧いてくる。
今し方吹き飛ばされた僕が、この大男を倒す?
もちろん、そうしてやりたい気持ちは十分にある。
どんな人であろうと、困っているなら助けたい。
だから、僕はこの街に来たんだ。
アカリの望みに寄り添い、サレンの決意に負けないように。
僕だって、自分の力で誰かを助けたい。
けれど……。
「聞き間違いかぁ~? ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃなに言ってやがる? もっとはっきり言ってみろよ? なぁ! 俺をどうするだってぇ~っっ!!」
「……っ!」
酔っていたとしても、この男を倒せる未来が見えず、僕は尻を付いたまま拳を握った。
「悔しいなら立ちなさい。今更怖気づいてどうするのよ?」
「っ!」
くぐもった声を落としながら、少女が立ち上がる。
再びコツコツと下駄を響かせながら、少女が向かったのは店主の下。
未だ座り続ける僕の背後で、店主と共に離れる。
一体何がしたいのか。
僕と巨漢を戦わせようと、少女は場を開けたのだった。
「もう一度言います。貴方が倒しなさい」
「本気……?」
「えぇ。貴方の意思を尊重したいので」
「っ! ぅ~~~~っ!! もう、どうにでもなれっ!!」
屈した理性を払いのけようと、頭を掻きむしる。
(魔獣に殺されそうになった時よりはマシ! …………そう、思うしかない……っ!)
運がよれば半殺しで許されるだろうと、破れかぶれに立ち上がった僕は、不細工にも構えを作った。
「それでいいのです。でなければ、──力を貸すにも値しない」
一体何様なのか。
およそ女の子には向けてはいけない黒い感情を腹の底に抱えつつ、視線は巨漢へと向ける。
その直後だった。
「え? ……これって」
白の光粒に、包まれた。
ここまで読んいただき、ありがございます。
弱いのに、つい体が動いてしまう。
そんな主人公らしい行動をマコトがしてくれるのは、書いていてとても楽しい回でした。
これからどんどん成長するだろうマコトが楽しみでもあり、次回はどうなってしまうのか!?
続きが気になった方は、ぜひ読んでみてください!
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