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第12話:【神様にもっとも近い人】

「えーっと、次を右に曲がって──、うわぁ~っ!」


 再び街へと繰り出した先で、自然と笑みが溢れた。

 右を見ても左を見ても知らないヒューマンと、獣人たち。

 異世界に来て初めての一人時間。

 知らない世界に迷い込んだ恐怖を抱きつつ、それでも期待感に口端を吊り上げた。


『しまった……。材料が足りないや』


 夕食をご馳走になろうとした僕たちに、ルーヒットさんが渋い顔を向けてきたのが、つい数分前のこと。


『ごめんよ、アカリ。今から買い出しに行くから武器の調整は朝一にしよう』

『そ、そんなぁ~……。なら、協会に行くのは延期かなぁー……』


 申し訳なさそうに瞳を細めるルーヒットさんに、アカリはしょんぼりとケモ耳を垂らした。

 さすがに新しいものを作るには時間が足らず、既存の剣で代用することになったのだが、使い慣れないものを持って行っても仕方ない。

 出来る限りの調整を済ませて協会に行くというのが、話し合いの結果だった。

 そもそも報告しに行くのに、剣が必要な物なのかもわからないけど。

 どのみち悲しみに暮れるアカリを見ているのは、僕としても気分がいいものではなかった。

 そこで僕が一役買うことにしたのだ。


『なら、僕が買って来るよ。ちょうどいろいろ見て回りたかったんだ』


 アカリとルーヒットさんに心配されながらも、手書きの地図を貰った僕は買い出しのために街へと繰り出したのだった。


「にしても、この通りも人が多いな」


 地図に沿って進むと、雑貨品店は消え、飲食店を始めとした食品類を扱う店が中心になった。

 屋台では軽食を売っていたり、テラス席では豪快に酒を交わす者がいたり、なんとも賑やかなものだ。

 その中にはヒューマン、獣人関係なく防具を纏った集団がいる。

 アカリも軽装に剣を持っていたし、彼らが同じ冒険者であるのは疑いようがなかった。


「……すみません。ここに書かれた食材を買いたいんですけど」

「毎度っ! ……ふむふむぅー。ちょっと待ってな、今持って来るよ」

「あ、ありがとうございますっ」


 目的の店に着くと、ルーヒットさんがくれたメモをそのまま渡した。

 気の良さそうな獣人の女店員さんはメモを見るなり店の食品を集め始めくれて、ホッと胸を撫でおろす。

 書かれた文字を読めても、文字の意味を知らなきゃ買い物は出来ない。

 買い出しを申し出ておいて、思わぬ弊害に当たったがなんとかなりそうだ。


「これで全部だけど、ちゃんと持って帰れるかい?」

「そ、そんな(やわ)な男に見えますか……?」

「なんだか不安そうな顔してたから、つい心配になっちゃってさー。こんなに盛り上がってんのにそんな辛気臭い顔するもんじゃないのっ!」

「……っ、っっ」


 な、なんて格好をしているのか……。

 まだ20代くらいだろうに、肌着(タンクトップ)一枚で動き回るせいで店員さんの立派な双丘が揺れに揺れる。

 集めてくれた食材を台に下し、僕の肩をバシバシッと叩く今も連動してしまい、こちらとしては目のやり場に困る始末。

 思わず口ごもってしまった僕に、店員さんは「ニャ?」と吐息を漏らす。

 そんな彼女をよく見れば、頭からは三角の耳が生え、尻尾は細く長い。

 おまけに語尾に「ニャ」と付くのであれば、この人はきっと猫の獣人なんだろう……。


「はぁー……」

「え? 何そのため息? なんかよくわからないけど、カチンッときた」

「い、いや!? 他意はないです!?」


 男勝りに腕を組み、片眉を釣り上げた店員さんに、僕は慌てて両手を振る。

 愛嬌があることでお馴染みの猫獣人(しゅぞく)なだけに、もっと可愛らしい服を着てほしかった……。

 とても口には出せない願望を、僕は嘆息と共に吐き捨てた。


「盛り上がってるってことは、祭りでもあるんですか?」

「少年って、もしかして旅の人?」

「はい。今日来たばかりですけど……」

「あー、なら知らなくても仕方ないか」


 賑わう街並みへと振り返り、笑みを見せる住人たちに首を傾げれば、店員さんの細くてしなやかな尻尾が揺れていた。


「もうじき決まるらしいのよ」

「何が?」

「この都市を担う──『神獣候補』──だよ」

「……『神獣候補』?」


 僕が眉間に皺を寄せて聞きかえれば、女店員さんは、「噂だけどね」と、微笑んだ。


「それじゃ、全部で3800ルジェネになりまーす」

「あ、はい……」


 良い所で話が終わった気がして悶々とするが、僕の後ろにも食材を求める人たちの列ができ始めている。

 心残りを感じつつ、会計を済ませようとポケットに手を入れたところで、僕はあることを思い出す。

 この都市に来るまでに、お金の使い方については教えてもらった。

 だから払い方がわからないなんてことはない。

 足し算引き算と、硬貨の値打ちがわかれば理解に苦しむことはないのだが。

 肝心なそのお金を預かってくるのは…………、完全に忘れていた。


「えっと……、その……、なんと言うか……。…………ははっ」

「……ねぇ、少年。その乾いた笑い方はなにかな? 私は一度だって面白いことを言ってないんだけど?」

「そうですよねぇー……」


 額から流れる冷たい汗に合わせ、顔色も青くなる。


「すみません! お金忘れたので取ってきますっ!!」


 速攻頭を下げ、家に帰ろうと振り返る。

 片足を上げ、いよいよ駆け出そうとしたところで、僕の腕が掴まれた。


「いいよ、少年。食材はタダでくれてやる」

「え?」

「いやぁ~、見ての通り忙しくてねぇ~。代わりと言ってはなんだけど……」

「っ!?」

「────体で払いな……」


 拒否した瞬間、殺される。

 冷え切った猫耳店員の笑みに喉を鳴らす僕は、次の瞬間には首を縦に振っていた。




「ほら少年っ。品出しが遅いとお客さんが買えないよ!」

「はいぃぃぃぃっ!」


 僕をお客さんとして接してくれていた時ような気の良さは完全に無くなり。


「これくらい一気に持ってるでしょ、男なんだから」

「さっき軟弱扱いしてたのにっ!?」

「そりゃ、聞き間違いだよ。少年は出来る。さぁ、一度に10箱持っていきな」

「無理ですっっっっ!?」


 見たことない果物箱を、腕に収まらないくらい乗せられ。


「もう少しで……、終わりも……、見えて……、──まだまだお客さんいるっ!!」


 一時間とはこんなにも長いものだったかと、重労働が僕を休むことなく蝕んだ。


「がはあっ! これがっ……、最後のっ……、トマネ……、です」

「ほいほい、お疲れ様。頑張ったじゃない」


 実が赤く、黄色いヘタが付いた野菜、『トマネ』を並べ終え、僕は床に這いつくばる。

 そんな僕の頭をポンポンと叩く店員さんに慰労を告げられ、労働は終了したのだった。


「最近本当に忙しくてねー。人出が足りないんだよ。少年このままここで働かない?」

「いえ、結構です……」

「そう。ざぁーねんっ」


 僅かに顔を上げた先で、店員さんは不貞腐れたように肩をすくめる。

 店員さんには悪いが、さすがにやっていられない。

 ここで働くと言い出せば、セイバートゥースを目指すアカリがなんて言い出すことか。

 真っ赤な髪を炎に変えて、僕を強引に連れ帰る未来が見えてしまった。


「ここ忙しすぎですよ……。お客さんの数も多いし……」

「そりゃスタンスト国第二の都市である『神候都市』だからね」

「『神候都市』……? そういえば、さっきも『神獣候補』がどうとかって言ってましたよね?」


 夕飯前の買い出しを終えた食品店からは客足が離れ、他の店員さんたちも酷使した腰や肩の柔軟(ストレッチ)を始める。

 けれど飲食店からの喧騒は止む素振りがない。

 忙しなく動き回る給仕(ウェイター)を思うと、まだこの店のほうがマシとも思える。

 小休憩を兼ねてなのか、猫耳店員さんも一つ伸びをすると僕へと向き直した。


「ウィネーブルは『神獣候補』を、未来の『神獣』様として養うために据える都市。だから、『神候都市』なんて呼ばれてるのさ。勉強になったかな、旅人くん?」

「は、はぁー……」


 片目を瞑って笑う店員さんには悪いけど、そもそも『神獣』がなんなのかわからない僕は、困惑させられるだけだった。


(常識知らずと思われても、聞くしかないよね?)


 聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥と言うし。

 何でもかんでもアカリ達に聞いていては、いよいよ何も知らない僕のこと怪しむかもしれない。


「……っ」

「ニャニャ?」


 次いつ会うかわからない店員さんになら、多少常識を疑われても問題はない。

 難しい顔をする僕を案じてか、猫耳を揺らした店員さんが近づいたのを機に、話を切り出した。


「あの…………『神獣』って一体何なんですか?」

「え……?」


 正座に座り直した僕に、店員さんは唖然とする。

 やはり、一般常識だったようだ……。

 気まずさを覚えながらも、僕をまっすぐ見つめていた店員さんは、徐々に口端を上げ始めた。


「そうだなー。じゃ、もう一時間働いてくれたら教えてあげるよ?」

「うっ!? ……わ、わかりましたっ」

「ウソウソっ、冗談っ! でも、旅をするならもう少し勉強頑張らないとねー。知識のないまま旅をするのは危ないよ?」

「それはほんと、努力します……」


 自分からしているとはいえ、正座して項垂れる僕は、まるで説教されているみたい。

 他の店員さんや、お客さんからの同情の目も集まり始め、このままでは店の風評被害になりかねない。

 サッと立ち上がった僕は、持ってきたトマネを何気なく店員さんと一緒に並び始めた。


「『神獣』様は世界に8人いらっしゃってね。国の第一都市である『神獣都市』を治めている方たちのことを言うのよ」

「第一都市が『神獣都市』で、第二都市が『神候都市』ですか……」


 静かに呟いた僕の言葉に、店員さんは「そうそう」と頷いた。

 神っていうくらいだから何者かと思えば、要はこの世界での『王様』の地位が『神獣』に当たりそうだ。


「じゃ、さっき言ってた『神獣候補』を養うっていうのは?」

「『神獣』様たちは、自分に仕えるセイバートゥースの中から『神獣候補』っていうのを決めるの」

「セイバートゥースから……」

「うん。そして『神獣』に選ばれた計8人の候補者は、5年に一度行われる『下剋上』にて競い、勝ち残った一人は『神獣』様に決闘を申し込める。そして──」


 遠くを見つめるようにして作業の手を止めた猫耳店員さんは、ここが注目点(ポイント)と言わんばかりに人差し指を立てて、言葉を強調した。


「勝てば、──『国を奪える』」

「っ!?」


 思いもよらない言葉に目を見開くと同時に、どこか納得してしまう。

 ヒューマンに扱うことの出来ない魔力を宿す獣人たち。

 力ある者が都市を統べ、国を統べる。

 最終的には、国盗りまで行われる始末。

 『弱肉強食』。

 まさに、獣たちの世界だと。


「『神獣候補』が都市を管理するのは、言わば予行練習。新しく『神獣』に成り代わっても、その国の住民が不満を持たないようにするために、運営力が必要だからね」

「な、なるほど……」


 規模の大きい話に圧倒され、顔が強張る。

 アカリが目指していたセイバートゥースは、ただの慈善団体ではないのだろう。

 この異世界の政治的問題に関わり、国を成り立たせる大きな歯車なのだと理解した。


「まぁー、そうは言っても、国盗りが行われたことなんてないんだけどねー」

「え……? そうなんですか?」

「なんせ『神』だからね。力の差が圧倒的に違うし、勝ってこないよ」


 これまでの真面目(シリアス)な雰囲気をぶち壊すように、店員さんは尻尾をゆらゆら揺らして笑った。


「『神獣候補』たちは本気だろうけど、『下剋上』はみんなが盛り上がる最大の祭り。都市が賑やかなのは、その参加者が誰になるのかを楽しみにしてるからなんだよね」

「えぇー…………」


 時代は乱世の真っただ中…………、と思えば実際は違うのか?

 5年に一度しかない祭りに熱狂する気持ちは分からなくないし、その立役者を心待ちにするのも頷ける。

 力に差がある獣人とヒューマンが同じ食卓を囲み、笑い合う。

 通りの至る所で見られる光景が、平和である証拠なのかもしれない。


「さて、旅人くんが知りたかったことはこんなもんでいいかな?」

「はい、ありがとうございます。助かりました」

「これくらいで恩を着せる気なんてないって。助かったのはこっちなんだからこれはちゃんと持っていきなよ?」

「うおっ!?」


 頭を下げた僕に、近づいた店員さんは紙袋を渡してきた。

 当初の目的だった四人分の食材。

 突然渡され、軟弱男子を思わせるように姿勢を崩した僕に、それでも店員さんは優しく微笑んだ。


「あっ、本当に働き口が必要になったらいつでもおいでよ。旅人くんなら歓迎するからさ」


 頼りない所を見せ続けた気がしたが、それでも手招きを止めない店員さんの言葉が噓偽りないのだと感じて、僕も口端を吊り上げる。


「僕で良ければ、たまになら……」

「言ったねぇー? でも、こういうのは安請け合いするもんじゃないってのも覚えておかなくちゃね。はい、また一つ勉強ね」

「はい……、気を付けます……」


 指を立てて最後の忠告をくれた店員さんに、もう一度頭を下げて店を出る。

 随分と待たせてしまった罪悪感から、小走りで駆け出した僕だったが、家に到着するのはもう少しかかることになる。

 忠告されたばかりの、安請け合いをすることになったがために。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


いろいろと似た言葉が出てきて混乱させてしまったかもしれませんが、大きな街二つあって、片方が『神獣』、もう片方を『神獣候補』が治めていることがわかれば十分です!

そんな大きな街で住むことになったマコトたちに、何かが起こらないはずもなく、次々厄介事に巻き込まれていくことになるでしょう!


これからのマコトたちの物語に興味がある方は、ブックマークや応援コメントをよろしくお願いします。

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