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第11話:【損得感情】

 検問を終え、薄暗い壁門を潜ると、景色が一変した。


「まさにファンタジーだ……」


 軒並みの店舗から客引きの声が飛び、夜に向けて点灯夫は明かりを灯す。

 街を闊歩する人々の服装は、奇抜で色鮮やかな服装は少なく、使い古したように色褪せた無地柄が多い。

 辺りを静観すればするほど、改めて異世界に来た実感が湧いてきた。


「にしても……いろんな獣人がいるな」


 兎耳を生やした獣人、翼を背中に持つ獣人、牙を生やした獣人、巨大な体をしたのも何かの獣人なのかもしれない。

 すれ違う一人一人の獣人を、つい目で追ってしまう。

 どうやらこの世界にはヒューマン、つまりは僕と同じような人間と、多様な獣人しか存在しないみたいだ。

 その証拠に、エルフやドワーフのことを尋ねてもアカリとサレンは揃って首を傾げた。

 ちなみに自称していたサレンが蛇獣人(リュコーン)なのに対して、鼻が利くと自慢していたアカリは犬獣人(イヤルティー)、犬の獣人である。

 呼び方はともかく、現世の動物の特徴と結びついているところは、異世界らしいと言えた。


「サレン、大丈夫?」

「すみません……。人の多さに、酔ってしまいましたぁ……」


 街に入ってからずっと、僕の袖に掴まりながら歩くサレンが、フラフラと体を揺らす。

 全員が顔見知りの村にいて、その中でもあまり外に出ていなかったサレンからしたら、道を埋め尽す人の数は耐えられないのだろう。


「もう少しで私の知り合いの店に着くから、サレンちゃん頑張って!」

「は、はい……ぃ……っ」

「マコトは平気?」

「僕は大丈夫かな」


 先導するアカリに嘘偽りなく微笑めば、「ふぇー」と感嘆が聞こえてくる。

 道行く人と肩が触れ合うなんて、転移するまでは日常茶飯事。

 武器や防具が並べられた店に高揚しているのもあるのだろう。

 時間があればぜひ回ってみたいものだ。


「それじゃ、もうひと頑張りするよ!」

「おー!」

「おぉー……ぉ……」


 街の奥へと足を進める僕たちに、いよいよ夜が近づく。

 その矢先、「着いた!」とアカリの高らかな声が上がった。


「ここ、……なの?」

「そう! 私のお気に入りなんだぁ~」


 アカリに連れて来られた場所は、活気ある通りの裏の、さらに裏道。

 扉の上に看板が付いただけの質素な家。

 そこに書かれた「象形文字」を読もうと、僕は瞳を細める。


(えっとぉ……、鍛冶屋……だよね? ……やっぱり、普通に読めるな)


 見たことのない角ばった文字の羅列を、すらすらと理解する。

 エラルドさんたちに見せてもらった本を見た時、初めて文字が読めることに気が付いたが、今も周りを見渡せば食事処や服屋や雑貨屋、あらゆる文字が目に入り、全てが読める。

 読めて困ることはないため、ありがたく享受しよう。

 改めて扉へと向きなおれば、すでにアカリは扉を開けていた。


「ただいまー! 帰って来たよ!」


 明かりのない暗い部屋。

 けれど奥の(かまど)で燃える猛々しい炎と、舞い上がる火の粉が辺りを照らす。

 そして鉄を打つ音が、部屋中に反響していた。


「ありゃりゃ? 聞こえてないか」


 声に気づかず、作業を続けている一人の背中を見て、アカリは頭を掻く。

 ためらいなく(かまど)に近づくと、鍛冶師であろうその人の肩を叩いた。


「わぁ!」

「──っ!」


 耳元にぶつけられたアカリの大声に、鍛冶師は肩を跳ね上げる。

 途端、鉄を叩く音が止む。 

 「びっくりした?」と、からかい声で問いかけるアカリに、視線を上げた鍛冶師はただ温厚に答えた。


「なんだ、アカリか……。あー、驚いたよ。いつも通りね」


 特段怒った素振りもなく、目を保護するための護眼(ゴーグル)のようなものを外して、その人物は立ち上がる。

 これは僕の偏見だけど、鍛冶師ってゴリゴリの筋肉で体毛が濃く、髭とか伸ばしている強面のおっさんって感じだった。

 けれど……。


「今日はなんだか人が多いね」

「……ぁ、ぁ」


 立ち上がってもアカリの胸元に満たない短躯の少年に、僕は呆気に取られてしまった。


「紹介するね。こっちがマコト! こっちがサレンちゃん!」

「ど、どうも……」

「は、はじめましてぇ……」


 唐突に始まってしまった自己紹介に慌てて頭を下げれば、サレンも力なくも口を開いた。


「やぁ。どうぞ、よろしく。ボクはルーヒット=ポンド。見ての通り鍛冶師だ」


 室内だというのに平帽(ハンチングぼう)を被り、(つば)に手を掛けた少年はやはり若い。

 どう見ても僕より年下だ。

 それでも落ち着き過ぎた雰囲気に腰が低くなり、顔を引きつらせてしまう。

 ルーヒットさんについて考えていると、僕の頭の中を覗いたかのようにアカリが話し始めた。


「あはは! ルーヒットって、若く見えるでしょ? これでも、25歳なんだよ」

「っ!?」

「嘘じゃないさ。アカリがこの都市に冒険者として来た時に、ボクはすでに鍛冶師として働いていたしね。少しの間、面倒を見ていたのも懐かしいよ」


 「大して昔の話じゃないでしょ?」、なんて続けられた二人の掛け合いからは、これまでの関係性がよく現れている。

 顔や作業着を煤だらけにしているルーヒットさんが鍛冶師というのも本当だろうし、この世界の年齢を見た目だけで判断するのは中々難しい。

 幼女体型でありながら、15歳と称するサレンのように。

 獣人は年齢と見た目が比例しない物なのかもしれない。

 外見に獣人っぽさが出ていないパターンもあるみたいだし、なんともややこしかった。


「それでアカリ、今日も剣の手入れでいいのかな?」

「あー……、えーっとねぇ……、……今日は別のお願いなの」

「ん?」


 僕の悩みを置いて、2人はいつもの用事を済ますように話を進めるが、ばつの悪そうなアカリの態度に、ルーヒットさんは眉を吊り上げる。


「あのね、…………剣、壊れちゃった……」

「はぁー……。なるほど、今日はそういう驚かし方までしてくるのかい」

「でもね、でもね! それだけじゃないんだよ、ルーヒット! なんと、このマコトは私の念願だった運命の人なんでぇ~~~~すっ!」

「本当かい!? それはすごいじゃないか、おめでとう!」


 アカリの言葉に一瞬黙り込むも、どこか仕方なさそうに頭を搔いたルーヒットさんは、立て続けに聞かされた内容に、今度こそ両目をかっぴらく。


「なるほどね。君が人を連れてきたかと思えば……。そうかそうか」


 視線を僕へと向けたルーヒットさんは、剣が壊れたことなんて忘れたようで、なんども頷きを繰り返していた。

 運命の人に出会うこと。

 夢のような話だけど、この世界では目に見える形でわかる。

 それはやはりめでたい話であり、カラルさんやエラルドさんがそうだったように、ルーヒットさんも感心に浸っているようだった。


「あ。ちなみに、サレンちゃんもマコトが運命の人ね」

「……………………え?」 


 能天気に衝撃発言を喰らわせたアカリのテンションと違い、状況を理解しきれていないルーヒットさんは、顎に手を置いたまま固まった。

 そんなルーヒットさんに見られたサレンは、「は、はい……っ!」と否定することなく会釈をする。

 このアカリの突拍子のなさに頭を痛めたルーヒットさんは、続くように重たいため息を吐くのだった。


「これはどうやら……、積もる話が聞けそうだ」


 付き合いの長さ故か、いち早く冷静さを取り戻したルーヒットさんが苦笑しながら言うと、鍛冶場のさらに奥、自宅へと案内してくれるのだった。




「なるほどね。ひとまず、君たちがこうして無事に帰ってきたことを喜ぶべきかもね」


 これまでの話を聞いたルーヒットさんは大きく騒ぐことは無かった。

 が、やはりルーヒットさんも初めて聞くことばかりだったようで、僕達に何が起こっているかはわからなかった。


「しかし、本当に不思議なこともあるものだね。『ディスター協会』には行くんだろ? そこで聞くのが一番かもしれないね」

「もちろん! あーぁ、早くセイバートゥースになりたいなぁー」


 口元に指を置いて尋ねるルーヒットさんに、アカリは拳を作る。

 村を出る前から息巻いていたが、この街に来てからという物、より一層の高まりを見せていた。

 それだけアカリは、セイバートゥースに憧れがあるのだろう。 


「そう言えば、なんで『ディスター協会』なんだろう? セイバートゥース協会の方がわかりやすくない?」


 話の終わりが見え、僕はふと気になったことを口にした。

 すると、ルーヒットさんは「協会が取りまとめているのは『ディスター』とその『(むす)び人』だからさ」、とどこか気まずそうに語った。


「水を差してしまうけど、『ディスター』になったからと言って、皆が『セイバートゥース』になりたいわけじゃないからね」

「そうなんですか?」

「セイバートゥースは神命(オラクル)を断れないし、魔法が使えたら簡単にこなせるってわけじゃない。誰もが命に代えても人を守ろうとするわけじゃないのさ」

「そうかも、…………しれませんね」


 ルーヒットさんの言葉に、7年前の心痕(トラウマ)を思い返しているだろうサレンは視線を落とす。

 期待に応えることができず、逃げ出したと思い込んでいたほどだ。

 皮肉にもそんな彼女だからこそ、神命(オラクル)から逃げる『ディスター』の気持ちがわかってしまったのだろう。


「なら、アカリやサレンのように偶然『ディスター』として目覚めた人は、協会に報告しなければいいのでは?」

「そうさせないように、協会側も『ディスター』と『結び人』を優遇する処置を取ったんだ」

「というか、……『ディスター』になろうとする人たちのほとんどが、それ目的だよねぇ~」


 食卓に出されたお菓子を取りながら告げたアカリは、どこか素っ気ない。

 口にお菓子を含めば幸せそうに微笑んでいるが、棘のある言い方は気になる……。

 そんな疑問に答えてくれるだろうルーヒットさんへと視線を向ければ、わかったよ、なんて苦笑を浮かべて口を開いた。


「まぁ、楽をして生きていくための手段としては最適でね。ディスターとその(むす)び人には、生活の保障が受けられたり、様々な物が与えられたりする。例えば、──家とかね」

「家っ!? 好待遇過ぎませんか!?」

「もちろんタダってわけじゃない。代わりに『ディスター』が得た魔法が神命(オラクル)に対して有効だった場合、セイバートゥースに同行するとかって条件があるけど、損得で言えば得の方が大きいだろうね」


 要は、相互扶助(ギブアンドテイク)

 確かにそれだけの対価が貰えるとわかっていれば、わざわざ黙っている必要はない。

 よくできた仕組みだと感心していれば、隣で話を聞いていたサレンは「こ、これからは……、きょ、きょきょっ!? 共同……生活……っ!?」と身を震わせていた。


「そういえば、カラルさんも同じようなことを言ってたような?」

「っ!?」

「サレン、何かカラルさんにから詳しく聞いてない?」

「い、いえ……っ。たっ、大したことは……、何も……っ!」

「……そ、そっかぁ」


 覆頭(フード)の上から頭を抱える少女が何に悩んでいるのか、仮にもそれが一緒に住むことへの拒絶だったらと、気まずさで僕は口を閉じた。


「もぅー、こっちは真面目にセイバートゥースになろうとしてるのにっ! そりゃ、大変な仕事だってのはわかってるけどさぁ~……。んー! でもでもでも、って感じ!!」


 命がけで僕を助けてくれようとしたアカリからすれば、保障目的でディスターになろうとする人への共感はしづらいのだろう。

 道理で虫の居所が悪いはずだと、腕を組んで顔を背けてしまうアカリを、僕は苦笑しながら宥める。

 そんな時、クスッとルーヒットさんが笑った。


「でも、アカリだって人助けが全てではないだろ?」

「んっ!? ……それは……、そうかもだけど……」

「?」


 ルーヒットさんの言葉に肩を跳ねらせたアカリは、渋々といった様子で口を閉じる。

 一体何の話なのか?

 共に理解していなかった僕とサレンは、揃って顔を見合わせた。


「マコト、サレン。君たちは覚悟した方がいい」

「「え?」」

「なんたってアカリは、『か──」

「──わぁあああああっ!? 待って待って、ルーヒット! 二人にはまだ秘密なのぉぉぉ~~~っっ!!」

「「……ぁ」」


 ルーヒットさんの話を全力で遮ったアカリは、ぽかぽかとその小さな体を叩く。

 そんな二人のやり取りをどう受け止めていいか分からない僕とサレンは、顔を見合わせるだけ。

 ただ、どこか後ろめたく感じているアカリの横顔だけが、妙に印象に残るのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


何気なく書いていましたが……気づきましたか?

そう、この世界には 獣人とヒューマンしかいません!


エルフの美少女を期待していた方には申し訳ないのですが、残念ながら登場しません……。

その代わり、美少女獣人はたっぷり出していきますので、どうぞご安心を!


そして今回に続き、次回も新キャラが登場します。

物語がさらに賑やかになっていきますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。


ブックマークや応援コメントも、よろしくお願いします。

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