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第10話:【村から街へ】

 魔獣襲来から二日経った昼前。

 刻々と迫る出立時間を前に、エラルドさんに呼び止められていた。


「すまなかったね、手伝いばかりさせてしまって」

「いえいえ! お世話になったのに何も返せなくて、申し訳ないくらいです」


 魔獣の脅威が去ってすぐのこと。

 ディスターとして覚醒したサレンは魔力切れにより眠りに就き、その間も僕とアカリはネーゼ家に厄介になっていた。

 荒れた田畑を直し、周囲の柵の補強に一丸となった2日間。

 村人全員で取り掛かることが出来たのは、言うまでもなくサレンの治癒魔法のおかげだった。


「それに、こんな立派な服まで頂いちゃいましたから」


 元冒険者のエラルドさんは、剣だけでなく当時使っていた装備も残していたのだった。

 深緑色の甚平みたいな服に、皮で出来た靴。

 おまけにマントも付けてもらい、僕の格好はすっかり異世界に染まった。

 剣まで渡されそうになったが、それだけは全力でお断した。

 もし同じようなことが起こった時、今度こそエラルドさんには活躍して貰わなければいけないからだ。


「立派と言っても俺のお古だけどね。冒険者として稼げるようになったら新調するといいさ。……いや、冒険者ではなかったね」

「あはは…………。僕も冒険者になるつもりだったので、まだピンと来てないんですけど……。えっと、何でしたっけ?」

「忘れるなんて、ひどーいっ!」

「うわっ!? って……アカリかぁ……」


 エラルドさんとの会話に割って入ったアカリの声が、背後から飛んで来る。

 振り返った先で準備を済ませたアカリは、「昨日も説明したのにー」と、ちょっぴり頬を膨らませていた。


「────『セイバートゥース』だよっ!」


 改めて思い出した単語に、僕はポンッと手の平を叩いた。

 サレンが眠りに就いた最初の晩、これからどうするかっという話し合いが設けられた際に決まったのが、『セイバートゥース』になること。

 その言い出しっぺであるアカリに、異論は認めないとばかり顔を寄せられ、僕はぎこちなく頷くほかなかった。

 まぁ、アカリには恩があるから、どんなことにも付き合うつもりでいたけれど。


「ご、ごめんって……」

「なーんてねっ! うんうん、マコトも様になったようだし、ようやく敬語が抜けてくれて嬉しいよ!」


 怒ったかと思えばコロッと笑みを作り、安堵する僕を見て、アカリは軽快に頷いた。

 そんな僕らは、ネーゼ家での生活で同じ17歳であることがわかり、打ち解けたことで敬語も辞めた。

 アカリは、堅苦しいのが嫌いなのかもしれないな。


「アカリちゃん~、お弁当作ったから帰り道で食べてねぇ~」

「わぁー! ありがとうございます、サレンちゃんのお母さん!」

「いいのよぉ~。本当はもっとゆっくりして欲しかったのに、寂しいわぁ~」

「ごめんなさい、『依頼(オーダー)』の都合上そろそろ戻らないといけなくて。でも、絶対また来ますね!」


 頬に手を置き俯くカラルさんを元気づけようと、アカリは瞳を輝かせて言う。

 冒険者と『セイバートゥース』の違いの一つが、この『依頼(オーダー)』と関係してくるらしい。

 ソロ、パーティー、人数制限なくチームを作り、冒険者ギルドに寄せられる依頼(オーダー)をこなすのが冒険者。

 それに対して、『ディスター』と『結び人』で一組となり、必ず行動を共にするが『セイバートゥース』。

 『ディスター協会』という組織に所属し、『神命(オラクル)』という名の任務をこなす。

 依頼(オーダー)は、冒険者が自分で選んで行うのだが、『神命(オラクル)』は非選択制。

 『ディスター協会』から、唐突に通達される強制任務なのだ。

 そして求められるのは、圧倒的な戦闘力。

 つまりは、【魔法】の有無になる。


「『セイバートゥース』……か。君たちみたいな子供を、危険な場所で戦わせると思うと、大人として不甲斐ないよ」

「危険……。確かに、あの大型の魔獣を考えればそうなりますよね」


 自己憐憫に囚われるエラルドさんの言葉に、僕も顔をしかめてしまう。

 僕とアカリが引き起こした偶然、……【魔法】がなければきっと、ゴリラのような魔獣に殺されていた。

 先日、魔獣の群れを圧倒したアカリが手も足も出なかった脅威。

 魔力で底上げされたアカリだったから倒すことが出来た怪物たちに、『セイバートゥース』となる僕らは何度も挑むことになるらしく、考えただけで身震いしてしまう。


「もっといろいろ教えてあげられたら良かったんだが、元冒険者の俺が教えたところで付け焼き刃にもならないだろうな……」

「いえいえ、とんでもないです! 無理なお願いを聞いて頂きありがとうございました」


 深々と頭を下げた僕に、「そう言ってもらえると嬉しいよ」っと、エラルドさんは苦笑を浮かべた。

 装備以外にも、この二日間で僕はある物を貰った。

 それは簡単な剣の振り方だったり、肉体作りの方法だったり。

 戦うためのノウハウ。

 その基礎中の基礎ではあるが、今の脆弱な体には酷だった。

 今も絶賛筋肉痛に陥り、体がぎこちない動きを見せるけど、不思議と続けていこうと思える。

 小型の魔獣一体倒せない己の細い腕では、誰かを助けるどころの話ではない。

 今のままでは魔獣の餌になってしまう。

 そんな自分になるのは、絶対嫌だった。


「マコトが頑張ろうとしてるのは、素直にすごいと思うけど……。少し複雑ぅ……」

「え?」

「自分に自信がある人って、大抵豪胆な行動を取るものなの。腕を上げたマコトが、先人たちのようにならないか心配なんだよぉ……」


 苦悩を覚えたアカリは、唇をキュッと結んで唸り声を漏らす。

 一体どの口が言うのかと首を傾げたくなるが、大型魔獣に蛮勇を働いた僕としても耳が痛い。

 アカリが取った勇敢と、僕が犯した無謀では、実力に天地ほどの差があるのも確か。

 アカリが危惧したくなるもの分かる。

 だからこそ。


「早くアカリが安心出来るくらい、強くなるように頑張るよ!」


 今はまだ頼りない力。

 それでもいつかは自信を持って隣に立てるように。

 そんな淡い未来を見据え、拳を握って見せる。

 困惑に染まるアカリに向かって。


「ホントは私の力を引き出してくれるだけで、十分なんだけどねぇ……」

「…………えっ?」


 『ディスター』と『結び人』。

 世界でただ一人の相手との間に生まれる繋がりは、友人や恋人よりも強いものなのかもしれない。

 特別性でいえば、随一だろう。

 ただ出会ったばかりで、僕たちは互いのことをほとんど知らない。

 だからきっと、考え過ぎなんだと思う。

 けど……。


「適材適所って言葉があるほどだもん。自分に出来ることさえやればいい。…………そうは、思わない?」


 乾いたような言葉は、違和感を通り越し、不気味に感じる。

 これがアカリの言葉なのか?

 僕を助けるために死ぬ覚悟までしていた彼女が、「出来ることをやればいい」なんて言うなんて……。

 どこか受け入れられなかった僕は、呆然としたまま返事をしていた。


「そう、だね……。…………考えてみるよ」

「うん! ありがとっ!」


 今の彼女に、僕は『僕』として映っているのか。

 乾き切った喉から、その真相を確かめるための問いは出なかった。


「お、おまたせしました……」

「あ、サレンちゃんっ! 待ってたよー!」


 胸に広がる淀みを晴らそうとしていると、最後に家から出てきたサレンに、みんなが注目した。


「マコトくん、アカリお姉ちゃん。今日からよろしくお願いします……!」


 必要最低限の荷物を背負い、お馴染みの覆頭衣(フーデットコート)を身に纏うサレンが頭を下げた。

 その藤色の髪は覆頭(フード)の中に隠れているが、顔を上げたサレンの金の瞳には影がなく、小さくも力強い決意が宿っていた。


「これからもよろしく。サレン」

「サレンちゃんと一緒なら、どんな『神命(オラクル)』が来ても安心だよ!」

「こ、怖いですけど…………、頑張ります……っ!」

「この際だ、いけるところまで行ってこい」

「お母さんは、ほどほどにしてほしいけど……。助けを必要とする人に、あなたの優しい手を伸ばしてあげてね」


 頬へと手を置くカラルさんの肩を抱き、エラルドさんも深く頷く。

 サレンが目覚めた晩のこと。

 僕たちが『セイバートゥース』を目指すことを伝えると、サレンも付いて行くと名乗り出たのだ。

【還元魔法】に囚われ、人々から逃げ出したサレンが、より脅威である大型魔獣と戦うという決断をするのは、きっと簡単なことではなかったはず。

 それでも、サレンは決めた。

 魔法を使って、『神命(オラクル)』をこなす。

 過去を乗り越え、再び己の力を皆のために使う。

 憧れていた仲間の存在、僕とアカリが一緒だからと、幼女は立ち上がったのだった。


「あ、そうだ。最後に一つ伝えなきゃ」

「なに、お母さん?」

「えっとねぇ~。ふふふぅ~」


 もうじき別れだというのにカラルさんは妙にごきげんで、少しの戸惑いを見せるサレンに寄ると、膝を曲げて耳打ちを始めた。


「いい、サレン。男の人を夢中にさせるには、…………っ」

「っ!? ちょっ、ちょっとお母さん!?」

「アナタだってそれなりの歳なんだから知っておきなさい。きっと役に立つからぁ~」

「~~~~~っ!!」

「えっ、え……?」


 一体何を吹き込んだのか。

 ぼっと顔を赤くしたサレンは、僕と視線が合うなり、両手で覆頭(フード)を押さえて離さない。

 意地でも僕と顔を合わせないようにしているようで、……少し、傷つくのだが。


「マコトくんも、これからサレンをよろしくね。何かと引っ込みたがる子だから、一緒に住むようになったらちょこちょこ外に連れ出してあげてね」

「一緒に住む……?」

「き、気にしないでください……!? さ、さぁ……行きましょう……っ!」

「う、うん……」


 サレンには似合わない勢いの良さで、僕とアカリを置いて一人歩み出す。

 その背に置いていかれないように、僕らは困惑しつつも続いて動き出した。


「サレン、いつでも帰ってきなさい。お前の帰る村は俺が守っておくからな」

「本当に……っ、寂しくなるわ……っっ」

「……っ」


 二人の声にピタリと足を止めたサレンの肩が、震える。

 まだ赤子だったサレンを拾ったのが、エラルドさんとカラルさんで本当に良かった。

 さっきのだってきっと、我が子の旅立ちが暗いものにならないようにと、からかいの言葉でも送っていたのだろう。

 それでも先に泣き出してしまったカラルさんに、エラルドさんが苦笑を浮かべる。


「──っ!」


 唐突に振り返ったサレンは、そんな二人の下へと駆け出す。


「お母さん……、お父さん……。今まで、ありがとうございました…………!」

「あぁ」

「……うん、…………うん」


 しばしの別れを惜しみ、エラルドさんとカラルさんに抱きつくサレンは、どれだけそうしていただろう。

 どれだけそうしていたかったのだろう。

 しばらくして僕たちへと歩み寄るその顔は、真っ赤になりながら涙を堪えていた。


「サレンがいてくれると心強いよ」

「一緒に頑張ろうね、サレンちゃん」

「……はいっ」


 サレンの挨拶を最後に、僕たちは村を出発する。

 どんどん小さくなる村の入り口で、エラルドさんとカラルさんは見えなくなるまで立ち尽くしていた。


「サレン、泣いたっていいんだよ」


 しばらく続いた鼻をすする音。

 僕の隣には、心痕(トラウマ)を克服してもなお覆頭(フード)を深く被るサレンがいた。


「サレンも、強くなりたいです……。だから、泣きません」

「……そっか」


 顔を隠しながら必死に強がる彼女に、言うことはない。

 そんなサレンを見て、僕とアカリは密かに顔を合わせて微笑み合った。


 × × ×


 村を出て1週間。

 雑木林を抜けた僕たちは、夕日に染まる草原を歩み、小高い丘を登り切ったところで、感嘆を漏らしていた。


「これが……、アカリの街…………!」


 周囲を山岳に囲まれ、そこから流れる二本の川が都市を守るように迂回して交流し、自然が作り出した要塞を築く。

 夕日に染まる建築物。

 影に覆われた街路の照明。

 それらを囲う防壁がそり立ち、容易に侵入を許さない。

 自然と人工物が街を守りながら、一つの景観を作り出す。

 そんな現実ではありえない街が、異世界生活の始まりの街になるのだ。


「ここが私の街! そして2人の新しい街! 『ウィネーブル』だよ!」


 正式名称──『神候都市ウィネーブル』。

 『神』の名を頭に付けた都市の意味を知るのは、この晩のことになるのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


新たな物語が動き出し、そしてタイトルにもある『神』という存在について、ようやく触れられる時が来ました。

マコトが迷い込んだこの世界は、一体どんな仕組みで動いているのか。

その核心が少しずつ明らかになっていきますので、これからの展開に期待していただけたら嬉しいです。


ブックマークや応援コメントも励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。

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