第9話:【癒しの詩】
またまた事前に報告です。
サレン編の最後を飾るこの第9話は、1万字を越えています!
すらすら読める文を目指していますが、まだまだ至らない文も多いかと思いますので、一気に読みたい方は時間がある時に読むことをオススメします!
それでは、本編をお楽しみください。
「頑張ったんだね」
「……アカリ、──イテッ!?」
「あーぁ! この持ち方はまずかったね」
慈愛に満ちた眼差しと、添えられた労いの言葉に口端が吊り上がる。
が、背中の傷に触れられた瞬間に顔が歪み、「ごめん、ごめん」と苦笑するアカリに下ろされた。
「だ、大丈夫ですか……、マコトくん?」
「な、なんとか……」
触れるのを躊躇ったのか、両手をそっと伸ばすだけに留めたサレンに、僕は頬を引きつらせて答える。
焼き付くような激痛に変わりはないが、アカリが来てくれたおかげでいくらか気分はマシだった。
「あとは任せて休んでて。そのために来たんだから」
積み重なった猿の一群へと振り返ったアカリは、早々に腰へと手を伸ばす。
擦れる金属の摩擦音。
木漏れ日に照らされる銀の刃。
当然のように鞘から剣を引き抜いて構えたアカリに、僕は瞠目した。
「その剣って……」
「村の人から預かったの。マコトたちを助けてほしいってね」
見覚えのある長剣に疑問を投じれば、アカリは端的に答えた。
アカリが手にする長剣は、僕が途中で放り投げてしまったエラルドさんの物。
つまり、アカリもエラルドさんに会ったということなのだろう。
アカリは知らなくても、エラルドさんには面識がある。
僕との関係も知っているエラルドさんなら、アカリを頼りにするのは頷けた。
けど……。
「まだ、数が多い……」
ある程度倒したとはいえ、数の差は圧倒的。
ましてや、今のアカリに【魔法】はない。
この数をどうしようというのか……。
(てか、そうだよ。戦うなら昨日みたいにすればいいだけじゃないか)
サレンと同じだ。
魔力に包まれたアカリは、大型魔獣すら倒せる力がある。
猿魔獣の軍団くらいわけないだろう。
痛みを忘れるくらいの高揚感を抱きながら、僕はアカリの背へと声を掛けた。
「アカリ、戦うなら昨日みたいに。そうすればきっと切り抜けられるよ!」
「うーん……、これくらいなら平気かな」
「……え?」
「それに、昨日の今日で全快ってわけじゃないだよ。むしろ今は使わない方が、勝手がわかるからいいの」
「……ぁ」
提案をあっさり切り捨てられ、僕は間抜けな声を漏らした。
そんな僕の落胆っぷりを感じ取ったのか、「まぁ、見ててよ」と微笑みを浮かべたアカリは、
「──っ!」
次の瞬間、風になった。
『『『ヴァウ!!』』』
都合3匹の雄叫び。
積み重なった山から体勢を立て直した数匹が、咆哮を重ねる。
「懲りない、ねぇ!」
『『『ヴゥッッッ!?』』』
けれど、アカリの選択は変わらない。
大胆不敵に、正面突破。
小細工無しの力技。
横一線の銀閃が魔獣を両断してのけた。
「いい武器じゃん! 手入れされているのがよく分かる」
長剣の使い心地に破顔したアカリは、次の獲物へと視線を飛ばす。
僕の戦いとは大違い。
いや、戦いにもなっていなかったったか……。
痛みに藻掻くことなく、一瞬で塵と化した魔獣を目にして、改めてアカリの強さを思い知らされた。
「すごい……!」
同じく驚愕に見舞われたサレンからも、感嘆の声が漏れる。
魔力なしで、覚醒したサレンと同等の動きを披露する。
そんな僕らの驚きが追いつく前に、気づけばさらに2体を倒していた。
『『『『『ヴァ、ヴァッ!!』』』』』
数の利は未だ健在。
積み重なっていた群体も解き放たれて、4、5匹………6、7匹の集団となり向かって来る。
数が多くなれば隙が減る。
背後を取るのも難しい。
流石に部が悪い。
そう思ったのか、地上戦を捨てたアカリは、大木へと飛び上がった。
「これならどうだ!」
視界を舞う木の葉。
降り注ぐ枝木。
猿魔獣以上の軽やかな動きで飛び跳ねるアカリは、突如周囲の枝木を切り落とす。
『『『『『ッ?』』』』』
頭上から降り落ちる枝葉や木屑を払おうと、一斉に宙を掻いたり、腕を振ったり。
煩わしさに目を閉じる者もいたが、
「──っ!」
その隙をアカリは見逃さなかった。
『『『『『ヴァ……ッッ!?』』』』』
大木を足場に急降下。
稲妻のような直角軌道で狙いを定め、すれ違いざまに切り裂く。
銀閃の落雷に見舞われ、白の群体が絶叫を上げる。
視界を奪われた次の瞬間、斬撃が飛んでくるのだから堪ったものじゃないだろう。
「あの数を……、あっという間に………」
驚愕を越えて、羨望へ。
アカリの剣技に魅了されたサレンは、僕の太ももで小さく座り込んだまま目を輝かせていた。
『ヴェッ!?』
『ヴィッ!?』
『ヴァァァァァァッ!?』
サレンを凌駕する圧倒的な才能を前に、魔獣たちの咆哮が潰れてく。
倒れた死骸が崩れ、次々に黒靄が立ち込める。
そして、訪れる最後の一振り。
「ふんっ!」
魔獣の山が消え、残ったのはアカリのみ。
黒靄を切り裂く銀閃の音が響くと、猿の魔獣たちは消え去っていた。
「それで、マコトが抱えている子がサレンちゃん?」
剣を鞘へと納めたアカリは、膝の上に乗るのサレンへと首を傾げる。
「……あ、はい……っ。サレン=ネーゼ、……です」
「まぁー、なんて礼儀正し………、いっ!?」
そういえば、二人は初対面なのか。
ふと、そんな感想を抱いていると、アカリの目がギョッと開いた。
「ちょっと待って!? サレンちゃん、『オーバーフロー』してないっっっ!?」
「オ、オーバーフロー………?」
ぎこちなく首を動かし、瞬きを繰り返しては何かを訴えてくるアカリに、僕は訳が分からず瞳を細める。
そんな僕とは裏腹に、視線を下げた先にいるサレンはモジモジと体を揺らして、頷いた。
「マ、マコトくんが……、私の相手になってくれたんです……」
「はいっ!?」
みるみる頬を赤くするサレンに、アカリは眉を歪めた。
「マコトが相手っ!? え……、えっ!? それってつまり…………どういうことっ? そんなことありえるのっ!? あああああぁぁぁぁぁぁっ、もうっ! なんだかわからないけど……、マコトの浮気者!!」
「浮気っ!? そっ、そんなことしてな……、あ……っ」
頭を押さえたと思えば、顔を青ざめ、ついには天を仰いで発狂した。
そのご乱心っぷりに加え、事実無根の訴えに僕は肩を跳ねらせる。
謂れのない罵りに、全力の否定で立ち向かおうとした、…………のだったが。
(…………絶対、『結び人』のことだ)
雰囲気が察するに『オーバーフロー』っていうのは、魔力に包まれた状態のことだろう。
その状態を一目見れば『ディスター』なのは一目瞭然だし、この場において『結び人』になれるのはヒューマンである僕だけ……。
思い当たる節しかないことに気づいた瞬間、そっと視線を外した。
「逸らした! 今、目ぇー逸らしたぁあああ!? 浮気者、浮気者、浮気者ぉおおおお!!」
「き、聞いてよ、アカリ!? これには訳があるっていうか!? ……訳が分からないっていうか……。と、とにかくそう言うんじゃないんだよっ!」
「だぁぁぁああああああああああああああああっっっ!?」
掛ける言葉が浮かばない……。
ケモ耳を押さえては聞く耳を持たず、わんわん泣き出してしまったアカリには、もはや何を言ってもダメかもしれない……。
「えっとぉ、マコトくん……?」
一人困惑するサレンだけ、何が起こっているのかと両眉を垂れ下げる。
全てを知らないサレンからすれば、当然の反応……。
けど、ここで打ち明けるべきなのか?
今しがた運命の相手だと思った相手には、すでに他の相手がいるとなれば、サレンまでもが混乱の渦に巻き込まれてしまう気がする……。
(ここは優しい嘘……。もとい、優しい沈黙を選ぶしかない……っ!)
騙しているようで胃が痛むけど、ここで仲違いしている場合でもない。
背中の痛み以上の苦痛で顔をしわくちゃにしつつ、膝に乗るサレンを持ち上げた。
「ごめん、話は後にしよ! ……それに今は時間がない。早くサレンを怪我人の下へ連れて行かないと……」
全員は助けられないかもしれない……。
その選別をサレンにさせるのは心苦しいが、四の五の言っていられないのも事実。
言葉を沈ませた僕を見て、雲行きの怪しさを察したアカリは、「わかったよぉ……」と鼻を鳴らして涙を拭った。
「サレン……、あとはまかせたよ」
「は、はい……っ」
全てを背負わせるには、あまりにも小さい体。
腕の中で震えるサレンの小さな返事に、僕は何も返すことが出来なかった。
「っ……! こんなにも……」
村に戻った瞬間、広場に横たわる怪我人によって視界は埋め尽くされた。
数は30を越え、その全員が僕と同じように傷を負っている。
顔を歪め、傷跡を必死に押さえているが、滲み出す血は止まらない。
付き添う家族からの嗚咽混じりの叫びや、哀願めいた大音声に、僕は言葉を失って立ち尽くした。
「サレン! 無事だったのね!」
「お母さん……!」
ハッと息を吹き返して振り向けば、カラルさんが僅かに笑みを浮かべていた。
「お父さんは……」
「無事よ。あの人は強いもの。…………ただ」
見ての通りだと言わんばかりに、カラルさんの表情が曇り出す。
治療院で働いていたからか、横たわる村人は一応に処置が施されていた。
けれど焼け石に水であり、止まらない呻き声に瞼を重くした。
「サレン……ちゃん……っ。……君が、気にすることなんて…………ないっ」
「っ! トレバーさん……!」
「おじさんたち……は、ちょーっっっと怪我しただけだ……。こんなもん、寝てれば治る」
「……っ」
痙攣する瞼を弓形に変え、無理にでも笑おうと男が一人口端を吊り上げた。
「あぁ、そうさ……。サレン……ちゃんが、無理をすることない、ぞ……」
「コルトおじさん……」
同調するように、腹のでた村人がサレンへと声をかける。
「おっさんたちがそういうなら……、若手は負けてられないな……」
「あぁ……っ」
「だな……」
まるで競い合うかのように男たちの強がりが広まり、一人また一人と虚勢を張る。
その横で涙する家族がいると、知りながら。
「みなさん……」
伝播した優しい嘘の波に、ポツリとサレンの吐息が混じる。
誰のためかなんて考える必要もない。
サレンの過去を知るが故、己の苦しみを肩代わりさせまいと、全員が治癒を拒んでいるのだ。
「マコトくん……」
「うん……」
呼びかけに応え、僕はサレンを下ろす。
覆頭を深く被り、背中を丸める彼女の歩みは亀のようで、村人の視線を一手に引き受ける身としてはあまりにも頼りなかった。
「──待って」
だから、止めた。
覆頭を被ったせいで、サレンの顔は良く見えない。
けど何を考えているかなんて、手に取るようにわかる。
縮こまり、震え、一人孤独を感じているようなサレンの考えなら。
「……マコト、……くん?」
掴まれた右手から顔を上げ、心底不思議そうに声を途切れさせる。
そんな困惑の渦にいるだろうサレンに、僕は口を開いた。
「サレン。僕は少し…………怒ってるよ?」
「え……? ……へぇっ!?」
サレンの体が、ビクッと震える。
声を発しない口は、どうして? と言外に告げているようで、僕は言葉を続けた。
「サレンが、村の人達を信じていないからだよ」
「そ、そんなことは……」
「いや、あるよ。村の人たちを助けたいって思いは本当だろうけど、信じてはいないんだよ。……村の人も、…………サレン自身のことも」
見えない金の瞳を見つめ、僕は踏み込む。
触れてほしくないだろう、サレンの過去へと。
「今でも失敗するのは怖い?」
「っ!?」
僕の問いに、サレンは胸を押さえ始めた。
「1度失敗したら、皆がサレンを疑がった……。2度失敗したら、皆はサレンを信じなくなった……。3度失敗したら、誰もサレンに期待しなくなりました……。…………なのにっ!」
声を震わせ、身を震わせ、涙を浮かべる。
サレンへの信頼はなくても、【治癒魔法】には価値があったのだろう。
求める者はどこまでも求める代物だし、使わずにいようなんて人はいない。
動けば良しの治癒奴隷。
そんな風に思っていた人がいたから、サレンは利用され続けたのだ。
「冷たい目の人は、とても怖くて……。だから、サレンは逃げました……」
サレンが恐れて止まなかったのは、失敗して嫌われること。
嫌われるくらいなら、と隠れることを選んだのがサレン一家だったわけだ。
誰だって、人から見放されたりしたら辛い。
それが齢8歳であるなら尚の事。
心痕になってしまったのは仕方のないことだとは思う。
でも、ここだけは譲れなかった。
「逃げるなんて言わないよ。ただ、受け入れてくれた人のことは、信じていいんじゃないかな」
「!」
頭では分かっていても、見えていなかったんだと思う。
この村の人がどれだけサレンを思っているかを。
だから僕は、見てほしかった。
覆頭を被ったままでもいい。
紫の前髪越しでもいいから。
この光景を。
「今日、大勢の人たちが怪我をしたのはなんでだと思う?」
「…………魔獣がたくさん出たから、……ですよね?」
「もちろん、それもある。僕自身、サレンがいてくれなきゃどうなってたかわからなかった。でもね、僕はこうも思うんだよ」
「?」
「互いを助け合ったから、ってね」
「……っ、…………あ」
サレンは僕の言葉を理解したように、ハッとした顔を見せた。
「自分だけ助かろうと思ったら、逃げれば良かった。でも誰もそうはしなかった。みんな怖かったはずなのに、勇気を持って立ち向かった。だから、誰も死なずに済んだんだよ」
押し付けるのではなく、分かち合う。
例えそれが痛みあっても、大勢でなら分け合える。
どれだけ犠牲を払おうと、誰か一人に負わせない。
大勢が不幸に巻き込まれたのではなく、自ら望んで不幸を受け入れたのだ。
「どんなことがあろうと、サレンを嫌ったり、見捨てて離れたりする人は、この村に一人もいない。もう過去は繰り返されないよ」
「…………はい」
負傷者の連なる惨情は、けして良いものではないだろう。
けど広場から死者への悲嘆は上がっていない。
なら、まだ間に合う。
声を震わせようと、顔を上げ、涙を拭ったサレンの背に確信する。
数分前では言えなかった期待を込めて、僕はサレンの頭を撫でた。
「サレンなら、皆を救える! 僕の運命の人であるサレン=ネーゼはすごいんだって、みんなに自慢させてよ」
そばにいる。
最後にそう伝えた僕は、サレンの背中を強く押した。
「ありがとうございます! マコトくん!」
一切の迷い無し。
覆頭を脱ぎ、金の瞳を顕にしたサレンは、村人の元へと走っていく。
その姿に、強く頷いた。
「ねぇ、マコトマコト。口を挟むようで悪いけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。少なくともサレンはその気だし、僕だって信じてるんだから」
「そういう気合でどうにしよぉーとする感じは、ものすんっごーく好きなんだけど! ……さっき見せてもらった【還元魔法】だと……」
「……魔力が足りない……か?」
村に戻る道中、僕はサレンに【治癒魔法】を施してもらっていた。
魔力の無駄遣いになるのが嫌で一回は断ったのだけれど、端から見たらそうこう言っていられるものでは無かったらしい。
そんな大怪我すら治してしまう【還元魔法】を連発しようとしているのだから、当然問題となってくるのは魔力だろうと、僕は顔を渋くする。
けれど、アカリは首を横振った。
「どっちかって言うと、時間……かな? 【還元魔法】って、自分の魔力を一度無色に戻す作業が必要だから」
「無色……?」
「ほら、魔力って色が付いているでしょ? 私なら【赤】、サレンちゃんなら【藤】って感じで」
「あぁ。言われてみれば、……確かに」
記憶を振り返った僕は、両者の違いにポンッと手の平を叩いた。
「獣人が持つ【魔法】は固有のもの。自分が持つ魔力は、その【魔法】を使うためにあるって言っていいだよ」
「つまり……?」
「【還元魔法】ってのは、他者の魔法ってこと。自分の魔力と合わない【魔法】では使えないから、一度無色にして、詠唱と言う名の塗替えをすることで使える魔法なの」
「他者の、魔法っ!?」
カラルさんや、エラルドさんから聞くことの出来なかった【還元魔法】についての言及に、僕は瞠目する。
魔法に関して、この世界は制約まみれだ。
そしてまた一つ。
他者の魔法を使うことを、この世界は簡単に許さない。
【還元魔法】を扱えるものが少ないというのはエラルドさんの言葉だが、魔力そのものが他人と自分とで違うとなれば、信憑性は高そうだった。
「とにかく、時間! 『オーバーフロー』している今なら、魔力よりも早さを優先しなくちゃ!」
「なら、より重症な人から手当すれば、全員助かるかもしれないってこと!?」
「可能性は、……上がるんじゃないかな」
「……っ!」
顎に手を当てていた僕達は、やることは一つだと、無言のまま頷き合う。
一人も死ななかった今、治療が遅れたから助からなかったなんて事態は避けたい。
いや、起こさせない……!
サレンが頑張っているのだから、役に立てることがあるのなら手伝いたい。
広場へと振り返った僕は、すぐさま重症者はいないかと瞳をかっ開く。
けれどすぐさま──、
「────【清流は謳い、大地は猛る】」
聞き馴染みのない詩に、時を止めることになった。
「【萌しの到来、芽吹きは間近。叢生の願いを一種に託す】」
誰の近くに寄らず、広場の中央に佇むサレンは胸の前で手を組み、祈るように目を閉じる。
これまでとは何かが違う。
悟ったのは僕だけでなく、涙を流していた村人も顔を上げ、誰もがサレンの詩へと視線を注ぐ。
「【夜昼の転換、季節の巡り。それでも時は、針の一振り】」
覆頭衣に覆われていた藤色の魔力が輝き出したかと思えば、眩い閃光は白光へと変わる。
やがて倒れた村人全員を包み込むように膨張を始め、白亜の魔力は吸い込まれるように地面に流れた。
「【永久に至った力の雫で、どうか我らに光の慈悲を。聡明たる裁断を】」
これがサレンなのか。
風に乗って聞こえる声はまるで別物で、高々に紡がれる言葉は玉音のよう。
「これって……、魔法領域?」
地面に浮かび上がる文字の羅列と、何重もの真円。
魔法ではお馴染みの魔法陣が展開され、僕の胸は高鳴る。
「サレンちゃん、何者ぉ……? 二つの系統扱うとか聞いてないよぉ……」
「……ア、アカリ?」
どうやら何か事情があるようで、僕以上に圧倒されているアカリはカラ笑いを吹いては、頬を引きつらせる。
そんな最中、空気が止まった。
「────【フィオーラル・グラバランズ】!!」
耳朶に流れたのは、【魔法名】。
そして、雫が落ちる音。
「───っ」
魔法領域の表面に広がった波紋によって、白色は琥珀に。
途端に舞い上がった淡い光粒が、村人1人1人の傷口に流れ込んでは傷を癒す。
苦痛からの解放に呻きは止まり、溢れる安堵と驚嘆の声が爆発した。
「「「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」」」」」
そして起こる大歓声に、次々村人が立ち上がった。
「ど、どうなってんだこりゃ!?」
「そんなのどうでもいいさ!」
「助かった!? 助かったぞぉおおおおおおおお!!」
痛い箇所はないかと体を動かす者。
家族と抱き合い、喜びを分かち合う者。
拳を振り上げ、豪快に涙する者。
見ていて気持ちいいほどの一体感に生まれ、僕もつられて微笑んだ。
「ゔゔぅぅぅぅっっっ、サレンぢゃぁぁぁぁぁぁんんんっ」
「あ、はははぁ……っ」
そんな僕の隣では、数秒前まで頬を引きつらせていたとは思えない百面相を披露し、鼻水すら垂らしそうな勢いで涙するアカリがいた。
(それにしてもすごい……! あっという間に全員癒してしまうなんて……)
本当に良い意味で裏切られた。
時間との戦いを懸念し、少しでも役に立てたらなんて考えていた僕達を嘲笑うかのように、サレンはたった一つの魔法で全てを解決してみせた。
なんでそんなことが出来たのか。
アカリが動揺した理由はなんだったのか。
疑問は尽きないけれど、今はどうだっていい。
抱き合い、喜び、涙する。
痛みを分かち合うことで乗り切った獣災。
そして誰一人欠けなかった村人の勝利の前では、些細なことだった。
「うぅっ……マコトぉ。サレンちゃんの所に行ってあげて……。きっと待ってるから……」
「さっきは浮気者とか言ってたのに、急な心変わりだね……」
「私だって鬼じゃないんだよぉぉぉ……!」
両手と尻尾をぶんぶん振るせいで、滝のように流れる涙が僕の方にまで飛んで来る。
その感受性の高いアカリにも微笑ましさを感じつつ、鼻をかむようにと布を渡す。
「それに、一緒にいるって言ったのはマコトでしょう…………?」
「ふーんっ!」と力強い鼻息を吹いたアカリは、布で顔半分を隠したまま、僕に首を傾げる。
二人してサレンへと視線を向ければ、無表情のまま佇んでいる。
安堵を通り越し、上手くいき過ぎた目の前の光景を受け入れられない。
そんな風に思っているのかもしれなかった。
「んっ」
ついには瞳を細め、顎をしゃくってせっつくアカリに甘え、僕はサレンの下へと駆けた。
「サレン」
「…………マコト、くん」
呆然と広場を眺めていたサレンは、僕の呼びかけに首だけで振り向くも、すぐさま視線を戻してしまう。
それは喜ぶ村人を見ていたいという思いからなのか、隣に立ってもサレンは目の前を直視し続けていた。
「マコトくん……。サレンは上手く出来たのでしょうか?」
まるで覇気のない口調で、サレンが尋ねる。
「うん。出来きてたよ。これがその答えじゃないか」
「……っ」
僕たちの前に広がるのは、無邪気な大人たちが抱き合う姿。
その光景にようやく実感を覚えたのか、僕の裾を引っ張りながら声を漏らす。
「出来た……。出来たんですね…………っっっ。サレンは、みんなの期待に……応えられましたああああああっ!!」
一つ、また一つと流れる涙が頬を伝い、雫になって地面に落ちる。
間もなく涙腺は決壊を起こし、止める術を持たないサレンは、僕の腰元へと顔を埋めた。
「うわああああああああああああああああああっっっ!!」
過去のトラウマを乗り越えた幼女は、これまでのひっそりとした話し方忘れたように、叫び声を上げる。
埋め尽くしていた歓声が、やがて幼女の嘆きの前になりを潜め、誰もが微笑みを絶やさず見守った。
「…………うん。本当に、よくっ、……頑張ったね…………!」
きっと僕の声は聞こえていない。
でも、関係ないだろう。
サレンはこれから、多くの感謝と励ましを貰うから。
「「「「「サレンちゃーん!」」」」」
「「「「「サレン!」」」」」
「ふぇっ!? えぇっ!?」
居ても立ってもいられなかった村人たちが、一斉にサレンの名を呼び、雪崩のように押し寄せる。
たちまち周りを囲まれ、人垣の中心で泣いていたサレンも何事かと顔を上げた。
「本当にありがとう!」
「この恩は忘れないよ!」
「こんなに小さいのに立派だわー! さすがサレンちゃんね!」
一斉に浴びせられた感謝の嵐に、金の瞳は戸惑と困惑に染まり、僕を見る。
街で味わうことのなかった人の暖かさを、サレンはこの村で手にしたのだ。
「大勢に囲まれて感謝されるのも悪くないでしょ?」
「……はい。とっても気持ちいいです。この村に来れてよかったです。……あと──」
「──うわっ!」
泣きじゃくっていたはずのサレンが、突然飛び上がる。
「マコトくんに会えてよかった!」
「っ!?」
魔力で強化されたサレンの力に、僕は抗えなかった。
首に回った小さな両腕。
胸に押し当たる幼女の体。
サレンに抱き付かれた僕は、その勢いのまま倒れ込む。
遠くに見えるアカリからは、『そこまで許してないんだけど! 浮気者!』、なんて声が聞こえてきそうで、拗ねたように顔を逸らされてしまった。
「おぉ! 両手に花ってやつかい、兄ちゃん!」
「あはは…………、ですかね…………?」
村人からの担ぎ合いの声に合わせ、広場はさらに活気立つ。
アカリを思うと素直に笑うことが出来ず、苦笑がさらに火をつけることになり、もはや僕にはどうしようもなくなってしまうのだった。
「あ、そうだ。サレンに聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「いやー、僕はサレンがヒューマンだと思ってたんだよ。だって、サレンって獣人っぽい所がないでしょ? どうやってカラルさんたちはサレンが獣人だって気づいたのかなって思っててさ」
それは昨晩の食事の最中の話。
エラルドさんとカラルさんに笑って誤魔化された、サレンにもあるという獣人としての特徴について。
『ぜひ仲良くなって聞いてみるといいさ。教えて貰えたなら、君をサレンの婿にしてやってもいいぞ!』
『ぶっ!?』
ついでに吹き出してしまった一幕を思い出しながら、僕はサレンへと問いかける。
「あぁ……っ、えっとぉ~……、それはですね……」
よっぽど言いたくないことなのか、指先をくっつけて視線を逸らすサレンの頬が、ほんのり紅潮する。
またしても勢いまかせに余計なことを聞いたかと思い、慌てて謝罪すればサレンも両手を振って否定した。
「サレンにとって恥ずかしい思い出になってしまっただけで、別に見せるのが嫌なわけじゃないんです……」
「思い出?」
「はい……。幼い頃のサレンも、自分がヒューマンだと思っていたんです。だから、両親との違いを見つけて大泣きしたらしくて……」
そういうと言葉とは裏腹に、僕だけに見えるように舌を出す。
「サレンは、蛇獣人……。蛇の獣人なんです」
その名に相応しく、先端が二つに分かれた舌を出すサレンが、恥ずかしそうに微笑んだ。
「だ、誰にも言っちゃダメですよ……!」
「だ、大丈夫だよ……! 約束する。誰にも言わないよ!」
約束を取り付けるサレンは、舌を隠して口元へと指を立てる。
そんなサレンに誓いを立てれば、ホッと安堵の息を吐いた。
「でも、別に恥ずかしいことだとは思わないよ。どんな姿でもサレンはサレンなんだから」
「……っ、…………ありがとう、ございます」
ハッとした表情を浮かべ、サレンは僕の胸へと顔を埋める。
突然できた2人の秘密。
その秘密を奥に隠すため、胸に乗ったサレンの頭ごと、手を置くのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
多くの作品では“無詠唱こそ強さの象徴”として描かれがちですが、作者はむしろ 詠唱が大好き です!!
詠唱が長ければ長いほど、「どんな魔法が来るんだ……!」とワクワクできるので、今回は自分の“好き”を思いきり詰め込んだ回になりました。
次回は、再び物語が大きく動き出す回になります。
マコトたちは一体どこへ向かい、何を目指して進むのか、楽しみにしていただけると幸いです。
ブックマークや応援コメントをいただけると、創作の励みになります。
これからもよろしくお願いします。




