115.不思議の国と《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》
いつもより早く目が覚めた。
太陽が昇ったばかりの時間帯、柔軟の後、ジャージのジッパーを上げ走り出す。
乾いた空気。
朝の匂い。
アリスは逸る気持ちを抑えるように、全力で公園のランニングコースを駆けた。
アスレチックの上を飛び跳ね、遊具に足を掛けて身を翻す。
軽いシャドーを挟みながら、頭より高い位置に蹴りを数度。
身体の調子はすこぶる良い。
心なしかいつもより動いている気もする。
目も同じ。
風に揺らぎ落ちた木の葉の一枚、鳥が羽ばたく瞬間すら鮮明に映り、感覚が研ぎ澄まされているのがよくわかった。
「いよいよ始まるんだ」
空に向かって手を伸ばし太陽を掴む。
「頑張るぞ」
戦う者。
挑む者。
待つ者。
見守る者。
プレイヤーたちは思いを込めて、いつもの合図を唱えた。
「ゲームスタート――――――――」
Project Storm本社。
「最終確認だ。サーバーの調整」
「問題無し」
「フィールド」
「問題無しッス」
「エナドリ」
「補充済」
「よし」
全社員がフル稼働している様は、戦場さながら。
鬼気迫る顔でパソコンに向かい合っている。
「社員には無理をさせたな。お返しをしないとな。今年の社員旅行は豪勢に行くか。どこに行きたい?」
「リゾート」
「温泉とかッスかね」
「海外」
「サトゥルニアでも行くか」
「無料温泉地じゃないッスか」
「浮いた分で美味いものが食えるだろう」
「サトゥルニアってイタリアだっけ?トレビの泉は観ておきたいわね」
「イタリアってピザとパスタ以外何があんだ?」
「ジェラートもパンナコッタもイタリアだ」
「あとズコットもね」
「ズコットは知らねえ」
「てかイタリアで確定したんスか?」
「まあ、ゆっくり決めてくれればいいさ。このイベントが終わったらな」
史上最大のログイン数を誇る世界を眺めていた山風志郎は、傍のギアに手を伸ばした。
「あとは頼む。何かあったら呼んでくれ」
「自分が戦うわけじゃないのに行くのね」
ああ、と志郎は相槌を打った。
「どうせなら近くで見たいだろ。歴史に残る名勝負だ」
好奇心故の言葉か、それとも。
行く末を見届けるべく、電脳世界へとダイブした。
ゲームにログインした瞬間、怒号のような歓声とファンファーレ、青い空に咲く花火がアリスたちを出迎えた。
「すっごい…」
「予選のときとは比べ物になりませんね」
「本戦出場者は…っと。お、こっちだって。行こ行こ」
アリスは元より、他の五人も概ねいつもどおりな様子。
一部装備が変わっている以外は。
人混みを掻き分けながら、本戦出場者のみが集められた闘技場へとやって来た。
遅れたわけではないもの、ステージへ上がった彼女たちに視線が突き刺さる。
「もうバチバチじゃない」
「ほとんどすでに見知った方々からの敵意のようですが…」
フィールドの端で【セイレーンの瞳】たち。リーダーのエレンがアリスたちへ会釈を。
少し離れたところに【ROSELIA】たちが。ホロウが気付き、軽く手を挙げる。
するとそこへライオンの獣人族、【十天】のリーダー、レオンがやって来てアリスたちに声をかけた。
「よおアリス。久しぶりだな」
「レオンさん。こんにちは、お久しぶりです」
かつてギルドバトルの中で交流した人物。
アリスと対比するまでもなく大柄で、以前より迫力が増しているようだった。
「派手なイベントだな。調子はどうだ?まさか怖気づいたりしねえよな?」
「はいっ。大丈夫です」
「そりゃよかった。招待枠と聞いたときは、まさかおれが?なんてそりゃあビビったが。またお前らとやり合うチャンスが出来たんだ。レイだけじゃなくて、お前らも狙っていくから覚悟しろよ。あの頃より強くなってるみてえだが、おれだって成長してるところを見せてやる」
「とか言って、負けても泣くなよー?」
「ハッハッハ、言ってろ。それじゃあな。勝っても負けても恨みっこ無しでやろうぜ」
と、レオンは爽やかに去っていった。
「そっか…レイさんを倒すっていうのは全員の目標だけど、それ以外の個人戦も狙ってる人が居るんだ…」
「モスキル枠もありますしね。第一、それでなくてもアリスさんは人気なのですから」
「知名度だけならずば抜けてるしね。【不思議の国のアリス】は。あ、ちなみに私も姫を狙うわよ」
「ほぇっ?!」
「当然でしょ?だって焼き付けてやりたいじゃない。強くなった私を、そのキレイな目に」
顎クイ。
「ほえぇ…」
アリスは顔の良さに圧倒され頬を真っ赤にしたが、すぐに番犬たちに払われた。
「個人戦ですから、協力して…というのもおかしいですしね」
「協力という形はケースバイケースかと思われます。同じギルドなどは関係なく、状況に応じ効果的と判断する場合も無きにしもあらずかと」
「サクラの言うとおり。ウチは全員ぶっ潰すけどね。てか、アリス以外にヤりたい奴らが居るのも、当然っちゃ当然だし」
そう言うココアの視線の先では、リリーシアが中指を立てていたり、メルティアがヒラヒラと手を振っていたり。
そして、【不思議の国のアリス】以上に空気をざわつかせる集団が闘技場に入ってきた。
黒い竜人族の少女を先頭に、多種多様なメンツで構成されたギルド。
「ごきげんよう」
【LIBERTAS ZERO】。
堂々の登場である。
アリスを見つけるなり、ノアは嬉しそうに近付いてアリスの手を取った。
「こんにちはアリスちゃん。ご機嫌いかがですか?」
「こんにちはノアちゃん。うん、絶好調」
「よかった。なら遠慮なく斬れます」
ニコニコと危うい敵意が突き刺さる。
「この大会はいいですね。斬り甲斐がある方がたくさん。どれから斬ろうか目移りしてしまいます」
「それは残念ね」
ナッツが冷淡に割って入る。
「それより速く私があなたを斬ってあげる。【海神の胎】の借り、今日返すわ」
「出来るものならご自由に。ではアリスちゃん、後ほど」
これ以上気を昂ぶらせないよう、ノアはアリスたちから離れていった。
「嵐の前の静けさですね」
「あいも変わらず要注意人物ってことね」
と、肩を落とすナッツにそーっと近付き、パッと目を覆い隠す人物が一人。
「?!」
「だーれだっ?」
「ちょっ、何…?」
「じゃーん!正解はー」
「ッ?!ロ、ロロ?!!」
それは本名を汐崎架純という、ナッツの古巣である元アイドルギルド、【ナイトオブラウンズ】リーダー、一の席ロロというプレイヤーだった。
夏の初めに引退を表明し、【不思議の国のアリス】の助力の甲斐有って、解散ライブを大成功に収めた経緯は、今も人々の心に残っている。
「なんで?!どうして?!」
「いやぁ、じつはですねーレイさんから直々に司会進行のオファーをいただきまして」
「司会進行のオファー…ですか?」
「はい。あれだけ大々的に引退した身としてはもちろん気恥ずかしい思いでいっぱいなのですが、あのレイさんたっての希望ということで、今回限りオファーを引き受けたというわけです」
「そう…びっくりしたわ。何も言ってくれないんだもの」
「サプライズですよサプライズ。ナッツちゃんのびっくりする顔が見たかったの。司会進行としては贔屓は出来ませんが、友人として精一杯応援しますよ、ナッツちゃん」
「ええ」
総勢九十九名。
各々が言葉を交わす中。
本戦開始一分前。
人間ならざる造られた人間たちが四人、先行してステージへの道を開けた。
そうしてようやく百人目の人物が入場した。
楽しそうに口角を上げ、夜を切り取ったかのような黒い外套をたなびかせ、カツンと敷石を踏み鳴らす。
視線を一手に引き寄せ、ステージ中央にて世界を仰いだ。
「レディース&ジェントルメン――――――――!!!」
レイは開幕の宣誓を告げた。
「強豪、猛者、精鋭。全プレイヤーの中から席を勝ち取った、世界中の名だたる方々。ようこそお祭りへ。《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》、歴史上最大の戦場へ。今日という日を無事に迎えられたこと、心から嬉しく思います。招集に応じてくれたプレイヤーに、このイベントの運営に尽力してくれるスタッフに、厚く御礼申し上げます」
一見して謙虚な姿勢。
しかしそれがポーズだと、彼女を知る者たちはすぐに見破った。
感謝など微塵もしていない。
これは皆で楽しく仲良く、といった催しではなく、あくまで一人の最強を決める戦いだと。
自分にとっての引退式でしかない、ならせめて楽しませろと。
目が雄弁に物語っている。
「さて、長い挨拶なんて誰一人求めてないだろうし。とりあえず移動しようか。ロロさん、司会進行よろしく」
『お任せください!』
ロロが指を鳴らすと、その場の全員が一斉に転移した。
目を開けてすぐにはそこがどこだか判別はつかない。
それほどまでに、そこはNEOの世界そのままだった。
ただしすでに現実世界とは時間の流れ方が違う。
ここはもうレイのアドミニストレートスキル、【放浪者】の権能の領域であった。
『この日のためにProject Stormが用意した特設フィールド!海底神殿、星天の大地以外を忠実に再現したNEOの全域!その名も【The Replica】!!通常のフィールドと違うのは、他プレイヤーはもちろん、NPC、ダンジョンなどの特殊空間、ワープポータルは存在せず、フィールドの全てがモータルオブジェクト…つまり破壊可能となっている点!オブジェクトによって強度に差異があるため、オブジェクトを利用しての遮蔽や隠遁には注意が必要です!』
新たに空に映像が流れた。
『それではルールの説明に参りましょう!
一つ、百人同時参加のバトルロイヤル!個人で戦うもよし、場合に応じて乱戦を狙うもよし!
二つ、開始直後プレイヤーはフィールドの各所にランダムに転移され、最後まで生き残った者が優勝となります!
三つ、装備、魔法、スキルの使用に制限は無し!ただしHP、MPの回復系スキル、魔法は制限され、パッシブ、アクティブ問わず回復効果は発動しません!同じように通信機能、通信系の魔法及びスキルも効果は発動しません!
四つ、モンスター及びレイさん用意した特殊NPCが出現しますが、これらに倒された時点でもゲームセット!残念ながら敗退となってしまいます!
五つ、回復アイテムの持ち込みは不可となっており、フィールドにドロップするもののみ使用可能です!モンスターを倒してもドロップするので、余裕がある方は積極的に狩るのもいいかもしれません!回復アイテムの他、バフアイテム、弾薬、グレネードなどのアイテムもドロップします!
六つ、フィールドはあまりに広範囲のため、一定時間が経つごとにエリアの端から消滅します!消滅時に該当エリアに存在する、または消滅エリアへ出てしまった場合も敗退となります!
七つ、ゲーム内において六時間ごとにマップに生存プレイヤーが表示されます!ですが表示されたプレイヤーの名前は開示されません!
八つ、ゲーム中のログアウトはその時点で敗退となります!復帰も不可となるので気を付けましょう!
九つ、ここに集まるほどの皆さんならあり得ない話とは思いますが念の為!チートなどの不正ツールは発覚次第失格!それまでのキルも無効に、Project Storm直々に永久追放が下されます!
そして最後に!ゲームを思いっきり楽しみましょう!!』
アイドルらしい快活で淀みない説明を済ませた後は、各選手の紹介に移った。
『それでは、今大会を彩る名プレイヤーたちを紹介しましょう!まずは《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》の立役者!世界にその名を轟かせ、最強の位を恣にする時代の象徴!【夜空の王】!レイ選手!!』
紹介の後、レイは参加者を存分に煽った。
「お集まりのあたしより弱い諸君」
一瞬で敵意、殺気が充満した。
レイが指を空に立てると、
「あたしはあそこで待ってる」
ノクティス、ヴィルヘルミナ、ベルセリオン、グラーディス、四人の人造人間たちが一斉にスキルを唱えた。
「【星天降臨】」
次元の壁を越え、四つの戦艦が姿を現す。
羅針母艦――――《ピクシス》。
風翼帆艦――――《ヴェラ》。
竜骨巨艦――――《カリーナ》。
空渡尾艦――――《プピス》。
それぞれが契約している星天の使徒の巨大な艦は、轟轟と唸りながら変形、連結し形を組み替えていく。
「【星天合体】」
ノクティスのスキルコールの後、四つの艦は一つの艦へと成った。
全長十キロ、全高三キロの超大型戦艦。
弩級銀河戦艦――――――――《アルゴノート》。
空に聳えるその艦は、さながら魔王の待つ城のようだった。
《アルゴノート》から降る光に包まれ、レイの身体が浮かぶ。
「あたしに勝てる奴だけおいで」
ふと、レイの目がアリスに向く。
ニヤリと笑ってそのまま空高くへと消えていった。
『こ、こほん!気を取り直して、紹介を続けさせていただきます!万象を凍てつかせる氷の女皇!青薔薇を司る絶世の美女!【ROSELIA】所属、【銀世界】!ホロウ選手!!』
「アリス」
「はいっ!」
「レイは私がもらうわ」
冷たい宣戦布告。
近付いただけで凍りそうな闘気だった。
「みんなカッケー。マジでゾクゾクする」
「臆しましたか?」
「なわけ。人のこと気にしてる場合?緊張でエイムブレんなよ」
「そちらこそ。せいぜい無様を晒さぬよう」
「お二人は相変わらずですね」
「ルナも緊張してるように見えるわよ」
「それはまあ…名だたる方々ばかりですし…。気後れもします。ですが負けるつもりは毛頭ありませんので、どうか安心してください。もちろん、皆さんにも」
「上等」
「マスター」
「どうかした?サクラちゃん」
「正直なところ、人造人間である私に、この大会の報酬はあまり魅力的に感じません。元より優勝した暁にはマスターに全てを捧げるおつもりです」
しれっと優勝宣言するあたり、大層な自信が窺える。
「ですので、もしも私が優勝したときは、どうかマスターより直々に報酬をいただきたく存じます」
「私から?」
「はい。人間同士は愛情を伝えるコミュニケーションとして、唇と唇を合わせ体液の交換を用いると聞きました。僭越ながら、優勝した際はマスターより口付けを賜りたく存じます」
「うんっ、なんだそんなことならいくらでもってほええええええ?!!!口付けって…キキキキキキキキッシュ?!!!」
「それが愛情を伝える最上位の行為だと」
「ほ、ほえぇ……」
「どうかご一考を」
と頭を下げるサクラだが、当然他の四人が異議を唱えるわけで。
「生意気言うなこの新入りがよぉ」
「アリスさんの神聖な唇はすでに私が予約済みなんですが?」
「アリス様、私はキスとは言いませんので、お休みの日に一緒にお出かけしましょう」
「何を肩に手置いて私は妥協してますよ?感出してんのよ。抜け目がないったら。じゃあ私は姫に膝枕して耳かきしてもらうわ。六時間コース添い寝付きで」
「いかがわしい。それなら私はアリスさんと二人っきりで旅行に行きますからね」
「ならウチはアリスと付き合うかんな邪魔すんなよウジ虫共」
とまあ、呑気に白熱する【不思議の国のアリス】だった。
「チャオ」
置いてけぼり気味だったアリスに、眩しい金髪をした少女が話しかけた。
「あなたがアリス?実物は結構小さいのね。思っていたよりもずっとキュートだわ」
「えっと…」
黄金の装備を纏い、腰には剣と拳銃を装備したその少女は名乗ってウインクを一つした。
「テスタロッサよ。アリス、あなたの動画をいつも見てるわ。いつか戦ってみたいって思っていたの。こんな機会に恵まれるなんて。神様に感謝しなきゃ。戦場で逢ったらよろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします…?」
いやに短い挨拶で逆にアリスをうろたえさせ、テスタロッサと名乗った投げキッスを一つし去っていった。
『続いてイタリアは水の都ヴェネツィアより、アドリア海の至宝!NEO屈指の【雷魔法】の使い手!【Colpo di fulmine】、テスタロッサ選手!!』
歓声が空気を震わせる。
去っていく後ろ姿を見ながらシズク。
「テスタロッサ…ということは、あれが噂の【雷帝】ですか」
「【雷帝】?」
「【雷帝】テスタロッサ。イタリアのプロチーム、【Colpo di fulmine】のリーダーです」
「こる、ぽでぃ…何?」
「【Colpo di fulmine】。稲妻の一撃…転じて一目惚れを意味する言葉です。彼女はそこのリーダー。突出した才能で弱冠十六歳にて筆頭に抜擢され、国内のリーグを総ナメにしている強者だとか。また厄介そうな方に目をつけられましたね」
「アハハ…」
人を惹き付ける魅力。才能だと人は言う。
良くも悪くも、だが。
「テスタロッサ以外にも国外の有名どころがわんさかしてる。アメリカ【THE TOP】のエマ。中国【九龍楼閣】のクゥ。イギリス【GARDEN】のエリザベート。ゲーム業界で名前を聞かない日がないようなプロの中のプロがガン首揃えてる」
「スゴい人たちっていうのはわかったけど…………なんか、みんなこっち見てない?」
「こっちというか」
「皆さんアリス様を見ている気が」
「さすが、世界が注目してるだけある」
「大げさだよ…」
苦笑いするアリスを余所に司会は進行する。
『能面の下に秘めた魔性は雪月花!【セイレーンの瞳】、【雪の魔将】エレン選手!!獣王無尽の剛力剣士!【十天】!【百獣の王】レオン選手!!』
誰しも一度は名前を耳にしたことのある選手が名を連ね、彼女たちの紹介に至ったとき、歓声は一際大きなものになった。
『NPCながら予選出場枠を勝ち取った新緑の人造人間!未だ実力は未知数!【五つ葉の萌芽】、クレア選手!!』
『今大会唯一の生産職にして、世界唯一の呪術師!【地獄守】アスカ選手!!』
『堅牢堅固な鉄壁の要塞剣士!【全能の楯】!シャルロット選手!!』
『体術、魔法において右に出る者無し!愛くるしい見た目は伊達じゃない!【愛の使徒】ルーファ選手!!』
『【LIBERTAS ZERO】きってのスピードスター!数ある部隊を束ねる風の妖精!【御伽の剣士】!クイーン選手!!』
『そしてこの猛者たちの上に立つ絶対強者にして、剣に生き剣に愛された剣士の中の剣士!!世界よ、時代よ、破滅の到来を謳うがいい!【LIBERTAS ZERO】リーダー!!【天地開闢】!ノア選手!!』
「ノアちゃん」
レイ以外にも戦いたい選手はいる。
それはアリスとて同じことだった。
ノアの目が、殺気が、改めてそれを実感させる。
『そしてそして皆さんお待ちかね!!破竹の勢いで数多のギルドを下し、個々の実力を上げてきた新星のギルド!【不思議の国のアリス】より、確かな力で予選を勝ち抜いた人造人間の双翼!大輪の花を咲かせるか【奇跡の花】!サクラ選手!!』
『その歌声は天上の福音!世界よ聴け!これが騎士!これがアイドルだ!主君に忠誠を誓う【歌姫】!ナッツ選手!!』
『絆の紡ぎ手!艶やかに、妖しげに!その手は運命の糸を手繰る!【白の聖女】!ルナ選手!!』
『我こそは紅の支配者!未来さえ見通す【不思議の国のアリス】のスーパーガンナー!【紅蓮の女帝】!シズク選手!!』
『命を蹂躙する天使!闇に墜ちて尚、勝利の栄光を渇望する者である!【光の女王】!ココア選手!!』
『今や世界に知らぬ者無し!時代の寵児!黒き疾風!愛しき災害!天使か悪魔か、今大会期待の注目株!次世代を担う若き【超新星】!!アリス選手――――――――!!!』
アリスは大歓声を一身に浴びながら、ゆっくりと剣を抜き真っ黒なオーラを纏った。
開戦の合図と、刀身に纏わせた闇を空に…《アルゴノート》に向け放つ。
漆黒の花火が咲いた後、アリスは大声で叫んだ。
胸いっぱいに溜め込んだ覚悟を。
「私が勝つ!!!」
『スタート5秒前!!4!!3!!2!!1――――――――《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》!!スタート――――――――!!!』
開幕の合図と共にプレイヤーたちはフィールドの各所へと転移した。
それぞれが戦火の灯を胸に宿して。
時代を賭けた戦いが始まった。
バトル開始直後。
アリスは自分が凍土エリアの北端に居ることを確認するなり、すぐにスキルを発動させた。
「【星天降臨】」
次元の穴から現れる不死鳥の残照。
《フェニックス・星の残照》。
「お願い」
背中に飛び乗るなり、マップの中央へ一直線に向かう。
レイが待つ《アルゴノート》へと。
開始直後の誰とも接敵しないであろう時間なら、最短でレイの元へと辿り着けると踏んでいた。
他にも戦いたい相手は居る。
しかし、レイ相手に疲弊消耗したまま勝てると思うほど、アリスは傲慢ではない。
どうせならば、お互いフルな状態が望ましいと。
ただ実際のところ、プレイヤーの転移位置はアルゴリズムによって導き出された完全ランダムで、他のプレイヤーとは数キロないし数十キロ単位で離れた場所からスタートし、しばらくの間は誰とも接敵する予定はなかった。
そうでなくとも超広域のフィールド。
時間経過でエリアが縮小するまでは、戦闘などモンスター以外とは起こりようもなかった。
そう、そのはずだったのだ。
「!」
それは肌が殺気を感じ取った、反応の勝利だった。
勢いよく振り返った矢先、白い剣閃が眼前に迫っており、アリスは抜剣での防御を余儀なくされた。
「不意打ちにもこの反応速度…今のは我ながら好機と思っていたのですが」
「まさか…どうして…!」
「しかしいきなり空の上とは…やはり私たちの考えの斜め上を行きますね。アリス様は」
「ルナちゃん…!」
アルゴリズムを嘲笑うかのように、業が、宿命が戦士たちの邂逅を導いた。
『おーっと!!ここでいきなり接敵だ!!最初の火蓋を切って落とすのは…まさかまさかのこの二人!!アリス選手とルナ選手!!【不思議の国のアリス】同士の一騎打ちだぁ!!』
「いきなり現れたってことは…【迷い家】のスキルだよね…。けど、【迷い家】の出入り口はマーキングしたポイントにしか…」
「ええ。ですので、少々小細工を」
カサカサ。
アリスは肩に極小の蜘蛛が這っているのを見やった。
「蜘蛛で【迷い家】の出入り口を…。試合開始の前の、あのとき!」
蜘蛛は糸を使ってルナの元へと戻り袖の中へ消えた。
「試合前にスキルを使ってはいけない、というルールは無かったもので。こうでもしなければアリス様と会えるかどうかも怪しいところでしたし」
「ちょっと…いや、うん。かなり予想外だった」
「私がアリス様を狙ったことですか?それとも、私がアリス様を敵と認識していることですか?」
「両方…かな」
「ですよね。これは私なりの欲です。アリス様を独り占めしたい気持ちは、私だって強いんですから」
鍔を鳴らし構えるルナを、アリスもまた構えて迎える。
「初心者だったときはもっと可愛げがあったのに」
「思い出はいつだって更新されるものです。今は、今の私が一番輝いていますよ」
「うん。ドキドキしてきた!」
誰も邪魔しない天空にて。
アリスとルナは刃を打ち合った。
荒野の果て。
「おいおいおーい」
ココアは信じられないと、岩山に佇立するその人物に眉根を寄せた。
「どんだけ広いマップだと思ってんのよー。こんな初っ端に接敵するかね…。なに?運命の赤い糸で結ばれてんの?好きぴか?あーん?」
「こっちのセリフなんだけど…。腐れ縁もここまでとは…。まあいいわ、捜す手間が省けたと思えば」
「ヤる気満々とかえっちー。ウチのこと好きすぎかよ。ハグでもしてやろーかリリーちゃん」
【セイレーンの瞳】。【翠嵐】のリリーシアは、戦闘意欲を剥き出しに腰のナイフを抜いた。
「あんたの死体となら喜んで」
「草。ネクロフィリアかよ。ネクロマンサーに転職しろ転職。てかいーの?せっかくのお祭りだよ?」
「何が?」
「こんな序盤に脱落して、ってこと言ってんだが?」
光と風がせめぎ合う。
「ココアこそいいの?あんたお得意の不死は、このイベントじゃ使えないんでしょ。あれ結局は回復スキルだものね。メリットを失ったあんたなんて、翼をもがれた天使だわ」
「アッハハ、バカじゃんウケる。とっくに地に墜ちてるから堕天使なんだよ。不死頼りなのは認めるけど、それだけで【不思議の国のアリス】の副リーダー張ってるとか勘違いしてんじゃねえよ。ほら、どこからでもかかってこいよリリーちゃん。望み通りぶち殺してやんよ」
二人は同時に跳んだ。
「【ウインドカッター】!」
「【オミノステイル】!」
けたたましい衝撃が岩肌を風化させていく。
願えば運命がそれを叶えるかのように、二人は喜々として戦闘を開始した。
《アルゴノート》内部。
メインコントロールルーム。
操作盤に触れながら、人造人間No.3、ベルセリオンはフィールド上のプレイヤーたちの情報を映し出した。
「げ、現在…バトル開始から三十分が経過。プレイヤー同士の戦闘を行っているのはふ、二組…。【不思議の国のアリス】より、アリスとルナ…。同じく【不思議の国のアリス】ココアと、【セイレーンの瞳】リリーシア…です」
「ふーん。アリスは最初から強敵にぶつかったね」
「よろしいのですか?彼女はマスターのお気に入りとのことですが」
「いいよいいよ。負けるようならそんな器じゃなかったってことだから」
レイは足を組みながら、横に立つNo.1、ノクティスの意見に掌を振った。
すると逆隣から、No.2、ヴィルヘルミナがレイに抱きついた。
「ねえマスター、私たちも暴れていいんでしょう?」
指を首すじに這わせ、人間以上に色っぽい仕草で吐息を吹きかける。
「早く人間たちを灰にしたいわ。それでね、その灰を空から撒くの。きっと雪みたいにキラキラしてとてもキレイよ。マスターに見せてあげたいわ」
「そうだね。しばらくはゆっくりしていても良かったんだけど、せっかく賞金首を設けたんだしね。いいよ、好きなだけ暴れておいでヴィルヘルミナ。ベルセリオン、グラーディス、一緒に行ってくるといいよ」
「っしゃあ!待ってたぜマスター!派手な花火を咲かせてやるよ!」
「か、かしこまりました…。では、引き続き《アルゴノート》を自動操縦に…。《アルゴノート》の所有者代理権限をマスターに与えます…」
「行ってくるわ愛しのマスター」
ウインクと投げキッスを残し、三者はフィールドの各所へと転移した。
「ノクティスも行っていいんだよ」
「いえ。私にはマスターを護る役目がありますので」
「そういうのは、自分より弱い人に使うんだよ」
「過ぎた真似でしょうか」
「ううん。それがノクティスの個性なんでしょ。ならとやかく言わないよ」
「恐縮です」
「マジメっ娘め。さ、他のプレイヤーたちの様子はどうかな?次に接敵しそうなのは…」
モニターに目をやろうとして、急にレイを寒気が襲った。
畏怖。恐怖。
否、物理的な寒気が。
「いきなりか…!」
両の口角を高く、身体を震わせる。
「急激な気温の低下及び莫大な魔力反応を確認。十二時の方向より急速に接近する物体有り。モニターに出します」
映った映像を一瞬疑った。
砂漠の大半を呑み込み、森を閉ざし、街を覆い、分厚い氷河が空へ伸び続けている。
まさに銀世界の体現。
氷河の先頭に立つ悪魔の姿にレイは更なる高揚を浮かべ、勢いよく椅子から立ち上がった。
「ホロウ――――――――!!」
『な、なんと!なんと!!巨大な氷河が天地を穿く!!モンスターを撃破しながら一直線に、《アルゴノート》へと迫りゆく!!可憐に!しかし苛烈に!ホロウ選手が脇目も振らずレイ選手を目指す――――――――!!』
「これほど強大な魔法が一人の力によるものとは。これが氷の古代魔法、【零時魔法】。ただちに迎撃します」
冷静なノクティスを、片腕を伸ばして制止する。
「野暮ったい。最初のお客様だよ、あたしが相手する。手出ししたら斬るよ」
「かしこまりました。はしゃいで艦を落とさぬよう、どうかご注意くださいませ」
「さあ。それは保証出来ないな」
愉しげに甲板に出やると、ちょうどホロウが着地したところであった。
腕を一度薙ぎ大氷河を砕くなり、青薔薇の大剣を抜いて臨戦態勢を執る。
すでにホロウの目には闘志が宿っていた。
「焦らないで。ようこそくらい言わせてよ」
「何度あなたと言葉を交わしたと思ってるの。今更私たちに挨拶が必要だとでも?」
「けじめっていうか、体裁っていうか。これが最後になりそうだしね」
「引退の件、本気なのね」
「じゃなかったらこんな大掛かりな大会催さないでしょ。ていうか、まさかホロウが一番最初に来るとは思わなかった。そんなにアタシに逢いたかったのかよ」
「逢いたかったわ。グズグズしていたら順番待ちになりかねないもの。それに、昔から言ってるでしょう。あなたを倒すのは私だって」
白い冷気が足元を伝う。
「引退の件を聞いたとき、ショックだったのよ。ああ…私じゃあなたを満足させられていなかったんだって。私と戦っていたとき楽しそうにしていたのも、危なげな攻撃を受けたときの焦りも、全部嘘だったのかもしれないって」
「全部が嘘かって言われれば、それは違うって答えるよ。信じてもらえないだろうけど」
「あなたが得たもの全てを捨ててまで悪役になった理由は知らないわ。だけど、それがイコールあなたを嫌うことにはならない」
「ホロウ…」
「可笑しいわ。……存外、話せば出てくるものね」
「まだ話す?時間はあるよ」
「話したいと言ったらお茶でも出してくれるの?」
「それもいいね」
レイはそっと刀身の無い剣を抜いた。
「【リベリオン】」
「【ダークネスミルラ】」
見えない斬撃に合わせ、黒薔薇の矢を掃射する。
「【黒薔薇魔法】…。最速の剣を簡単に弾くんだもん。強くなってるね。さすが」
「褒め言葉も嫌味にしか聴こえないわ。自分の強さからしたら、私なんて微々たるものなんでしょう」
「ホロウ、勘違いしてる。少なくとも私が招待枠に選んだのは、本気で私に届くって信じてる人たちだよ。そして、私が全力を出せる人たちでもある」
「ならば全力で来なさい。一抹の未練も無いように。あなたの強さを私が断ち切ってあげる!砕けなさい!【永遠の氷晶燈】!モード、【氷皇女】!!」
「やって見せてよホロウ!モード、【天魔】!!」
レイとホロウ。
NEOの一時代を築いた両者のバトルに空が鳴く。
悲しそうに。寂しそうに。
心まで凍りそうに。




