114.不思議の国と旧く新しい絆
「…………」
白ウサギ曰く、黄導十二宮神の中で唯一、《レオ》のみが持つ特性が存在する。
【スーパーノヴァ】という破壊兵器を持つ《レオ》は、他の機体よりも極めて《霊子核》の消費が激しく、また《霊子機関》の損傷という代償を孕んでいる。
そのため大気中の《霊子核》の吸収だけでは間に合わず、他の機体を襲い、《霊子機関》を捕喰することで損傷した部分を補っているのだと。
更に《レオ》は他の黄導十二宮神とは違い、固有のクエスト領域を持たない。
遭遇するだけで至難。または幸運。
そのため《レオ》の遭遇条件を絞る必要があった。
《霊子機関》の捕喰と同じく、彼の者には幾つかの特性、習性がある。
活動時間が太陽が昇っている間であること。
次に高純度の《霊子核》、もしくは大量の《霊子機関》が一定空間に集結していること。
最後に――――――――
アリスはガレージの前で、目を閉じて静かに佇んだ。
色んなことに頭を巡らせ、何を言おうか、何を伝えようか、そんなことばかりを考える。
やがて、暗闇の中で東の空から顔を覗かせる珠玉の光を浴びた。
大きく深呼吸を一度。
複数の《霊子機関》を空高く放り上げる。
「モード【黒雷姫】!」
激しい黒雷が《霊子機関》を一斉に破壊し、周囲に《霊子核》の燐光を撒き散らす。
「私はここだよ。ここに居るよ」
戦闘区域ではなく、居住区を選んだのにも理由がある。
ガレージという思い出の場所というのもあるが、星の残照という邪魔者を嫌ったため。
臨むなら一対一が相応しい。
約一分という短い時間が経過した。
彼方より。彼方より。彼方より。
来訪する一陣の突風。
静かに、それでいて雄々しく荘厳に、その神は少女の前に君臨した。
日が出ている時間帯。
大量の《霊子機関》。
先二つの条件が揃っている上で、その瞬間星天の大地に存在する中で最も強い者の前に、彼の獅子は現れる。
山風志郎が何故三つ目の習性を追加したのか。
答えを与えるならば、待っていたからだ。
山風志郎が、七峰黎果が、レオリス――――――――星龍獅神、《レオ》が。
かつての敵を、最強を、主を。
アリスという少女を。
「レオリス…」
《レオ》は何も言わない。
言語AIを組み込んでいないどころか、彼等の位置合いは獣のそれで、戦う以上の行動はほとんど出来ない。
しかし《レオ》の目は雄弁に不平と不満を物語っているように見えた。
口から漏れる唸り声は、よく目の前に立てたなと、何故姿を消したと、怒りを表しているかのようだった。
主足り得るか、はたまた一介の餌に成り下がるか。
アリスは答えを出すべニ本の剣を抜いた。
「伝えたいことは剣で伝える。だから戦いの中で話そう」
自分勝手でゴメンと付け加え体勢を低める。
かつてランキングで猛威を振るったものの、自分が造った愛機と戦うというのは、過去に一度も無かった。
永い時を経ての再会は見るに堪えない完敗だった。
進化した強さを目の当たりにし、焼き付いたかつての強さを思い出させられた。
二度目の対峙。
頭はクリアで、《レオ》をじっくりと目にする余裕がある。
押し潰されそうな圧迫感の中に在って、交わした視線に失われた時間を思う。
「おいでレオリス……勝負しよう、《レオ》!!」
大地を陥没させるほど地面を蹴り、空を震わせる咆哮を突っ切った。
「おおおおおおおおおお!!」
《ヴォーパルソード》と《エリュシオン》、《霊子裂斬刃》が穿ち合う。
ただの押し合い。アリスは後方へ吹き飛び、《レオ》は体勢を僅かにぐらつかせた。
「【纏魔】!【ダークアクセラレーション】!」
【黒雷姫】を解かれても怯みはせず、着地してすぐに前方へ急加速。
絶妙に緩急をつけた変幻的な動きで翻弄を試みるが、レーダーを標準搭載した機械兵器には、さしものアリスの体術、スキルも容易に看破される。
「【アルフィリアス】!」
自身最速の剣を以てしても《レオ》には優々と回避され、尻尾の先から霊子の弾丸を放つ余裕まで与えてしまう。
「やあっ!!」
直線的な弾道のそれがアリスに命中するはずもなく、二刀を高速で振り回すことで弾丸は霧散した。
とにかく速い。
初速から誇るトップスピードはアリスに匹敵するのみならず、ブースターによる爆発的な加速と、巨体をまるで感じさせない軽快さは考え得る限りの速さの結晶。
そこへ硬さと強さが加われば、それはただの純全な暴力だ。
だが、むしろ異常なのはアリスの方であった。
【絶海王龍】や【創世王龍】のような、自らを巨龍へと变化させ爆発的にステータスを上昇させる王龍系スキルを使わず、身一つで《レオ》に肉迫しているのだから。
「強いね…」
この強さに黎果は惚れた。
この強さの基盤を作ったのが自分だと思うと誇らしくなった。
だからこそ胸が締め付けられる。
今味わっているこの時間が、本当ならばもっと存在したはずだと唇を噛む。
「モード、【風妖妃】!!【リトルサイクロン】!!」
剣戟の暴風に合わせ、《レオ》は口から斬撃のブレスを飛ばした。
【真空刃】の絶対領域を易々と侵し、アリスの身体に傷を負わせていく。
「ぜぇやぁぁぁっ!!」
強引にブレスを突破し、右脚を《レオ》の鼻先へと叩きつける。
「【形態変化】!【フェイタルアーク・アルフィリアス】!」
剣を大剣へと変化。
暴風が逆巻き《レオ》を押し返した。
が、ダメージはほとんど与えられていない。
装備、称号の補正によりアリスのSTR値は5000を優に超えている。
つまり《レオ》のVIT値がそれよりも遥かに上だということを示していた。
並のユニークスキルでは通用すらしない。
が、アリスにはユニークスキルを進化させる力がある。
「モード【風妖妃】!フォーム【冥王】!」
【天翔】を使い空高く飛び上がり、一帯に闇が混じった風を吹かせた。
「エボリューションモード、【風獄神妃】!!」
《エリュシオン》から手を離し、《ヴォーパルソード》を起点に風を起こし、巨大な一本の剣に見立てる。
アリスは手に持った竜巻を振り下ろした。
「【ストームオブセイバー】!!」
頭部にバリアを展開したが打ち砕かれ、竜巻の剣が直撃。
初めて《レオ》に片膝をつかせた。
アリスは着地するなり【風獄神妃】が解除され、肩で息をして肺に空気を送った。
張り詰めた空気。
星天の大地特有の身体の重さも相まって疲労感はおよそ倍。
息苦しさの中、アリスは土埃の向こうで目を光らせる《レオ》に剣を構えた。
疾風怒濤。
同時に駆け出した両者は目まぐるしい速度で剣と爪を交差させた。
その度にお互いに傷が走り、衝撃波が街を翔ける。
イモータルオブジェクトで構成されたエリアでなければ、とっくに灰燼に帰していただろう。
途方も無い激闘の最中、アリスは吼えながら目を潤ませた。
視界がぼやけた一瞬の出来事。
ブレードが一閃、アリスの左腕を千切った。
「――――――――!!」
引き裂かれ、踏みつけられ。
数分に及びアリスは蹂躙を受けた。
爪の間から覗くボロボロな姿が痛ましい。
それでも《レオ》は攻撃の手を休めず、抑える脚に力を込め続ける。
身体が軋む。
しかしアリスは抵抗する素振りすら見せず、
「ゴメンね…」
ふと声を漏らした。
「勝手に目の前から居なくなったくせに、勝手にまた一緒に戦おうなんて…ワガママ言ってゴメン…」
何故、私はゲームに背を向けたんだろう。
何よりも好きだった世界から目を背けたんだろう。
戦友を置き去りにして、好敵手を見捨てて、それで私は何を得られたんだろう。
そうして結局ゲームに身を置いているくせに。
好きなものを嫌いになりきれなくて、ただ寂しい思いをさせただけのくせに。
「ゲームばっかりでつまんない」
もしもあの時、自分の意見をちゃんと伝えられたら。
ゲームの楽しさをみんなに教えられたら。
未来は違っていたのかもしれない。
だけど――――――――
「レオリス…あなたがどれだけ怒ってるか、わかるなんて言わない。あなたを捨てた十年が戻ってくるわけじゃないんだから」
感情AIが宿っているわけはない。
怒りも悲哀も彼の獅子の中には無い。
しかし、それは理屈ではなかった。
アリスを抑える脚の力は強まり、唸り声は大きくなる。
まるでアリスに呼応するように。
《ペガサス・星の残照》…彼の脅威から、かつての主を護ったときのように。
《レオ》は高らかに吼えた。
「寂しい思いさせてゴメン…弱くてゴメン…全部全部ゴメンなさい」
謝ってばかりはやめよう。
それで前に進めるわけない。
「ゴメンはこれで最後にする…」
過去は無かったことに出来ない。
だがそれでも過去は過去。
これは決別でなく、未来への前進。
「昔は弱かった…今も弱いかもしれない…。だから私は強くなる。もっともっと。一緒においでレオリス…。この未来の景色を…!一番近くで見せてあげる!」
怒りに謝罪を。
寂寥に贖罪を。
黒い輝きが《レオ》ごと空間を呑み込んだ。
「モード、【霊約之神獣】――――――――!!」
《レオ》から脱出したアリスは、黒い閃光に尾を引かせて街灯の上に着地した。
手に剣は無く、胴体部分の装備を最小限に、獣の耳と四肢、尾のように《霊子核》を纏った姿で。
「私のことが気に入らないなら噛み砕けばいい!その爪で引き裂けばいい!私は折れない!めげない!絶対に諦めない!意地でもワガママを通す!私たちを待ってる人が居るんだから!」
その人に応えるために。
失った時間を取り戻すために。
その手は未来を掴む。
「一緒に!戦おう!!【霊子侵食】!!」
アリスから発する黒い閃光を浴び、《レオ》は急速に《霊子核》の輝きを失い始めた。
悠然な佇まいから一転、急激に力が衰えていく。
【霊約之神獣】。
大量の《霊子機関》を基に【原初の叡智】が創造したこのユニークスキルは、戦闘能力及び【霊約之神獣】以外のほとんどのスキルの効果を消失させる。
その代償を支払い得た能力が、《霊子核》の完全支配。
彼らにとって《霊子核》は酸素にも等しい。
ならばそれを変質させ、彼らにとって有害な毒へと変えれば。
回路は狂い起動すらままならなくなる。
対星天の使徒のこれ以上ない切り札だ。
「でも立つんだよね!知ってる…あなたの強さは私が!一番!!」
《レオ》は一度地についた膝を立て、百獣の王らしく堂々と構え口を開けた。
先程までとは比べ物にならない《霊子核》の光が迸る。
【スーパーノヴァ】という一撃必殺の破壊だ。
【霊約之神獣】の支配容量にも、アリスのレベルという限界があることを本能的に察知したのか、それは定かではない。
一帯を破壊の奔流が呑み込む刹那、アリスはこのときを待っていたとばかり、黒い耳をピンと立て、大口を開けて牙を覗かせた。
避けてはダメ。
逃げるのはもっとダメ。
真っ向からぶつかってこそ、やっと向き合えると。
アリスは龍の顎を顕現した。
「喰らい尽くせ!!【Gluttony】!!!」
龍のオーラが《霊子核》の一切を吸収する。
しかし、それは自身を半霊子体と化したアリスにとっては、自分の身を削るような両刃の剣でもあった。
アリスが先か《レオ》が先か。
結末の訪れは、《霊子機関》の砕ける音が報せた。
《レオ》は機動性とは遠くかけ離れた風によろめき、目を力無く点滅させた。
同じく体力が限界のアリスも、同じように前進し距離を詰める。
「私の勝ちだよレオリス…ううん、もうそう呼ぶのはおしまいにする。お互いあのときのままじゃないから」
牙も爪も届く距離。
《レオ》は攻撃の意思を見せず、そっと鼻先をアリスの頬に当てた。
重ねて、《レオ》には言語、感情といったAIもプログラムも搭載されていない。
しかしアリスは確かに耳にした。
寂しかった。
ずっと待ってた。
か細く消えそうな、涙ぐんだ声を。
「《レオ》。あなたの力を貸して。あなたが必要なの」
最後の力を振り絞った咆哮に合わせ、アリスの輝きが《レオ》を包み込む。
「【魂の契約】」
ここに契約は成され、旧き…そして新しい絆が誕生した。
それはさながら、空に浮かぶ星と星とが紡ぐ様。
星天に一つ、光が灯った瞬間である。
それぞれの思いを巡らせ。
それぞれの強さを磨き。
力を蓄え、鍛え、昇華させる。
夏の暑さ以上に熱く燃え滾る。
性別も年齢も国境も才能も、全ての垣根を越えて熱狂する。
八月三十一日。
世界は一番熱い日を。
一つの時代の終わりを迎えた。




