113.不思議の国と禁忌の扉
NGAの前哨戦当日。
この日のために特設された、天に聳えるほど巨大な、カクテルグラスの形をした複数の闘技場の上では、すでに万を超える参加者が今や今やと闘志を燃やしていた。
本戦に参加出来るのは、僅か七十人という狭き門。
一つの闘技場におよそ千人。
制限時間内はスキルに関わらず一人三回まで復活するが、場外に落とされた時点で脱落。
撃破数が三百を超えた者から順に勝ち抜けとなる仕組み。
観覧用の巨大ビューイングの前で、【不思議の国のアリス】は今にも始まる戦いの様子を窺っていた。
「いい感じにヒリついてんね。こんなに人が集まってるのはNEO始まって以来じゃない?」
「それだけレイさんの影響力が強いということですね」
「歓声で耳が張り裂けそう。だけどこのむせ返るようなリアルな熱気、とても心地よくていいわ」
「この中から本戦へ進む方々が決まる…サクラさんは大丈夫でしょうか」
「本気で心配してる?」
「それはまあ、それなりには」
「負けませんよサクラさんは。仮にも【不思議の国のアリス】の一員です。過大評価はもちろん、他の参加者を過小評価もしませんが、万が一にも敗退はありません」
「万に一つの不安も無いから姫は来てないんでしょ?ていうかどこ行ったの?」
「さあ。最近リアル以外はお互いの動向教えてなかったし。けどそっちの方も心配する必要無いっしょ。一番熱くなってんのはたぶんアリスだし。それにしても、勝ち残りそうな人たちは見てわかんね」
「リリーシアさん、ミルフィさん、オーマさん辺りは順当に勝ち上がりそうですし、サクラさんの他にも強そうな方が大勢。楽しくなりそうです」
少女たちもまた、来たるべき時、来たるべき者を見定めるべくモニターに目を釘付けにした。
闘技場。
参加者の昂りに混じり、サクラは隅の方で目を閉じ涼し気に黙していた。
「おい、あいつって人造人間だろ?」
「ああ。レイの動画にも映ってたのと似た感じだしな。あいつも参加すんのか?」
「つーか見ろよあの手。あのマークって確か【不思議の国のアリス】のだろ。あの人造人間、【不思議の国のアリス】のメンバーってことか?」
「私見たことあるよ。フィールドで偶然。他のメンバー並に強かった」
「強いって言ってもNPCにしては、ってことでしょ?あたしら何年このゲームやってると思ってんの」
「そういうこったな。サクッと本戦出場決めて賞金いただきといこうぜ」
彼らはサクラの目にどう映ったのか。
または気にも留めていなかったのかもしれない。
ふと、右から近付いて来た者の気配に開眼した。
「こんにちは妹」
「サクラと呼んでください。クレア」
「クレア姉さまと呼びなさい妹」
【LIBERTAS ZERO】の隠密部隊隊長、人造人間、No.5。
ノアよりクレアの名を賜った少女は、サクラと同じく無機質めいた瞳を返した。
「調子はどうですか?」
「問題ありません。恙無く本戦へ出場可能と予想されます」
「重畳です」
「余裕そうですね」
「実際に敗退する可能性が限りなくゼロですので、致し方ないことかと」
「そうですか。では、その油断が足手まといにならないことを祈ります。本戦という晴れ舞台を待たずあなたを蹴落とすことも、私は吝かではないと考えていますので」
するとクレアもまた、そうですかと返した。
「奇遇ですね」
私もまったく同じことを考えていました。
クレアはそう言うと、不敵に雑多の中へと消えていった。
開始一分前。
機械的なアナウンスがカウントを始める。
開始三十秒前。
サクラは剣を抜いた。
開始十秒前。
厄介の芽は早々に潰さんと、周囲十数名がサクラを囲む。
予選開始。
桜色の閃光が可憐に舞い、危なげなくまた当然のごとく、サクラは本戦出場の切符を手に入れた。
《竜の魔女の指輪》
レイから渡された赤い石が嵌められた指輪は、竜人族及び、竜の血脈たるスキルを所持していることが装備条件となるらしい。
これに内包されたスキルが【魔女の手鏡】。
どんな攻撃をも三十分に一度完全に無効化する防御系のスキルだ。
発動は任意であり、攻撃そのものを意識する必要があるが。
自前の回避性能に極振りしているアリスだが、先の《レオ》の【スーパーノヴァ】のように、それでも攻撃を避けきれない、受けきれない場合というケースが全く無いわけではない。
その点を鑑みれば必要不可欠なスキルと言えるのは、基本的にアリスのVITは高い方ではないからに他ならない
これは先に述べたとおり、持ち前の回避性能に加え、AGI値を優先したスピード特化の戦闘スタイルを執っているため。
また【生命炉】という常時HP回復スキルがあるとはいえど、それを上回る攻撃には難儀してきた。
レイがこの防具を渡したのは、アリスの欠点、弱点を補う…もとい補えという意味合いだったのだろう。
自分と戦う以上、不完全、中途半端はあり得てはならないと。
それを踏まえ、アリスは指輪を装備することを選択した。
ただし今ではない。
またそのまま言いなりになるのではなく、レイの考えを完全に上回ってやろうと意気込んだ。
同時に、彼女の中では自分もまたレイ以下の存在であることを突きつけられた気持ちになった。
大多数の中の一に過ぎないと暗に言われ、怒りや哀しみも少しはあったかもしれない。
が、大部分を占めたのはむしろ寂しいといった感情。
そしてこの寂しさを、レイもまた抱えているのだと知った。
自分に何が出来るのだろう。
自分は何を為さなければならないのだろう。
NEOに戦火が灯った日。
アリスは答えを求めに、禁忌の扉を叩いた。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「ログインってしてたの?忙しそうだったけど」
「たまに一休みに。といってもほとんど深夜でお前たちと時間帯が被ることはなかったが」
「そっか」
【おかしな帽子屋】。
街の片隅にひっそりと営業する店には、数々のスキルスクロールやアイテムが陳列している。
否、陳列とは些か上品な物言いかもしれない。
上下左右まで無造作に物が置かれた羅列具合は、静かなはずの店内に、物々しい煩さを満ちさせていた。
この店のオーナー、白ウサギ。
Project Storm代表、山風志郎を前に、アリスは落ち着いた様相で出された紅茶に口をつけた。
「外はうるさいな。無理もないが。サクラが出場しているんだろう。応援はいいのか?」
「サクラちゃんは勝ち抜けるしね。私はやらなくちゃいけないことがまだ残ってるから」
「わざわざこっちで会いたいと連絡してきたのはそういうことか。なんとなく予想はついていたが」
「白は知ってたの?レイさんのこと…NGAのこと」
「まあな」
「だよね。いつから考えてたのかな、レイさん」
「あえて明確な形を思い描いた時期と断定とすれば、アドミニストレートスキル…ゲームを根底から創り変える力が明るみになったときだろうな。尤もそれ以前から理想を現実に変えるだけの能力を蓄えてきたようだが。一途というか愚直というか、あいつ以上に不器用な人間を…いや、ゲーマーをおれは知らない。あいつは……なあアリス、この先の言葉はお前に嫌な気持ちをさせるかもしれない。もしも聴く気が無いなら、そっちの要件だけ伝えろ」
「お願い白。知らなくちゃいけないことなら、ちゃんと聴くから」
白ウサギは一度深く呼吸した。
「あいつは…七峰黎果は、世界が生んだ怪物だ」
「怪物…?」
「ゲーマーとしての素質、才能に恵まれ、ゲームを愛しゲームに愛された存在。人を惹きつけ、魅せるプレイ。やること成すこと全てが斬新気鋭で。おれはそんな黎果を好いたし、黎果におれが造ったゲームをプレイしてほしかった。だからおれは遊び手から作り手になることを選んだ。独学でプログラミングを学び、ネットを知った。一年だ。おれは一年かけてあるゲームを造った。《LASTRAL》という超簡易的なロボットクリエイトアクションゲーム…星天の大地の前身だ」
「《LASTRAL》…」
「今思い返してみれば、ディテールもグラフィックも設定も甘い、ユーザーなんて数千ぽっちの薄っぺらい子どもだましだ。けど黎果は喜んでくれた。違うな…実際にあいつを喜ばせていたのは、常にランキングの首位を争っていた、画面の向こうの誰かだ」
その誰かは黎果と同じだけ強かったと言う。
ランキングを抜きつ抜かれつする毎日に一喜一憂する様は、見ていて楽しかったと。
それこそ時間が経つのも忘れるくらいに。
しかし、誰にとっても幸せな時間はある日突然消え失せた。
「ある時を境に黎果と鎬を削っていた相手は《LASTRAL》から消えた。飽きたのか、違うゲームに移ったのか、理由は知る由もないが。その誰かは、黎果にとって唯一肩を並べられた誰かだった。強すぎる、強すぎてつまらない、ゲームばかりでおもしろくない、異才を貶され拒絶されてきた黎果にとって、たった一人ライバルと呼べた存在。対等な相手を失った黎果の心境は、一番近くに居たおれにもわかりかねる」
七峰黎果は我が強い、人の心に寄り添えない、ある種の人格破綻者だと白ウサギはままに伝えた。
故に何故誰も自分と同じように出来ないのか、強くなれないのかと葛藤しながら、そんなことはあり得ないと諦観し他者を見限る。
"絶望"。
七峰黎果を構成する大部分がそれだと。
「結局おれじゃ黎果を満たすことは出来なかった。あいつが、それと名前も知らない誰かが辞めたことで、《LASTRAL》も自然に下火になり、おれはサーバーを閉鎖した。何故このタイミングでと言うなら…星天の大地が、《LASTRAL》が開放されたことでいよいよ決着を付けたかったんだろうな。ゲームを愛しゲームに愛されながら、自分を受け入れないこの世界に」
「だから全部を擲とうとしてる…。そんなの寂しすぎるよ」
「言ったろう。もうおれじゃ無理だ。最強故に孤高。絶対故に孤独。あいつはとっくにそれを受け入れてる。もしもあいつの呪縛を解けるとするなら、それはあいつより強い誰かに他ならない」
白ウサギは、世界が七峰黎果という怪物を生んだと言った。
しかし実際に決定打となったのは、かつて彼女と対等であった誰か。
伏木アリスという存在が消失したこと。
強さを妬まれ、疎まれ、ゲームに生きる彼女を周囲が認めないという、奇しくも同じ境遇が不幸を招いたのだ。
責任と呼ぶには憚れるも、アリスは白ウサギの話を聴いて、それまで揺らいでいた気持ちを固めた。
「白、お願いがあるの」
「それはおれにしか叶えられないことか?」
「うん」
と、ウインドウを操作しテーブルの上にありったけのゴールドを置いた。
「今の私の所持金。モンスターを倒したり、クエストをクリアして手に入れた分、四億くらいある。これで買えるだけのスキルをちょうだい」
店に並んでいるのは、巷で売られているものから入手困難なレアスキルまで各種
「課金無しでよくぞここまで…いや、お前なら当然か。【原初の叡智】によるスキルの強化が目的だろうが、下手に力を増やせば力に振り回されるだけだぞ」
「【原初の叡智】を信じてる。それと同じだけ、私は私を信じてる」
「自分でもどうなるかわからないのにな。いいだろう、おれが適当に見繕ってやる」
「ありがとう。それともう一つ…ゴメンなさい」
「なんだ?」
「ルール違反なのはわかってます。私に出来ることなら何でもやります。私に黄導十二宮神の……《レオ》の情報を教えてください」
黄導十二宮神は、それぞれがおよそ最強の性能を宿した星間兵器だ。
求める理由にはそれだけで足る。
しかしアリスはピンポイントで《レオ》の情報を求めた。
それが何を意味するのか、白ウサギは即座に理解した。
「本当に…そうなのか…。お前が…」
「お願いします」
そうなのかもと。
そうだったらいいと。
「そうか…そうか…!」
心のどこかで思っていた白ウサギ…もとい山風志郎は目頭を押さえた。
「何でもと言ったな」
「はい」
「ゲームのネタバレも直接的な手助けもクリエイターの禁忌だ。それをわかってお前が望むというんだな」
頷きを一つ。
白ウサギは真っ直ぐにアリスを見つめ返した。
「ならおれも同じ罪を背負ってやる。だからこれはお願いじゃない。Project Storm代表としての命令だ。お前の全力で七峰黎果に…レイに勝て!過去の虜囚を討ち倒せ!【不思議の国のアリス】リーダー、【超新星】アリスとして!」
「はいっ!!」
全てはレイを倒すために。
遊び手と作り手は、人知れず手を結んだ。




