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111.不思議の国と無限を嫌うと告げた王

 椅子が軋む音。

 パソコンとタブレットの光。

 転がるエナジードリンクの空き缶。

 女は暗い部屋でぼんやりと天井を見上げた。

 首を傾げて、鏡に映った自分の姿に苦笑した。

「髪ボサボサ…肌荒れすぎ…クマヤバい…」

 重い身体を立ち上がらせてカーテンを開け、何日かぶりに浴びた日光に目を眩ませる。

「あっつ…」

 下着を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

 そんな日常さえ久しぶりに思えるほど。

 シャワーを終えたらキンと冷えたエナドリを煽り、空腹を覚えれば宅配サービスを利用する。

 照焼きチキンバーガーを二つ、バジルチーズを振ったフライドポテトをLサイズで、フレンチドレッシングのミニサラダは気休めだ。

 ほんのりあたたかいポテトを纏めて咥え、指についた塩を舐めながらタブレットを操作する。

 レイ。

 自分の分身である彼女には、ほんの僅かな綻びもない。

 装備。ステータス。レベル。スキル。

 どれを取っても高水準で、現時点での彼女の最高戦力と言って差し支えないだろう。

 レイと共に挑むべく、黎果はそっとギアに手を伸ばした。






 仮にその"計画"がいつからのものなのかと訊かれれば、Project Stormが、もとい山風志郎が《NEVER END ONLINE》という業界を席巻するコンテンツを思い描いた瞬間だったろう。

 こうなるために、こうするために。

 彼女は用意した。

 彼女は準備した。

 彼女は蓄えた。

 それに伴う力を、世間が認めるような名声を、足るだけの富を。

 この十年間、ずっと磨き研ぎ澄ませてきた。

 そしてようやく決行に至る。

 始めよう、と七峰黎果は世界に告げる。

 自身最高の祭りを。

 そして自身最大の戦争の開幕を。

「ゲームスタート」








 何気ない日常。

 今日も今日とてアリスは、残り僅かな宿題を済ませ、そろそろゲームにログインしようかなと、仲間と揃ってリビングでくつろいでいた。

 そんなときのこと。

「あ、レイさんがライブ配信始めた」

「マ?なんか久しぶりじゃない?」

「やることがあったって言ってたけど…」

 スマホをタップし配信画面を開く。

 それが彼女たちを激闘の渦へと誘うことなど露知らず。








 松明が灯る薄暗い城の中。

 赤い絨毯が敷かれた先の玉座で、レイは王者さながらの雰囲気で足を組んでいた。

「どうも皆さんこんにちはーレイです。久しぶりー皆元気してた?一ヶ月くらいかな、配信お休みしてゴメンね。ちょっとやりたいことあって。んー?違うゲームに移ったかと思ったって?違う違う。まあ今日はね、その辺全部含めてちょっとだけマジメな話させてもらおうかなって配信させてもらってます」

 玉座から立ち上がり、王の間をゆっくりと徘徊した。

 同時、空中に光り輝くエンブレムが複数出現する。

「ちょっと自慢ね。皆も知ってると思うけど、あたしって国内外のそこそこ大きい大会で結構優勝してるのね。《WORLD CHAMPION TOURNAMENT》、《MASTER's CAP》、《ALLSTAR CHALLENGE》……わかりやすく言うと、あたしが世界で一番強いってこと」

 ライブには、それを讃える声と、調子に乗るなという批判的なコメントが多く寄せられる。

 彼女が強い、その事実を受け止めているからこそ。

「私はどこにも属さない。遜らない。ギルドにも、企業にも。なんでって?あたしが強いから。けど、そろそろ一強って呼ばれるのも飽きてきた」

 と、レイが足を止めた途端、自身の栄光でもある大会優勝のエンブレムが全て砕けた。

「贅沢?そうかもしれない。ううん、たぶんそう。贅沢だよ。強さも名声もお金も人より持ってるくせに。けど皆は知らないでしょ。それがどれだけ退屈なのか。虚しいのか。そんなものじゃ、あたしは満たされない。で、気付いた。それもこれも全部、あたしを満たせない皆が悪いって」

 これ以上ないシンプルな煽り。

 それまで好意的であったコメントが激減し、配信は炎上手前まで燃えた。

 彼女を知る者たちですら、今起こっている現象が何なのか理解出来ないくらい。

「そうそうその調子。もっと燃えて。いい感じに荒れてきたね。さあ、配信を観てくれてる皆へここからが本題。いつまでもあたしの一強時代が続いても、あたしを含めて全員納得しないし求めない。だから決めようよ。本当の最強を」

 レイが空間を仰いだ瞬間、光の文字が空中に羅列し盛大な音楽が流れた。




 《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》




「あたしより強い人が居るなら、それは勝って証明してみせてよ。やろう。国籍、性別、人種、年齢…そんなの関係ない、シンプルな強さだけが求められる、ゲーマー(あたしたち)ゲーマー(あたしたち)によるゲーマー(あたしたち)のための最強決定戦。NEO全部を巻き込んだお祭り(バトルロイヤル)を」








「《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》……」

「NEOの最強決定戦…マジで言ってんの…?」

 困惑するアリスたちの端末が音を立てる。

「NEOからのダイレクトメール…?」

「差出人は、レイさん…」

「招待状…?」







 

「今あたしから連絡が届いた三十人。その人たちは、アクティブユーザー七百万を超えるNEOの中でほんの一握り。あたしに届き得る牙を持ってる人たち。ようはシード枠。それと一般枠の七十人、あたしを含めた合計百人で今代の最強を決めよう」

 送信したメールには、日時と概要、ルールが付属していた。

「時間は来たる夏の終わり。八月三十一日。日本時間で正午ジャストから。当然、これを聴いてる人たちはあと二週間も無いのに突然言われても困る、なんて思うよね。その点も当然心配要らない。当日は私の()()()でゲーム内時間を加速させるから。現実世界の一時間が、ゲーム内の三日になる。アハハ、そんなスキルあるわけないって?なら言うけど、あたしがそんなつまらない嘘つくと思う?今この瞬間においては夢物語なんて口にしないよ。この大会にはあたしのゲーマー人生を賭けてる。邪魔も雑音も赦さない。傲慢とか自分勝手とか思いたかったら思っていいよ。もう一回言うね、あたしの人生賭けてるんだよ」

 レイの目の前に台座が出現し、その上には札束が山のように置かれていた。

「あたしを倒して一位になった人には今まで稼いだお金、リアルで現金一千万円を優勝賞金で贈る。で、撃破数一位(モスキル)には別途で百万円。そんでもって賞金首枠」

 レイが指を鳴らすと、闇の中から四人の少女たちが姿を現した。

 それぞれ、黒、赤、青、黄色。

「じゃあノクティスから順番に挨拶しよっか」




 ノクティスと呼ばれた濡れたような黒髪を束ねた少女が胸に手を当てる。

「マスターレイの名の下、皆々様の撃破を命じられました。人造人間(ホムンクルス)No.1、【黒夜王(こくやおう)】ノクティスと申します。僭越ながら手加減は致しませんので、どうぞよろしくお願いします」

 続けて右隣の赤髪の気品溢れる少女。

人造人間(ホムンクルス)No.2、【赫怒帝(かくどてい)】ヴィルヘルミナよ。せいぜい祭りを盛り上げる篝火になりなさい人間。我が愛しき王のために」

 次に左端の青髪を三編みに結った眼鏡の少女。

「は、はじめまして…。人造人間(ホムンクルス)…No.3…。【蒼静皇(そうせいこう)】…ベルセリオンと申します。役不足かとは思いますが、精一杯頑張ります…」

 最後に右端の粗野っぽく黄色い髪を跳ねさせた少女。

「No.4、【黄龍主(おうろうしゅ)】グラーディス。人間(お前ら)如きに興味はねえが、ボスの命令だ。潰してやるからかかってきな」




 レイが手を翳すなり、四人はその場に膝をついた。

「この子たちは人造人間(ホムンクルス)。中には知ってる人も居るだろうけど、海底神殿に安置されてた、高性能の人工知能を搭載したコミュニケートNPC。NPCだけど戦闘能力は並のモンスターとじゃ比較にもならないくらいには強いから、ナメてかかると痛い目にあうよ。この子たちを倒せば、一人五十万円。プレイヤーにはカウントしないけど、まあゲームの盛り上げ役ってところかな」

 あまりに破格。

 とても個人で開催する規模の話でない衝撃が、それまで騒がしかったネット界隈に水を打ったような静けさを齎し、同時に現実を実感させた。

 とんでもないことが起ころうとしている。起こっている。

 気がつけば世界の目がレイ一人に注目していた。

「さっきも言ったとおり、あたしを含めた三十人はもう決まってる。参加の是非はまだ訊いてないけど、逃げないでしょ?で、あとの七十人をどうやって決めるかだけど、あたしが一人一人査定してたんじゃいつまでも終わらない。抽選で決めてもいいんだけど、運も実力の内…だけじゃ当然納得しない人も出てくる。てことで、一週間後に選抜戦やるから。そこで勝った七十人を含めた百人で頂上決定戦ってことで。思い出作りに参加するのももちろんオッケー。でも、覚悟が無いと勝てないよ。それだけ念頭に置いといて」

 真剣であった。

 娯楽、愉悦…それらを悠々と越えたレベルの強い意志。

 その目は観ている全てのプレイヤーを慄えさせた。

「まあ、一応こんなところかな。詳しい説明は別に動画上げるね。あ、最後に一つ。あたしが勝ったらNEO引退するから」

 引退。

 たった二文字が、またしても界隈を騒然とさせた。

「この世界がどれだけ無限でも、あたしが欲しいものが無いなら、それはあたしにとっての無限にはならない」

 レイは世界に君臨する唯一にして絶対の王として宣言した。

「自分こそが最強だと謳うこの世界の住人たちよ。あたしはここに居る。実力も才能も出し惜しむな。もしも諸君らの刃があたしに届くと言うのなら。全身全霊でかかっておいで。そして願わくば」




 あたしの無限を終わらせて――――――――

 

 





 



 配信が終わって十数分程、アリスたちは沈黙した。

 エアコンの音がやけに大きく聴こえるような張り詰めた静寂。

 それを破ったのはアリスのスマホだった。

「またメール…ホロウさん?」

 内容はレイの配信についてであった。

 端的に【ROSELIA】のトップメンバー四人がレイの招待枠という旨。

 そして自分たちは参加を表明するということ。

 それを裏付ける形で、【ROSELIA】も自分のチャンネルで告知した。

『レイが何故このタイミングで大会を開くのか、何を考えているのか、その真意は図りかねる。だけどやるからには本気でやるわ。私たち【ROSELIA】が、彼女を最強の座から引きずり下ろす』

 呼応するかのように、国内外の名だたる実力者が次々と闘志を剥き出しにする。

 それはアリスたちも同じであった。

「ウチら五人が招待されてんのね。サクラはタイミング的に招待されてないみたいだけど」

「参加が可能なら、サクラさんもこの戦いに乗るでしょう。実力は充分です」

「未だかつてないほど震えています…」

「武者震いでしょ。わかるわ。ていうか、個人戦ってことはここに居る全員等しく敵ってことでしょ。いいじゃない、ギルド内の強さの順位が明確になって」

 司の言い分に四人はハッとした。

「言っとくけど、レイさんはもちろん私はこの中の誰にも負けるつもりはないし、敵なら容赦しないわ」

「それは…そうですね…。分不相応な身ですが、精一杯頑張ります!」

「腕試しというには少々大掛かりですが。やるからには勝ちますよ」

「こんなに早く最強を味わえるなんてね。めっちゃ燃えてきた!絶ッ対負けねー!」

「最強…」

 自分たちが。もとい自分が。目指し、焦がれ、追い求めるもの。

 手が届く好機に、アリスは居ても立っても居られず立ち上がった。

 言葉が喉から出てこなくとも、世界を熱くする灼熱の渦に飛び込まんと。

 【不思議の国のアリス】もまた、《NEVER END ONLINE NEW GENERATION ADVANCE》への参加を表明した。

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