110.不思議の国と地を翔ける彗星
地に墜ちた鳳凰の残照。
悠々と剣を鞘に収める少女。
その対比は異質なものであったが、当の本人がそれを自覚することはない。
「よっし!契約完了!」
リザルトに表示されたそれを見やり、揚々とガッツポーズをした。
「スターライトスキル…星天の大地のスキルかな。【星天降臨】…。呼び出しのスキルか…。星の残照は《カシオペア》みたいに操縦出来るわけじゃないんだね」
《フェニックス・星の残照》は、アリスの意思で次元の狭間に格納された。
その後、リザルトで知り得た情報に目を通す。
既存の世界でも召喚が可能。ただし稼働時間に制限がある。
機体には耐久値が存在し、専用施設によって修復が可能だが、星の残照の場合完全に破壊されたとき修復は不可能となる。
「ふむふむ。こっちは強化方法だ」
ドロップパーツによる改造。
《星の記憶》によるスキルインストール。
「《星の記憶》?確かショップて売ってたUSBメモリ…これだ」
アリスは《FIRE:Lv1》、《DARK:Lv1》と書かれたメモリを取り出した。
すると途切れていた説明文が追加され、用途が明確になる。
どうやら【星天降臨】を習得することが条件だったようだ。
「魔力を霊子に変換することで、操縦士の魔法属性、レベルに応じた攻撃が出来る…つまり、【冥獄魔法】を覚えてる私じゃ《FIRE:Lv1》のメモリは使えなくて、《DARK:Lv1》のメモリを使えば、闇属性魔法のレベル1の下位呪文を覚えさせることが出来るってことか。この辺は《NEVER END ONLINE》と《LASTRAL》が混ざってる感じだなぁ」
理解を深めつつ、尚もリザルトとにらめっこする。
「とりあえず修復しなきゃね。《カシオペア》に設備があったからそれ使って…それから改造も試してみないと。新モードも上手くいってよかったし、さすが【原初の叡智】さんだよ。待っててね《レオ》…すぐに行くから」
「どちらへ?」
「ほわあぁぁぁぁぁ!!」
突如後ろからひょっこり顔を覗かせてきたノアに驚き、アリスは数歩後ずさった。
「ノノノノ、ノアちゃん?!!びっくりさせないでよもぉ!」
「フフッ。ゴメンなさい」
「どこでも会うんだから…。ノアちゃんも星天の大地に来られたんだね。てことは【LIBERTAS ZERO】のみんなも?」
「ええ。それぞれ別行動中ですが。彼女以外は」
「彼女?」
ノアの背後に立つ、機械的なデザインの装備を纏った少女に目が行く。
手を前で組んだ静かな佇まい。
言われなければ置き物かと思う程。
足首まで伸びた、透明感のある緑の長い髪。
雪のように白い肌。
華奢な雰囲気ながら、背中に背負った巨大な鋏が清楚とはかけ離れた印象を見た者に与える。
「こちらはアリスちゃん。私の友人で未来の恋人です。挨拶を」
「かしこまりました。はじめましてアリス様。私は人造人間、No.5。マスターノアより、隠密部隊隊長、クレアの名を拝名致しました」
「クレア…ちゃん?」
「彼女の髪と肌、まるでクリームソーダのようでしょう?」
CREAM SODAの頭文字を取ってクレアらしい。
アリスはああ、と納得した。
「それで?どちらへ行こうとしていたのですか?よろしければご一緒しても?」
「ほぇ?!えと、あー…」
これでもかと視線を泳がせる。
《レオ》の存在は出来ることなら明るみにしたくない。
星天の使徒が唯一無二の存在であるのと同時に、目の前に居るのが星に手を届かせる可能性のあるプレイヤーなのだから、如何に人が良いアリスといえど安易に言うのを憚れた。
「なんでも…ないYO」
「嘘をつくのが下手なアリスちゃんも可愛いですね」
「むぅ…」
「まあいいでしょう。知られたくない情報を無理に聞き出すのも趣味ではありません。ところで、この世界ではいったい何をすればいいのでしょう。装備が機械的になって少々鬱陶しさは覚えているのですが」
「もしかして、今来たばっかり?」
「はい。私たちも海底神殿でダンジョンを見つけたもので。それにクレアさんと、次元を渡る艦も。その流れで門番を倒してやって来たのはよかったのですが、何分広い世界…勝手がわからずどうしようと途方に暮れていたところです。まあ、アリスちゃんたちが居るのは大方予想がついていましたが。出逢ったのは運命ということにしておきましょう」
そうノアははにかんだ。
ノアの本質を、アリスはしっかり理解している。
品性と理性の皮を被った、破壊と殺戮の衝動に濡れた獣。
カウントダウン一秒前の爆弾も同義だ。
その上で、ちゃんと少女らしい可愛い一面を見せるのだからタチが悪い。
アリスは肩を落として、同じく微笑んだ。
そんな折、
「マスター」
「サクラちゃん!」
周囲を散策していたサクラが戻ってきた。
「一帯の捜索を完了したことを報告したいと思いますが」
言葉を止めて視線をノアたちの方にやる。
他者の居る前で情報を開示することを嫌ったようだった。
「サクラちゃん、こっちは【LIBERTAS ZERO】のノアちゃんとクレアちゃんだよ。ノアちゃん、この子は【不思議の国のアリス】の新しい仲間のサクラちゃん」
「以前【海神の胎】で戦いましたね。覚えていますか?」
「はい。記憶しています。そちらの人造人間も」
「No.5、クレアです。対面はコールドスリープぶりですねNo.6 」
「サクラとお呼びください。マスターアリスより賜った名です」
「では私のことはクレア姉さまと呼ぶようにしましょう」
「お断りします」
プイとサクラはそっぽを向いた。
「人造人間同士、やっぱり知り合いなの?それにお姉さんって」
「知り合いといっても、同じ分類学上に位置するだけであって、コルフトが造り出した者以上の繋がりはありません。私たちはそれぞれ独立した個体ですので。番号が新しい程、後期に造られたものであることは確かですが」
「同じ人造人間でも、サクラちゃんとはちょっと印象が違うね」
「多少なり個性があるのと、身を置いている環境がそうさせるのでしょう」
「そういうもの?」
「おそらく」
言われてみれば、クレアからは若干ながらノアのニュアンスを感じる。
また、共にする者の性格が反映されるとすれば、とアリスは考えた。
「サクラちゃんは私っぽい感じがしないね。一緒に居るのに」
「それは…」
少し言い澱んで顔を赤らめる。
「恥ずかしい、のだと…思います」
アリスはサクラの頭に手を置いた。
「可愛いねサクラちゃん」
そこへ、コホンとノアの咳払いが一つ。
「差し支えなければ、この世界についてご教授いただいても?」
クレアというナビゲーターが居る以上は、星天の大地についての情報を知り得るのに労力は掛からないだろうが、それを踏まえアリスは自分が持っている情報をノアに伝えた。
いずれ知るにしても、黄導十二宮神、《レオ》の件は秘匿にして。
一通りの説明を受け、ノアはふむと頷いた。
「星天の使徒に星の残照……なんともまあ、情緒と面白味に欠けますね」
剣での斬り結びをこの上なく喜ぶノアにしてみれば、機械…ロボットで戦うことをメインとするこの世界は退屈なものであった。
「斬り甲斐だけはありそうですが…身体というのは正直ですね」
身体の熱が一気に引いていく。
滾りかけた血潮が鎮まっていくのがよくわかると、ノアはため息をついた。
この興味の薄さなら《レオ》にたどり着くことはしないかもしれない。
そこに関してはほんの少し安堵したアリスだが、ゲームに関心を持ってほしいというプロ意識も、同時に彼女を突き動かした。
「私たちもまだまだ知らないことだらけだし、もしよかったら一緒に回らない?何か面白いことも見つかるかもしれないし。ね?」
「はぁ…そうですね。アリスちゃんと遊びたい気持ちはもちろんありますし。お邪魔でなければ」
「うんっ。そういえばサクラちゃん、さっき何か言いかけてたけど」
「はい。少し気になるものを見つけたもので」
「気になるもの?」
「こちらです」
三人がサクラの後について訪れたそこは、崩落し入り口が狭くなっているが地下道への入り口らしかった。
瓦礫をどけて階段を降りて行った先には小広い空間と、先が闇に呑まれた深い横穴。
「地下鉄のホーム…だよね。線路もあるし」
液晶が欠けた電光掲示板。発券所。
地上同様にインフラが整備されていた跡が窺える。
三車線ある線路のうち、一本は破損し途切れているが。
「とても電車が来そうな雰囲気ではなさそうですが」
などとノアが言うと、音の無い空間に警笛が響いた。
「…走ってるみたいだね、電車」
「そのようですね」
地鳴りと共にやって来た電車は、かくもオンボロな見た目をしているものの、後続の先が見えないほどの車両で編成されている。
開いたドアの先もやはりオンボロで、シートの革には穴が空きろくに座れたものではない。
「なんか変な感じ。誰も乗ってない電車なんて」
「そういうものなのですか?」
アリスとノアが内部に視線をやり、サクラとクレアが続いて乗ろうとしたとき。
けたたましいブザーと共に出現した侵入禁止のマークに阻まれた。
「!」
「サクラちゃん?!」
「人数制限…」
慌てて電車から降りようとするアリスだが、同じように脱出を阻まれてしまう。
「出ることも出来ない?!」
「マスター、お下がりを」
サクラが大剣を抜いて斬りかかる。
しかしイモータルオブジェクトと化した車両には傷一つつかず、火花を散らすだけに終わった。
扉が閉まる間際、ノアはクレアに目配せを一つ。
四人は為す術なく走り出す電車に翻弄されるしかなかった。
「マスター…」
「では後を追いましょう妹よ」
「妹ではありません。言われなくてもそうします。目印はちゃんとあるようなので。そちらのマスターも示していたことですし」
「あら、意外に冷静に周りが見えているのですね」
クレアは無表情に驚いたリアクションを挟んだ。
それを無視しサクラは電光掲示板に向かう。
そこに表示されているのは路線図と時刻表。
つまり電車の行き先だ。
「さすがは我が妹です。車両自体は古びていましたが、スピードは相当なものです。普通にこのトンネルを進んでも追いつけないでしょう」
「妹ではありません。それに追う足くらい持っています」
「でしょうね。一緒に連れていってもらっても?」
「お断りします」
邪険気味に返したのは同族故の嫌悪も十二分に合ったが、それ以上に必要性を感じなかったからだ。
「私が《カシオペア》の契約者であるのと同様に、あなたも何らかの星天の使徒の契約者なのでしょう。人造人間とはそのために造られた存在なのですから。隠し立てするつもりなら追求することはしませんが」
「隠し立てに意味はありません。ましてや妹になんて。…【星天降臨】」
無機質。
しかし感情が見え隠れする不思議な抑揚。
クレアが地上に出ようと戻るのに続いたサクラは、空に浮かぶ鋼鉄の艦を見上げた。
「乗っていきますか?スピードは大したものですよ。私の《ペルセウス》は」
天翼戦機――――――――《ペルセウス》。
空を切り裂く翼にて、二人は囚われのマスターの後を追った。
一方で電車の中。
アリスは扉に背を預け、ノアはかろうじて無事な座席に腰を下ろしていた。
「この電車は侵入者を閉じ込める監獄だったようですね。迂闊というか何というか」
「うぐ…」
「初見で見破れようはずもありませんし、一緒に踏み入った私にも非があります。責めようとは思っていませんよ。それに思いがけず電車に乗れて、私今ちょっと感動しているんです」
ちょこんと膝を合わせ、ボロボロのシートをなぞる。
「電車、初めて?」
「ええ。人生の大半はベッドの上なもので。と言うと悲観的に聴こえますが、実際はほとんどの人間の人生がそうなんですよね。睡眠時間というものが含まれますから。【破壊者】で無理やり脱出してもよかったのですが、せっかくならと状況に甘えました。どこへ行くのかも気になりましたし。ああ、そういえば先日訪ねていらしたんですよね。先生から聞きました。おもてなし出来ずすみません」
「ううん。あ、ノアちゃん知ってた?あそこの先生ね、ルナちゃんのお父さんなんだよ」
「まあ。そうだったんですか?フフフ、奇縁とはあるものですね」
アリスはハッと口を押さえた。
「これ言っちゃマズかったかな…個人情報…」
「むやみに他言しませんとも。それより、今はこの旅を楽しみましょう。景色が暗闇なのが無粋ですが」
ノアは電車特有の揺れと車音に身を委ねながら、心地良さそうに目を瞑った。
「この電車ってどこに向かってるのかな」
「一部欠けていてわかりませんでしたが、路線図は環状ではなかったので、おそらくですが終点はあるのでしょう。そこがどこなのか、そこに何があるのかもわかりませんけれど。それに」
ガシャン
扉を挟んだ前後の車両から重い足音がした。
「道中何が起こるのかも、旅の醍醐味です」
旅なんてしたことありませんけれど。
ノアは語尾に付け加えて、開いた扉に目を向けた。
重々しい武器で固めた鉄の兵士たちが押し寄せてくる。
それも十や二十の騒ぎでなく、見る限り車両の奥の奥まで鉄の波が続いているではないか。
「SHANGRI-LA-ANDROID…TYPE-ARMY…。地上戦タイプのロボットかな」
「車内販売の一つでも期待しましたが、残念です。期待を裏切った罪は重いですよ」
おもむろに席を立ち、先頭のSAに手を翳す。
「蹂躙しなさい、【破壊者】」
神々しい輝きが車内を照らし、絶対の死を与える――――――――はずだった。
「これは…」
「【破壊者】が、発動しない…?」
「スキルが封じられているようですね」
「まさか…【纏魔】!【ダークウィスプ】!ダメ…魔法も使えない!」
一切の魔力の放出が出来ず、アリスは狼狽した。
「スキル、魔法の使用が封じられた特殊エリア。クリア条件はこの電車が目的地に到着するか、この敵全てを殲滅するか、といったところでしょうか」
「どうしようか…」
「黙ってやられるのも癪ですし、ここは素直に斬りましょう。塵も積もれば……鉄の人形相手でも少しは満たされるかもしれません」
スキルも魔法も使えない。
並大抵のプレイヤーならば悲観するところ、彼女たちは違う。
剣技、体術、洞察力…純然なプレイヤースキルで鳴らした猛者二人。
腰に差した二本の剣を手に、少女たちは背中を合わせた。
「どちらが多く倒すか、何か賭けて勝負でもしますか」
「負けたら?」
「クリームソーダを奢りで」
「乗った!」
剣の柄を一度打ち鳴らし、二人は鉄の波に身を投じた。
とにかく速く。
持ち前の小柄さと身軽さを以て、アリスは向かってくる敵を斬った。
縦横無尽。
重力というものから拒絶されたかのように、三次元的に床を、壁を、天井を翔け、狭い車内で堅固な装甲の隙間を縫う一閃を放つ様は、見事と言う他ない。
とにかく強く。
斬るというよりは、およそ壊すという表現が似合うノアの剣。
竜人族特有の頑強さに加え、聖人種という上位種へ【覚醒】した少女は、純粋な高ステータスを宿していた。
何よりも圧倒的な膂力は見るも圧巻で、波は見る見るうちに押し返されていった。
しかし敵に終わりは無い。
一度車両を空にしても、奥から次々と敵は湧いてきた。
「キリがありませんね。アリスちゃん、何体斬りました?」
ロボットの喉元を貫手で穿いてノアが訊く。
「んー…たぶんもう二百は…」
「殲滅より耐久が目的の可能性もありますね」
「こっちのスタミナの方が先に切れそう…」
「どうせやられるなら、私が斬って差し上げますよ」
「やられる気も斬られる気も無い…よっ!」
ノアに向かって《エリュシオン》を、ノアもアリスへ向かって《ダークアリス》を投げつける。
刀身が各々の背後のSAの頭部に突き刺さり、またそれを抜いて迫りくる敵を斬り伏せた。
(この剣…重っ…!)
(なんて軽い剣…まるで羽)
アリスが一振りで十以上の数を薙ぎ払うと、その背後ではノアが機関銃の弾幕を全て斬り落とす。
個人でも高い能力を誇る二人だが、その連携も大したもので、片方により堅固な、もう片方により速い機体が現れれば、剣を宙に背中を合わせ互いを軸に反転し、再び剣を交換して敵を斬る。
言葉を必要としないながら、熟練の相棒を思わせる連携であった。
十分、二十分、三十分と長い道のりを行き、戦闘の余波で何度電車が揺れたか、今どの辺りを走っているのかもわからない。
少しでも手掛かりを求めて何度か戦う車両を変えようと試みたが、車両は無限の結界。同じ車両から脱出することは不可能であった。
観念してとにかく斬り続け、倒した敵の数は一万をとうに超えているだろうと、疲労感に短く整息したとき。
「?」
それまで絶えずなだれ込んで来ていたSAたちが車両の奥へと引いた。
「もう終わったのかな?」
そんな風に言いつつも二人は剣を下ろさない。
むしろ、先頭車両側から来る一層強まったプレッシャーに身構えた。
プシューと開いた扉から黒いSAが姿を見せる。
他の機体よりも人間的なフォルムで、両手には刀の刀身を剥き出しにした武器が握られていた。
「ラスト一体ですか?最後の最後まで退屈な」
やることは変わらずと足を前に出そうとしたとき、黒いSAがフルフェイスの奥に赤い光を宿した。
瞬間、天井から降った鋼の檻がアリスとノアとを隔てた。
「!」
「あら…」
「ノアちゃん!今そっちに!」
と、アリスは檻を斬ろうとした。
が、剣は弾かれるだけに終わる。
「イモータルオブジェクト…!」
「強制的な1v1。現時点で私の方が撃破数が多いのか、それとも単に私の方が先頭車両に近かったからなのか。まあいいでしょう。やることなど同じです。しかし…なんとも度し難く赦し難い」
車両前方の電光掲示板に、五分というタイマーが表示される。
制限時間内の撃破を求められ、タイマーが動くと同時に黒いSAも床を蹴った。
それでもさしたる興味も無さげに、ノアはカウンターの蹴りで敵を窓に叩きつけた。
「すご…」
「ちょっとだけ待っていてくださいアリスちゃん。すぐに終わります」
天女のような笑みをアリスに向けたかと思うと、倒れる鉄の兵士に凍えるような視線を放つ。
「鉄屑が。私とアリスちゃんとの貴重なひと時を分かつとは…」
背中のブースターを起動させ起き上がろうとするのを、また蹴りで吹き飛ばし阻害した。
「無粋な檻でアリスちゃんのお顔が見えづらいではありませんか。私から彼女を遠ざけるなんて悪魔の所業……その罪、万死に値します」
まずは手を。次に足を。ついでに武器を。
身体を。頭を。
徐々に、確かに。
「痛みがあればよかったのに」
踏み潰す。
「死ね。死ね。死ね。死ね」
冷淡に、しかし明瞭な殺意と悪虐を以て。
絶対的な剣士をして、剣を愛し剣に愛された剣士をして、剣を振るう価値すら無いと、黒いSAは完膚なきまでに粉砕された。
「終わりましたよアリスちゃん」
「あ、うん…はい…」
所要時間二十一秒。
胸をすかせたノアと、呆気に取られたアリスを乗せた車両は、彼方の地へと到着し足を止めた。
「どこに着いたんだろ」
「結構な距離を走ったようですが」
と、二人が揃って開いた扉から出たとき、そこはすでに地上であり、空はすっかり夜が満ちていた。
周囲を確認しようとして、二人の背後で電車が光り輝いた。
「なに?」
光が収まり目を覆った手を離すと、眼前の電車は地平まで続くかのような巨大な機体へと変わっていた。
二人の前にリザルトが表示される。
「アストラルクエスト…蛇に魅入られし旅をクリア…。やっぱりこれクエストだったんだ。アストラルクエスト…って、まさか」
アリスの方にはゴールド及びドロップアイテムが。
対し、ノアのリザルトにはその他。クエストのメイン報酬が記載されていた。
「【星天降臨】、彗星空蛇…《サーペント》…?」
「空蛇…蛇?蛇座の星天の使徒!」
「これが無二の星の一つですか」
大した感動も無く、ノアは《サーペント》を収納した。
「ラストアタックが私だったというだけですけど、この結果は幸運と受け取っておきましょう。もしくは、アリスちゃんからの贈り物と」
「むむむ…契約の楔無しに契約するなんて…」
「尤も達成感というより、今しがたまで蛇のお腹の中に居たという不快感の方が勝ってしまいますけどね」
勝者然とした余裕一杯のノアに、予想だにしない悔しさを味わったアリス。
よもや後から、それも今日今さっき星天の大地へ訪れたノアが、自分よりも先に星天の使徒を入手するとは、と。
まるでゲーマーとしての資質で上回られたようで。
「それはさておき、あれを」
ノアが向いている方に視線をやると、空を衝くかの如き巨大な白い建造物が建っていた。
周りを海と見紛う程の湖に囲まれ、そこへと続く道は一本しかない。
街路樹が等間隔で植えられた舗装された道。
耳鳴りが聴こえるくらいの閑静が、むしろ不気味さを引き立てる。
「行ってみましょう」
ノアに並び、アリスは長い道を行った。
それには入り口はおろか窓も無い。
悉く無機質な直方体。
いや、天辺が視認出来ないのだから正確な形は不明だが。
「塔かと思いましたが、オブジェやモニュメントの類なのでしょうか」
と、ノアが壁に手を当てたとき。
「ようこそ、星の契約者よ」
どこからか女性の声が響いた。
「誰?」
問いには応えない。
その声はどうやら録音らしく、淡々と言葉を紡ぐだけであった。
「ここは【コズミックエンド】。全ての星の最果て。永遠の墓標。この地へ辿り着いた星の力を持つ者へ私から祝福を贈ろう」
空から光が二つ落ちてきて、二人の手の上に。
「やがて星を越える君たちに幸あらんことを」
たったそれだけ。
声は聴こえなくなり再び静寂が戻り、二人は手に持ったものに目をやった。
金で装飾された薄い藍色の円盤だった。
「《空の鏡》。星座盤のようですね」
点と線で描かれた星座。
八十八のそれらの中で、幾つか光を帯びているものがあった。
「なるほど。今現在入手している、もしくはされている星座が輝いていると」
「一つ…二つ…八つも灯ってる…。思ったより手に入れてる人が居るんだ星天の使徒。うかうかしてられないなぁ。他には何も無いみたいだし、上の方まで飛んでみようか。ノアちゃん、飛行系スキルは」
「持っていても晒しませんよ。アリスちゃんが飛べるのを知っているのですから」
ニコニコと、それはもう上品に笑う彼女に、アリスは苦笑いするしかなかった。
「モード、【兇龍帝】」
龍化しノアを掌に乗せて上空高く飛び上がる。
雲の上を突き抜けてもそれは聳え続け、やがてアリスの動きが強制的に止められた。
「ここがエリアの端なんだ。これ以上進めないや」
「でもこの建造物はまだまだ先へ続いている。何らかのクエストに関連しているのかもしれませんね」
一応と、ノアが試しに外壁を斬ってみたが、細く傷が入っただけに終わり、かと思えばどこからか飛来したドローン数機が即座に修復を開始した。
【破壊者】を使えばその限りでは無かっただろうが、そこがアリスが彼女を御せない重要なポイントだ。
破壊衝動のブレーキのオンオフを完璧に切り替えられる高度な理性。知性。品格。
それが無ければ、とっくにアリスとは仲違いしていたであろう程には。
しばらく周囲を旋回してみたが結局得られたものは無く、アリスたちは地面に降りた。
「収穫は《空の鏡》一つ。どうやらここは、今の私たちでは立ち入る資格は無い場所のようです」
「だね。来た場所に戻る?」
「その必要はありません。そろそろ迎えが来ます」
空を見上げれば鋼鉄の艦がこちらへ向かってくる。
「あれは…」
「《ペルセウス》。クレアさんが契約している星天の使徒です」
《カシオペア》よりは大きさが無いが、よりシャープな形状をした《ペルセウス》から影が一つ飛び降りると、それは地面を陥没させアリスの前で跪いた。
「お待たせ致しましたマスター。サクラ、ただ今参上しました。ご無事で何よりです」
「ありがとうサクラちゃん」
コホッ、乾いた咳払いが一つ。
「得る物も得たようですので、今日はこの辺りで失礼します。あまり長くログインしていると、また先生に怒られてしまうので」
「そっか。そうだね、じゃあまた」
「ええ」
《ペルセウス》から降り注ぐ光がノアを浮かせた。
「アリスちゃん」
「?」
「近々、おもしろいことがありそうですよ」
「おもしろいこと?」
「先日とある方から依頼がありまして。詳細は聞き及んでいませんが、その人曰く…NEOの全てを巻き込んだお祭りなんだとか」
「お祭り…その人ってもしかして」
「では、またその時に。……ああそうです」
「?」
「クリームソーダの件、お忘れなく」
アリスの言葉を待たず、ノアは《ペルセウス》に帰艦した。
「行っちゃった…」
「我々も帰りましょうマスター」
「うん。そう、だね…」
乾いた風が少女たちを撫でる。
"お祭り"。
アリスが妙に擽られたその言葉の意味を知るのは、翌日。
肌が灼けるような暑い日のことであった。




