109.不思議の国と激動の序章
現実世界は、ネットワークを介して電脳世界は、そのニュースに震えかつてない熱量を帯びていた。
星天の大地の開放はアナウンスにより全プレイヤーの知るところであったが、【不思議の国のアリス】が投稿した動画により機械世界の存在が明るみになり、未だかつてないNEOに湧いた。
その結果、我よ我よと星天の大地へ挑む者が増えたというわけだ。
星天の大地へ赴くための手段としては、海底神殿に飛空艇の販売所が設置された。
星天の大地へと渡航条件が【覚醒】していることのため、販売所の利用もそれに準じている。
アリスたちのように白ウサギとのバトルでなく、《オリオン・星の残照》がその相手をしているのだが、その攻略難度は容易なものではい。
トップギルドが全力を費やしてやっと一体を倒せるようなレベル。それが二体並ぶのだからタチが悪い。
如何に【覚醒】しているとはいえ、また相手が残照とはいえ強敵なのは変わらず、未だ星天の大地を踏みしめているのは、アリスたちを除いても全プレイヤーの一割未満というのが現状だ。
また、アリスたちは知り得た情報をそのまま伝えてはいない。
星天の使徒、星の残照の契約方法、そして黄導十二宮神の存在は隠匿している。
プレイヤーが増えるに連れて隠匿も意味の無いものに変わるだろうが、ネタバレ防止という建前を除き、少しでも《レオ》が他のプレイヤーの手に渡ることを避けたいというアリスの思惑がそこにはあった。
ゲームを盛り上げなければいけないプロ意識と、他よりも先に攻略したいというゲーマー意識の葛藤に苛まれる日々である。
そして、そのアリスはというと。
「おおおりゃああぁぁぁ!!」
星の残照の群れ相手に、単身挑んでいた。
持てる力をフル活用して、僅か十数分という短い時間で星の残照十体近くを破壊。
アリスは残骸の上でリザルトを開きドロップアイテムを確認した。
「機関銃、レーザー、ミサイル、ブレード…やっぱり《LASTRAL》みたいに自分でパーツを組めるんだ。けど全部破損してる。もしかしてパーツを壊さないように倒さないといけないとか…?《LASTRAL》だとメインの機体があってそれにカスタマイズしてたけど、ここにも同じものがあるのかな。…それにしても星天の使徒どころか青眼の個体も出ないなんて、やっぱり出現率低いんだ。みんなの方はどうかな」
グループ通話でそれぞれの進捗を確かめてみる。
『全然ダメ。赤眼のしかいない』
五人とも調子は芳しくない様子。
《霊子機関》を始めとした各パーツのみが溜まっていく。
「《レオ》の手掛かりも無いしなぁ…どうしよ」
うーんと腕組みしてからハッとする。
「そういえばサクラちゃんが、霊子濃度がどうのって言ってたっけ」
【Gluttony】から《霊子機関》を取り出す。
赤く輝く溶液が入ったガラスが、無骨な金属でコーティングされたもの。
「これって《霊子核》の塊みたいなものだよね。サクラちゃんやシズクちゃんには、私たちより敵が集まりやすいみたいだし。これをどうにかすれば、私も敵を集めやすく出来ないかな…」
少し悩んで。
「何事も挑戦!なんでもやってみなきゃだよね、【原初の叡智】」
フンスと鼻を鳴らした。
「イメージは《霊子核》を魔法みたいに自由に操れるようになる…かな。装備に付けちゃうと勝手が変わってくるかもしれないし、やっぱりスキルにするのがいいよね。パッシブだと不利な状況に対応出来ないからアクティブで。ついでに《契約の楔》も混ぜちゃおっと……って、いつものことながら【原初の叡智】さんに頼りっぱなしになっちゃうんだけど」
神性領域を展開。
【原初の叡智】はスキルポイントを代償にスキルの構築を開始した。
《霊子機関》が宙で砕け、中の液体が幾重もの渦を巻く。
それがアリスを螺旋状に取り巻くと、光はより一層輝きを強めた。
《世界に新たな叡智が誕生しました》
光が収まった後、表示されたいつもどおりの無機質なリザルトに、アリスは呆けたように表情を緩めた。
「相変わらず…すぐこういうの創っちゃうんだから【原初の叡智】さんてば」
しかし、自分に新しい力が宿ったのを喜ぶ暇はなかった。
地面に黒い影が落ちたかと思いきや、すぐさま霊子の激しい光で影が散った。
直感的に超スピードで回避したアリスに攻撃は通用しなかったが、襲来したそれは上空で鋼鉄の尾羽をたなびかせた。
「【鑑定】!」
光の翼で羽ばたく鳳凰の残照。
「《フェニックス・星の残照》…青眼の個体!」
研磨された蒼玉を思わせる青い眼がアリスを捉え、ダガーの羽を射出した。
「【タルタロス】!!」
触れたものを破壊する【闇魔法】の真髄たる技だが、放たれたそれは闇を突き抜けアリスを飛び退かせる。
「物理攻撃と霊子攻撃のハイブリッドタイプ。威力が強いのはパワー型だからかな」
新しい力を試すには持ってこいと口角を上げる。
「せっかく会ったんだもん…逃さないから覚悟してね」
穴が空いた。
ように見えた。
少女が纏うオーラが、あまりにも濃く、黒く、悍ましいものだったから。
高濃度の霊子を好むはずの星天の住人でさえ、本能的に距離を取るほどに。
「モード――――――――」
時を同じくして。
少女たちは空から世界を見下ろした。
「オーッホッホッ!ここが星天の大地ですのね!」
「新しい世界、ワクワクなのですよ」
「うんうんっ!楽しいこといーっぱいありそう!」
「アリスおねーちゃんたちも今頃遊んでるかなぁ。ねえノア」
「そうですね」
広い世界。しかし一際惹かれる方向があった。
遠い戦闘の音。匂い。
呼び声にも似た
それは直感以外の何でもなかったが、【LIBERTAS ZERO】リーダー、ノアは確信を以て彼方を指差した。
「あちらへ艦を」
「かしこまりました」
その操縦士は無機質の中に、ほんの微かな抑揚を交えた声で応えた。
透き通った緑の眼の奥に、複雑怪奇な歯車を稼働させ。
「レーダーに高出力の霊子反応を確認。天翼戦機――――《ペルセウス》、直ちに急行致します」
「あ、クイーンはここで降りるね。なんだか良いことがありそうな気がする」
「あら奇遇ですわね。私もそんな気がしていましたわぁ」
「じゃあ私もーっも」
「では後ほどなのです」
そう言って四人は嬉々とした様子で高度数千メートルという高さから飛び降りた。
心配などまるでせずに、星天の名を冠した鋼鉄の艦は火を噴く。
「気が早いですね皆さん。わからなくもありませんけれど」
ノアは腰の黒剣に指を這わせた。
「退屈しているのは私も同じですから」
また同じ頃。
《アドミニストレートスキル【――――】を習得しました》
解放される神の権能を身に宿し、その女性は空の果ての宮殿にてその先の空を見上げた。
「これで、必要なのはあと一つ。めちゃくちゃ順調で怖いくらい。けど、これでやっと夢が叶う」
随分待たせたねと口角を上げて、金色の神へ刀身の無い剣を翳す。
「また一緒に暴れよう。――――――――相棒」
幾百という残骸が墓標のように聳え、冷たい空気が両者の間を過ぎていった。
郷愁。懐古。
かつて自分が造った愛機に、【夜空の王】レイは刃を立てる。
それは来たる――――――――そうでなければ来させる。
《NEVER END ONLINE》という歴史に刻まれる大戦の、ほんの序章に過ぎなかった。




