108.不思議の国と青く苦い昔語り
パーティー全滅により、ギルドホームである《カシオペア》に強制転送されたアリスたちは、倒れた身体を起き上がらせた。
「何、今の…」
「一瞬すぎて何がなんだか…というより、防御も回避も出来ませんでした…」
「あの金色の…あいつ何?ウチらがモンスター相手に全滅したのとか初だろ」
「ええ。異常事態と言っても差し支えないほどです。かなり特殊な個体…ということでよろしいのでしょうか」
と、シズクはサクラに問いかけた。
「仰るとおりです。よもやこんな序盤に遭遇するとは思いもよりませんでした。星天の使徒において最強…十二の頂点に座する金色の神々。あれはその一柱。黄導十二宮神、星龍獅神《レオ》」
「星龍獅神…」
「《レオ》…獅子座の星天の使徒ね。確かに神というのも頷けるわ。私たちが相手した星の残照とは比較にならない強さだった」
「あの、駆け付ける寸前でよく見えていなかったのですが」
ルナが粛々と手を挙げた。
「見間違いでなければ、《レオ》は《ペガサス・星の残照》を破壊していました。仲間…という概念があるかどうかはわかりませんが、同士討ちするようなことが起こりうるのですか?」
「目に映るものを破壊する星の残照同士なら無い話ではありません。同族に敵性反応を示すことはむしろ日常的です。ですが、申し訳ございません…。黄導十二宮神については私も深く把握しておらず、理解の外の事柄が多いのです。彼らに感情というものが存在していない以上、縄張りの侵害や気紛れな蹂躙は無いと仮定しますが」
「それだけ特異な存在というわけね」
「はい。それらを踏まえ改めて星天の使徒について説明したいと思いますが、如何でしょうかマスター」
返事はない。
「マスター?」
「え、あ…ゴメン。ボーッとしてた…」
アリスの雰囲気に五人は違和感を覚えた。
しかし、モンスターにやられたというショックが抜けきらないのだろうと、サクラは一旦話を始めることにした。
「まず、今しがた皆様が戦った星の残照…星天の使徒になり得なかったものの総称と説明致しましたが、彼らにはそれぞれ異なる型とタイプがあります」
力に特化したパワー型。
防御に特化したディフェンス型。
速さに特化したスピード型。
次いで、重火器や鋼鉄の刃でのみ攻撃する物理タイプ。
霊子装備で武装した霊子タイプ。
そして、その両方を兼ね備えたハイブリッドタイプ。
「出現率の割合で申しますと、物理タイプが最も出現率が高く、ハイブリッドタイプが低い傾向にあり、ハイブリッドタイプが最も星天の使徒に近い性能を持っています。尤も、近いというだけであって、星天の使徒と星の残照とは天と地ほどの差があるのは否めませんが」
「物理タイプってのも、原動力は《霊子機関》なんでしょ?なのに霊子攻撃してこないとかありえるの?」
「だから残照なんじゃないの?未完成っていうか不完全っていうか。わからないけど」
「そんなもんか」
そこはゲームの世界観に由来するのだろうと納得する。
「続いて、星天の使徒について。全八十八…いえ、《カシオペア》の契約者が私になっているため残り八十七ですが、これらを手中に収めることが、この世界での攻略の鍵となります」
「サクラさんが【海神の胎】で眠っていて、条件を満たすことで《カシオペア》を入手出来た。つまり、少なからず私たちが元居た世界にも星天の使徒が存在しているということになるのでは」
「私と同系統の人造人間の所在が不明なため確証はありませんが、十中八九シズク様の推測の通りかと」
「手中に収めるってのは?クエスト発生させて、クリアすれば勝手に仲間になってくれんの?」
否とサクラは頭を振った。
「星の残照を始めに、星天の使徒、そして黄導十二宮神。これらを手に入れるためには、契約が必須条件となります」
「契約?」
「そういえば…ショップでそのようなアイテムを購入しましたね」
【アイテムボックス】から、腕を覆う手甲型の射出装置を取り出した。
「《契約の楔》。星の住人に撃ち込むことで精神を感応させ契約と成す。コルフトが開発したアイテムです」
「要はテイムということですか。……?」
ふと、シズクが頭に疑問符を浮かべた。
「星天の使徒はコルフトが開発したものなのですよね?ならば制御方法があったはず…何故このようなアイテムが?」
「万が一、星天の使徒が暴走したときの予防線のようなものです。事実、コルフトが天命を全うした折、遺されたものたちは行き場を失い、この世界は弱肉強食の無法地帯と成り果てました。《契約の楔》は、後世この地を訪れる者たちへ授けた生きるための術なのでしょう」
「お優しいことで。肝心の契約の手順は?」
「対象を鎮静化、または戦闘不能の状態にした後、首の付け根の部分に《契約の楔》を撃ち込むことで契約は成されます。ですが、星の残照には限りがあり、赤眼の個体とは契約が出来ず、青眼の個体のみその範疇となっております」
「私たちが遭遇した星の残照は、全て赤い眼をしていましたね」
「青眼の個体の出現確率は、およそ五分の一。稀とはいかずとも、遭遇は幸運と言えます」
「六体全部赤眼の個体なんて、まるで私たちが歓迎されていないみたいな不運だったのね」
いいえ、とサクラはまた否定した。
「黄導十二宮神に遭遇した以上、不運とはとても言い難く存じます。彼らは神であるが故に孤高。群れず、遜らず、他者の前に姿を現すことはほとんどありませんから」
「んじゃ気を取り直してと。とりあえず当面の目標でも決めとく?」
「星天の使徒の確保と、星の残照との積極的な契約も視野に入れたいですね」
「それと、私たち自身のパワーアップも」
「そうね。【覚醒】してこれだもの。不甲斐ないったらないわ」
「てかあれか。王龍系スキルって、【覚醒】とセットで習得出来る仕様だったじゃん。ウチのはちょい違うけど。んで星天の大地は【覚醒】必須だし、元々この世界用に創られたスキルなんじゃね」
確かに、と一同は頷いた。
「王龍系スキルでようやくの勝利でしたけどね」
「向こうの世界だって全部解明されてるわけじゃないんだし、有益なスキルなんていくらでもあるでしょ」
「そのとおりです」
「ステキですね、楽しみが尽きないって。ねえ、アリス様」
ルナは柔く微笑んだが、アリスはそれに対して何も返さない。
「アリス様…?」
そして、
「ゴメン。ちょっと落ちるね」
「え、あ…」
「アリス?」
「マスター?」
突然のこと。
あまりにもアリスらしからぬ態度に疑問を覚え、四人はサクラに別れを告げて後を追った。
部屋で目覚めた心愛、雫、美桜、司は、揃ってアリスの部屋を訪れた。
そこにはすでにギアを外し、愁いた顔で机のパソコンに向かうアリスの姿があった。
「どしたんアリス。急に」
やはり返事はない。
「おーい」
と、心愛がパソコンに目を落とす。
すると、
「……これ、は?なんで…?」
映っていた画像に驚き声を詰まらせた。
雫たちも同じくそれを見て目を見開く。
「まさか…」
「そんなことが…」
「けど間違いない…」
それは見紛うことのない、黄金の獅子が君臨する様であった。
「《レオ》…?けど、なんか画質粗い?」
「細部が若干違うような気もしますが…何故アリスさんがこの画を?」
「スクリーンショットの日付けは…十年前になっていますね」
「まだ小学生じゃない。姫、どういうこと?」
アリスはパソコンの画面に指を這わせた。
「この子はレオリス。昔、私が造ったロボットなんだ」
懐かしそうに、または寂しそうに。
「造った…?」
「みんな、《LASTRAL》ってゲーム知ってる?」
「ラス…何?」
「《LASTRAL》。ロボットで戦う対人型のSFオンラインゲーム。ユーザー一万人も居ないくらいのゲームで、今はもうサーバーは無いんだけどね」
「それって、たしか前に言ってたやつ?」
「うん。コマンドも少なくて操作も単純で、子どもでもすぐ出来ちゃうくらいの内容だった。好きなパーツ…ミサイルとかレーザーとか、色んなのを組み合わせて自分だけのロボットを造るの。それで…私が造ったのが、このレオリス」
ライオンのレオと、アリス。
二つの名前を組み合わせたものだというのを、四人はすぐに理解した。
「私が《LASTRAL》を見つけたのは本当に偶然で、お父さんのパソコンで遊んでたとき。たまたま見かけたゲームに惹かれたの。無料だしって許可もらって、すぐにハマッちゃった。毎日毎日やってた。宿題しなさいとか、早く寝なさいとか、何回も怒られたよ」
アハハ、と頬を掻いた。
「フルダイブみたいに体感してるわけでも、グラフィックが特別キレイでも、やり込み要素が多かったわけでもないんだよ。でも、楽しかった。すっごく。レオリスは強くて、オンライン戦ではずっとランキングの首位を争ってた」
「九年前っていうと、まだ小学校低学年ですよね?その頃からゲームの才能が開花していたのですね」
「本当にやり込んでたからね。でも――――――――」
やり過ぎちゃったったんだよ、アリスは呟いてパソコンの電源を落とした。
「ゲームばっかりでつまんない。……一緒に遊んでた友だちに言われたんだ。当然だよね。友だちが家に遊びに来ても、ずっとパソコンとにらめっこしてるんだもん」
一人遊びがつまらないという、子どもにしてみれば当然の我儘。
しかしその呪詛は幼いアリスの心に深く突き刺さり蝕んだ。
友だちを失くすのを恐れたが故にゲームから離れた。
「ゲームしないで外で遊ぶことが増えた。元々身体を動かすのは好きだったしね。もちろん私も楽しかったし、友だちと一緒に遊ぶのは好きだった。けど、そうやってゲームから離れてるうちに、《LASTRAL》は消えちゃった。頑張って造ったレオリスも」
「…後悔、されていたと?」
「後悔なんて言っていいのかわかんないや。でも、しばらくの間だけど、寂しい思いはしてた」
ゲームと現実。
秤にかけるには大きすぎるそれ。
子どもの時分ならば尚の事、苦渋の決断だったのかもしれない。
そしてアリスは、現実を選んだが故に《LASTRAL》を、レオリスを手放した。
「初めて聴いた。アリスの昔のこと」
「エヘヘ…あんまり楽しい話じゃないからね。…なんでレオリスが、《LASTRAL》の世界が《NEVER END ONLINE》と繋がってるのかはわかんないけど、レオリスは…《レオ》は絶対私が手に入れる。誰にも渡さない」
強い決意を宿した目が彼女たちを奮い立たせる。
気迫めいた物言いをしたアリスの肩に、心愛は腕を回した。
「よしよし、アリスのやる気充分ってことで。レオだけとは言わずに全部ウチらのものにしてやろーぜ」
「うんっ。夏休み全部使って、星天の大地を遊びつくそう!」
おー、と揚々に拳を突き上げたところへ。
「宿題も忘れずに」
雫の鋭い一閃が炸裂。
若干二名ほど、萎々と腕を下ろしたのであった。
その夜。
毎日の宿題のノルマに追われ疲労困憊したアリスは、ゲームにログインせず身体を休めることにした。
お風呂上がり、火照った身体をベランダで冷ます。
くすんだ星空を見上げていると、後ろから声を掛けられた。
「湯冷めしてしまいますよ」
「美桜ちゃん」
ブランケットを羽織らせ、アリスの隣へ。
「ありがとう」
「いえ」
「みんなは?」
「もうお休みになられたようです。ボス戦の後は疲労が凄まじいですから」
「それくらい強いもんね星の残照。美桜ちゃんも疲れてるんじゃない?早く休まなきゃダメだよ」
「明日の朝食を仕込んでいたところです。そしたらベランダで涼むアリス様が見えたもので」
「朝ご飯?なになに?」
「アリス様の大好物のミートボールのシチューですよ」
「わっ、嬉しい!朝からお肉食べられるの幸せ〜」
夜風が髪を透いていく。
明日の朝を楽しみに気分を高めるアリスに、ふと美桜は訊いた。
「アリス様…差し出がましいことをお訊ねしますが、昔何かあったんですか?」
「ほぇ?」
「あ、いえ!私の気の所為かと思ったのですが!その…昔のことをお話になるアリス様が、どこかいつもと違ったもので…。ゲームから離れたと仰った他に、何かあったのかと…」
「あー…うーん…」
視線を泳がせ頭を掻く。
真剣に見つめてくる美桜を誤魔化すのは憚れると、アリスはつまんないよ?と前置きした。
「私ね…ゲームから離れても、捨てることは出来なかったの。プレイする時間が減っただけで、それでもゲームが好きな気持ちは変わんなかった。中学校に上がったら、ゲーム好きな友だちが増えたの。《LASTRAL》はもう無かったけど、代わりにフルダイブのゲームにハマッたんだ。楽しかったなぁ毎日。色んなゲームをして遊んだよ」
ファンタジーアクション。
サバイバル。
クラフト。
とにかく何でも遊んだとアリスは言う。
「アリス様の無限のポテンシャルの根底というわけですね」
「アハハ、そんなことないよ。それでね、そうやっていろんなゲームをやってるうちにNEOに出逢ったの。けど」
全てが可能なNEOという世界が、アリスの才能を浮き彫りにした。
そうでなくとも、以前から前兆があったのかもしれない。
それは今となっては知りようもないが、周りの友人と明らかな差が出来始めていた。
羨望。
アリスのプレイは見る者を鮮烈に惹き付け、同時に"持たざる者"に強烈な嫉妬を与えた。
「強すぎて一緒にゲームしててもおもしろくない。そう言われた」
美桜は口を噤んだ。
噤まざるを得なかった。
アリスの初めて見せる表情がそうさせた。
「それまで一緒に遊んでた友だちが離れて一人になった。寂しかったし、ショックだった。もし私がゲームが下手だったらって、手加減してればこんなことにならなかったのかなって、何回も何回も考えたよ」
友だちに言い返すことも出来ず。
それでもゲームを捨てられず。
「どうしたらいいのかもわかんなくて」
私はまたゲームを裏切った。
「アリス様…」
「ね?つまんない話だったでしょ?んっ…寒くなってきたね。そろそろ寝よっか。明日もいっぱい遊ぶぞー」
背伸びを一度。踵を返したアリスに美桜は、
「わ、私は!私は、いつでも楽しそうなアリス様が好きです!」
思いの丈を素直に綴った。
「強くて、可憐で、格好良くて!アリス様はずっと私の憧れです!だから…そんな悲しそうな顔しないでください!」
両手で肩を抱いて真っ直ぐに瞳を覗き込んで。
「昔のアリス様のお気持ち、理解出来るとはとても言えません。同情なんて烏滸がましく…ですが、私は今のアリス様を知っています!どれだけ尊いか、どれだけ懸命かを知っています!もしも…もしも、《レオ》との一件が過去への決着となるのなら、私が、私たちが精一杯サポートしますから!だから!」
どうか、と今にも涙ぐみそうな美桜の頬に、アリスはそっと手を添えた。
「美桜ちゃんの方が泣きそうな顔してる。優しいね。私もそんな美桜ちゃんのことが大好き。ありがとう、でも大丈夫。前に進む覚悟なら、ずっとしてるから」
可愛らしさの中に萌える一握の勇敢。
叶うならば、許されるならばと、美桜は肩に置いた手を頭と腰に回そうとした。
自然に唇を近付けようとした。
そうしなかったのは単に理性と、じーーーーーーーーっと隣の部屋からベランダを覗き込む心愛たちの湿り気を帯びた視線による。
「ほえぇ?!!」
「きゃあぁ?!!ななな、何故起きてるのですか?!」
「ベランダで話し声してれば嫌でも気付くわ!なーにいい感じにイチャイチャしてんの!」
「抜け駆けです抜け駆けです!ちょっとそこ変わってください美桜さん!」
「大人しい子ほど油断出来ないのよね。姫、今日は私の布団で寝なさい。こんな脳内ピンクの性獣たちと一夜を明かすなんて処女懐胎しちゃうわ」
「処女懐…何?」
「まあ姫の純潔は私のものって運命で決まってるんだけど」
「黙ってろクソエロフ」
「夜のソロプレイで淫猥な音楽でも奏でてなさいな」
「アリス様は渡しません」
「いいわ1v3で皆殺しにしてやろうじゃない!!」
時刻は深夜。
防音で無ければ近隣から苦情が来ること請け合いの騒ぎ用に、アリスはたまらなく可笑しくなって腹を抱えた。
みんなは私を受け入れてくれる。
みんながいるから私は私でいられる。
幸せを一杯に、今日もまた楽しい一日が始まる。




