104.不思議の国と異次元の穴
頭が割れそうで、喉の奥もジンジンする。
真に白熱したバトルだったからこそ、アリスは剣を握る力も無くその場にへたり込んだ。
「マスター…」
すぐに賭けようとしたサクラだが、モードチェンジを解き前のめりに転ぶ。
「身体が、動きません…」
「アハハ、疲れたもんね…。でも…勝ったよ」
「…はい」
弱々しく伸ばした拳をぶつけ合う。
すると、
「おわっ!」
ココア、シズク、ルナ、ナッツたちが異界から姿を現した。
「みんな!!」
「うぉっ、と!」
アリスは駆け寄るなり、先頭のココアに抱きついた。
「勝ったんだ」
「うん。みんなのおかげで」
「おーよしよし。きゃわきゃわ。おつー。てかHP切れで終わったと思ったけど…なんで生きてんのウチら」
コホン、とルナが咳払いを挟む。
「【救恤王龍】の能力です。【救恤王龍】は毒を操って命を蝕み、そして毒を転じて薬と成し命を与える治癒の力を持っていますから。それよりも…」
ジト目を向けられるココアだが、知らぬ存ぜぬでアリスの頭を抱き寄せた。
「いいっしょ」
「変わってください」
「このままPvP始めてもいいのよ」
「うっさアリココが公式カプなんだよ」
全員ボロボロで余力などない。
けれどもふざけ合い笑い合う彼女たちを見て、不意にサクラの口角が上がった。
ほんの微か。言われなければわからないほどだったが、それでも確かに。
「サクラさん」
伸ばされたシズクの手を取って立ち上がる。
「ナイスファイトです」
「……はい」
むず痒そうに。サクラは挙げられた手に手を合わせた。
しばらくして、戦況を隔てていた氷壁が音を立てて砕ける。
煌めく欠片の向こうで、二つのギルドは勝利を手に収めていた。
鉄屑の山を背に。
疲弊をおくびにも出さない、強者然とした立ち居振る舞いで。
アリス、エレン、ホロウの三人は、人差し指を立ててそれぞれの勝利を報せ讃えた。
そして、
「よくぞ試練を乗り越えた」
白ウサギは瓦礫に背を預け、絶え絶えの息で告げた。
「負けるなんて思ってなかった。おれはおれが創り出した悪意満載の遊び心だ。百人のプレイヤーで臨んで勝てる設計じゃない。それでもお前たちは勝った。おれの予想を遥かに越えて。称賛しよう、星の大地へ至る者たちよ」
彼女たちの前にリザルトが表示される。
「【星の大地へ至る者】…称号ですね」
そんな中、フィニッシャーを務めたアリスとサクラへ白ウサギが言う。
「人造人間…サクラ。おれと同じ造られし者…。だがお前にはおれにない可能性がある。その目で世界を見ろ。自分を知れ。為すべきことじゃない、為したいことを為せ。【奇跡の花】よ」
「【奇跡の花】…」
「アリス」
「うん」
「この世界を照らす炎。燃え続けろ。如何なるときも数多を導く【希望の火】であれ」
「うん。ありがとう白」
白ウサギの胸元に淡い光の球が出現し、アリスの身体の中に入っていく。
「受け取れ。次元を開く鍵を」
「これが…新しいアドミニストレートスキル…」
「暴れてみせろ、次の世界でも。お前たちに幸運があらんことを」
願わくば世界が明るいものであるようにと、白ウサギは光と消えた。
アリスは胸の前で拳を作って祈るように俯いた後、皆の方に向いた。
ココアたちは頷きを以て返し、決意を込めて前方に手を翳した。
「開け次元の扉!アドミニストレートスキル!【解放者】!!」
大気が鎮まった一瞬、空に瞬く星々が流れた。
光が渦を巻き、アリスたちの目の前に巨大な白い穴を開ける。
異なる世界へ繋ぐゲートホールだ。
『全てのプレイヤーに宣告。【不思議の国のアリス】、【セイレーンの瞳】、【ROSELIA】所属レギオン【ワールドエンド】がクエスト次元解放をクリア。それに伴いシステムを追加。レベルの上限を突破。世界は新たなステージへと到達しました』
世界に彼女たちの功績を讃えるアナウンスが響き渡る。
讃美というには少々機械的すぎたが、自分たちの実績を確かに実感した。
「あの向こうが…」
「私たちの次の舞台ってわけね」
高揚にその場で足をバタバタさせてから、アリスは期待を抑えきれない様子で振り返った。
「行こうみんな!」
疲れなどどこかへ吹き飛んでしまった様子。
と、体力の回復も待たず急かすアリスへエレンとホロウが口を開いた。
「私たちはここまでにしておきます」
「そうね」
「うぇっ?!な、なんでですか?せっかくみんなで…」
「思った以上に疲労の色が見えるのもありますが、ひとまずは手助けが出来たと満足するとします」
「ここから先は自分たちの力で行くことにするわ。さすがに、こういう艦だけが通行の手段じゃないでしょうから。一足先に次の世界を見てきなさい」
短く残して、【セイレーンの瞳】と【ROSELIA】は世界から去っていく。
ありがとうございますとアリスが頭を下げると、他のメンバーも同様に感謝を表した。
「そっか、そうだよね…みんな疲れてるんだった。私たちも少し休んでから…」
「行きたいんでしょ。なら行くしかないじゃんって」
アリスの気を落とすまいと、ココアが後ろから肩に手を回す。
「そうですね。古都のときも、海底神殿のときも、私たちは入場を後手にしていましたし。一番最初に世界を見ても、誰にも文句は言われませんとも」
「行きましょうアリス様」
「姫が行きたいって言ってるのに、私たちが反対なんてしないわよ」
次いでサクラも無言で頷いた。
「みんな…。エヘヘ、ありがとう」
「んじゃー気を取り直して。行こーぜアリス」
「うん!」
《カシオペア》は機体を浮かせると、サクラの操縦によって水平維持を安定させ船首をゲートホールへと向けた。
「目標、星天の大地。機動戦艦――――《カシオペア》、出艦」
ゆっくりと《カシオペア》は巨体をゲートホールへ侵入する。
抵抗は無い。
微かな放電を起こしながら、艦はゲートホールの向こうへ。
真っ白な光に視界を奪われること数秒。
遠い空の青さ。
乾いた風。
鉄の匂い。
機械文明に彩られた鋼鉄の都市が少女たちを迎えた。
「ここが…星天の大地…!」
「って、あれ?!なんか装備変わってない?!」
「本当…」
「あ、ですが性能は変わってないようですよ」
「見た目が機械的なニュアンスを取り入れたデザインになっている以外は特に…そうですね。武器はそのままのようですし。郷に入っては郷に従え、ということなのでしょうか」
「動きづらいカンジもしないし、まあいっか。てかサクラは変わってないね」
「私は元々この世界で造られましたから」
高い建物に聳え立つモニュメント。
整備されたインフラ。
街を走る無人の列車。
至るところに荒廃が目立つものの、都市は誰のためでもなく稼働している。
「パッと見た感じ、街の造りはほとんど現代社会ね。建物はとんでもなく巨大だけど。コンクリートジャングルなんて表現すらちっぽけだわ」
「これが賢父コルフトが造り上げた世界というわけですか」
「海底神殿とは打って変わってって感じ。失われし記憶だっけ?」
「海底神殿に眠る失われし記憶とは、コルフトの智慧を継いだ者たちの残滓。謂わば紛い物です。それでもその強大な力故に、コルフトは智慧ある者のみに託すよう、"謎"という形であの場所に封印したのです。その者たちが、いつかこの場所を訪れることを夢見て」
「コルフトさんは、何故我々をこの場所へと導いたのでしょう」
謎は謎のまま。
ふと、ココアがアリスの異変に気付いた。
「アリス?」
「…あ、ゴメン。なに?」
「どしたボーっとして。疲れ出てる?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…。何だろう…。なんかすごく…懐かしいっていうか…。なんか、見たことある気がするっていうか…」
「そんなわけなくない?今開放されたばっかのエリアなのに」
「そう、だよね…」
つい今しがたの高揚が嘘のように静まり、アリスは胸の内に宿った正体不明の靄に、一人首を傾げた。
グルルル……
彼方からアリスたちを見やるその者の目に、今は気付くことなどなく。




