102.不思議の国と次元解放戦(中編)
動線の被りも味方同士の被弾も気にしない。
そこからの彼女たちの動きは見違えるようで、バトルは白熱し加速した。
「【天風】!【黄泉の風域】!【颪斬り】!【科戸・天羽々斬】!」
「【デビルバースト】!【ブラッディティアー】!【エカルラートガトリング】!」
後方から放たれる支援の間を縫い、機動力に優れたアリスとナッツ、一撃の重さに優れたココアとサクラが次々と攻撃を仕掛ける。
「【サーキュラー】!【グリムアリア】!」
「【ペネトレイトソニック】!【ヴァイオレットペンタゴン】!」
「【フォールダウン】!【モノクロームディストーション】!」
「【機導剣流:コード02-ACCELERATION】【技巧記憶】【機導剣流:コード05-GRIMM ARIA】」
白ウサギが徐々に追いつけなくなり、身体に刻まれる赤い線の数が増えていく。
一人一人の動きに精彩が出てきたのももちろんだが、白ウサギの【マジシャンズボックス】を要所要所で封じる功労者の存在が欠かせない。
ルナだ。
「寸でのところで【マジシャンズボックス】が動きが止まる…なるほど、糸。お前のスキルか」
「気付いたところで私の糸は防げません!【手編・風理縫い】!」
上位種へと進化したルナの固有スキル【糸ノ世】は、ユニークスキル【裁縫術】をよりコンスタントに使用出来る優れもの。
糸はより長く、強靭に。
風を纏わせることで更に。
攻守に長けた万能のスキルだが、その真価は縫い付け、縛り相手を封じ込めることにある。
自身で攻撃を完璧な練度で繰り出しつつも、高いレベルの支援性能を誇る彼女は、聖女相応の実力であった。
「この距離でも寸分狂わずにスキルを使えるのか。なかなかどうして精密な操作だ。それだけでおれを封じ込めたつもりならお門違いだがな」
「私一人でなんて烏滸がましい…実力を履き違えているつもりはありませんとも」
ヒラリと、白ウサギの背後で赤い羽が踊る。
血で造られた蝙蝠が白ウサギの首に噛み付いた。
剣の一振りで払われた蝙蝠は、地面に落ちると血となって飛沫し、またすぐに別の形を取った。
「【紅の荊】!」
地表を割って突き出る荊が四肢を絡め取る。
「今度は吸血鬼…【紅魔】のスキル」
血を自在に操る、吸血鬼種シズクの固有スキル【紅魔】。
攻撃にドレインを付与する能力だ。
加えて吸収するのはHPに限定しない。
MPやSTRもその範疇内だ。
【紅蓮の女帝】。彼女を形容するには充分すぎる呼び名であった。
「紅に染まりなさい!【ヴァンプレイド・スカーレットデスペアー】!!」
白ウサギのステータスを吸収して強化された緋色の閃光が空を走る。
同時に、ルナは激しい風を巻き起こした。
風は彼女の背後で巨大な女神を象り、手に持った巨刀を振り下ろす。
【暴風魔法】の最上位呪文にして、一切合切を薙ぎ飛ばす神の御業。
「【辻ノ狂・布都御魂劒】!!」
【マジシャンズボックス】を止められ、四人に接近戦を挑まれている状況では回避にも務められない。
そんな思考は彼には無い。
「【マトリックスソード】」
「?!!」
一瞬剣が数を増やし荊を断ち切り、猛烈な剣戟でアリスたちを退け、続けざまに【マジシャンズサークル】で魔法の軌道を歪ませる。
「!!」
魔法はシズクたちの元へ帰り多大なダメージを負わせ、次いで黄色の箱の蓋が開いた。
「いい調子だ。だが、次からは箱そのものの動きを止めるんじゃなく箱が開くのを封じるんだな」
深い底無しの闇から姿を現す、ガラスの靴を履いた美姫。
「【神威天召:灰被り姫】」
魔性を写す灰色の髪と瞳。
煌めく純白のドレスを翻し、その姫は紅を差した艶い唇で微笑んだ。
「いやキレーだけど…!」
「普通に瑞希さんですね…!」
橘瑞希。
モデルが山風志郎の秘書であることは、面識のある彼女たちにはすぐわかった。
その上で、スキルとしての彼女の性能に畏怖した。
「【ガラスの舞踏会】」
彼女が踊りステップを踏む度、ガラスの剣が地表から突き出し、ガラスの靴が少女たちを踏み潰さんと降ってくる。
「スキルがスキルを使うだなんて…?!くっ!!」
「聴いたことがありませんそんな反則…!っあ!!」
「シズクちゃん!ルナちゃん!…っ!」
振り子のように襲ってくるガラスのカボチャへ、桜色の閃光が走った。
「【機導剣流:コード01-AERO LEAP】」
斬撃はカボチャを砕いた勢いのまま白ウサギへ飛ぶも、回避はおろか防御する素振りすら見せず、命中した瞬間霧散した。
「……!」
「ごめんサクラちゃん!」
「問題ありません」
絶え間ない攻撃に、さしものアリスも一旦白ウサギから距離を取った。
速く広く、それでいて鋭く重く。
攻撃と攻撃のラグがほとんど無い灰被り姫の猛攻に怯まざるを得ない状況。
そう。
彼女たち以外は。
「ガラスは熱によわよわに決まってんだよね!」
「どんな攻撃も当たらなければ意味はないわ!」
ココアは鎌に白と蒼のニ色の炎を灯らせ、ガラスの攻撃を受けながらも物ともせず、灰被り姫へと斬り込んだ。
【オーバーライフ】。
命を保有出来る【ライフストック】やその他のスキルを統合した、堕天使種ココアの固有スキル。
命を落とす度、STRとAGI以外のステータス値を一定時間下げることでライフを復活させる能力を持つ。
ステータス値の回復には一度につき相応の時間を要するが、ステータスの値が0になるまで発動が可能となる。
このスキルのメリットが、一度ライフを落とすごとにSTRとAGIが上昇するという点。
似た性能の【諸刃の剣】と合わさることで、ココアの攻撃は時間を追うごとに進化する。
その様、まさに不滅の盾。
対しあらゆる攻撃を受けて前進するココアとは違い、ナッツはあらゆる攻撃を回避する。
そのスピードはアリスに匹敵するが、アリスのように勘や反射に頼ったものではない。
完全に視界に捉えた上で、後出しで強引に身体の線をずらしていた。
その無茶を可能にしているのが、雷精種ナッツの固有スキルであるところの【雷精化】だ。
自身を文字通り雷の精霊と化すことで、攻撃に雷の属性を付与し、AGIをおよそ三倍にまで高めている。
発動中はVITが0まで低下するデメリットがある反面、その分の値もAGIに上乗せされる。
そのスピードたるや、アリスの【黒雷姫】を凌ぐほど。
【不思議の国のアリス】、無二たるスピードスターの爆誕であった。
二つのスキルが生み出す二人の怪物。
星空の下、炎と雷が荒ぶり乱舞する。
「【リバーサルリジェクション・マスティーマ】!!」
「【ケラウノス】!!」
灰被り姫はガラスの盾を展開しココアとナッツの攻撃に合わせたが、高い熱量と膂力に耐えきれず盾は融解し崩壊した。
「もらった!!」
「フラグだぞ。スキルだからとナメるな。そいつはおれが造り出したスキルだぞ」
赤の箱から何かが射出され、灰被り姫の両手に収まる。
「スキルも使えば武器も使う」
苦悶に歪む女性たちの顔が彫られた盾――――《マリシャスファミリー》を片手に、青く萌える草が絡みついた槍――――《ハシバミの止り木》を振るい、ココアとナッツを同時に払い飛ばした。
「おわっ!」
「チッ、見掛けによらずパワータイプすぎでしょ…!」
装備者にHPの自動回復を与える槍は、瞬く間に傷を癒やしていく。
「ウッソだろ結構渾身だぞ今の攻撃…!ぴえんの化身かよ…!」
「もうHPが全快してる…回復速度異常じゃない…!」
「武器とスキルを自分の意思で扱えるスキル…!しかも超速回復持ちとは…!」
「強敵です…これでは白ウサギさんを相手取るなんてとても…!」
「ったく…めんど…!なんてな……その余裕、ウチのエースアタッカーの攻撃食らっても保てんの?」
ガラスの剣の雨を切り裂きながらアリスが跳ぶ。
「【形態変化】!!【パーガトリアルエクリプス】!!」
剣閃の嵐にも白ウサギは動じない。
「全然効いてない…?!」
「嘘でしょ…?!」
「【スートスラッシュ】」
高速の四連撃がアリスを押し返した。
異端のスキルよりも異端なエリアボス白ウサギ。
六人を一度に相手取れるほどの高純度のステータス特化型でありながら、多様なスキルを操る使い手。
中でも六色の箱の厄介さは一際だ。
赤色の箱は武器の収納。
青色の箱は魔法の吸収と反射。
黄色の箱はモンスターの召喚。
水色と紫色の箱はそれぞれ繋がっており、攻撃や魔法をそのまま返される。
緑色の箱の性能は未だ不明だが、油断ならないことは全員の認識として在る。
状況を鑑みた上でココアは小さくため息をつき、ガシガシと頭を搔いた。
「こりゃあキツいか…?おーいアリスー」
「?」
「さすがに分業が正解だわ。灰被り姫はウチらが押さえるから、そっちは任せていー?」
「ココアさん、何を…?」
「言いたいことはわかる。みなまですぎ。このシチュで戦力分断すんのは悪手ってんだろー。わかってるわそんなの。けど、そうも言ってらんなそうなんだよ」
と、視線を盾にやる。
「あの武器装備してから白への攻撃が全然通用してない。ガラスを操るのは灰被り姫の能力で、HP回復はあの槍のスキル。なら、攻撃が通じてないのは盾の方のスキルだろ。パーティーメンバーを無敵状態にしてんのか…じゃなかったら、ダメージを肩代わりしてるとかなんじゃね。ダメージ軽減もついてるかもしんないけど。てかどっちにしろ、白と灰被り姫を一緒にしておく意味なんて無いっしょ。連携取られる方がダルいし。そんなら分断させるしかねーってことで」
誰よりも冷静な状況分析と、相手の能力を看過する洞察力の高さに、一同はココアという少女の素質に唖然とした。
伊達で副リーダーの地位に治まっていないということを、改めて認識させられる。
「異論無さげだな?よし。んじゃーまぁ、ウチとナッツ、そんでシズクとルナでこっちは相手するから。そっちはよろ。アリス、サクラ」
「なっ?!六人でさえ白さんは抑えきれなかったんですよ!」
「それではあまりにも戦力差が…」
「黙ってろHP少ない組。あの人が強いのなんてわかりきってるっつーの。さっきのカウンターでめちゃくちゃ体力削られてんだろーが。そんなんでアリスたちの巻き添え食らったらそれだけで死ぬぞ。誰か一人でも墜ちたらゲームオーバーだってんだよ」
「しかし…」
「いいから手ェ貸せ。あのHP回復速度はウチとナッツだけじゃキツいってのもガチだし。勝利への采配ってやつ?シズクだってわかってんでしょ。これが最適解だって。な、アリス。勝つんだろウチら全員で」
「うん!当然!!」
意思は堅く揺らがない。
性格はバラバラ。我も強い。
だが、いつだって彼女たちの理念はシンプルだ。
自由に。
それこそが、最強を目指す彼女たちを最強へと至らしめるもの。
「ルナ頼んだ」
「はい!【迷い家】!!」
空間が歪み、ココア、シズク、ルナ、ナッツ、そして灰被り姫を取り込む。
「サクラ!!」
ココアはサクラに向いて、胸を二回叩いた。
「ウチらの仲間だろ。負けんなよ」
「……了解しました」
檄を受け、異界へと消える彼女たちを見送った。
上下左右、前後さえ判別困難な迷宮の世界を創造するスキル。【迷い家】。
発動者本人であるルナにさえその全容はわからない。
部屋の中心の灰被り姫を囲む形で、四人は襖を背にした。
「スキルとして消える様子は無し、ね」
「ダメージ代替スキルも、未だ繋がっているという頭でいるべきでしょう」
「私たちが彼女を倒さない限り、アリス様たちは白ウサギさんを倒せない…」
「これは責任重大ね」
「一応訊くけど怖気づいてる奴いる?」
三人は武器を構えることで答えとした。
「はーウケる。とりまアゲていこーぜお前ら」
「元気がいいわね」
灰被り姫は口元に手を添えると、優しい眼差しで微笑んだ。
「そういうの、嫌いじゃないわ」
「スキルが…」
「喋った…?」
「フフフ、驚いた?私はちょっとだけ特別だから。さあ、可愛らしいお嬢さんたち。始めましょう、私たちの戦いを」
槍を地面に突き立て、ガラスの兵士たちを召喚する。
「私は強いわよ。あなたたちよりも、ね」
ウインク一つさえ妖艶。しかし妙な威圧感を放っている。
四人は尚も怯まず。
「仮にそうだとしても、今は…の話でしょ?余裕ぶんのは早いんじゃないの、灰被り姫さんよぉ。特別かなんか知らないけど、もしかしてウチらの前で十二時の鐘が鳴るまで踊ってられるつもりでいんの?」
「ええ、もちろん」
「魔法の時間は終わりにしてやんぜ。その自信、ガラスの靴ごと砕いてやるよ。んで思い知れ。主役はウチらだってなァ!!」
ココアが飛び出したのを皮切りに三人も続く。
「教えてあげるわ。絶対に負けないから主役なんだって」
「おれたちを分断したところで、スキルとしてのあいつが消えるわけじゃない。【神威天召】は【怪異招来】の完全上位互換。数少ないスペリオルスキルの一つだからな」
「スペリオルスキル…【Gluttony】と同じ…」
「通常のスキルよりも高性能な唯一無二のスキルがユニークスキル。スペリオルスキルは、よりシステムに関連付けられた上位スキルだ。メタファーな話をすれば、NPCよりも高度なAIを付与している。疑似人格…レベルで言えばほぼクローンだが…そんなことはどうでもいいか。続きと洒落込もう。恐れず来いよ。人数的有利を自ら放棄したお前たちだ。それくらいの勇気は持ち合わせているだろう」
「もちろん」
「……勇気といった感情は、私には理解出来ません。正直なところ皆様の意図もわかりかねます。ですが…皆様と同じ舞台に立つことで、心に灯った小さな炎のような高鳴りが確認されます。あなたを倒せば、この感情の正体を知ることが出来るのでしょうか」
サクラの問いに白ウサギはさぁなと返した。
「答えも未来も、自分の手で掴み取れ」
それはプログラミングされた白ウサギとしての言葉だったのか。
山風志郎としての言葉だったのか。
そんなのは些細なことだ。
だが心を燃やすには充分な激励。
アリスもサクラも、自然と足を前に出していた。




