101.不思議の国と次元解放戦(前編)
暴虐とは誰かが溢した言葉だ。
一体でも苦戦した覚えのある敵を瞬く間に破壊していく様は怪獣映画そのもの。
歴戦の強者である彼女たちの目を存分に疑わせた。
「また強くなったようですね」
「退屈しないわ。彼女たちには」
強さに惚ける者。
称賛する者。
悔しさを露わにする者。
反応は十色であったが、共通して抱いた感想がある。
(それにしても怖すぎる……)
およそ数千の数を一掃するのに大した時間は要さず、アリスが最後の一体を落としたところで機械の鳥は全滅。
アリスたちは撃ち漏らしが無いことを確認し帰艦した。
「たーだいまー…っとと」
揚々と手を振って凱旋したココアが足をふらつかせる。
「大丈夫?」
「んぁ、サイズ感変わりすぎて身体の操作ブレるわ」
「翼に尻尾まで増えていますからね。両手で別のコントローラーを握っている感覚というか…平然と使いこなしているアリス様が凄かったのですね。さすがです」
「エッヘン。みんなもカッコよかったよ」
「ご立派な勇姿でございました、マスター、皆様。まもなく光学迷彩のシールドに突入します」
全員の視線が前方へと向き直る。
艦の舳先が放電するスクリーンに衝突し、その向こうへと消えていく。
「わぁ!」
一同は、そこに無かったものが目の前に現れる不思議を一身に受けた。
彼女たちの目に飛び込む円盤状の大地と、眩い満天の星空。
そして空を突き抜けるかのように聳える荘厳な柱が二本。
「こんなにものが空に浮かんでいたなんて」
「神秘的…星に手が届きそう」
「空に呑み込まれるよう。それになんだか寂し気な場所。扉以外何も無いじゃない」
「いいえ…」
最初に気付いたのはエレンだった。
続いてホロウ。
「何かいるわ」
柱の中央に佇立し空を仰ぐ何者か。
モニターに映し出した姿を見て、アリスたちが反応した。
「は?」
「何故ここに…」
「白…?」
ウサギの耳を生やした獣人族の青年。
フォーマルな白い服装にモノクル。
見間違いようも無い。
白ウサギという名の、Project Storm代表山風志郎の分身だ。
「知り合い?」
「はい…けど、なんで…?」
「とにかく降りてみましょう」
《カシオペア》を着陸させ近付いた彼女たちへ振り返り、白ウサギはモノクル越しの金の瞳で見やった。
「よくここまでたどり着いた」
声も雰囲気も、アリスたちの知る白ウサギそのもの。
しかし、
「なんか…違和感…?なんだろ、変な感じ…」
アリスは友好的な態度を取らず、むしろ身構えた。
少女の実力を知るからこそ、その不信感は伝播する。
「まずは、数多の試練を乗り越えおれの前に立ったことを称賛しよう。ここは次元が交差する場所。ようこそ、星天の大地への入り口へ」
「……一つお訊ねしても?」
「答えられることならな」
「あなたは、私たちの知る白ウサギさん…で、よろしいのでしょうか」
シズクの問いかけに、白ウサギは飄々と淡々と返す。
「お前がどのおれを知っているのかは知らないが、おれがわかるのなら、おれに縁のある誰かなんだろう。だが生憎と初対面だ。面識はない。おれはどこにでも居るし、どこにも居ない。そういう虚ろな移ろう存在だからな。悪いが忖度は期待しないでくれ」
「白さん本人…ですが、プレイヤーが操作してるわけじゃなさそうですね。いや、当人を他所に本人と認定するのも可笑しなことですけど。言ってて混乱してきました」
「ようはモンスターと同じAIってこと?りょ。さっさとぶっ飛ばす」
「やれるものならな。おれは次元の守り人。世界の行く末を見定める者。お前たちに次元を越える資格があるというなら」
腕を挙げてパチンと指を鳴らす。
途端、白ウサギの両脇に聳える柱が震え出した。
空気を、大地を振動させながら柱は流動的に形を変えていく。
片や両手に剣を持った、片や重火器で全身を武装した、全高百メートルはあろう漆黒のゴーレム――――――――《オリオン・星の残照》へと。
「おれを倒してその強さを示してみろ」
目に赤い光を灯し、二体のゴーレムが襲いかかった。
刹那。
「【氷輪の花園】【雪月花】」
「【エリューシヴ】【ブルーディザスター】」
ビル程の剣を、暴風雨のような爆撃を、彼女たちは一人で受け押し返す。
冷静に。それでいて強者然と前に出るその姿の勇ましさに、アリスは思わず息を呑んだ。
「エレンさん…!ホロウさん…!」
「ようやく私たちも力を振るえます。アリスさんたちばかり活躍して、少々溜まっていたところ……遠慮はしません」
「こっちは私たちが相手をしておいてあげる。本当はそっちのメインをいただきたいところだけれど、ここまで連れてきてくれたお礼。行くわよ【ROSELIA】。私たちは誰が相手でも美しく咲き誇る」
「己を見つめ、未来を見据える。いざ出陣です。【セイレーンの瞳】の名の下に」
二人の魔法により高く分厚い氷の壁が立ち、白ウサギと《オリオン・星の残照》が隔たれる。
息が白くなる冷気の中、残されたアリスたちと白ウサギが対峙した。
「強いな。精錬されてるのがわかる。だがいいのか?《オリオン・星の残照》…性能はオリジナルには及ばないが、あの人数で戦えるような代物じゃないぞ」
「絶対大丈夫だって信じてる」
「おれがあれよりも強いと言っても、その平静は揺らがないか。いいな、その気概。ここまでたどり着ける実力を持ってるだけはある。きっとお前たちは、おれが認めた連中なんだろうな。尤も」
白ウサギが右手でそっと空を撫でる。
カラフルなダイヤチェック柄の箱が合計六つ、フワフワと周囲に浮かんだ。
開いた赤色の箱の中に手を入れ一本の剣を取り出す。
金の装飾が美しい真紅の剣。
「誰が相手でも全力で潰すが。それが礼儀というものだろう。さあ、どこからでもかかってこい。お前たちの全霊で挑め。お前たちが、真に未来を切り拓く者ならば」
「……上等。おもしろすぎて草生える」
口角を上げてココアは《デスサイズ》を握り直す。
「ぶった斬ってやる」
次いでシズクも《ラプラス》を抜いて前に出た。
「モンスターというより、PvPという頭でいた方が良さそうですね。武器もスキルも未知数。ですが負ける気はしません」
ルナとナッツもそれに続く。
「いざ尋常に」
「相手にとって不足はないわ。疾く私たち五人の礎になりなさい」
それぞれ《幽嫣絲》と《オルフェウス・スワロフォリア》を鞘から抜き放つ。
そして、
「五人じゃないよ」
アリスはサクラに微笑んだ。
「サクラちゃん、一緒に戦ってくれる?」
命令を受ければ戦う。
邪魔だと言われれば下がる。
サクラは自分がそういう者であると確と理解している。
だがアリスのそれは命令ではない。
一緒に戦いたい、戦ってほしいという純粋な願い。
それは自身を仲間として受け入れていることの証でもあった。
サクラがそのことを理解しているのかは定かではない。
しかし、確固とした戦闘の意思と《フラスコ》を手にアリスたちに並んだ。
「それがマスターのためならば。この命尽き果てるまで」
「うんっ。よーしっ!それじゃあ勝とうっ!」
右手に《ヴォーパルソード》、左手に《エリュシオン》を。
アリスの号令の元、少女たちは駆け出した。
「クエスト、次元解放。スタートだ」
次元を賭けたバトルが幕を開ける。
切り込み隊長を務めたのは、ギルド中瞬間最高速度に優れたナッツだ。
「【ライトニングアクセル】!【ペネトレイトソニック】!」
高速移動からの突きにまるで動じず、白ウサギは至って作業的にスキルを発動した。
紫色の箱がナッツの攻撃を阻んだ束の間、背後に浮かぶ水色の箱から細剣が飛び出してくる。
「っ?!」
首を折る勢いで頭をずらし紙一重で剣を避けるが、頬に赤いダメージエフェクトが走った。
「紫と水色の箱は繋がっていると…」
「赤の箱は空間収納系の能力でしょうか…あとの三つも何らかの能力を持っていると見て間違いなさそうですね」
「めんどくせータイプはゴリ押しに限る!」
白ウサギの背後から思い切り鎌を振るうが、その切っ先が青い箱に弾かれる。
「硬った…!てか今見えてなかっただろって!」
「箱そのものが自立して動いてるってことね…めんどくさいわ」
「【風魔の太刀】!」
「【ボルテックスフィア】!」
二人の技に対し、白ウサギは変わらず平静を保ったまま。
「【マジシャンズサークル】」
光るトランプのスートが半径十メートル程の円を描いたかと思うと、円の中の攻撃が予想だにしない軌跡で発動者の元へ返っていく。
「っあ!」
「くっ!」
「領域内の攻撃の軌道を曲げる技…!」
「バリエーション多すぎだろ!」
「それじゃあこれなら!【グラビティコア】!」
「!」
「ちょっ!」
高く跳んだアリスが超重力の塊を叩きつける。
軌道も何もあったものではない、逃げ場のない攻撃。
「悪くない。が、おれの【マジシャンズボックス】を攻略するには足りないな」
青い箱が口を開け、そのままアリスの魔法を吸い込んだ。
「吸収された?!」
「返してやるよ」
青い箱が回転。
再び口を開け黒い光を放ち、アリスに向けて【グラビティコア】を撃ち出した。
そこへ桜色の閃光となったサクラが割り込む。
「【装甲可変:大盾形態】」
大剣を盾に変形させ、身を呈してアリスを守ってみせた。
「ありがとうサクラちゃん」
「問題ありません」
六人は白ウサギを囲うように位置取り、再び目標へと駆け出した。
剣を、銃弾を、魔法を高速で飛び交わせるが白ウサギには掠りさえしない。
バリエーションに富んだ柔軟な戦法。
エリアの開放を司る守護者として充分すぎる力量なのが伺えるが、問題はそこではない。
「なんだか…!」
「動きにくい…っていうか…!」
「やりづらい…!」
「いつもどおりなはずなのに…!」
彼女たちは自身の強さ故の苦境を強いられていた。
【不思議の国のアリス】とは、良くも悪くも異端なギルドである。
動きが統率された【セイレーンの瞳】や、プロさながらの連携に定評のある【ROSELIA】とも違う、圧倒的個人能力に特化したギルド。
スキルや魔法を高いレベルで扱うことが可能な自己完結型。
ヒーラーやバッファー、生産職すら在籍していないフルアタッカーだ。
それ故に、
「【へカーティスロア】!」
「ちょっ…!【クレイジーキリング】!」
「きゃあっ!ちょっと危ないじゃない!頭掠めた!」
「邪魔すぎどけよ!」
「ココアさんこそ射線に入らないでください!」
多数で一つの敵を相手取る場合、フレンドリーファイアよろしくの出来事に陥るケースが生まれる。
技の威力が高く広範囲であるから尚更タチが悪い。
それぞれのレベルが高くなければ連携も何も無い、とは彼女たち共通の認識ではあったが、強くなったが故に連携そのものの難易度が跳ね上がってしまっていた。
能力の高さ。
或いは【覚醒】したことへの差異。
それらが彼女たちの感覚と意識を微妙に狂わせていた。
「【南洋の――――?!」
「【ブラッディ――――?!」
ルナとシズクの肩がぶつかる。
死角をついた絶妙なポジショニングだったが、同レベルの戦術眼を持ち合わせているがために起こった事故。
白ウサギはその隙を見逃さなかった。
「【ダークトリック】」
六つの箱から放たれたのは、圧縮された闇を命中時に爆ぜさせる爆弾。
二人は体勢を崩し回避出来ないと、アリスはサクラに指示を出す。
「お願い!」
「了解」
サクラは《フラスコ》の盾で六度の爆破と衝撃から二人を守ることに成功した。
「ありがとうございますサクラさん…。ごめんなさいシズクさん…余計な真似を…」
「私こそ…。仕方ありません。切り替えていきましょう」
「はい」
(【鷹の眼】の俯瞰で全員を見ていたはずなのに動線が被る…私の中のイメージと実際の皆さんの動きがズレている…)
(誰が悪いというわけではありません…。ですが、ほんの少しのミスが致命的になってしまう…)
(だからって仲間のことを考えて自分を抑えるのは論外でしょ…)
(マジぴえん…頭悩ませながら勝てる相手じゃなくない…)
「どうした。動きが鈍くなったぞ。いや……お前たち以外は、か」
ココア、シズク、ルナ、ナッツは目を見開いた。
「【纏魔】!【ダークアクセラレーション】!」
「【装甲可変:双剣形態】【機導剣流:コード02-ACCELERATION】」
息もつかせぬ超高速移動から繰り広げられる剣戟の嵐。
箱を躱しつつ、両側から白ウサギを挟み込む。
「【クロスドライブ】!」
アリスの剣を真紅の剣で受け止めたところへ、サクラの剣が炸裂した。
「【技巧記憶】【機導剣流:コード04-CROSS DRIVE】」
白ウサギは咄嗟に左手を伸ばして防御するもダメージエフェクトを走らせ、膂力に優れたサクラの攻撃によって吹き飛ばされ氷壁に激突した。
「みんな、無理に合わせる必要無いと思うよ」
「アリス様…?」
「好き勝手に、自由に。それが私たちらしいと思うんだよね。誰かが楽しいと誰かも楽しくなるみたいなさ。それで勝てたら最高じゃない?」
どんなときも変わらない。
ひたすらにゲームを楽しむ心が全員の不安と曇りを払っていく。
どこまでも頼もしいリーダーの姿に、メンバーは奮い立つ。
「いいのね、全力で」
「アリス様が仰られるのであれば」
「文句も不満も言いっこなしで」
「いい感じ。アガってきた」
「マスターの御心のままに」
「大丈夫。みんなが強いって、私が一番よく知ってる。だって私たちは!!We are――――――――!!」
「Alice in WonderLand――――――――!!!」
「行くよ白。ここからが本番だ」
その瞳は、ただ勝利を写す。




