第32話 貴族の晩餐
いよいよ晩餐会が近付いてきているらしく、着替えを提案されたが、ドレスなんて着たら杖や手甲を装備できないので丁重にお断りさせて頂いた。
向こうが出てくれと言う晩餐に出るのに今私が着ている服では相応しくないと言われているようでちょっと腹が立った。
まあ、確かにアラン氏の奥さんとお母さんの服は凄かった。
フリフリがいっぱい付いていて動きにくそうな割には胸を露出していて冬は寒そうだ。
そもそも怪我人の世話をする格好じゃないわよね。
案内されて食堂に行くと、長いテーブルには領主一家4人が座っていたけど、私が入ると全員立ち上がって出迎えてくれた。
執事さんに椅子を引いてもらって領主一家と向かい合うように座る。
すると、そこにエラル所長がやってきて私の隣に座った。
エラル所長が入ってきたときは誰も立ち上がらなかったが、誰もそれを気にするでもなく全員が席に着いた。
「さて、これで皆揃ったな。今日はミコト殿のおかげで息子のアランが全快した。まさに奇跡と呼ぶべき業の使い手であるミコト殿が我がエラルの町にいらっしゃったことは何よりの幸運、その幸運とミコト殿に感謝を捧げて・・・・乾杯」
「「「乾杯」」」
見よう見まねでグラスを持ち上げてみた。
ハンスおじちゃん達の乾杯は勢いよく木のジョッキをぶつけ合っていたけど、ここでは掲げるだけのようだ。
どうやら私は『娘っ子』から『ミコト殿』に昇格したらしい。
料理はメイドさん達によって次々と目の前に出されるのだけど、なぜかナイフやフォークが何種類もあったりするので訳が分からない。
「外側のナイフとフォークから順番に使うんだよ。食べ終わったら皿の上に並べておくんだ。」
横で所長がひそひそと教えてくれるが、面倒くさいったらありゃしない。
なんで一々食べるのにナイフとフォークを取り替えたりするのか分からない。
ただ、味は今まで食べた物の中で間違いなく一番美味しかった。
夢中になって食べながら作り方を聞いてみたけど、複雑すぎて全く覚えられなかった。
物凄い手間がかかっていることだけは分かったけど。
デザートまで食べ終えてお茶を入れてもらったところでようやく一息ついた。
「当家の晩餐にはご満足頂けたかな?」
「ええ、それはもう、本当に美味しかったです。」
「それは良かった。我々もここまでの料理はお客様をお迎えするときでないと食べられないので、料理人も腕を揮えて何よりだったでしょう。」
正直、この料理人さんの料理の知識とか技能とか凄く欲しかったけど、それはあんまりにも酷いだろうと思うので思いとどまった。
「本当に凄い料理なんですね。私も旅の途中で簡単な料理などはしますが、比べるものにもなりません。」
「それはそうでしょうな。我々もたまに王都に旅することもありますが、その時は料理人も留守番ですよ。それより、ミコト殿は旅をよくするのですかな?」
「よく、という訳ではないですが山中で家族3人だけで生活をしていたのですが、両親を失って仕方なく山を下りて道沿いに歩いていたら途中でロドリゲスさんの商隊と盗賊の争いに行き会って、その縁でこちらまでご一緒させて頂いたという訳です。」
「なるほど、そこでの活躍は私もエラル所長から耳にしたが、治療もさることながら盗賊どもを一掃したとか。その若さで大したものだ。」
「山暮らしが長かったので、狩りの際に熊や猪に襲われることも多かったので鍛えられました。」
「さぞかし苦労したのであろうな。ところで、褒美の希望が酒や塩胡椒に砂糖ということであったが、この町に定住するつもりかな?」
「正直まだ分かりません。今のところ嫌な思いもしていないので出て行く必要はないと思っていますが、見聞を広めるためには王都を始めとして色々な町に行ってみたいと思っています。」
「ほほほ、羨ましい位に自由だな。持ち運ぶには少々重くなるが大丈夫か?」
「ええ、私のブルブルは力持ちなので。」
実際には無限収納可能なサドルバッグと巾着袋に分けて入れておくつもりなのだけどね。
「分かった。用意してあるので帰りがけに持って帰るといい。」
「依頼料だけでも十分でしたのにありがとうございます。」
「いやいや、それだけのことをしてくれたからな。それより、どうだろう私に仕える気はないか?」
「仕えると申しますと?」
「うむ、私の家臣として護衛兼治癒士として抱えたいと思っているのだが、どうだろうか?」
「ミコト、これは名誉なことだぞ。御受けしたらどうだ?」
横から所長が囁いてくる。
そう言えばハンスおじちゃんもフリーランスでもお抱えで安定した暮らしをしたい人は多いけど実際にそれが叶えられる人はかなり特殊だそうだ。
そんな特別な地位を与えてくれるというのであれば、それは確かに有難いことなのかも知れない。
「私はあまり世の中のことを知らないのですが、お仕えするとどのような生活になるのでしょうか?」
「基本的には私達一家の護衛なので、ここにいる兵士と同様交代で我々の警護に当たってもらう。その他にも治癒のスキルを使った仕事をこなしてもらうことになるかな。何にせよ我々の指示には絶対従ってもらうが、その分安定した収入を約束しよう。」
「う~ん、お断りします。私は人に命令されるのは嫌ですので。」
せっかく奴隷から抜け出したのに、また誰かの命令に絶対服従とか冗談じゃない。
報酬が貰えるか貰えないかの違いと休みがあるかないかの違い位しかない気がする。
「ほう、そなた断ると言うのか?」
「ええ、都度都度のお仕事で誰かの指示に従うのは仕方ないですが、ずっと誰かの下で働くのは正直奴隷と変わらない気がします。」
「な・・・・!」
先程までの和やかだった雰囲気が一気に凍り付いたのは私でも分かるが、一体何が悪かったというのだろうか?
命令に絶対服従とか、ずっと領主の側にいなきゃいけないとか、本当にお金が貰える以外奴隷と変わらなくないかな?
「所長、これってもしかして私何かまずいこと言いましたか?」
ひそひそと隣で青ざめている所長に聞いてみる。
「ちょっと失礼します。ミコトと2人で話させて頂きます。」
所長は領主の許可を取ると私の手を引いて部屋の隅に移動し、小声で話し始める。
「当たり前だ!貴族の要請は命令と同じ。あそこでは有難く受けるべきところだ!」
「えぇ、でも本当に嫌なんですけど。。。」
「信じられん、普通はフリーランスなんてあぶれ者だから頑張って正式な職に就くために皆頑張っているというのに。まして貴族のお抱えなんて皆飛びつくぞ。」
「でも、好きな時に好きなところに行けないし、簡単に辞められないですよね?」
「それはまあそうだな。」
「私、今回の依頼も含めてお金には困らないです。っていうかそもそもお金のいらない生活だってできますし。」
「むう・・・」
「ちなみにこのまま断り続けるとどうなりますか?」
「表向きはどうにもならないはずだ。跡取り息子を全快させてくれた回復スキルの持ち主を抱え込もうとして断られたら処罰したなんて風聞が立ったら社交場のマイナスが大きすぎる。ただ、微妙な嫌がらせはされるかも知れない。」
「例えば?」
「仕事の依頼が受け辛いように嘘の風聞を部下を使って流したり、未成年者に仕事をさせるのを紹介所に対して規制したりとかな。」
「なるほど、ちなみにその規制とかは世界中に有効なんですか?」
「いや、王国が発行するならともかく領主の権限はあくまでもこのエラルの町にだけしか適用されない。」
「分かりました。その程度なら問題ないです。あくまでも断る方向で進めたいと思います。」
「はぁ、まあ仕方ないか。ミコト程の回復スキルの持ち主ならこんな町の領主のお抱えどころか国王のお抱えになってもおかしくないからな。」
「それもご免ですけど、分かって貰えてよかったです。」
「うまいこと取りなしてみるから話は儂に任せておけ。」
「お願いします。」
話が纏まったので席に戻る。
「こほん、それでは若いミコトに代わって私がお話させて頂きます。」
「うむ、良い返事を期待しておるぞ。」
「大変申し訳ございませんが、やはりお仕えのお話はお断りさせて頂きます。」
「ぬ?お主説得したのではなかったのか?」
「はい。ですがこの話は全ての人にとって利が少ないと思われます。まず、領主様にとっても既に優秀なお抱え医師がいらっしゃる上にミコト程のものを抱えるとなるとその給金は通常の護衛兵士と同じという訳には参りますまい。少なくとも数倍は支払う必要があるでしょう。それでいて実際に彼女の回復スキルが必要になる場面などはそう多くないでしょう。そうすると財政的に無駄が多く発生します。」
「む?」
なんか領主の表情を見てると、給金のところで微妙な顔をしたところを見ると、もしかしたら子供だからって安く抱えようとしてたのかな?
「また、ミコトのことはあっという間に評判になるでしょうから、領主様がお召し抱えしていた場合、上位貴族や王族から取られてしまう可能性もあります。」
「むむ・・・・」
「そしてミコトとしてもそのスキルで多くの人を救うことが出来るところ、この町でのみの活動になればせっかくの力を発揮できなくなります。最後に我々としても優秀なフリーランスが減れば良い仕事も減ります。」
「むむむ・・・・」
「ですから、ミコトはやはりフリーランスとして自由に仕事をさせた方が良いと思います。我が紹介所で大陸中から仕事を受ければ紹介所の収益も上がり、税収も上がります。王宮での社交の折にも領主様からお話をすれば仕事の幅は広がるでしょう。」
「む~相分かった。確かに私が召し抱えるというのは早計だったかも知れぬ。」
おお、所長凄い!
「では、その方が責任もってミコトをしっかりとこの町の発展に貢献させるということで良いな。」
「最善を尽くします。」
「分かった。」
こうして、所長のおかげで事なきを得た。
別に無理強いしてきたら力で対抗すればいいだけなんだけど、いきなり犯罪者になりたくはない。
無事にご褒美に荷車ごと大量の塩・胡椒・砂糖と樽ワインを貰ってブルブルに曳いてもらって宿屋に帰った。
中身はもちろん半分ずつサドルバッグと巾着袋に分けて入れる。
なんかせっかく美味しいご飯を食べたんだけど、微妙に後味悪かったな。
貴族ってなんで人でも食べ物でも何でも自分のものにしたがるのかな?
やっぱり、この奴隷制度は何とかしないとね。




