第31話 回復のお仕事
紹介所と領主邸は目と鼻の先なのでエラル所長と一緒に訪いを告げると、門番の人が通してくれた。
そして、待たされることもなく応接室に通されると、程なくして領主の到着をメイドさんが告げにきた。
「領主殿、突然の来訪をお詫びします。紹介所所長のエラルでございます。この度は回復スキルの持ち主である当紹介所所属のフリーランスであるミコトをお連れしました。」
「うむ、大儀である。して、この娘っ子が回復スキルの持ち主と申すか?」
広い部屋で執事と護衛の兵士を従えて立派な服を着て少し小太りな老人がエランの町の領主なのだろう。
喋り方も偉そうだし、あんまり働かないのか無駄な肉が身体に付いている。
「さようでございます。回復の実績は以前お伝えした通り、致命傷でも回復させたことがございます。」
「ほう、ならば細かい挨拶など無用じゃ。急ぎアランを診てやってくれんか?」
「畏まりました。ミコト、頼むぞ。」
私はただ黙って跪いてエラル所長が喋っているのを見て話を聞いていただけだった。
偉い人の逆鱗に触れると碌なことがないのはしっかりと体験してきているので大人しくしておくに限る。
正直、いきなり娘っ子呼ばわりとか腹は立ったけどね!
奥の部屋にぞろぞろと向かうのに付いて行くと、ベッドに包帯でぐるぐる巻きにされた跡取り息子らしい男の人が寝かされていた。
枕元には母親っぽい老婦人と奥様っぽい若くて綺麗な女性、お医者さんらしい老人と身の回りの世話をしてくれるこれまた若くて綺麗なメイドさんが付き添っていた。
そこに父親である領主に護衛と執事、紹介所のエラル所長、私が加わったので流石に広い部屋も窮屈に感じる。
「アランよ、回復スキルの持ち主を連れて来た。もう大丈夫だぞ。さあ、頼む。」
領主も自分の子が心配なのか、前置き抜きで治療するように私に頼んできた。
普通はこんな子供の力なんて信用されないと思うんだけど、紹介所の信用は結構凄いんだな。
しかし、私が治療することに異議を唱えてきた人がいた。
「こ、こんな娘っ子が私ができないことをできるというのですか?何と言う・・・」
お医者さんっぽい老人だ。
「ウイリアムよ、そなたが名医であり全力を尽くしてくれていることは良く分かっている。だが、スキルというのは人智を超えた力を発揮することがあることも分かっておるだろう?頼む、息子の将来が掛かっているのだ。気持ちは分かるが、この娘の指示に従ってくれ。」
「は、ありがたきお言葉。娘、どのように進めるのだ?」
ん~医者と看護師と女性陣の視線が痛いわ。
そりゃぽっと出の小娘が老練の医者のお株を奪うなんて信じられないだろうし、信じたくもないのかな?
なんか『失敗したらただじゃおかないぞ』って空気が凄い。
必死なのか患者さん本人であるアラン氏と領主からは特にそんな雰囲気は伝わってこないけど・・・
『ミコト様、こ奴らミコト様に敵対する気を送っていますね。私が始末しましょうか?』
『チルチル、気持ちは有り難いけど大丈夫よ。そりゃあこんな子供が来れば疑いたくもなるんでしょ。』
実際、医者は相当な権威をもっており、領主や王族といえどもその身体生命にかかわる限り、医師の指示命令には逆らえない。
また、薬は大抵高価であり、貧乏人は相手にしないものが殆どなので金持ちで横柄なものが多い。
ミコト自身はそんな背景など特に知らなかったのだが、自分のスキルが頑張って研鑽してきた人にとっては反則であることは十分理解していたので、特に腹も立たなかった。
「はい。では、まず体を覆う包帯を取って頂けますか?」
領主が医師に目で合図をすると、医師の指示のもとで跡取り息子であるアラン氏の包帯が解かれていく。
包帯の下からはクロノタイガーの爪でやられたと思われる4本の大きな傷が斜めに走っている。
顔も含めて大きな傷を縫い合わせた跡があるので、こうして止血したのだろう。
特に顎が半分持って行かれているようで、これでは話すのも食事するのもかなり困難だろうことは容易に想像ができた。
その姿が露になると、母親と奥さんと思しき2人が「ああ!」と言って泣き崩れた。
う~ん、邪魔だから見るのがしんどいなら居なければいいのになと思ったけど、愛する子供と夫から離れたくないというのも微笑ましくていいかもしれない。
家族って言う概念すらなかった奴隷出身の私には共感は難しいけど、羨ましいなとは思う。
「この傷で良く助かりましたね。ですが、確かにこのままでは危なそうです。では、早速治していきますね。」
私は巨大生命の玉が先端に付いている杖を掲げ、玉をアラン氏に触れながらその生命の力を注ぎ込んでいく。
玉は輝きを増し、辺りを七色の光が満たす。
すると、みるみるうちに傷は塞がり、欠損していた顎も再生していく。
うん、この杖を使って治癒するのは初めてだったけど、単に生命の玉を体に吸収させるよりカッコいい。
神秘的な光景に全員が絶句する中、無事にアラン氏の治癒は終わった。
完璧な全快だ。
「す、凄い。痛くない。動けるし、喋れる!ああ、奇跡だ。ありがとうございます!ありがとうございます!」
「し、信じられん・・・これが回復のスキルか・・・」
アラン氏は狂喜乱舞しているし、周りの人は喜びよりも驚きが先に来ている様子だ。
「アレン!ああ、アレン!」
「あなた!ああ、あなた!」
母親も奥さんも涙を流して喜んでくれている。
うん、無事に仕事は完了かな。
杖の先の玉を見ると、少し小さくなった気がするけど、よく見ないと分からないレベルだから問題ないだろう。
ちらりと領主と所長に目線を送ってみたけど、2人ともまだ驚きで固まっているので気付いてもくれない。
「え~、無事に終わりましたので依頼完了のサインと、紹介所に戻って報酬を頂きたいのですが・・・」
仕方なく催促をすると、我に返った所長が依頼書に領主のサインをもらって私にくれた。
「それでは、ここで失礼します。無事に治癒が完了して安心しました。」
もう用はないのでそう言って辞去しようとすると、領主に呼び止められた。
「いやいやいやいや、待て待て、待ってくれ。ここまでしてもらって何もなしで返すわけにはいかん!何か褒美を取らせよう、晩餐にも招待したい。」
「え~と、私は紹介所からの依頼を受けて、ただそれを完遂しただけなので報酬さえ約束通り貰えればそんな大袈裟なことは・・・」
ちょっと予想外な展開なので戸惑って断ろうとするが、ちょっと貴族の食事とかに興味がないといえば嘘になる。
そんな心の迷いを見透かした訳ではないだろうが、所長から鶴の一声が落ちる。
「お断りするのは失礼になるからお受けしなさい。報酬も金額が多いので準備に時間がかかるので明日の午後にでもまた取りに来るといい。」
そう言ってさっさと自分は仕事があると言って戻って行ってしまった。
1人取り残された私は仕方なく夜の晩餐に御呼ばれすることになった。
貴族の晩餐となるとどんなご馳走が出るのか楽しみだが、それよりもご飯までの間をどうすれば良いのか分からないでいると、執事さんが休憩用に個室を用意してくれたので、そこで準備が整うまで休ませてもらうことになった。
後でお昼ご飯を持ってくるまでにご褒美の希望を考えておいて欲しいと言い残して去って行った。
『ふぅ、参ったわね。ちょちょっと治して終わりだと思っていたのに晩御飯までゆっくりすることになるとはね。』
普段は私は念話じゃなくて会話をして、チルチル達が念話で返すのだけど、今日は万が一にも誰にも聞かれたくなかったのでお互いに念話で話す。
『良いではございませんか、あの者達の驚いて呆けた顔が面白かったですよ。それに領主は中々に良さそうな人な気がします。』
『まあねぇ、ご褒美までくれるって言うし、ご飯もご馳走してくれるって言うんだからそうなのかな。最初から疑わずに私みたいな小娘に治療させたもんね。娘っ子呼ばわりされたときはちょっとムカついたけどね。』
何と言っても私はまだ10歳だ。
奴隷としては立派な労働力だけど市民以上となると成人は15歳であり、名実ともに私は小娘だ。
しかも、親無しでどこから来たかも分からないフリーランスに大事な跡取り息子を任せるって所長の口利きがあったとはいえ結構な決断な気がする。
お抱えのお医者さんだって反対していたんだろうし。
『それよりミコト様はご褒美としてどんなものをお願いするつもりなんですか?』
『そうねぇ、お金は沢山もらえる予定だから、それ以外のものがいいけど・・・食料とか調味料とかかなぁ。』
『確かに、山の中では特に塩とかは貴重ですからね。』
『そうなのよ。また旅に出て野宿するときにも美味しいご飯を食べるには塩とか胡椒とかのスパイスは大事なのよね。できれば砂糖とかもあればブルブルも喜ぶしさ。』
『いいですね。持ち運びだって新しい巾着袋やサドルバッグがあるから問題ないですしね。』
『後はお酒かなぁ。』
『ミコト様はあまりお酒をお好きでないと思っていましたが?』
確かに、以前ロジンパックとの打ち上げでも余り美味しいとは思わなかったので味見だけして飲まなかった。
『そうなんだけどね。ハンスおじちゃん達を見てたら皆すっごく嬉しそうにお酒飲んでたじゃない?大人は結構好きだから、ちょっと持ってると何かと便利なんじゃないかな?』
『なるほど、流石はミコト様ですね。宜しいのではないでしょうか。』
『うん、じゃあそうしよっか。ん~それにしても凄い部屋ね。ドワーフの森とは全然違う。あ~ベッドもフカフカだし、何でこんなに生活に差があるのかしら。』
『人間とは不思議な生き物ですな。産まれた時から覆しがたい身分の差があるなど、我々には考えられません。まあ、ブルブルなど人間に飼育されている動物も産まれた時から役割が決まっている時点で似たようなものではありますが。』
『そうよねぇ。何とかならないかしら。』
『どうも私が見ますに人間の社会の仕組みはかなり複雑に出来上がっているので簡単には変えるのは難しいと思います。まだまだ私達の知識も経験も足りませんしね。』
『うん、チルチルが言うならそうなんだろうね。私なんて取り敢えず楽しく生きていくための力は偶然得られたけど、何していいかまだ良く分からないもん。』
『焦ることはないと思いますよ。私ももっとお役に立てるように頑張りますから。』
『チルチルは十分役に立ってくれてるよ。何より話し相手がいるのは嬉しいわ。』
『それもこれもミコト様のお力の賜物ですから。』
結局、私はまだ知識も経験が足りていないんだよね。
多分単純に戦う力だけなら誰にも負けないと思うけど、別に王族や貴族を皆殺しにしたいとか思ってる訳じゃない。
兵士たちは流れで殺してしまったけど、後悔も罪悪感もない代わりに喜びもない。
盗賊たちも同じだ。
クロウベアーやフォックスハント等の魔物を倒したときと同じ強敵を倒したことによる達成感みたいなのはあったかな、という程度だ。
それよりも美味しいものを食べた時やロドリゲスさんを助けたりロジンパックの皆と喜びを分かち合ったりした時の方が気分が良かった気がする。
なんかぐちゃぐちゃと頭の中で考えがまとまらないでベッドでゴロゴロしていたらお昼を届けに来てくれたので考えておいた希望を伝えておいた。
お昼ご飯はスープにパンに果物といった軽食だったが、味には驚いた。
パンはフワフワと柔らかいし、スープも塩味だけじゃなくて物凄く味が濃い。
果物は山暮らしが長かった私には珍しくもないが、ここが工業の町であることを考えると贅沢品なのかもしれない。
これは夜が楽しみになってきた。




