第28話 乱入?
その後も試合は続き、会場は大いに盛り上がっていた。
賭けに買って大金を手にしたもの、逆に失ったものの叫び。
命がけの闘いに純粋に興奮している見物客。
最初の試合で帰ろうかなと思ったけど、ハンスおじちゃんは結構楽しんでるし、せっかく入場料払ったので最後まで付き合うことにした。
いよいよ最後のメインイベントということで、なんと今度は大きな檻と1人の闘士が姿を現した。
「さあさあ、紳士淑女の皆様!盛り上がっております今宵のイベントもいよいよ最後です。この檻に入っているのはかの凶悪な魔物クロノタイガーであります!」
ここで観客席に大きなざわめきが巻き起こる。
「クロノタイガーって?」
ハンスおじちゃんに聞ききながらその顔を見ると、まさに『驚愕』というのがピッタリな顔をしていた。
「おじちゃん?」
「あ、ああ、信じられないな。クロノタイガーというのは特殊なスキルを使う魔物で、時空に干渉できるスキルがあるらしい。突然消えて背後を取られたり、物凄い振動で吹っ飛ばされたり、何の気配もせずに鎧ごと真っ二つにされたりと眉唾だけど生き残りの話からは信じられないレベルの言い伝えが沢山ある。そんなのが檻に入っているなんて有り得ないと思うんだが。」
「皆様の疑問もごもっともです。クロノタイガーは時空を操ると言われているのに何故大人しく檻の中に入っているか?それはこの方の存在なしには語れません、ご紹介しましょう!テイマーのウラノ氏です!」
檻が開け放たれると、中から悠然と体長3mはあろうかという巨大な青と黒のまだら縞模様の虎と、その上に跨る狩人のような恰好をした40代後半と思われる精悍な男が出てきた。
「マジか!クロノタイガーをテイムしただと!?」
「テイムって?」
兵士の知識にもなかったので聞いてみる。
「テイムってのは一言で言えば、魔物を手懐けることだな。馬に乗るのと一緒だが、魔物となると調教が難しいのをやってのけるのは簡単じゃないからテイマーなんて知ってるやつも見たことある奴も少ないだろうな。俺はたまたま昔一度一緒に護衛依頼を受けたことがあって、そいつはマードックという狼みたいな魔物を使役していたな。」
「魔物を手懐けるって凄いわね。問答無用で襲われた経験しかないから返り討ちにする以外に思いつかないわ。」
「同感だな。やり方は知られていないけど、誰でもできる訳じゃないだろう。」
「こちらのウラノ氏は深い森の奥で産まれたばかりのクロノタイガーの赤ん坊が死にかけていたのを保護して愛情を持って育てた結果、忠実なパートナーとしてテイムすることに成功したそうです。本日、その成果を皆様にご披露します!」
「なるほど、擦りこみってやつだな。運のいいやつだ。」
「擦りこみって?」
「ああ、産まれたばかりの動物は最初に目にしたものを親だと思って懐いてしまうということが分かってるんだ。それでも、産まれたばかりの赤子を置いて親が離れるなんて殆どないからかなり珍しいけどな。」
「ふ~ん、じゃああのクロノタイガーはあのおじさんのことをお父さんとかお母さんだと思ってるってこと?」
「そう言うことだ。噂も聞いたことなかったからこっそりと育ててたんだろうな。こりゃあ王宮にお抱えされるのも時間の問題だぞ。」
「さて、対しますは勇猛果敢にも魔物退治を生業とする命知らずなパーティー『スレイヤーズ』の皆さんです。彼らは鍛え上げた力で魔物を狩り、その貴重な素材を売って大金を稼いでいる超一流のハンターです。今回は勝利したら希少なクロノタイガーの素材を得られることを条件に特別に参加して頂きました!」
「ハンターなんて仕事あるのね?」
「ああ、フリーランスって意味じゃ同じだけど、特に紹介所を使わずに外で狩りをしまくってその成果を売って生活をする連中のことさ。本当に自由だし、魔物の素材は希少で金持ちに人気があるから高く売れるけど、死ぬ奴も多いな。」
「ふ~ん(なんか昔の山暮らしの私みたね)。でも、自由で楽しそうね。」
「まあなぁ、誰にも頭下げなくていいってことでは確かに実力さえあればいい仕事だよな。」
賭けは大盛況のようで、倍率は賭けが拮抗したのか双方約2倍だ。
「それでは、本日のメインイベント開始!」
双方距離がある状態なので、先手を取ったのはスレイヤーズのアーチャーだ。
流石は一流のハンター、一斉に放った矢がクロノタイガーに襲い掛かる。
しかし、迫りくる矢を前にウラノは全く余裕の表情を崩さない。
いよいよ矢が届いたかと思ったその瞬間にはクロノタイガーとウラノは忽然と姿を消していた。
「なっ!!後ろ!」
高いところから全体を俯瞰して見られるから辛うじて分かったけど、消えた次の瞬間にはアーチャーの1人の後ろにクロノタイガーが回りこんでいた。
そして、前脚の爪で後ろからアーチャーの背中を切り裂いた。
「ぎゃあああ!」
とアーチャーは悲鳴を上げて崩れ落ち、その喉元にクロノタイガーが喰らいついて止めを刺した。
スレイヤーズのメンバーは瞬間移動に反応しきれていなかったが、悲鳴を聞いて仲間の悲惨な姿を確認すると、再び矢をつがえて攻撃をしかけた。
しかし、そこからは同じことの繰り返しだった。
消えては死角から現れて攻撃を受ける。
その度に1人また1人とスレイヤーズのメンバーは数を減らしていく。
もはや試合ではなく、一方的な惨殺、狩りだった。
さすがの観客たちもその光景には興奮を通り過ぎて戦慄している。
アーチャーが全滅したので剣や槍で攻撃を仕掛けていくも、あっという間にスレイヤーズは全滅した。
ウラノはそこでようやく背から降りると、勝ち名乗りを上げた。
そして、クロノタイガーはというと、殺したスレイヤーズを食べ始めた。
動物としては当たり前のことだが、あまりの凄惨さに観客があちこちで戻したり失神したりしている。
賭けで勝った客たちも大喜びで、という雰囲気でもない。
静かで不気味な空気が流れていた。
どよめきと、クロノタイガーが肉を貪る音だけが会場を支配していたけど、引き上げようとしたのか、ウラノがクロノタイガーに近付いて指示を出したときに異変が起こった。
なんと、クロノタイガーがウラノを襲い、その肉を食いちぎり始めたのだ。
従順なパートナーだったはずのクロノタイガーだけど、人の肉の味を覚えたせいなのか興奮しているだけなのか分からないけど、まさかの飼い主を食べ始めるという事態に会場は一気にパニックになった。
悲鳴と共に出口に向けて殺到する客たち。
その騒ぎで益々興奮したのか、クロノタイガーは今度は観客席に姿を現して逃げ惑う観客の背を襲う。
「ヤバい!俺らもズらかるぞ!」
ハンスおじちゃんは私の手を引いて席を立ち、逃げようとするが、人の波に押されて離れ離れになってしまった。
でも、実は私は別のことを考えていた。
「チャンスだ」
あのクロノタイガーはかなり希少な魔物であるらしいし、スキルも珍しい。
これは是が非でもゲットせねばと、私は人の波から逃れるようにj上空に飛び出した。
闘技場に着地した私は、血の匂いに顔をしかめつつもクロノタイガーの居所を探した。
『チルチル、上空からあいつの位置を知らせて。』
『はい!』
チルチルは気配に敏感だし、上から俯瞰できるので見張りとしては最適だ。
武器は入り口で取り上げられているから、使えるのは両手両足とスキルのみ。
とはいえ、逃げ惑う観客を巻き込まないためにもホワイトクローは使いづらい。
そこで、スレイヤーズの落とした武器を借りることにした。
アーチャーの弓矢を拾ってチルチルの誘導でクロノタイガーを発見して素早く矢を射ると、躱されてしまったが、注意が私に向いた。
スッと姿が消えた瞬間、チルチルの叫びと共に私の体が動いた。
『後ろです!』
体を低くしながら地面を転がり、振り下ろされた爪を躱すと同時に堕ちていた剣を拾いながら、体勢を崩したクロノタイガーの横に一瞬で間合いを詰めて左手を押し当てる。
「スキルを奪う!」
今回は敢えてスキルだけを奪うことにした。
まだ多くの人の目がある所でバレる形で生殺与奪を使いたくなかったので仕方ない。
間合いを詰められたのに瞬間移動が使えずに戸惑うクロノタイガーに今度は剣を突き出して深々と胴体に突き刺す。
咆哮と共に暴れまわるクロノタイガーの脚によって吹き飛ばされた私は肋骨を何本か持って行かれたが、すぐさま生命の玉で快復する。
ホワイトクローで止めとも思ったが、再び弓矢で両目を貫くと、大人しく崩れ落ちた。
そして、私は青く輝くスキルの玉を手に猛スピードでその場を離脱した。




