第19話 フリーランサーデビュー
紹介所の中に入るためにドアを開けると、カランカランとここでも小気味よい音がする。
中は丸いテーブルがいくつも並んだ人が思い思いに座っているところと、カウンターに分かれている。
カウンターの上には『新規登録』『お仕事相談』『売買相談』といった窓口が並んでおり、『お仕事相談』の方には何人かがスタッフと思われるお姉さんとお話をしている。
ミコトが中に入ると、一斉に中の人の目が自分に向き、ギョっとしたが、そのミコトの反応を見て興味を失ったのか、中にいる人達は思い思いにまた元の状態に戻っていった。
意を決してミコトは『新規登録』と書いてある窓口へと向かった。
誰もいないカウンターの前に立ち、奥で書類仕事をしているスタッフに向かって声をかける。
「あの、登録をお願いしたいんですけど。」
すると、スタッフが顔を上げてミコトの方を見た。
「はい、少しお待ち下さい。」
そう言ってスタッフは書類を少しだけ整理して立ち上がった。
「お待たせしました。私は当紹介所のスタッフでミアといいます。新規登録ですね。それではこちらに必要事項を記入して下さい。」
ミアと名乗ったスタッフは私よりかなり背の高いストレートの金髪が似合うスレンダー美女だ。
年齢は分からないが、出るところは出てくびれるところはしっかりとくびれているので、結構いい歳なんだろう。
「分かりました。」
そう言って名前や得意なことなんかを貰った紙に書いていく。
「あら、若いのにしっかりと字が書けるなんて凄いわね。」
「ありがとうございます。1人で生きていくには必要だろうって色々勉強したんです。」
そこからは簡単な質問に答えるだけで登録はあっさり終わった。
登録料として銅貨50枚を払って、代わりに身分証を受け取った。
銅貨50枚・・・・馬を1日預けるのと同じ価格というのは格安だが、基本的にフリーランサーになるのは余程のことがない限り金のないものが多いので、敷居は低くしてあるのだ。
「これで町への出入りは基本的に自由よ。町の外へ行く依頼も多いから当たり前よね。依頼と達成・失敗の記録はこの町で行うけど、別の町に行く時は紹介状を書くのでそれを持って行けばある程度新しい町でも信頼を得やすいわ。信頼されないと良い仕事は紹介できないから、コツコツと積み上げてちょうだい。」
「はい!ありがとうございます。早速何かお仕事したいんですけど、何が出来ますか。」
ミコトの真っ直ぐなやる気に微笑んだミアが隣のカウンターへの移動を促し、分厚いファイルを持って戻ってきた。
「基本的に仕事はあそこにある掲示板に貼ってあるのを持ってきてもらって、受付をして紹介所としてOKだったら受託できます。字が読めない人やミコトさんみたいに慣れない人は難易度や能力を聞きながら適切な仕事を紹介していくことになりますので、こちらで個別に面談します。
あっちで座っている人達は仲間を待っていたり、良い依頼が貼られるのを待っていたり、暇潰しに飲んだくれてる人たちです。」
「そうなんですね。どんなお仕事があるか、是非教えて下さい。」
「そうですね、ミコトさんはお1人でお仕事をされるんですよね?」
「と言いいますと?」
「普通は新人は先輩のパーティーに入れてもらったりして、そこで経験を積んでから独立されるケースが多いです。もちろん、フリーランサーの醍醐味は自由なので、ソロで活躍される方も多いですが、早く命を落とされる方がソロに多いのも事実なので。」
「なるほど、心配してくれてありがとうございます。でも、私は1人でしばらくやってみたいと思います。」
「分かりました。ミコトさんの年齢からすると、まずは安全そうな採取系とか掃除なんかの雑用とかですかねぇ。」
「それってどれくらい稼げるんですか?」
「薬草の採取なんかはものにもよりますけど銅貨50枚~銀貨1枚、掃除とかは屋敷の広さにもよりますが、銅貨50枚から銀貨2枚位までですかねぇ。」
「それだと毎日赤字になっちゃうので、もう少し稼げるのが欲しいです。」
「ん~そうなると鉱物の採取か魔物討伐、護衛になっちゃうけど、ミコトさんは戦えないですよね?」
「そんなことないですよ?ここへ来るまでにロドリゲスさんを襲った盗賊たちと戦って全滅させてますし。」
「な・・・・・」
絶句するミアさん。
ざわめく広間。
あれ、なんかマズいこと言っちゃったかな?
「もしかしてミコトさんってスキルとか持ってたりします?」
「はい。一応・・・え~と、何か変なこと言っちゃいました?」
「ちょっと奥へ行きましょう。」
「え、あの、はい。」
そして、あれよあれよという間にカウンターの中に通されて階段を登って2階の部屋に連れて行かれた。
「所長、新規登録されたこちらのミコトさんがスキルをお持ちだそうです。」
「なに!そうか、儂がこのエランの町の紹介所所長のエラルだ。」
所長のエラルは筋骨隆々の禿頭の偉丈夫で、白い髭が年を感じさせるが、まだまだ筋肉と肌にはハリがあり、全身から『強いぞオーラ』が出ている。
「ミ、、、ミコトです。宜しくお願い申し上げます。」
「ああ、そう硬くならんでよろしい。うちに登録した以上は儂の子も同然、楽にしてくれ。」
そう言ってソファーに座るように示すと、エラルとミコトが向かい合う形で、ミコトのフォローができるようにミアがミコトの隣に座る形で面談が始まった。
「なに、初めてなら驚くのも無理はないが、スキル持ちというのは物凄く珍しいんだ。スキルによっては困難な依頼も簡単に達成できたりするので、その内容を知っておくと我々も仕事を探しやすい。」
「はあ。」
「我々の仕事は何と言ってもフリーランサー達が食べていけるように仕事を探すことと、仕事を無事に完遂できるようなマッチングをすることだ、分かるかい?」
「ええ、何となく。」
私が頷くと、エラルは満足そうに頷いてから話を続けた。
「スキルと言っても様々だ。速く移動できるスキルを持つものがいれば町から町への連絡係をお願いしたり、荷物を沢山持てれば商人に重宝される。戦闘向きであれば魔物の討伐や護衛、盗賊の討伐などの仕事を任せられる。困難な仕事程お金も沢山もらえるし、達成すれば信頼も勝ち得るからフリーランサーにとっても、依頼主にとっても、紹介所にとってもハッピーなので、是非ある程度の概要でいいからスキルの内容を聞かせてもらいたい。」
まくしたてるように所長が言うので、思わず圧倒されてします。
「え、ええと、そうですね。簡単に言うと、相手を殺すことも癒すこともできるってところですかね。ロドリゲスさんの馬車が襲われた話は聞いていますか?」
「ああ、聞いている。何でも20人以上の盗賊に襲われて12人の護衛が全滅したのに1人の少女に救われて無事に到着したとか・・・ってお前か~!」
「はい、その少女が私です。」
「すると、盗賊を全滅させたのも刺されたロドリゲスを治したのも、お前のスキルということか・・・・驚いたな。いや、疑う訳じゃないが、驚いた。まさかこんなに華奢で幼い子供だとは・・・・」
実は、奴隷は数えの7歳で成人なのだが、一般市民以上は15歳で成人なのだ。
奴隷は単純労働である上に教育を施されないのでさっさと成人にするが、一般市民以上は教育期間・見習い期間を経て職に就くので成人が遅い。
その分、労働は奴隷が補ってくれるからこその余裕である。
もっとも、その分奴隷を使いこなすマネジメント能力を含めてかなり高度な仕事を要求される上に先に述べたように安定した仕事自体の受け皿が少ないために、フリーランサーにならざるを得ないものが多いので一般市民以上なら須らくハッピーかというとそうでもないのではあるが。
そんな訳で、エラル所長の目から見ると、私はまだまだ小さな女の子に映ってしまっているという訳だ。
私もそのことを緑の玉のお陰で知ったいたので、敢えては突っ込まない。
もちろん、フリーランスとして登録すること自体は未成年でも問題はない。
不良孤児とかになられて治安が悪くなるよりはよっぽどいいということなのだろう。
「さて、そんな貴重なスキルもちのお前に詰まらない仕事をさせる訳にはいかんな。今彼女に相応しい仕事として考えられるのは・・・盗賊の捕縛殲滅か魔物討伐ってところかな。」
「はあ、そういうのもいいですが、例えば病気や怪我で苦しんでいる人を治療するとか、そういうのはどうでしょうか?」
私は確かに戦闘向きのスキルは持っているが、別に戦闘狂という訳ではない。
理不尽に人から何かを奪うことに対する怒りで散々戦い、殺しもしてきたが、別にそういうことが好きな訳ではなく、先日のロドリゲスの命を救った時に感謝されて凄く嬉しかったので、そっちの方で収入を得られたら良いのではないかと思っていた。
そもそも私の当面の目的が『奴隷制度に対する怒りは勿論あるが、怒りを誰にどのようにぶつけたら幸せに解決するのかが分からないので、社会勉強をする』ということなので盗賊討伐に町の外に出たり、山の中で散々やった魔物討伐では得るものが少ない。
「ふむ、確かに緊急事態ならいざ知らず、女の子に物騒な仕事をさせるのも問題だな。では、取り敢えずは鉱物資源を採取する者達が近く山に向かうので、その護衛を頼む。勿論、兵士に加えて手練れのものも付けてあるので、よっぽどのことがなければ戦闘に参加する必要はないだろう。
そこで怪我人の治療なんかをしてもらっている間に、儂の方で少し治療をして欲しがっているものがいるかどうかを探してみよう。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「詳しい話はミアからしてもらう。もう戻っていいぞ。急に呼び立てて悪かったな。」
「いえ、お仕事ありがとうございます。」
「我々としても優秀なフリーランスが沢山いれば儲かるのでお互い様だ。」
「じゃあ、説明するので下のカウンターに戻りましょう。」
「はい。」
ミアさんに連れられて部屋を出た私達は、階下のカウンターに戻って行った。