第17話 エランの町へ
盗賊を全滅させた私は、商人達のところに駆け寄った。
「さっき刺された人はまだ息がある?」
盗賊たちを蹂躙した私に対して警戒した様子の商人達だったが、私に害意がないのが分かったのか、直ぐに警戒を解いてくれた。
「は、はい。まだ何とか。でも、血が止まらなくて、冷たくなってきています!」
「どいて!」
私は必死に血を止めようと傷口を圧迫している女性を押しのけて、倒れている男の側に膝をついて屈み込み、手に入れたばかりの生命の玉を傷口に押し込んだ。
すると、みるみるうちに傷が塞がり、血色も良くなってきた。
「あ、あなた!?」
「ハ、ハンナ・・・私は一体・・・」
「ふぅ、間に合ったわね。」
「あなた、この子・・・・いえ、この方が助けて下さったのよ。盗賊たちをやっつけて、不思議な力であなたを治して下さったの。本当にありがとうございます。」
ハンナと呼ばれた女性が涙を浮かべながらお礼を言ってくるので私は少し背中がくすぐったかった。
兵士から得た知識で、結婚制度がないのは奴隷だけで、一般市民以上は王族を除いて基本的に一夫一妻制をとっているのは知っている。
貴族や大商人は家を継がせるために妾を作ったりすることもあるが、財力がない限りそんなことはできないので、一夫一妻制が普通らしい。
伴侶や家族を持つという気持ちはまだ分からないけど、無事を喜び合う姿には温かいものを感じる。
何となく居心地が悪くて周囲を見回すと、馬車を引いていた馬の一頭が流れ矢を受けて傷ついているのを見つけた。
御者が駆け寄ってハーネスを外し、矢を抜いて手当をしているようだが、芳しくないようだ。
その他の御者は盗賊たちが去った後に放置された彼らの乗っていた馬を連れて来ている。
可哀想に思ったので、私は馬に近付き、小さ目の生命の玉を傷口に押し当てて回復してあげた。
みるみるうちに回復した馬は私に擦り寄ってくる。
最初は大きな馬に近寄られてちょっとビクビクしていた私だったけど、つぶらな瞳で必死に親愛の情を表す馬が可愛くなり、御者にアドバイスをもらいながら可愛がっている。
遂には馬に乗って鬣を手綱代わりにポクりポクリと周囲を歩くことが出来た。
そうしてはしゃいでいると、先ほど治した男と御者を含む全員がミコトに近付いてきた。
「お礼が遅くなって申し訳ありません。この度は危ないところを助けて頂きありがとうございました。私はこの商隊の隊長のロドリゲスと申します。お陰様で荷も馬も隊員も無事でした。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私はミコト。盗賊たちに腹が立ったから勝手に暴れただけだし、あなたを治したのも盗賊たちの望みを叶えたくなかっただけだから気にしなくていいよ。この馬は罪もないのに可哀想だったからだけどね。」
「ミコト様ですな、そう仰られても我々にとっては恩人には変わりません。是非お礼をさせて頂きたいですが、先ずはこの場を一緒に離れませんか?このままだと血の匂いに惹かれて野犬や万が一に魔物が寄ってくるかも知れません。」
「いいわよ。この馬に乗ってもいい?凄く仲良くなっちゃったの。」
「もちろんです、その馬は差し上げます。幸い盗賊たちの残した馬も兵士達が残した馬もあるので馬車を曳くのにも問題ありません。」
「本当!ありがとう!あなたの名前はブルブルに決まり!これからよろしくね♪」
目をキラキラさせて喜ぶミコトの姿は少女そのもので、先ほどまで盗賊とたった1人で対峙して壮絶な戦いを繰り広げていた人と同一人物にはとても思えない。
ロドリゲスはそのギャップに驚きながらも、御者に指示を出して急ぎ馬車を出発させた。
そのまま安全な距離まで馬車5台に護衛という訳ではないが並走するミコトが1人という形で今度は何事もなく進み、少し開けたところで野営をすることになった。
私は隊にとって恩人であるということで、火の側に毛皮の敷物を敷かれ、その上でのんびりと座らされている。
周囲では食事の用意をしたり、水を汲んだり馬の手入れをしたりと忙しそうに働く隊員とその家族を尻目に隊長のロドリゲスに接待されていた。
「ささ、ミコト様、まずは喉を潤し下さい。」
「あ、ありがとう。でも、あんまり気にしなくていいって言ってるのに・・・」
「そういう訳にはいきません。商家にとって信用は何より大事。無事に荷物を届けられなかった場合もそうですが、恩人の恩に報いなかったという話が広まったらお仕舞いです。」
「そういうものなの?」
「そうですとも!馬一頭ではとても返し尽くせません。まずはこちらをお納めください。」
そう言って差し出された袋には10枚の金貨が詰まっていた。
「我々も貧乏商隊な上に旅の最中ゆえ、この程度しか今はお渡しできませんが、エランの町に着いたら改めてお礼をさせて頂きます。」
「ん~これだけで充分よ。あ、でももしお礼をっていうことなら服をくれないかしら?町でこの格好だときっと盗賊の仲間だと思われちゃうと思うのよね。」
「そんなことはお安い御用です。娘とサイズがあまり変わらなさそうなので、着替えも含めて2着ほど差し上げましょう。お~い!ハンナ!ミコト様をお着替えにお連れしてくれ。それと着替えの服も1着差し上げて。」
料理をしていたハンナさんは料理の手を止めて他の人に仕事を頼むと、直ぐに私を連れて馬車の幌の中に入り、箱の中から目当ての服を出してミコトに渡した。
「さあさあ、ミコト様、どうぞお着替え下さい。男どもが入ってこないようにちゃんと見張っていますからね。」
そう言ってハンナは御者台に座って目を光らせている。
「別に男が来たって構わないんだけどな。まあいいか、早速着替えさせてもらおうっと。」
さっさと裸になった私は貰ったワンピースに袖を通すと、その肌触りの良さに驚いた。
麻のゴワゴワした感じでも、毛皮のザラザラした感じでもない、木綿の滑らかな肌触りにうっとりとした。
「うわ~これ、気持ちいい。でも、下がスースーするから、ブルブルに乗るにはちょっとイマイチかも。でも、これなら町の中で市民として過ごすことができそう。ロドリゲスさんに感謝しなくっちゃね。」
その後、ハンナに下着をもらったり、乗馬用にズボンを貰ったり、荷物が増えたので鞍やサドルバッグをもらったりして貰ったりして旅の装備を整えてもらい、食事の準備が出来上がったところで火の側に戻った。
「いやいや、すっかり見違えましたね。どこからどう見ても普通の町の女の子ですよ。槍や剣を持っていなければですがね。」
「そう、ありがとう。でも、武器は持っていないと少し不安になるから手放せないの。」
「そうですか、私もこんな旅暮らしをしていますと武器がないと落ち着かないので分かりますがね。その年で盗賊を一掃する武芸を修めたミコト様ともなれば猶更でしょうな。」
「別に、山での1人暮らしが長かったから。魔物に動物にと襲ってくる連中が多いから。」
「なるほど、山での1人暮らしが長かったとなると、そのお強さも納得できますね。」
んん?なんだか気が付くと色々聞き出されている気がしてきた。
考えてみれば殆ど山で暮らしていたから、『町の人』と何を話せばいいのか分からないのよね。
本当は色々聞きたいことあるのに、こっちの話ばかりじゃ面白くない。
「それにしても、こんな大荷物を運ぶの大変でしょ?」
「ええ、それなりに。馬は大量に水を飲みますし、沢山食べます。盗賊もこうして襲ってきますし、野生の犬や狼なんかに襲われることもあります。」
「この道ってエランの町に続いているってことはそこに運ぶんでしょ?」
「ええ、我々の他にも旅商人はおりますが、我々がこの食料を運ばないとエランの町の人達がみんな飢えてしまいますからね。責任重大なんです。」
「そんな不便をする位ならエランの町でも畑を作ればいいんじゃないのかしら?」
「それはそうなんですがね。国の方針でそれは出来ないんですよ。」
「不作になったら大変よね?」
「エランの町が食料を仕入れているのはサラヘだけではありません。森も町や湿地の町からも色々仕入れているので全部が不作にならない限りは大丈夫でしょう。」
「ふ~ん、沢山町があるのね。色々行ってみたいわ。」
「私達旅商人でも基本的には同じところを行ったり来たりですが、商人同士で情報交換はしますからね。良ければ色々教えて差し上げることは出来ますよ。」
「嬉しい。私、色々人の暮らしを勉強しているの。」
「ええ、では私の知る限りのことをお話しましょう。今夜はもう遅いですから明日からまた道中ゆっくりとお話しましょう。」
確かにもうすっかり日は暮れているし、食事も終わって皆寝る用意に入っている。
護衛の兵士がいなくなってしまったので男達で交代で不寝番を立てるようだ。
私はいざ何かが起きるまで休んでいて欲しいということで、ゆっくりと朝まで休むことが出来た。
そんなにしょっちゅう盗賊が出たらこの町の物流の仕組み自体が成り立たないよね。
その後の旅は順調そのもので、時にブルブルに、時に馬車に乗ってロドリゲスさんからお話を聞いたりしながら順調にエランの町へ近付いて行った。
幸いにしてミコトの出身や力について聞いてくるものもおらず、ただただ恩人として楽な旅をさせてもらった。
お返しにミコトは馬や馬車のせいでお尻が痛くなるのを休憩の度に癒してあげたところ、より一層感謝されてまたくすぐったい思いをするのであった。
そして、足が遅い馬車での運搬ではあったが、無事にエランの町へ辿り着いた。




