第16話 工業の町エランへの道中にて
チルチルを仲間にして、歩くこと10日間。
川で魚を釣ったり、鳥を弓矢で獲ったりしながら食料を補充し、眠くなったら仮眠をとる、という1人旅を続けた。
鳥を狩った時はチルチルの目を気にしたりもしたが、チルチルは至って気にするでもなく、ミコトが食事中の間は自分で川沿いを飛んで小魚を器用に捕まえて食べたりしていたので、もう気にしなくなった。
山中で守護の役目を担ってきたミコトにとって、僅かな気配で目が覚めるように浅く眠るのは既に身についているため、夜でも昼でも眠りは浅い反面、寝付きが凄くいい。
体調を崩すことも無く、チルチル相手にお喋りするのを癒しに1人街道を進んでいた。
たまに物資を運送する馬車隊が兵士に護られながら追い越したり、すれ違ったりするが、ミコトは余計な面倒を避けるために気配を感じると川岸の岩陰や草原の低木の陰などに身を隠してやり過ごしている。
とにかく、兵士には嫌な想い出しかないので仕方ない。
そんなこんなで、知識を少しずつ経験に変えながら、人目を忍んでゆっくりと進んでいるので大人なら7日で着くところを10日かかってもまだエランに着いていない。
ミコトにとっては何日かかろうがどうでもよく、町を出て初めて目にするものは全てが新鮮で楽しかった。
景色も、荷馬車隊も、見るだけでも心が浮き立つのだ。
なので景色が綺麗なところを見つけたら途中で立ち止まって食事をしながらのんびりと眺めたり、荷馬車の後をつけて野営の様子を観察して勉強したりと、道中を楽しんでいる。
ミコトの感想としては、思ったより多くの往来があるんだなということだった。
ミコトは既にこの国の常識を得てはいる。
この国には沢山の町があるが、基本的に1つの町の産業は1つと決められている。
ミコトが産まれた町である『サラヘ』は農業の町であり、穀物や野菜・干し肉などを作って近隣の町に輸送している。
その他の産業としてはものづくりを担う工業の町、漁業を営む港町、資源を採取する鉱・林業の町があり、それらを繋ぐ商業がある。
商業のメインは各産業の製品や材料の物流を担うことであり、食料生産が主な農業や漁業の他の町は、商人による流通がなければ一気に干上がってしまう。
もちろん、ある程度のリスクを見込んだストックはしてあるし、近隣の動物や魔物、木の実などは普通に狩猟採集できるので食料自給率がゼロということはないが、自給自足には届かない。
こうすることで一か所が強い力を持ち過ぎないように調整しているのだ。
この政策の結果、地方は完全に力を削がれた。
都市の分断による結束の防止に加えて物流コストによる経済力の発展の防止。
物流を担う商人や農業を担う町は一見力をつけそうだが、商人は護衛料と称して兵士が必ず随行するのでそこで税金に加えて高額な護衛料が国庫に収まる。
農業を担う町も重い税と高額な生活資材などを他の町から買い取る必要があり、結果としてあまり豊かという程ではない。
奴隷という安い労働力があるからこそ何とかやっていけているという状況なのだ。
一方で王都には漁業を除く全ての産業が存在しており、自給自足が可能な上に兵力も財力も一点集中している。
そもそも、大陸で国家が一つなので国境警備の心配はないし、海の向こうに他の国があるという話も聞いたことがない。
有り余る財力と奴隷を使った貴族の探索船が過去に海で新大陸を目指したという話もあるが、新大陸を発見したという話はついぞ聞かない。
結果として大陸中は経済成長を全くせず、現状維持が長らく続いている。
そんな中では仕事も限られるので、人口が増加すると一般市民でも仕事に就けないものが出てくる。
そんな連中はフリーランスとして護衛や危険な魔物の駆除、その他の突発的な仕事を請け負って何とか口に糊するしかない。
そういう人に仕事を斡旋する紹介所もあるが、全員を十分に食べさせるだけの仕事が常時ある訳ではない。
その結果、食い詰めたフリーランスが犯罪者になってしまうことも多々発生している。
このことから、町と町との行き来は非常に危険が多くなり、兵士が足りない場合にはフリーランスの護衛がつくという何ともおかしなバランスで成り立っている。
簡単に整理すると、国土も産業も広がりがないので仕事にあぶれる→フリーランスとして雇われ仕事をする→食い詰める→盗賊化する→捕縛・処刑される→捕縛されると奴隷化、殺されたら人口調整という何とも言い難いサイクルになっている。
という訳でご多分に漏れず、ミコトがやり過ごしたエランに向かう食料を大量に積載した馬車隊は盗賊に襲われた。
距離を置いて歩いていたミコトだったが、前方から聞こえる剣戟の音や雄叫びに身を隠しながらそろそろと現場に近付いて行った。
山育ちのミコトは狩猟をする際に相手に気取られないように気配を殺すのは得意だ。
まして小柄であるし、丁度いい感じに低木の茂みがあったので、そこから現場を覗いていた。
現場では雄叫びをあげながら兵士に襲い掛かる柄の悪い男達。
獣の毛皮を身に纏い、木に石を括りつけただけの石槍や石斧を手に兵士に襲い掛かるもの。
驚いたことに兵士の使う剣や槍を持って襲い掛かるもの。
遠間から矢を射かけるもの。
5台の2頭立て馬車に対して12人の兵士が護っていたが、襲い掛かる盗賊は実にその倍の24名。
不意打ちで矢を射かけたことにより兵士2名が倒れ、24対10で始まった戦いだったが、兵士達が一斉に近くの盗賊に対して間合いを詰めたことにより同士討ちを恐れた盗賊が弓矢での攻撃を諦めて武器を替えて数の利を活かした近接先頭にシフトしてからは乱戦になってた。
御者や商人は馬車の中に避難しているのか、姿が見えない。
奪い取るのが目的の盗賊が馬車そのものを襲うことは基本的にない。
従って、戦う力を持たないものはひたすら身を隠すのが正解なのだ。
それを物陰からジッと見つめるミコト。
小規模とはいえ、初めての人間同士の集団戦闘に気分が悪くなりそうになるのを必死に堪えて成り行きを見守っている。
鍛えられた兵士は1対1では盗賊をものともせずに槍や剣で切り伏せていくが、多勢に無勢で徐々に徐々にその数を減らしていく。
そして、盗賊側にも多大な被害は出したものの、兵士は全滅して勝負あった。
鬨の声を上げる盗賊たち。
馬車から御者と商人を引きずり出して一か所に集めている。
大人の男が10人と、女性が3人と小さな子供が5人だ。
「おい!これで全員か?隠し立てすると碌なことにならねぇぞ!」
一際強そうな盗賊が恫喝する。
「は、はい。これで私達は全員でございます。どうか命だけはご勘弁を。積み荷はもちろん全て差し上げますし、馬車も1台だけ残して頂ければ全て差し上げます。」
「おいおい、お前達を生かしておいて俺たちに何か特になるのか?領主に通報されたら討伐隊を出されちまうだろう。俺たちにだって腹を空かせた女とガキどもが待ってるんだ。お前らの命共々全部ありがたく頂くぜ。お前たちが俺らの仲間になるって言うなら生かしといてやる。今回の仕事でかなりの男手を失ったからな。さあ選べ、ここで死ぬか、仲間になって生きるかをな。」
商人達はお互いに顔を見合わせ、諦めたように項垂れると、仲間になることを選んだ。
「賢明な選択だな。俺たちは仲間を差別しない。もちろん、本当に仲間になったかが確認できるまでは捕虜に近い扱いになるが、襲撃に参加してきっちりと仕事をこなすことを見せれば信用する。そこでしっかり仕事ができる様に頑張るんだな。」
どうやら、盗賊は商人達を失った男手の補充として本拠地に連れていくらしい。
確かに、今回の襲撃で兵士の猛反撃にあった結果、24人いた盗賊は半分に減っているし、残った多くも手傷を負っている。
そういう意味では5台の馬車で5人の御者と5人の商人で合わせて10人に加えて女子供が補充できるのはかなり大きい。
こうやってこの盗賊団は育ってきたのだ。
そして、当たり前だが全ての物資は彼ら盗賊団の手に渡ることになる。
ユイちゃんや元の奴隷仲間が精魂込めて育てた食料が、本来渡るべきエランの奴隷を含む人々ではなく、力があるからって奪い取られてしまう。
ミコトは思わず飛び出していた。
「待ちなさい!それはあんた達に食べさせるために育てられたものじゃない。それを奪われたら真っ先にエランの奴隷達が飢えることになるのよ。真面目に働いている奴隷達がね!」
「んだ?おめえは?はっ!ガキの女か?こんなところで1人で何してる?」
「うるさい!さっさと馬車を置いて帰れ!山にでも行けば食べ物に困ることなんてないでしょう!?」
「嫌なこったね。俺たちは野人じゃない。れっきとした市民様よ。それが何の因果か盗賊さ。俺たちがこんな風になったのもこの国がいかんのよ。だからな、これはただ生きるためにやってるんじゃなくて、復讐なのさ。」
「だから!それで困るのはあんた達が復讐したい他の市民でも貴族でもなくて、奴隷でしょう?」
「兵士やこいつら商人を殺すのだって立派な復讐さ。」
ブスリ!
男はミコトに相対しながら、御者と思しき男の腹をいきなり持っていた槍で突き刺した。
「グハ!?」
「な、何を!?もう降参してるじゃない?」
「ああ、お前があんまりうるさいから手が滑っちまった。こいつらは仕事に就けない俺たちを見下してやがったからな。ざまあねえぜ。」
ゴポリ・・・と口から血を吐いて男は倒れた。
思わず子供達が悲鳴を上げるが、槍を向けられて必死に口を塞いで親と思しき男女が子供達に覆い被さて庇う。
結局こいつらも同じだ、力で何でも奪い取る。
「おいおい、貴重な戦力候補を減らすんじゃねぇよ。それに、見ろあの女兵士専用の槍と剣を持ってやがる。俺らと同業なんじゃねえか?1人ってことは仲間が全滅したか?そんなら仲良くやっていこうじゃねえか。」
盗賊の頭と思われる少し年配の男が槍を刺した男を嗜める。
あまつさえ私を勧誘しようと言うのか?
何の役にも立たない奪うだけの存在の仲間になれと?
「あんた達と一緒にしないで!私だって自分を虐げてきた国に思うところはあるわ。でも、自分の敵が誰かちゃんと見定めずに手当たり次第に襲うあんた達はただの欲望に忠実なけだものじゃない!」
「ああん?けだもの、けだもの、ねぇ。確かにそうかもしれねぇな。けだものだからついつい生意気な女とみれば犯してヒイヒイ言わせてやりたくなっちまうよ!」
盗賊の男は下品な笑みを浮かべながら剣を手に襲い掛かってきた。
ミコトは反射的にホワイトクローを放って襲い掛かってきた盗賊をバラバラにする。
「え・・・・!?」
突然放たれた白く光る斬撃に何が起こったのかも分からずに男はバラバラに千切れ飛んだ。
呆然とする盗賊たちを尻目に、第2撃・3撃と続けてホワイトクローを放ち、12人いた盗賊は瞬く間に頭1人になってしまった。
「て、てめえ!バケモンか?一体何をした?よくも俺の部下どもを・・・!?」
「あら、いけないいけない。普通に殺しちゃったらお前達から何も奪えないところだったわ。」
ミコトは、覚えたばかりの槍術を試そうと槍を構えて頭に向き合った。
「な、舐めやがって!」
お頭も槍を構えてミコトに向かって突貫してきた。
流石に百戦錬磨の盗賊団の頭だけあって一直線に間合いを詰めて真っ直ぐにミコトの胴体に鋭い突きを繰り出してくる。
ミコトは焦ることなく槍を相手に合わせて前に出して穂先をずらしながら体を回転させて相手の横に回り、足を引っ掛けた。
勢い余ったお頭は頭から思いっきり地面に突っ込むようにして転んでしまった。
LV4の槍術の凄さにミコト自身驚いたが、苦痛と共にもっと驚いていたのはお頭だった。
エランで鍛冶職の家庭で産まれたが、才能に恵まれずに家の仕事を継げず、短気で手が早かったので勤め先でもうまくいかず、結局仲間とつるんでは悪さばかりしていたので勘当された結果、こうして盗賊に身を窶すようになってしまった。
頭にとって幸いだったのは、喧嘩の才能だけはあったということだ。
仲間たちを引き連れて盗賊団を結成、道行く商人を襲っては物資を手に入れ、女や子供、降伏した男達をさらに仲間に加えて団を成長させた。
仲間で揉めた時は鉄拳か鋼で押さえつけた。
そして何度も襲撃を生き延びてきた実戦叩き上げの実力者だ。
それが熟練の兵士ならともかく、こんな小娘に手玉に取られて土を舐めていることが信じられなかった。
しかし、お頭にとってもうそんなことはどうでも良かった。
倒れたお頭の横にしゃがみ込んだミコトが左手を当てて言った。
「奪う!」
そして、息絶えたお頭の横には、右手に虹色、赤色、緑色の玉を持ったミコトが立ってた。




