第14話 緑の玉の効用と脱奴隷
目が覚めると、気持ち悪さも頭の痛みも消えていた。
「うええ、今のは何だったんだろう。」
実はすでに3日3晩が過ぎていたのだが、ミコトには知る術はない。
「あれ?持っていた生命の玉がかなり減ってる・・・相当ヤバかったのかな?」
気分が悪い割にあまり消耗を感じなかったのは、無意識で身を守るために生命の玉によって回復していたらしい。
「っ!そういうことだったのか。」
現状確認が終わって、私は全てを理解した。
緑色の玉は兵士の『知識』を奪い去って吸収したものだったのだ。
私が意識を失ってしまうのも無理はない。
私は兵士の『全て』を奪ったのだ。
全ての生命力、全ての技能、そして全ての知識を。
兵士が積み上げてきた知識が一気に流れ込み、僅か10歳で碌な教育も受けていない奴隷であった私の頭には情報量が多過ぎて整理するのに物凄い負荷がかかってしまったのだ。
ミコトにとって幸いだったのは奪ったのは『知識』であって『記憶』ではなかったということだ。
仮に体験や感情まで一緒に『記憶』として吸い取って吸収していたら、人生経験の少ないミコトはその兵士が行ってきた非道な行為やその際に沸き起こった感情まで自分のものにしてしまい、元の人格を上書きしてしまう可能性すらあったのだ。
無事に再起動できた私は、今まで知らなかったことの多くを知り、理解できなかったことを理解することができていた。
これは思わぬ収穫だった。
実際、今のミコトには貨幣制度の知識や町の人の生活をする上で必要な知識、簡単な学問に礼儀作法など様々な知識が備わっていた。
流石は腐っても『町の人』であり、兵士だ。
そして、先ほど放置しておいた巾着袋の中身を改めて見て、思わずほくそ笑んだ。
「結構貯め込んでたのね。金貨が10枚に銀貨が25枚に銅貨が15枚・・・えっと、町の宿屋さんが1泊銀貨2枚で泊まれるらしいから、1年位は平気で暮らせそうな額かしら?」
ちなみにこの国での貨幣の換算はこんな感じだ。
金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10,000枚
それぞれ100倍ずつすれば良いので計算は簡単だ。
それにしても危なかった。
正直、この知識がなければポイっとしてしまうところだったのだ。
改めてお金は纏めて巾着袋に入れなおして、しっかり腰に付けておいた。
『町の人』の生活体験をする上ではどうしても必要だろう。
その後色々試した結果、赤色の玉の正体も凡そつかめた。
それは『技能』と呼ぶべきものだった。
字が読めるようになったので、試しに木の枝で地面に思ったことを書こうと思ったら普通に文章にできた。
奪ってきた槍や剣を手に取ったら型が自然に出来た。
そのことから、あの兵士から奪って獲得したのは以下の技能だと推察した。
・槍術
・剣術
・識字
・習字
・算術
流石は腐っても兵士、鍛えられた技に加えて基礎的な教育を受けていたらしく、文字の読み書きと簡単な計算ができるようになっていた。
試しに槍を持って型を行ってみると、まるで何年も繰り返し修行したかのように滑らかに、かつその理合いに適った動きができた。
剣の方も同様に素振りレベルではあるが、とても剣を初めて持ったとは思えない鋭く真っ直ぐな振りが出来た。
「凄い・・・これなら『生殺与奪』に頼らなくても十分に戦えるわ。」
『生殺与奪』は戦闘用としても勿論強力無比な力ではあるが、強い効果を出すためには相手に触れる必要がある。
今回は相手が舐めてボーっとしていてくれたから纏めて5人戦闘不能に出来たが、一気に距離を詰められていたら危なかったかも知れない。
もちろん、ホワイトクローはあるが、あれは体力を相当使うので外したときのリスクが大きい。
そういう意味で、こうした戦う力が手に入ったのは大きい。
さて、思わず新しい玉の検証で時間を食ってしまったけど、山奥に戻ってきた本題に移るとしよう。
「あ~あ、まさかこの背中の模様が奴隷の印だなんて知らなかった。」
自分では背中は見えないが、大人部屋でも子供部屋でも散々仲間の背中は見てきているので、大体どのような範囲にどんな模様があるかは分かる。
兵士から奪った知識の中にもしっかりとこの奴隷紋は存在し、先輩方の言うように確かに奴隷の証として『町の人』に認識されていた。
あまりにもそこにあるのが当たり前過ぎて意識したことすらなかったが、こんなものを刻み込まれていること自体が腹立たしい。
私はおもむろに上半身裸になると、手頃な大きさのゴツゴツした岩壁に寄り掛かった。
口の中に生命の玉を1粒含んでから丁度いい木の枝を拾って口に咥えて思いっきり奥歯で噛みしめる。
しばらく意を決するために深呼吸をしていたが、意を決して背中を岩肌に強く押し付けながら上下左右に体を動かし始めた。
「んぐ!・・・ぐぐぐぐ・・・・」
歯を食いしばって激痛に耐えながら、それでもこれ以上この奴隷の印を背負ってなるものかと流れる血も痛みも意に介さずに擦りつける。
あまりの激痛に涙が溢れ出てくるけど、絶対にやめないんだ!
奴隷紋が刻み込まれている肌を全部削り落とすまで、絶対にやめない!
流石にこれ以上は無理と言うところまできたので、一旦生命の玉を飲み込む。
すると、一気に痛みが引いて皮膚も再生していく。
確認のために水辺に行って背中を映して見たところ、背中に模様は残っていなかった。
うまく行った。
「ふぅ、これでもう本当に私を奴隷だと示すものは無くなったわね。」
私は久しぶりに晴れ晴れとした気分で服を脱ぐと、ザブンと川に入って体を清め、身も心もかつてないほど穏やかな気持ちになっていた。
これでもう自分は奴隷ではない。
無理やり奴隷だと宣言する印もないし、兵士達に逆らって勝利したことで自らの生殺与奪を取り戻した。
弱肉強食の世界で食われる側から食う側に回ったという強い実感を得ていた。




