ライザと黄昏の剣
ん~……また湖に浸かってる。
あ、そうだ!
あの人達は?
キョロキョロと辺りを見回すと、大木の根元で横になっている三人の姿が見えた。
気を失っていた人も無事みたいで良かった。
湖から上がり、ブルブルッと身体を震わせて水を飛ばす。
「あ、起きたみたいよ~♪」
女の人が、横になっている男の人達を起こしながら、こちらを見ている。
トテトテと歩いて近くまで行くと、剣士の人が声を掛けてきた。
「言葉、判るか?」
僕はコクンと頷く。
三人が顔を見合わせたあと、頭を下げる。
「「「助かった。ありがとう」」」
「ワフワフワフ♪」
『無事で良かったです』
……あれ?
三人とも、なんとも言えない顔をしている。
そうか。
犬の言葉じゃ伝わらないよね。
なら、念話で。
『えっと……無事で良かったです』
「「「っ!?」」」
三人が揃って、ものすごく驚いた顔でこちらを見る。
「喋ってる……? いや、頭に直接だから念話か?」
『あ、そうですね。いきなりでごめんなさい』
「いや、少し驚いただけだ。気にしないでくれ」
「そうそう。念話なんて、お師匠達が使ってたって聞いたくらいで……使える人?犬がいるなんて知らなかったわ」
『そうなんですか?』
念話って、それなりに難しいスキルらしい。
僕、普通に使えてるけど……。
「あ、そういえば自己紹介してなかったな」
剣士の人が立ち上がる。
「俺がこのパーティー、『黄昏の剣』のリーダー、アーサーだ」
「あたしが魔法使いのマーリンよ」
「俺は盾役のランスロットだ。改めて、助かったよ」
『あ、ありがとうございます』
さて……僕も自己紹介しないと。
『えっと……僕は……』
転生前の名前を名乗るのも、なんとなく違う気がする。
『名前は、まだ……ないです』
「そうなのか?」
アーサーさんが少し考え込む。
「なら、ワンコで良くないか?」
「え~、ワンコって……」
「そうだな。仮にも命の恩人だぞ? 失礼じゃないか?」
「なら、名前を考えるか? 俺たちが考えて付けてもいいのか?」
『あ、お願いします』
自分で考えると、絶対に変な名前を付けそうだしね。
「そうだな……ポチとか」
……。
ガーン。
「え? なんか可哀想な気がするけど……」
「そ、そうか? 不思議と頭に浮かんだんだよ……」
「ブリトとかどう?」
ブリト……。
確か、妖精の女王で男装の騎士だったかな?
悪くはない。
悪くはないんだけど……。
「ウ~……」
「なら……ライザは?」
……え?
ライザ?
それは……!
前世で愛読していた、某ESP漫画のお気に入りキャラの名前だ。
……なんか、妙にしっくりくる。
「ワン♪」
これが良い!
「なら、ライザだな!」
「ハチってどうだ!」
ランスロットさんがドヤ顔で言い放つ。
「いや、ライザに決まった」
「えっ? めっちゃ頭に浮かんできたんだよ! 主人を待つって感じの……」
……誰かの印象操作か?
『とにかく、ライザでお願いします』
「本人が望む名前だしな♪ よろしくな、ライザ」
『はい。よろしくお願いします』
こうして僕は、転生して初めて名前を手に入れた。
ライザ。
……うん。
悪くない。
◇
「あ、それでね。ライザって、ご飯どうしてるの?」
マーリンさんが聞いてくる。
『僕は、試練の部屋で食料を選んで、空間魔法で保管してますよ』
「空間魔法まで使えるんだ! ……っていうか」
マーリンさんが驚いた顔をする。
「試練の部屋か……今の状態だと、俺たちは無理かもしれないな」
『あ、僕ので良ければ分けますよ。一緒に食べましょう♪』
「いいのか?」
『もちろんです』
アイテムボックスから、オーク肉やワイバーンの肉など、いくつかの肉を取り出す。
「えっ!? これ食べていいの? 料理していい?」
『はい。まだありますから。料理してもらえるならお願いします』
「あ、料理って言っても、調味料を使って焼くだけかな……他の具材とかあれば良かったんだけど」
あ~。
僕も肉しか持ってないからなぁ。
でも、調味料があるなら美味しくなるだろう。
『焼くだけでも美味しいですよね。食材が無いんだし、お肉を食べるだけでも力になりますし♪』
「まぁ……マーリンの料理より、普通に焼いた方が……」
アーサーさんが呟いた瞬間――
ゴンッ!
「痛ぇっ!」
マーリンさんの杖がアーサーさんの頭に直撃した。
「余計なこと言わないの!」
「いや、事実だろ!」
「うるさい!」
……仲良いな、この人達。
その後、ランスロットさんが肉を切り分け、塩や胡椒で味付けしていく。
火の周りに串を立てて、じっくりと焼いていく。
こうして始まったのは――
異世界での、初めてのバーベキューだった。
焼けた肉をみんなで囲んで食べる。
ランスロットさんが串から肉を外してくれるので食べやすい。
うん。
美味しい。
お腹いっぱいになるまで食べたところで、みんな眠そうになってきた。
僕も眠くなってきたので、大木の洞へ戻り、丸くなって眠ることにした。
◇
どれくらい寝ただろう。
洞の外から話し声が聞こえてきた。
「とりあえず、試練の部屋をクリアしないと帰れないな……」
「そうね……ウンディーネに力を分けてもらえると聞いていたけど、あれ以来出てきてないわね」
「まぁ、湖畔で騒いでたら出ては来ないだろ?」
今後の話と、ウンディーネさんの話をしているみたいだ。
僕も洞から出る。
身体を伸ばしてから、三人に挨拶する。
『おはようございます。よく眠れましたか?』
「おう、おはよう」
「おはよ~。迷宮に来てから、こんなにゆっくり眠れたのは初めてよ」
「おはよう。昨日はありがとう」
ランスロットさんが、鍋を持ち上げる。
「昨日の残りで悪いが、少しキノコも採れたので、湖の水とキノコと肉のスープだ」
優しいなぁ……。
『ありがとうございます』
スープをペロペロと飲む。
うん。
美味しい。
食事を終えると、僕は湖のそばまでトテトテ歩いていく。
「ワフゥ~ン!」
『ウンディーネさ~ん!』
「何よ?」
湖から声が返ってきた。
……あれ?
なんか怒ってそう。
『怒ってます?』
「怒ってないわ!」
めっちゃ怒ってる。
「また死にそうになって帰ってくるバカワンコなんかに怒っても意味ないでしょ?」
『あちゃ~……』
やっぱり怒ってる。
『ごめんなさい。夢中で突っ込んじゃって……試練の部屋のベヒモスより弱くて、ちょっと気を抜いてました』
「試練の部屋のベヒモスって……」
後ろから声が聞こえる。
……しまった。
でも、今はウンディーネさんに謝るのが先だ。
『ホントにごめんなさい。心配かけました』
「判ればいいのよ!」
ウンディーネさんの声が少し優しくなる。
「ホントに怪我なら、ここに来れば治るけど、死んだら終わりなんだからね。それに黙って迷宮に行って、この子達に連れて来てもらわなかったら、今頃はベヒモスの胃の中よ?」
『はい……気を付けます』
頭が自然と下がる。
尻尾も足の間に入ってしまう。
「で、何かしら?」
『あ、はい』
そうだった。
今日はお願いがあったんだ。
『マーリンさんに、ウンディーネさんの魔法を教えてあげてほしいなぁって……』
「えっ?」
マーリンさんが驚いた顔をする。
「う~ん……まぁ、この階層まで来たんだもんね」
ウンディーネさんは少し考えたあと、
「マーリンとランスロットは前に出てくれる? アーサーは適性がないわ。ごめんね」
「判った」
「はい!」
二人が前に出る。
するとウンディーネさんの身体から、優しい光が溢れ出した。
光は二人を包み込み、その身体へゆっくりと染み込んでいく。
「はい。マーリンには水魔法の超級――ウォーターテンペストが宿ったわ」
「ウォーターテンペスト……」
「ランスロットには、水魔法による壁。自分の盾を強化したり、パーティーの前方に壁を作ったりできるウォーターウォールね」
「ありがとうございます!」
「ただし、宿しただけよ。これから自分達で訓練して使えるようにしなさいね」
「「はい!」」
「師匠達と同じ魔法だな!」
アーサーさんが嬉しそうに言う。
「あら、あの子達も使えるようになったのね。ここにいた時は使えなかったから、努力したのね♪」
『ウンディーネさん、ありがとう♪』
僕がお礼を言うと、ウンディーネさんは満足そうに笑って湖へ戻っていった。
黄昏の剣の三人も嬉しそうだ。
『すぐに使えるようになるのかな?』
マーリンさんに聞いてみる。
「師匠達でも、使えるようになるまで五年くらい掛かったみたいだから……」
『ここで修行していきます?』
思わず尻尾がブンブン振れてしまう。
……僕、修行とか結構好きなのかもしれない。
「いや、そろそろ帰らないとギルドに死亡届を出されちゃうからな」
『えっ? 死亡届?』
「えっとね」
マーリンさんが説明してくれる。
「迷宮に挑む時って、期間を決めて入るのよ。その期間を過ぎると、ギルドから救援を出すとか決めるの」
「それで、救援が来るのは三十階層にあるオアシスまでなんだ」
アーサーさんが続ける。
「そこより下に潜る冒険者の場合は、三十階層で一度、生存確認と期間の再調整が入るんだよ」
「それで、期間が過ぎると死亡扱いになるのさ。いつまでも生存としておく訳にもいかないしな」
『なるほど……』
つまり、期限が迫っている。
『じゃぁ……試練に挑むんですね?』
「あぁ、そうだな」
「この試練をクリアできたら、帰り道が開くって言ってたからな」
「で、ライザはここをクリアしてるんだよな?」
『えっ?』
僕?
『うん。ここでご飯を食べるのに必要だったからね』
「……」
「……」
「……」
三人が無言になる。
『どうしたの?』
「いや……」
アーサーさんが頭を抱える。
「それを先に言ってほしかった……」
『そう?』
だって、ご飯食べたかったし。
「どうなんだ? 俺たちは勝てるのかな?」
『えっとね』
僕は試練の部屋について説明する。
『試練の部屋で出てくるのは、自分達のレベルとほぼ同じくらいの魔獣か魔物です』
「ほう……」
『僕の時は、自分自身が出てくることも何回かありました』
「自分自身……」
『だから、しっかり装備を整えて、体力と魔力を回復させて挑めば大丈夫だと思います』
少し考えてから続ける。
『三人の連携をしっかりして、個人戦にならなければ大丈夫ですよ』
「そうか……レベルと同じくらいか」
『何か不安が?』
「いや、そりゃ不安はあるさ」
アーサーさんが苦笑する。
「でも、同レベルなら何とかなると思うんだよ。ここまで来るのに、俺たちより高レベルの魔獣が多かったからな」
「ベヒモスはヤバかったな……」
「四十七階層に入って、結構体力や魔力を使って戦ってたからな」
「あと少しでオアシスだと思って、気が抜けたのもあるわね」
「ベヒモスで、レベルが百二十だったか?」
アーサーさんが指折り数える。
「俺が九十二。ランスロットも九十二。マーリンが九十だな」
「よく生きてるな……俺たち」
「ライザには、本当に感謝だな!」
「そうね!」
『うん、それはもう聞いたから……』
何度もお礼を言われると、ちょっと照れる。
『それでね、試練の部屋では負けそうになったら逃げられるから!』
「逃げられる?」
『うん。ホントにダメだと思ったら、距離を取って戻ってくればいいよ』
『僕も一緒に入っちゃうと、相手が強くなるかもしれないから……』
「そうか……」
アーサーさんが苦笑する。
「今度は助けを期待できないんだな」
『してないでしょ? そんな期待?』
「まぁな」
アーサーさんも笑う。
マーリンさんとランスロットさんも頷いている。
「ライザは、ここに残るのか?」
『う~ん……もう少し居ると思う』
自分の身体を見る。
『まだ弱いから、もう少し鍛えてから出ようと思うよ』
「弱いって……」
アーサーさんが苦笑する。
「まぁいい」
そして、真剣な顔になる。
「ここを出たら、ティンジルって街に来て、俺達を訪ねろよ」
『ティンジル?』
「あぁ。世話になったからな。いろいろ案内してやるよ」
『わかった! ティンジルだね。出たら真っ直ぐ向かいます』
「絶対よ!」
マーリンさんが身を乗り出す。
「絶対に来てね。今度こそ、あたしの料理をご馳走するわ!」
「ん。そうだな」
ランスロットさんも頷く。
「きちんとした料理を味わってもらいたいな。腕によりを掛けて振る舞おう」
「まぁ、それもここを抜けてからだな!」
「そうね」
「そうだな!」
僕は三人の顔を見回す。
なんだか……。
転生してから、初めてできた友達みたいだ。
『じゃぁ、案内するよ』
そう言って、僕は試練の部屋への入り口に向かって歩き出した。
後ろから、三人がついてくる。
さて――。
今度は三人の試練だ。
無事に帰れるように、しっかり見届けよう。




